五章の6 今後の事で……
異世界生活52日目、夏の6日
来た時と同額の宿賃に馬車代を支払って、テルミナスへの帰路へと着く。馬車はトラブルに巻き込まれることもなく、牛の群れの横を通り、東へ進む馬車とすれ違い、テルミナスの象徴、そびえたつ塔が地平線に姿を現した。
門では簡単な荷物の検査を受けたものの、特段問題になることもなく通過することができた。あからさまに怪しい物品である、マテリア、とやらも含めて。
「西門の税関とは随分違うのね。ちょっと拍子抜けって感じ」
「まあ、見慣れない物を取り締まってちゃあ『新発見』が市内に持ち込めなくなっちまいやすからな。よっぽどの物でない限りは素通しでさ」
「まあ、それは確かにそうですね」
太陽は天頂から随分と傾いたが、空はまだ一面青に染まっている。行き交う探検者たちの合間を抜け、組合を目指す道すがら、ウーベルトが口を開いた。
「さて、旦那。これは重要なことなんでやすがね……分け前に関してはキッチリと決めておいた方が良いですぜ」
「その話は……」
「ええ、あっしは5分の1と決めてやすがね? 薬師殿は違うでしょう?」
「取り分かあ……それは考えてなかったわね」
「良い機会でやすから、お話しておきやしょう。取り分の決め方は大体二種類。一つは単純に入った金を人数割りする方法。一番簡単で揉めにくい方法ですな」
「割り切れない時もあるのでは?」
「まあ、それは打ち上げの足しにでもしちまうのが一般的ですな。で、もう一つが純利益を人数割りする方法。ちいと面倒にはなりやすが、ある程度互いの勝手がわかるようになった集団はこれが多い」
そう言われて思い返せば、門に居た探検者に一人だけという者はあまり見かけず、大概が3~8人程度の集団で集まっていた。固定パーティーとでもいうべきか、常に同じメンバーで動く集団になれば、色々と細かいルールを決められるようになるし、必要になるということだろう。
「純利益と言うと……私の薬とか、イチローの矢の代金とかを引いた額ね」
「へい、旦那もチマチマ矢を回収しているようですが、所詮消耗品。消耗品は全員のための物ってことで……言い換えれば全員で経費を負担するやり方ですな」
「ですがそれだと、消耗品を多く使う人と少なく使う人で不公平感が出るのでは?」
「それはどっちでも同じことでさ。立場が逆になるだけだ……この方法の利点は、単純に人数割りして赤字の奴が脱落、なんてことが無いことにあるんでさ」
「なるほど、だからある程度お互いに勝手がわかった……つまり、いつも組んでるような人たち向けなのね」
「そういうことで。まあ、これはこれで色々揉める事があるんでやすがね。今回の旦那みたいなのもその一つですな」
「私が? どういうことですか?」
「鎖帷子と槍でさ、旦那。売るならいいが、旦那が自分で使うとなると、『売値の分を取り分から減らすべき』だとか『いや利益には算入しない』だとか……ま、要するに考え方の違いってのがどうしても出てきちまうんでさ」
「なんか……嫌ね、せっかく仲良くなった人がそんなことで喧嘩するのって」
「人と人のもめ事ってのは、半分は金がらみ……だからこうやって、あらかじめ心構えってのをしておくんで」
「そう言う物なのね……それで、今回はどうするの? イチロー」
アルフィリアの言に、少し考える。鎖帷子は試しに付けてみたが、やはり金属製だけあって重く、長距離の移動やいざという時の素早い行動に支障が出ることはまず間違いない。しかし初めて手に入れたまともな防具と言うのが、売るという選択肢を選び難い物にしている……そうこう考えている間に、組合の前に来てしまった。否応なく、決断を迫られることになる。
「はぁい、お待たせしましたぁ。依頼料が銀貨45、討伐奨励金が銀貨7枚、鎖帷子が金貨2、槍は銀貨30で……全部で金貨3と銀貨32枚になりますけど、良いですかぁ?」
「はい、ではそれで」
「はぁい、ジーノく~ん。お願いね?」
「ベスティアンとの戦いも無事潜り抜けたんですね! この調子で頑張って下さい! 僕、応援していますから!」
悩んだが、結局売ってしまうことにした。槍はそれなりに練習をしなければうまく扱えないだろうし、鎖帷子もやはり重量が気になった。相変わらずどこか間延びしたような……良く言えばのんびりした印象の女性係官とジーノ君にまとめて引き取ってもらい、今回の依頼は完了となる。
全額を銀貨で受け取ってから、列を作っている同業者から離れてベンチで待つ二人の元へと戻り、先ほどの話を実践することとなった。
「では、ウーベルトさんには銀貨36と銅貨4……お釣り有りますか?」
「ええ、ありますとも」
「そして残りを……山分けにしましょうか」
「イチローがそれでいいなら、貰っとくわね」
「では、銀貨72と銅貨8……綺麗に割り切れましたね」
それぞれ自分の銀貨袋を取り、組合の建物を後にした。空は少し赤みを帯びて、直営酒場や広場の店が次々と人を呑んでいく。
「それじゃ、あっしはこの辺で。またお声がけよろしく頼みますぜ、旦那」
ウーベルトもまた、その中の一人となって雑踏に混ざっていった。これで今回の仕事もすべて終了。前回は家賃の残りを払うのに大半を使ってしまったが、今回はすべて手元に残る。それをどう使うかは後で考えるとして、ひとまず直近の課題に目を向ける。
「……夕食、どうしましょうか」
「何か食べたいものあるの?」
「いえ、特には」
「じゃ、適当に野菜と魚でも買って帰りましょ。まだ店開いてるといいけど」
閉店の目立つ商店街で食料品を調達してアパートに帰る。喉が渇いていたらしいサクラが水汲み場に直行し、門が軋む音で、サンドラが顔を出した。
「なんだい、帰って来たのか。まあ、ちょうど晩飯を作ろうかという所だ、手間が省けたよ」
あまり嬉しくない出迎えを受けてから荷物を下ろし、買ったばかりの食材を調理する。ニンニクで風味づけをした青魚と、刻んだ野菜が食卓に並ぶ。
「ほーお、何をしについていったのかと思えば、新しい薬の材料をね」
「ええ、いくら売れててもそれに胡坐をかいちゃだめだもの」
「商売熱心だねえ……で、イチローの方はどうなんだい」
「どう、とは……」
「ベスティアンと戦ったんだろう? 知恵があって、言葉も使う相手を殺した感想はどうだい?」
こちらを見るその表情は「意地悪ばあさん」という単語が良く似合いそうだ。どうだと言われても、正直なところ返答に困るのだが。
「別に、何も……勝てて良かった、と」
「ほう、そうかい……」
「反省点はいくつか。最初に見えたのを倒した時点で油断せず弩の準備をしていれば、最後の一体も楽に倒せたかもしれません」
「ふん、まあ生きて帰って来たんだ。その反省を生かすことだね」
何が言いたいのか今ひとつわからないが……とりあえず夕食を終える。皿洗いを済ませて出ると、サクラがアルフィリアから餌をもらっている所だった。
「お疲れ。探検者って、毎回こんな感じなのかしらね」
「まだ二回目ですから、なんとも」
「そう……ねえ、ちょっと相談なんだけど」
「なんでしょうか?」
干し肉の袋を抱えながらも、真剣な様子だ。緑の目がこちらをしっかりと見据え、次の言葉を紡ぐ。
「これからも、時々私をベスティアに連れていってくれない?」
「薬の材料のためですか?」
「うん、色んな植物や動物が居るでしょ? それを使えないか、調べたりしたいのよ。新しい種類の薬が作れれば、名前も売れるしお金も入るし、イチローだって旅先で薬を調達できれば助かるじゃない?」
「私ではなく、もっとちゃんとした相手にお金を出して頼むべきかと」
「……色々考えて、やっぱりあんたかなって思ったんだけど」
「荷が重すぎます。自分一人の身を守るのに手一杯なのに、あなたまで守ることはできません」
「できたじゃない。今回も、前の狼の時も」
論破してやった、と言わんばかりにアルフィリアは笑みを浮かべる。確かに結果的にはそうなったかもしれないが、計算して実力でそうなったわけではない。ただ、運が良かっただけだ。あるいは、それも含めて実績だと言いたいのかもしれないが。しかし……
「次も上手く行くとは限りません」
「そんなの、誰でも同じことじゃない。私はあんたを信用することにしたの」
「はあ……」
思わずため息が漏れる。この50日ほどの付き合いで、彼女がこういう時自分の意見を変えない性格だというのは理解した。なので……
「わかりました……しかし、私も遊びに行くわけではないんですから、毎回とは行きませんし、こちらの都合を優先してもらう、ということで良いですか?」
「ええ。それから、今回みたいに沢山お金出したりしなくてもいいからね? 私は薬の材料が手に入ればそれで良いんだから」
「……では、またベスティアに行く用事ができたら、声をかけます」
「うん! 私も傷薬以外に何か作れないか考えてみるから。損はさせないわ」
「じゃあ、私は休みますので」
「ええ、おやすみ。私はもうちょっとサクラと遊んでるわね」
棒を投げて取ってこさせたりしているアルフィリアを背後に、自室に戻ってベッドに転がる。
ああいった、自分の意見を曲げない相手は説得しようとするだけ無駄、諦めて合わせた方が結局楽だというのは、これまでの経験から良く解っていた。少なくとも一方的な要求ではなく、向こうからもメリットを提示しているのだから、無碍に否定する必要もないだろう。
「(それにしても、ガッツがあるというかなんというか……)」
いくら治療できるとはいえ、襲われ槍で刺され、それでもなお行きたいという彼女の情熱には、ある種の敬意すら覚える。もし自分だったら、生活するのに十分な収入があれば危険を犯したりはしない。それが将来的にも安定しているであろう職業ならなおさらだ。
「よーしよし! 偉いわよ~、サクラ!」
外から聞こえる楽しそうな声は、完全に飼い犬と遊ぶ少女のそれ。そんな強い意志は感じ取れないが……これはほんの一面でしかないのだろう。そして、彼女と遊ぶサクラ。まだ子供だと思っていたが、その狼としての能力は十分に役立つ物だった。なによりも、明らかにこちらの言うことを理解している。
「お手……ちーがーうー、舐めるんじゃなくて手を置くの! あたっ!? 甘噛みもちがーう!」
……そうでもないのかもしれないが、サクラが役に立ったことは確かだ。これからも成長するということを考えれば、頼れる仲間となってくれるかもしれない。アルフィリアも、現地で薬を作ることができるのであれば、薬代が浮くだけでなく、不慮の怪我や病気への対応、ひいては旅の安定にもつながるはずだ。問題はウーベルトが錬金術を受け入れるかどうかだが……
「(あの様子だと厳しいかな……良い歳なんだし、大人の対応ってのをしてくれるといいんだけど……一緒に行動するのは避けた方が良いか? けどガイド無しってのはな……行ったことのある場所だけアルフィリアと行くとか? けど未知の場所でこそ備えが欲しいし……)」
あれやこれやと考えているうち、窓の隙間から差し込む夕日は消え、表の声も止む。それに合わせるかのようにこちらの体もまた、新大陸の疲れを癒そうとするかのように眠りの中に沈んでいく。
探検者の真の舞台、ベスティア大陸での仕事と戦闘。いわば探検者として本当の第一歩は、こうして幕を下ろしたのだった。




