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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第五章 勇気を出して初めてのベスティア 編
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五章の2 動物との触れ合い

異世界生活49日目、夏の3日



 朝食は3人と1匹で食べるため、出し抜いて先に出発するということもできず……集合場所である探検者地区の広場でアルフィリア及びサクラと一緒に、ウーベルトと合流することになった。

 アルフィリアの旅装束はここに来て以来だが、前とは服装が違う……上は変わらずの白い外套だが、下がズボンだったのが、ブーツが見えている。



「……前と服が違いますね」


「こっちは暑いもの。動きやすさはそう変わってないし、心配しなくても草だの枝だのじゃ破れたりしないから」



 下を短いものに変えたらしいアルフィリアと共に待つ事しばし。荷物を背負ったウーベルトが掲示板の影から姿を現した。



「おはようございやす、旦那……そちらは薬師の、アルフィリアさんでしたか」


「ええ、今回は私も同行するわ」


「ええっ? いや、旦那が良いとおっしゃるなら、あっしから言うことはありやせんがね……?」


「断れない相手なんです……察してください」


「ははあ……旦那も大変でやすな。それで、その……この前捕まえた魔獣も連れていくんで?」


「サクラよ。噛んだりしないから安心して」


「そういうわけで、今回はこのメンバーで行きます。普通にキノコを取って終わりになることを願いますが……」


「まあ、そうなってくれれば一番でやすな。そいじゃあ、出発しやしょう。袋の方はあっしが確保しておきやした」



 ベスティア……この街の東側の大陸にはまだ行ったことが無い。ウーベルトを先頭にして、広場から伸びる中でも大きな通りを行く。左右には武具を扱う店や、何やら探検者がたむろする建物が並んでいる。

 ウーベルト曰く、ここはベスティアへの玄関口であり、そこを目指す探検者向けの武具店や、チームを組んでいる探検者たちが使う事務所が並んでいるのだそうだ。

 そしてそれらの並びを抜けて一番奥にあるのが東の街門。西側と違い全体的に黒ずんでいて重厚な印象を受ける。それが意図しての物か、単に掃除が行き届いていないからかは判断できないが。

 西ほどではないものの、人の往来は決して少なくない。殆どは自分と同じ探検者らしいが、中には農民のようにしか見えない者も居る……



「おい、どけ!」



 三人横に並んでいた隣を、馬車が通り過ぎていった。客車の後ろにさらに荷台が増設されており……そこには、直径50cmはありそうな生首が乗っていた。



「もう、危ないわね!」


「今のは……」


「探検者の一団でやすな。中堅以上にもなれば、ああやって自分たちの馬車なんかを持ったりもするんでさあ」


「私が言いたいのはあの生首の事です」


「ああ、あれが魔物でさあ」


「ベスティア大陸にすむ危険な生物……でしたか。しかし、まるで人間の生首に見えましたが……」


「ああ、人型の魔物もいやすよ。ベスティアンと言って、知能もあって人間みてえに道具を使う。なかなか厄介な相手でさ」


「首であのサイズって……全身だと、人の倍以上あるんじゃないの……?」



 人と同じような体型だとしたら、身長は3~4m。巨人とでもいうべき存在だ……西の大陸では少なからず地球の常識が通用したが、ここからはそうもいかないのかもしれない。



「まあ、あんなもんが出るのはもっと奥地の方、今回のキノコ狩りで出てきたりはしねえでしょう」


「そ、そうよね。いざとなれば走って逃げちゃえば……」


「体が大きければその分足も速くなりますから、多分無理ですね」


「うぅ……」


「その代わりデカい分目立ちやすからね。先に見つけりゃどうってこたありません」


「そうね……心配ばっかりしたって仕方ないし!」


「行くのは決定事項ですからね……それじゃあ、ひとまず門から……」


「お待ちを、旦那。村までは駅馬車を使った方が早い。片道二日ってのも、駅馬車を使った話でさあ」


「駅馬車……ですか。聞いた話では、未開の大陸だという印象でしたが」


「まあ、未開にも程度ってもんがあるんで。一先ず馬車を捕まえやしょう、ウンチクはそれからでさ」



 街門の手前は道が広くなって馬車が並んでおり、さしずめ駅前のバス乗り場か何かの様な印象を受ける。待合所らしい建物の上に乗った時計台が、それらしさをさらに増していた。



「(あの時計は、やっぱり慣れないな……)」



 二本の針で時刻を示すところは地球と同じだが、この世界の時計は数字が十個しかない。分針が一周で一時間なのは地球と同じだが、時針は一周で一日が経過する。時間の刻み方には相応の背景があるのだろうが、自分にとってはどうにも違和感しかない。もっとも、時計自体がそれほど普及しているものではないらしく、あまり目にしない物ではあったが。

 違和感と言えば、ここに集まる人の姿もそうだ。『終端にして始点』でもそうだが、半人半獣の者は置いておくとして、人間でも髪の色が妙にカラフルな者が半分以上を占める。全てが全て異界人と言うわけでも無いように見えるが……



「なーんか、みんな髪を染めてるのね?」


「ああ、まあ流行みたいなもんで。見た目を飾るためやら、特定の集団に属してるって示すためだったり……」


「しかし、あんな派手では見つかりやすくなるのでは?」


「それも目的の一つでさ。もし魔物に食われちまっても、髪の毛は大抵消化されずに出てきやすからな。そいつが誰だか判別する手掛かりになるってわけで」


「う……そ、そういうこと……」


「死んだ後で誰かわかっても、意味がないのでは?」


「いやあ、そんなこたありやせんぜ旦那。帰らない相手がどうなったのか、それを知るだけでも救われるって人間は沢山いるんでさ」


「ああ……遺産の問題とかありますからね」


「いや、そういうことじゃないと思うけど……」



 文字通り十人十色な髪を横目に、広場に並ぶ馬車のうち一台に乗り込み、乗車賃として銅貨8枚を出す。アルフィリアの分は自腹だ。自分で付いていくと言ったのだからそれくらいは出してもらう。


 時間になり馬車が出る。門には税関も無く、スムーズに通過することができた。門と同じく重厚な印象の石橋を通り、目前に見えるベスティア大陸へと馬車は進んでいく……



「まあつまり、探検に行って帰ってきて……『安全なルート』が確立したら、そこから開拓者が行って拠点を作って、そこからさらに安全なルートを、と。そんな感じで木の枝みてえに道が開拓されてるんでさ」


「ふーん……じゃあ、結構奥地まで探検されちゃってるんだ?」


「そうとも言えやすし、違うとも言えやすな。言った通り木の枝状なんで、そこかしこに『隙間』があるんでさ」


「その『隙間』を探索すれば、新発見があるかもしれない、と」


「へえ。まあ、今の旦那にはまだ早いかと存じやすが……おっと、旦那、いよいよベスティアですぜ」



 ウーベルトの講義を聞いているうちに、馬車は橋の先端へと近づいていた。窓から外を見ると、海から突き出た断崖絶壁が水平線の彼方へと続いている……この馬車が走る巨大な石橋すら、その大地のスケールの前ではか細い物に見えて来る。とはいえ、崩れるということもなく馬車は橋を渡り切り、土に刻まれた車輪の跡をなぞるかのように、海風の吹き抜ける草原を進んでいった。


 進み続けてどのくらい経ったか、テルミナスの建物が全て地平に消え去った頃、右手に何か動く物が見えた。



「あれは……?」


「ありゃ野牛でさ。牛くらい見たことがあるでやしょ?」


「おっきな群れね……あ、上手く狩ってお肉にできないかしら?」


「サクラは飼うのに、牛は狩るんですね」


「だ、だって牛肉は美味しいし……サクラにもやっぱり生のお肉の方がいいかな~って思うし……もう! 意地悪言わないでよ!」


「ははは、まあ止めておいた方が良いでしょうな。普段大人しいとはいえ、下手すりゃ群れにまとめて反撃を食らってペシャンコでさ」


「それに、結構離れています。わざわざ近寄って時間を……」



 三人で牛の群れに気を取られていると、突如サクラがうなり声を上げ、周囲が一瞬暗くなる。地面を黒い影が走り、暗くなったのは馬車がその影に覆われたからだと気づいたとき、牛の群れに空から巨大な、鷲のような生き物が飛び込んだ。



「あれは……」


「ほお、珍しい! テルミナス大鳥の狩りを間近で見れるとは!」


「テルミナス大鳥って、あんなに大きいの!?」


「ありゃあ特別でさ! 『レラパーチェ』! テルミナス大鳥の中でも一番デカい奴だ!」



 驚きもつかの間、テルミナス大鳥は一頭の牛をまるで小さな鼠のように持ち上げ、飛び去っていく。その胴体と翼には、はっきりと黄色い光の線が見えた。



「魔獣なんですね……」


「ええ、と言っても、人は襲わねえんで。まあ、あのサイズにもなりゃ、あっしらなんて食いでが無くて、わざわざ捕まえたりしねえんでしょうなあ」


「北の方に飛んでく……あっちに巣があるのね」


「ええ、あっしがガキの頃にゃ、巣に行って卵を一個持って帰りゃ一年は遊べたって言いやすが……今じゃ養殖出来ちまうんで、昔の話でさ」



 レラパーチェの襲撃で、牛の群れもどこかに行ってしまったようだ。結局馬車はそのまま進み、昼になって一度休憩を取ることになった。御者の老爺がサービスで淹れてくれたお茶を皆で口にする。



「なんていうか……思ってたよりもずっとのどかな感じね……」


「このあたりはほぼ安全が確保されてやすからな」


「これなら、サクラをちょっと散歩させてあげてもいいかな……」


「あまり油断するのはどうかと……」


「ちゃんと見える範囲でやるから。いつまでも馬車の中でじっとしてるんじゃ退屈だろうし」


「……なら、私も行きます」


「どうぞごゆっくり……と言うほども時間もねえでしょうが、いってらっしゃいやせ」



 馬車の車輪に繋がれていたサクラを連れて、アルフィリアは草原を散策し始めた。海風は随分と和らぎ、サクラも心なしか楽しんでいるように見える……のは、散策を始めてすぐアルフィリアを引っ張って走り出したからだろうか。



「サ、サクラ! もうちょっとゆっくり!」



 思えば、広い草原を駆け回ると言うのはサクラにとって初めての経験なのだろう。生まれは森で、連れ帰るときには拘束されていたのだから。

 サクラはアルフィリアを引っ張りながらそこかしこを走り回り……急に足を止める。後ろを走って追いかけていたこちらも、それでようやく追いつくことができた。



「はぁ……もう、サクラぁ……転んじゃうじゃないの……」


「……フードが外れかかってますよ」


「へ? あ、わわ……」


「……あれだけ色とりどりの髪が居るんですから、その青い髪も目立たないのではないですか?」


「私も、外してみようかなって思ったんだけど……よく見たら、青い髪の人は居なかった」


「そう言えば……」



 言われてみれば確かに、並ぶ人の髪の中に青、というか寒色系の物は無かった。服や看板に青色は見かけることから、染料がないとか、文化的に青が忌避されているというわけでもないだろう。



「やっぱ、今回は部外者も居るわけだし? 慎重に行った方がいいかな、って」 



 アルフィリアはどこか自嘲気味な笑みを浮かべる。どうにも怖いもの無しと言う印象の強い彼女だが、差別……と言うよりは迫害と言うべきだろうか。それは恐れているらしい。



「いっそ、あなたが染めてしまうのはどうですか?」


「それは……だめ、できない」


「なぜ?」



 髪の色で差別されるなら、染めてしまえばいいはずだ。毛染めが流通していることもすでに解っているのだから、一番手っ取り早い解決方法に思えるが……



「この髪は……」


「髪は?」


「まあ、なんていうか……私が私である証って言うか? 生まれ持ったこの髪の色まで偽物にしたら、私が私として受け入れられたことにならないって言うか……」


「(ありのままの……ってそんな映画あったな)」


「と、とにかく! 私は染めたりはしないから。見た目を誤魔化すんじゃなくて、実力で認められてみせるわ」


「……そうなれるといいですね」


「なるの!」



 フードは誤魔化しに入らないのだろうかとは思ったが、本人が気にしていないようなので構わないのだろう。いずれにしても、変に湿っぽいよりは快活な方がアルフィリアらしいとは思えた。



「では、そろそろ……ん?」


「あら……どうしたの、サクラ」



 そろそろ戻るべきかと思ったとき、立ち止まっていたサクラが地面の臭いをかいでいることに気づく。右に行き左に行き、何かを確かめている様子だが……少しずつ足を進め、草原の一角へとアルフィリアを引っ張っていき、短い草を前足でかき分け……そこにあった小さな丸い穴に鼻を突っ込む。だがその穴は深いらしく、何も得られないまま土で汚れた鼻を振った。



「なにこれ、何かの巣穴?」


「そのようですね……臭いを嗅ぎつけたのでしょう」


「ん~……なんとか調べられないかしら」


「出ても、精々ネズミか何かだと思いますが……」



 穴を掘る道具など持ってきてはいない。小動物か何かが掘ったらしいその穴はかなり深く、奥が見えないが……



「うーん……あれ使ってみようかな」


「あれ、とは?」


「前に、狼撃退するのに使った薬あるでしょ? あれよ」



 アルフィリアは裾の中から見覚えのある瓶を取り出し、その穴の中へ液体を注ぎ込む。



「サクラ、穴から離れるんだ」


「そうそう、サクラこっちこっち」



 穴から二人と一匹で穴から下がり、様子を見て少しした時。サクラはアルフィリアの手を振り切り、猛然と駆け出していく。



「あ、サクラ!?」



 サクラの駆ける先には、何やら茶色い動物が走っていた。すばしこく逃げるそれだが、リードを引きずってなおサクラの方が早かった。追いつき、噛み付きながら転がって止まる。しっかりと牙で捕えたそれは、2~30cmほどのネズミのような生き物だった。



「……やはりネズミでしたね」


「それにしては、大きくない? 何かしらこれ」



 手に取って確かめようとしたが、サクラはしっかりとそれを足で抑え込み、うなる。



「別に取ろうっていうわけじゃ……」


「おおーい、旦那ぁ!」



 そんな折、ウーベルトがこちらへとやってきた。どうやらそろそろ出発の時間らしい。



「おや……何してるんでやすかい?」


「サクラが何かを捕まえたのですが……毒がある生き物ではないかと」


「サクラ~……見るだけだから、ね?」


「へえ……? なんだ、ただのトリネズミじゃあないですか」


「トリネズミ? 飛んだりするわけ?」


「いや、味が鳥肉に似てるんでそういうんだとか。まあ、好き好んで食うもんでもありやせんが、別に毒ってわけじゃあ……」


「そうですか……サクラ、食べて良し」



 言うや否や、サクラは足下のトリネズミを齧りだす。口が血で濡れ、骨を砕く音があたりに響いた。



「うぇ、結構生々しいわね」


「まあ、狼の食事ですからね……」


「一歩間違えりゃ、あっしらがこうなるんでさ。お気をつけなすって」



 ネズミをあっという間に平らげたサクラは満足げな声で一声鳴く。そのサクラを連れて、三人で馬車の所まで戻り、休憩を終えて出発した。



「……そういえばさ、私手を離しちゃったのに、逃げなかったわね、サクラ」


「そういえば、そうですね」


「これは、私にも懐いてきてるってことじゃないかしら!?」


「(単に未知の土地で餌くれる相手から離れたくなかっただけだったりして)」


「まあ、あれだ。こんなに動けるなら、猟犬として使うって言う手もありやすな」


「猟犬ですか……」



 猟犬、確かにそんなものが居たら心強いだろう。言うことも聞くし実際向いているのかもしれない。そんな他愛もない話や、中断していた文字の勉強などをしているうちに日は傾き、草原の中に村が姿を現した。



「あれがプリモパエゼ……ま、平和なところでさ」



 平和なと言う割に、村の周りは木の防護柵で囲われており、ちょっとした砦と言うか、拠点と言う印象を受ける。もっとも、その周りに牛が放牧されていたりして、確かに緊張感のある場所ではないようだ。家々の間にはそれなりに人通りも有り、酒場や宿らしい建物も見える。



「普通は休むついでに行先の情報を集めたりするんでやすが……今回は近場だ、そこまで気合を入れる必要もねえかと存じやすが……」


「……いえ、念を入れておくに越したことは無いでしょう」


「承知で。じゃあみんなそろって酒場に行くとしやしょう。どの道飯も食わにゃいけやせんし」



 一軒だけある酒場に一同で入る。テルミナスでもそうだが、サクラを連れて入っても特段とがめられることは無いようだ。毛皮を持つ異界人もいる中、動物一匹程度を気にしていられないということなのだろうか。



「んん? なんだいウーベルト、その若い子たちが今度目を付けた連中ってことかい?」


「目をかけた、って言ってくんねえかなあ、女将さん」


「そんな大物じゃないだろう、あんたは。で、何にする?」



 ベテランだけあって、慣れた様子で恰幅のいい女将とやり取りをするウーベルト。

注文をするついでに、このあたりで変わったことが無いか聞いてみた。



「うーん、変わったことねえ……特にないと思うけど……」


「この近くの森で、ウサギノボウシと言うキノコが取れると聞いたのですが」


「ああ、取れるよ? けどなんだか最近は誰かが取ってるのか、数が少ないんだよ」


「それは、密猟ということですか?」


「密猟も何も、あの辺りは誰の物でもないからね。誰かが取って食うなり売るなりしてるんじゃないのかい?」


「うーん、まあそういうこともあるのかしらね……?」


「一応、依頼を出さなければいけないほど流通が減っている理由にはなるのでしょうか……」



 結局これと言って有用な情報も無く、食事を終えて宿屋に向かった。テルミナスまでの道中で見かけた様な木造の平屋、そして節約のために自分は馬小屋と言うのも、また変わらない物だった。しかし……



「……どうしてこっちに?」


「サクラは駄目だ、って。糞されたら困るから」


「ああ……」



 飼い主が起きているならともかく、寝ているのでは世話もできないからということらしい。当のサクラは呑気に夕食の干し肉を平らげ、満足げだ。



「ふふ、サ~クラ~。よしよし」


「昼間ネズミを丸かじりしたんですから、あんまり擦りつくのはよくないですよ」


「感染には気を付けてるわよ。薬を扱う身だもの」


「それならいいのですが……」



 サクラにじゃれつくアルフィリアは随分と楽しそうだ。その声の横ではどのみち眠れそうにないのでその様を眺めていたら、緑色の目がこちらを向く。



「混ざらないの?」


「え?」


「あんただって飼い主なんだから、可愛がってあげなさいよ」


「では……ちょっと失礼して」



 サクラの頭を撫でてみる。短くて柔らかい毛は触っていて心地よい。



「耳を軽くなぞるのも良いのよね~。こう、ピクピクッてするのが可愛くて」


「サクラは玩具じゃありませんよ……」


「だって可愛いんだもの」



 どうにも、テルミナスに着いてからというもの、アルフィリアに緊張感が欠けているような気がしてならない。



「(まあ……当たり前と言えば当たり前か)」



 彼女が心配していた追手も結局姿は見せず、薬の売れ行きも好調らしい。彼女はテルミナスで確実に生活基盤を築きつつある。むしろ、気を張っている方がかえって不自然なのかもしれない。



「……イチロー? 無表情で撫で続けるのは、なんていうか……サクラ困ってない?」


「ああ……すいません。ちょっと考え事を」


「はあ……あんたってなんていうか、いつもそうやって難しそうって言うかムスっとしてるっていうか……もうちょっと明るくなれないの?」


「それは……」



 難しい注文を突きつけられてしまった。家に居た頃にも辛気臭いだのなんだの言われたが、こればかりは意識しても中々どうにもならない物だった。無理に笑顔などを作っても結局は気持ちが悪いなど……



「え……と、イチロー? 私、なんか悪い事言っちゃった? いや、言ったような気もするけど、別にあんたが嫌いだってわけじゃ……」


「いえ、なんでも……ただ、今は笑顔になるような状態ではないのは確かです。そもそも私は奴隷で、あなたに多額の負債もあるわけですし」


「奴隷って……そんなの書面上でしょ? 別に売ったりしないし、主人だからって何か強要したりなんて……あっ」



 アルフィリアの声が澱む。ついこの前、サクラを飼うために立場を持ち出したことを彼女も思い出したのだろう。



「……だ、だって! あそこで捨てられちゃったらサクラ可哀想じゃない! それに前から動物飼ってみたかったし、その……えっと……」


「別に、そのことを気にしているわけでは……」


「……ごめん。二度と言わない、約束する……あんたと私は、対等。それで、いいわよね?」



 普段の気勢はどこかへなりを潜め、緑色の目がどこか所在なさげに揺れる。そんな彼女に対して、返すべき言葉は決まっていた。



「そちらが、そうしたいというのでしたら」


「うん、それがいい……よし、この話はここまで! 明日に備えて、寝ましょ」


「はい、おやすみなさい」



 とりあえず自分の気持ちに整理をつけたらしく、アルフィリアは干し草の山に寝転がった。



「(対等……どこがだか)」



 たとえ立場と借金の件を抜きにしたとしても、自分とアルフィリアは対等ではない。あちらは自分にしかない特殊技能を持ち、それで生計を立てられている。おそらくこのまま行けば財産と尊敬も集めることになるのだろう。かたやこちらと言えば……底辺も底辺。厳然として存在するこの格差を前に、対等だと言われてもむなしいばかりだ。

 とはいえ、あそこで帰すべき言葉は決まっていた。ここでノーと言うメリットは一つとしてないのだから当然のことだ。かといって対等だということにしてメリットがあるかと言うとそれもまた微妙なところだったが。少なくともアルフィリアは納得したようなので、それがメリットと言えばメリットだろう。



「(悪気はないんだろうしな……いつか対等だと思える時が来たら、気持ちの良い言葉として受け入れられるんだろうか?)」



 夢想にもほどがあるか、と横になる。今向き合うべきは目の前の仕事だ。目を閉じて思考を止め、眠りの中へと意識を押し込んでいく。そうかからずに、その成果は出ることとなった……


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― 新着の感想 ―
[一言] >あんたと私は、対等。 >存在するこの格差を前に、対等だと言われてもむなしい  対等であって同等ではないという話ですね。  主人公の劣等感を表す話なのか、異世界の言葉として「フィフティフ…
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