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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第六章 エランド・オブ・ザ・デッド 編
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六章の2 ウォンテッド・オブ・ザ・デッド

 自分の持っている唯一の娯楽機器……本来の分類は通信機器なのかもしれないが、それは細かい事と言うものだ。液晶画面に触れ、いくつか操作をしてその小さなガラスに映像を映し出す。

 通りを埋め尽くすゾンビたち。そのうち一匹が生存者を見つけると、一斉に襲い掛かりその新鮮な肉にくらいつく。断末魔の悲鳴が響き、ゾンビたちが去った後には無残な死体だけが残される。そして、その死体もまた立ち上がり……

 なんともお約束を詰め込んだような代物だが、わずかな自由時間を無駄にせずに済む。時計を見上げれば、もうすぐ日付が変わるころ。全て見終わるのは難しいかと目線を落とせば、そこには鉈の刃が窓から差す光の筋を反射していた……

 


異世界生活56日目、夏の10日



 どうやら寝ている間に襲撃、ということにはならなかったようだ。寝付けなかったのか、食堂で目の下にクマを作ったアルフィリアと二人、並んで席に着く。



「なんだい、今日は二人して悪い夢でも見たのかい?」


「サンドラ……最近噂になってる、歩く死体の話、知ってる?」


「ああ……ここ何日かで出てきた噂だろ? それがどうしたんだい」


「見たのよ……昨日」


「ほお、それで、どんな奴だったんだい?」



 茹でた芋を切りながらも、その言葉にサンドラは関心を持ったようだ。普段は自分で注がなければいけない水を、コップに入れてアルフィリアの前に置きながら続きを促す。



「どんなって……気持ち悪い奴だったわ。明らかに死人って感じだったし、首に大きな傷はあるし……で、噂通り言ったの。イチローの前に立って『肉をくれ』って」


「(……? そんな事言ってなかったはず……)」


「なるほどねえ。で、イチローはどうなんだい、目の前で見たんだろ?」


「見ましたが……一体誰なのか、までは。矢も一発、確かに命中させましたが、効いた様子はありませんでした。動きが人間離れして機敏で……すぐ逃げてしまったので、それ以上は何も」


「ふうん……目的も正体も解らない。ただ居るのは確か。噂になるわけだね」

 


 やはり街の住人として、地元の妙な噂は真相を確かめたいのだろうか。あるいは単に噂好きということも考えられるが。とにかく、昨夜の話を話題に朝食を終え、中庭でサクラに餌をやるアルフィリアに先ほどの疑問をぶつける。



「あの死体……『肉をくれ』と言っていましたか?」


「え? 言ってたじゃないの。あんなにはっきり、目の前で」


「……私には、意味のない音にしか聞こえませんでした」


「ん~……」



 干し肉を食べて尻尾を振るサクラの背を撫でながら唸るアルフィリア。少し考えて何かに気付いたのか、「ああ」と言う声と共に顔を上げる。



「わかった、あんたのそれって、音が基準じゃないのね」


「この、うなじの印ですか?」


「そう、私その手のにはあんまり詳しくないけど……意識を操作して、相手の言語に感じさせる……ような物なんだと思う。じゃなきゃ、同音異義語に対応できないもの。だから、ただ発音しただけの物は、伝わらなかったのね」


「なるほど……」



 言われてみれば確かに。学校の英語の勉強もリスニングで苦労した覚えがある。日本語と英語のように単語の順番が変わっていることもあるのだから、単純に音を変換するだけではここまで滑らかな翻訳はできないだろう。それはさておき、アルフィリアは言葉を続ける。



「……つまり、あの死体は意思があるわけじゃなくて、何らかの方法で言わされてるに過ぎない。ということは、黒幕が居るってことよ! その黒幕を見つければ、万事解決ね!」


「はあ」


「なによ『はあ』って。もうちょっとこう……『そうか、よーし!』ってなりなさいよ」


「いえ……別に事件を解決するつもりはありませんので」


「えっ」



 鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこのことを言うのだろうか。目を丸くしたアルフィリアはこちらの対応が疑問のようだ。



「え……なんで?」


「何でと言われましても……別に黒幕を捕まえても得なことが無いですし。そもそも死体を動かすのは違法なんですか?」


「え~……それは……どうなのかなあ。うーん……でも、今度は襲ってくるかもしれないじゃない! 店からの帰り道よ? また遭遇しちゃう可能性は高いわ」


「それはそうですが……夜に出歩いたりしないようにして自衛した方が賢明では?」


「そうかもしれないけど……あんた、利益がないと動かないわけ?」


「自分から面倒に関わるのは嫌、とあなたも言っていたはずですが……」


「う……言った、けど……わかった、じゃあいい」



 アルフィリアは不機嫌になって部屋に引っ込んでしまった……しかしこちらも生活費を稼がねばならない。今の手持ちは銀貨100弱。このうち50枚は次の家賃として支払うことが決まっていて、加えて1日の生活費が食費だけでも最低銀貨1枚は無くなる。決して、余裕のある状態とは言えないのだ。体が動く間は仕事をして稼いでおかなければならない。



「上手い事、機嫌を取っておいてくれないかな……」



 そんなことをサクラに言ってみるが、どこか気の抜けた鳴き声が一つ帰ってきただけだった。いずれにしても、ここで立っているわけにも行かない。サクラの白い毛並みを一度撫でてから、次なる仕事は無いかと、広場に足を向けた。


 曇り模様の空の下では、街並みに漂う空気もどこか重いものに感じられる……あるいは昨晩にみたアレのせいか。それともあるいは……そんなことを思いながらも、直営酒場に足を踏み入れ、何か仕事は無いか尋ねるが……



「今の所、回せそうなものはねえな」


「無い、ですか……」


「ああ、こればっかりはどうしようもねえな。間が悪けりゃこんなもんだ」


「……次に回せそうなものが来るのは、いつになりそうでしょうか」


「さてな。明日かもしれねえし、10日後かもしれねえ。こればっかりは運次第だ」



 余裕がない一番の理由はこれだ。自分達に回される仕事は常にあるとは限らない。まだ行動範囲の狭い自分にとっては尚更だ……狼か何かを狙って毛皮を獲ると言う手もあるが、これはこれで獲物を見つけられるかは運次第、外出用の保存食は普通の食事よりも高くつく、と結局リスクは付いてくる。

 待つべきか、それともすぐにでもウーベルトを探して狩りに行くか……遅めの朝食をとる探検者たちの話し声をシャットアウトしつつ、どうした物かと考えていたが、そこでふと思い出したように、店主が言葉を続けた。



「そう言えば、だ。昨日話した、歩く死体なんだがな」


「ああ……あの」



 帰り道で遭った、と言ったらこの店主は信じるだろうか? それを証明する物も無いので口には出さないが。



「早くも、賞金がかかったらしいぜ」


「賞金?」


「ああ、興味があるなら、組合で聞いてみな。もっとも、駆け出しには不相応だろうがな」



 ここで悩んでいても始まらない。新たな選択肢が手に入るのならばと、店を離れて反対側にある組合の建物へと足を運ぶ。



「賞金首の話、ですか」


「少し、耳にはさんだので……どんなものか聞いておこうかと」


「では制度の説明から致しますので、椅子に掛けてお待ちください……居るのよね、ちょっと上手く行ってると調子乗る人って」



 例によって小声の後半はなぜか棘がある。それでも受付を任されているということは相応に有能なのだろうか。とにかくこの組合で小間使いをしているジーノが資料を持ってきてくれた。



「こんにちは! まさかもう賞金首に挑戦なんて、勢いが止まりませんね!」


「……説明を」



 このジーノ……組合の皆からは君付けで呼ばれている少年だが、どうにもやる気が溢れすぎているというか、声が大きいというか。ウーベルトのはお世辞だが、こっちはどうやら本心らしいのがなんともやりづらい。そんなこっちの内心はおそらく気付かないまま、ジーノは賞金首に関しての説明を始める。



「賞金首というのは、組合がお金を預かってその行方を追っている相手の事です。家出したお金持ちのお嬢さん……なんてのも無くは無いですけど、ほとんどは犯罪を犯して逃げてるとか、被害の大きい魔物やベスティアンだとかそんなのです」


「それで、その賞金首をここに連れてくればかけられた賞金が入る、と」


「はい、ほとんどは生死問わずなので、その相手だとわかる部分……大体は首ですね。それを持ってきてもらうことになります」


「……しかし、その賞金首と、普通の依頼との違いはあるのですか? 特定の個体を倒す、という依頼で良いような気もしますが」


「えーと、それは、ですね……えっと……」


「……お金の出どころが違うんです」


「アデーレさん」



 答えに詰まったジーノに助け舟を出したのは……あの小声が隠れきらない受付嬢。名前はアデーレと言うらしい。



「依頼は様々な個人や組織、つまり私人から出されるものですが、賞金は国……もとい、市が出す公的な物です。なので、探検者でない人でも賞金首を受け取ることができます。もっとも、そちらからすれば大した差は無いでしょうからあまり気にする必要はないかと」


「あ、そう、そうでした!」


「ジーノ君、もっと勉強しなさい」


「は、はい……」



 表情を崩さず淡々と説明を終えるとアデーレは持ち場の受付に戻っていく。反面ジーノは意気消沈という所か。



「そ、それでですね! 賞金首と言っても色々ですけど、どんな相手を狙うんですか? トレコリーナ丘陵の巨人、はこの前倒されちゃいましたし……『馬盗り』オブリクオとか……」



 気を取り直し、賞金首のデータベースか何からしいファイルをめくっていくジーノ。その彼に、今回の目当てを告げる。



「最近追加されたという、動く死体は?」


「えっと……あ、これですね。『肉を求める死人』賞金が銀貨50枚。最近噂になってるみたいですね」


「何か、こう……情報はあるでしょうか」


「うーん、と……噂になってること以上の情報は、今のところないみたいです。目撃場所は島の南半分に偏ってるみたいですけど、そもそも北は日陰地区ですから……」


「そうですか……相手は人間の死体ですが、仮に倒したとしてもどうやってそれが本物だと証明するのですか?」


「生け捕り……は難しいでしょうから、倒したという報告から、目撃証言が無くなったかとか、そういうので判断することになると思います。ですので、すぐにお金をお渡しすることは……」


「わかりました。別に騙るつもりも有りませんが……ひとまず、動いてみます」


「気を付けてくださいね!」



 一先ず聞くべきことは聞いたので、組合から広場に出る。賞金首を探すなど当然未経験。よって、先達の知恵という物を借りることにした。

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