五章の1 キノコと薬は切っても切れず
異世界生活48日目、夏の2日
この世界においては、昨日から夏だという。と言っても地球のそれと同じく、直前とさほど変わらない気候ではあるが。
この二日は小屋やら餌やら、サクラに関してのあれやこれやをこなすことと、噛まれた足の様子を見ることに使ったが、どうやら特段足に問題は無いようだ。となれば、またお金稼ぎに戻らないといけない。
朝食を済ませてすぐ組合の直営酒場へ向かう。ここの名前は『末端の最初』ではなく、正確には『終端にして始点』と言うらしい。また時間を見つけて、アルフィリアに文字を習う必要がありそうだ。それはさておくとして、再び依頼を請けようと、色黒の頭が光る店主に声をかけた。
「偶々か何だか知らねえが、魔獣を狩ったからって調子に乗るなよ?」
「気を付けます」
「ふん……そうだな、駆け出し向けなら、これが良いだろう。依頼番号1289、ウサギノボウシを一袋持ち帰る。銀貨45枚」
銀貨45。前回の狼狩りが、魔獣と言うイレギュラーを除けば毛皮も入れて同じくらいだったということを考えると相当分が良く思えるが……それはつまり理由があるのだろう。
「ウサギノボウシ……?」
「キノコの一種だ。小さくて白いからそう呼ばれる。なんでも珍味だそうだ……」
「一袋、と言うのは具体的にどの程度の量を言うのですか?」
「ああ、そいつはな……」
「組合で決めた標準があるんでさあ」
いつの間にか、カウンターの隣の席にウーベルトが来ていた。胡散臭さが漂うのは相変わらずだが、その口調に幾ばくか親しみが込められているようにも感じられる。
「前は重さ基準だったんでやすが、秤なんぞ持ち歩いたら重いわすぐ壊れるわで良いことが無い。なんで組合が基準を作って一袋と言えばこれ、一箱と言えばこれと決めてあるんで」
「……ちなみに、その袋ってのは……こいつだ。依頼に必要な分は支給することになってる」
一度カウンターの裏に引っ込んだ店主が、革製らしい袋を持って戻ってきた。大きさは横が50cmほど。縦は1mほどの大きさで口には閉じ紐が付いている。
「これにキノコを詰めて帰って来い、ということですか……」
「そうだ。この近くで取れる所と言ったら、プリモパエゼから南の森だな。駅馬車を使えば片道2日ってところか」
「帰りも少なくともそれだけかかる。腐ってしまいませんか?」
「その点は心配ありやせんぜ。一緒に防腐効果のある薬草を入れたり、この革にもなんか薬が塗ってるんで。よっぽど長く持ち歩かないなら平気でさ」
「そうですか……プリモパエゼというのは?」
「テルミナスからベスティアに出て、最初にある村……と言うか開拓地だな。道中特に危険なことは無いはずだ」
「まあ、とはいえ何があるかわかりやせんからね。あっしをお供させるのが賢明だと思いやすぜ」
「ベテランの意見として、キノコ狩りで銀貨45はどう思いますか?」
「ふーむ……まあ、安くはねえですがね。そんなとびぬけて高いって程でも……まあ、一応用心した方が良いって程度で」
「……わかりました、受諾します。ウーベルトさんもまたお願いします」
「お前に取っちゃ初めてのベスティアか? まあ、精々頑張るこったな」
「承知でさあ。まあ、キノコ狩りに特別用意しなきゃいけねえものも無いでしょう」
依頼の手続きを済ませ、出発を明日の朝に決める。まだ昼前ではあったが、ウーベルトの準備もあり、保存食はまだ8日分ほど残っているものの、前回アルフィリアの薬を使いきってしまったため、それも補充したかった。その彼女は、今日は薬を作る日だと言ってこちらには来なかったので、ひとまずアパートへ戻ることにする。
「そーれ、とってこーい!」
アパートに戻ると、サクラに枝を投げて取ってこさせようとしているアルフィリアが目に入る。見たところ成功していないようだが。
「もう、サクラ……ちょっとは犬らしいことしてみようって気持ちってものは無いの?」
「まあ……犬ではなくて狼ですからね」
「おかえり。犬も狼も似たようなもんじゃない」
「そうかもしれませんけれど……ところで、また薬を売ってほしいのですが」
「うん? いいけど。また仕事に出るの?」
「はい、ウサギノボウシ、とかいうキノコを取りに。明日の朝出発します」
「ウサギノボウシ、かあ……じゃあ、薬取ってくるわね」
何か考えるように上を向きながら部屋に入るアルフィリア。どうやら薬は間に合いそうで、一安心といった所だ。
サクラは庭で寝転んでいる。連れて帰る時には拘束が必要だったが、ほんの数日で人に慣れてしまったらしい。子供だからなのか魔獣だからなのか、それとも単に餌をくれる相手が良いのか。このままペット生活に馴染んでくれるのならそれで良いが。
「はい、薬。お徳用の大瓶にしといたげるわ」
サクラを眺めていたら、アルフィリアが薬の瓶を持ってやってきた。お徳用と言うだけあり、前回の物から直径をそのままに、高さが倍ほどになっている。
「それで、値段は……」
「銀貨3枚なんだけど……そうね、あんたは2枚のままにしてあげる。感謝しなさい?」
「それは嬉しいですが……なぜ?」
「お隣さん割引よ」
「はあ……ありがとうございます」
「それから、私も明日のキノコ狩りについてくから」
「はい?」
銀貨を受け取りながらアルフィリアが口にしたのは、まったく予想していない言葉だった。
「ウサギノボウシって、薬の材料になるのよ。食用でもあるから出回りにくくて。だから、あんたが取りに行くならついでに私も取りに行くわ」
「……いや、ついでにと言われましても、そんな気楽な物では……」
「あんたの邪魔はしないわよ、そっちが要るだけ取ってからでいいから」
「(これはどう言っても来るパターンか……)ええと……じゃあ、サクラの世話はどうするんですか」
「サクラは……うーん……そうだ! 一緒に連れてけばいいじゃない!」
「逃げるかもしれませんよ」
「し、しっかり紐持ってるし……逃げたりしないよね? サクラ?」
どこか自信なさげに問うアルフィリアに、サクラは欠伸を返す。少なくとも飼い主への敬意という物は持ち合わせていないようだ。
「むむぅ……! と、とにかく、私も行くからね!」
「できれば、やめてほしいのですが……」
「やめない」
「……わかりました」
予定外の荷物……と言っては失礼かもしれないが、アルフィリアが付いてくることになってしまった。勝手に来るなら何があっても本人の責任と言いたいところだが、彼女の薬が失われることは避けなければならない。簡単なキノコ狩りという目論見は、出かける前から崩れさってしまったようだった……




