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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第四章 新生活の始まり 編
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四章の9 当ては外れる物

 赤く光る狼……魔獣と呼ばれるそれを倒してその子供を拐ってから早何時間か。街道まで出たものの、その日は荷車も通りかからず、道沿いで夜営することになった。

 自分たちの食事を済ませた後、焚き火の近くに寝かせている子狼にも干し肉を与えようとしたが、やはりと言うか口を付けようとはしない。寝たままでは食べにくいというのもあるだろうが。



「……足もほどいてやるべきでしょうか」


「まあ、逃げるでしょうな。心配しなくても、狼は何日か食わない程度じゃ死にゃあしやせんよ」


「そういうわけには行きません、水と食べ物くらいは与えないと」



 魔獣をペットにしたがるような金持ちや、学術的に調べたがる様な研究者になら、ただ皮を売るよりもずっと高く売れると踏んで連れてきたのだ。弱ったり途中で死んだりしては元も子もない。 

 塩気や臭いが気になるのかと、水で煮て戻そうとしたが、これが案外時間がかかる。



「旦那、あっしは先に寝ますぜ。傷は塞がったとはいえ、まだ疼きますんで……」


「ええ、わかりました」



 かなり煮たが埒が明かないため、細かく刻むことにした。水を入れ替え、さらにパンを加えて粥状にした。



「ほら」



 スプーンで口元に持っていくが、子狼はこちらを睨み口を付けようとしない。



「……別に毒じゃないんだけどな」



 目の前で一口食べてみる。ぬるくて味は薄く、正直不味い。だが動物に人間の味付けは濃すぎるというし、不味いくらいがちょうどいいはずだ。それも食べてもらえなければ意味がないが。



「それとも、親を殺した相手から食べ物はもらいたくない?」



 子狼は唸り声を上げる。返事をしているわけでも無いだろうが、嫌われているのは間違いないようだ。



「……けどこっちも襲われて身を守った結果だし、仕方のない事だった、とは……思ってくれないかな」



 子狼は黙ってこちらを見つめ返してくる。そうこうしている間に焚き火の明かりも弱まる。子狼の光る線は親のそれほど強い光を持っておらず、あたりは暗くなっていった。



「……まあ、無理にとは言わないけど」



 仕方なく、後ろ足を縛っていたロープを手近な木に固定してから、前足のロープを外し目の前に皿を置く。縄をかみ切られる可能性もあったが、それで逃げられるのならそこまで、とも思えた。

 ハンモックの所まで登り、下に子狼を見ながら横になったとき、ふと自分がこの子狼に同情めいた感情を持っているのかもしれないという考えが浮かぶ。



「(売るために連れ帰っているのに同情も何もないもんだ)」



 その考えを自嘲で流し、眠りに付く。子狼が逃げ出すような気配は、とりあえずの所感じられなかった。



異世界生活44日目、春の88日


 目を覚まして下に降りると、空になった皿が口の周りに粥を付けた子狼の前にあった。



「(食べたのか……)」



 皿を取ると子狼は横を向いてしまうが、もう暴れる様子は見られなかった。朝食を済ませ、またパンと干し肉の粥を与えてから、テルミナスを目指す。成犬ほどもある子狼を抱えながら歩く男の姿は、傍から見れば奇異な物に映るのだろう。少しして後ろからやってきた荷馬車の男は、怪訝な目でこちらを見ていた。


 また銅貨4枚を払ってその馬車に乗り、テルミナスを目指す。森を抜け、広い空と日光に映える緑の草原を見た時、ようやく仕事が終わったのだという実感を得ることができた。初めて乗る馬車に子狼は怯えたのか体を震わせ、耳を後ろに倒していた。



「いやあ、狼でも怖いもんは怖いんですなあ」


「慣れてもらうしかないですね……撫でて落ち着いたりしてくれたら、可愛げもあるのですが」



 試しに手を伸ばしてみたが、首を振って手を払われてしまう。仕方なくそのままにしておいたが、ただでさえ動かせない足を折りたたみ、縮こまっているその姿はどうにも情けない。結局それは昼頃の休憩で馬車を止めるまで続くことになった。



「明日の朝にはテルミナスに着きまさあ。少々税金が面倒なことになりそうでやすが……」


「まあ、そのくらいは仕方ないでしょう……ん……?」



 道端に止まった馬車から子狼を降ろして、風に吹かれている時。ふと子狼を見ると、耳を立てて草むらをじっと見つめている。

 弩を取り、そちらに向けて膝ほどの高さの草むらを見つめると、その中で小さな何かが動いた。咄嗟に引き金を握ると、甲高い鳴き声が響く。鉈を片手にその鳴き声の主を調べてみれば、一抱えほどもある褐色の兎が足を射抜かれてもがいていた。



「ほう、オオノウサギ。こりゃ食いでがありそうだ」



 喉を切って血を流し、荷台の後ろに括り付けて出発する。狼ほどの値段ではないが、兎の毛皮も売れるのだそうだ。落ちている金を拾った……と言うよりは、子狼に見つけてもらったということになるだろうか。


 夜になり、皮を剥いだ兎をばらして木の枝を削った串に刺し、焚き火で焼く。案外癖がなくて柔らかい、鳥肉のような味がした。



「しかし旦那、良い勘をしてやすな、潜んでるウサギに気づくとは」


「いや、私ではなく……」



 見つけた本人である子狼に解体した残りの内臓を持っていくと、がっつくようにして食べ始める。やはり、狼には生肉ということだろうか。兎の生首を与えると、骨ごとかみ砕いてしまった。心なしか、満足そうな表情をしているようにも見える。



「(狼だけあって鼻と耳が良いのか……上手くしたら猟犬みたいに……)」


「(……いや、無理だ、無理、絶対。馬鹿なこと考えるのはよそう)」



 明日にはテルミナスに着く。少なくとも粥よりはまともなお別れの晩餐になっただろう。



異世界生活45日目、春の89日



 さしたるトラブルも無く、テルミナスに到着した。口と手足を縛った子供とは言え、生きた狼を檻も無しに入れる事に関して税関で少し揉めたものの、ウーベルトは何やら役人と内緒話をして、物納として狼の毛皮2枚を収めることで片が付いた。

 石畳を歩いてレンガの建物の間を通り、抱えた子狼に対する奇異の目を忍び、触りたがる子供を振り切り、市内を横切って探検者地区までたどり着いたころには、昼を回ろうかと言う時刻になっていた。見慣れない町や大勢の人に、子狼がすっかり委縮していたのがせめてもの救いだろうか。

 


「色々あったけど、後はこの前足を酒場に持っていけば……」


「いや、そっちじゃなくて組合事務所へ持っていくんでさ。飯食ってる所に足だの首だの持ち込まれたら、たまったもんじゃねえでしょう?」


「それは確かに」



 広場から羅針盤のシンボルが掲げられた建物……組合事務所に入り、受付へと向かう。

子狼にやはり怪訝な目線が向けられたが、それにもいい加減慣れてきた。



「では、あちらの窓口へどうぞ……ま、最初のお試しもできないようじゃね」



 小声で聞こえた後半は無視し、受付嬢に促されるまま、右側の窓口へと移動する。カウンターの向こうには、長机に積みあがった幾多の書類、それに向かい合う職員たちの姿が見えた。その中の一人、こちらより少し年上程度に見える女性がカウンターにやってくる。



「お待たせしました~、今日はどんなご用件でしょうか?」



 ゆったりと言うべきかおっとりと言うべきか、兎に角どこか力の抜ける口調で、長い栗色の髪を編んだその女性は応対を始めた。



「依頼を完了したので、報酬をもらいに来たのですが……」


「はぁい、それじゃあ、依頼番号をお願いします」


「番号は、たしか……」


「1253、ですぜ旦那。番号を忘れると手続きが面倒になりやすから、どこかに書いとくのをお勧めしまさあ」


「……次からは、そうします」


「1253ですねぇ? 少しお待ちください~」



 女性は机の書類を調べ、少ししてそのうち一枚を手に戻ってくる。



「こちらですねぇ、西の森で狼退治5匹、請負人はイチローさん。間違いないですか?」


「はい、それです」


「では、ここに指紋とぉ……倒した証拠の前足をお願いします」


「こちらに」


「わわわ、丸のままですか? いえ、良いんですけど……全部で、6匹分ですね」


「それから、毛皮を剥いだので買い取ってもらいたいのですが」


「はぁい、それじゃあ……ジーノくーん、おねがーい」



 元気のいい声と共に赤毛の少年、ジーノが台車を持ってきた。そこに狼の毛皮三枚、赤い狼の毛皮と兎の毛皮を乗せる。



「これで全部ですか? それじゃあ、持っていきますね!」


「それじゃあ、査定結果が出るまで少しお待ちください~」



 ベンチにかけて待つ事しばらく。再び女性職員が窓口に来て、こちらの名前を呼ぶ。



「お待たせしました~。えぇと、兎の毛皮が1枚、狼が3枚、それから……狼の魔獣、ですね。西の森に魔獣が居るなんて情報は無かったんですけどぉ……」


「ですが、居ましたので」


「そうみたいですねぇ……でも、初心者向けの依頼なのに魔獣と戦って倒しちゃうなんて、びっくりです」


「そうでやしょう? 旦那は十年に一度の……」


「やめてください……それで、いくらになりますか?」



 自分でも驚きなのだから他の人から見ればなおさらだろう。ラッキーヒットをさも実力のように言われるのは困る。



「えっとですねぇ……依頼のお金と合わせて、全部で金貨1と銀貨46になります」


「(一匹当たり銀貨5、狼の毛皮が銀貨5~6。兎と魔獣の価値は良く解らないけど、兎の方が高いってことは無いか。つまり……)」



 魔獣の毛皮は銀貨50枚程度、ということになる。それが果たして高いのか安いのか、後ろを向いてウーベルトの反応を見る。



「まあ……こんなもんでやしょ。もともとの値段がねえと、魔獣の毛皮と言ってもそんなに高くはならないんでさ」


「そういう物ですか……わかりました、ではその額で」


「はぁい、それじゃあ……」


「それから、この子狼なのですが」


「あら、可愛いですねぇ~」



 カウンターの下に転がしていた子狼を持ち上げる。見た目の感想はともかく、生け捕りにされた魔獣なら、毛皮単品よりも価値は高いはずだ。



「この子狼を引き取ってくれる相手を探したいのですが」


「えっとぉ……買い取ってくれる相手を、ってことですよね? ごめんなさい、それはちょっと出来ないんです……」


「しかし、加入するときの説明では発掘品などを鑑定し、引き取り手を探してくれると聞きました。この子狼はただの狼ではなく、魔獣です。十分価値はあるのでは?」


「確かに、新発見や貴重な物の鑑定や、売買の仲介はしてるんですけどぉ……それは遺跡からの発掘品であるとか、宝石や美術品であるとか、あるいは新種の動植物の標本だとか、のことでして……生きた動物は保管が難しく、餌などの問題もありますので……」


「そうですか……」


「もちろん、個人で引き取り手を探すことは自由ですし、必要でしたら広告などのお手伝いはしますけど、それでいつ引き取り手が現れるかまでは……」


「……わかりました。では依頼と毛皮の分を」


「はい、ではぁ……こちらになります、お確かめください」



 引き取らないと言っているのに押し付けることはできない。カウンターに並んだ金貨と銀貨。その枚数が合っていることを確かめ、財布へと収める。



「それじゃあ、今後も頑張って下さいね~」



 おっとりした声に送り出され、子狼を抱えたまま事務所を後にした。



「それで……旦那、どうしやすかい? この狼」


「どうするも何も……」



 引き取ってもらえない以上、取る選択肢は一つ。その辺りの路地で処分して毛皮になってもらう他ない。どこか人気ない路地は無いかと広場で周囲を見渡す。



「おーい! 帰ったなら挨拶に寄るくらいしなさいよ!」



 その時、白いフードの人物が駆け寄ってきた。遠慮のないその声、数日会っていないだけだが随分と久しぶりのようにも感じる。



「寄るも何も、事後の手続きが済んだら帰ってくるわけですし……」


「それでも、道中でしょ? あ~あ、せっかく心配してやったのに~」


「はあ……」


「あんたが、旦那に薬を作った薬師さんでやすな? いや、思ってたよりずっとお若い! この度はあんたの薬のおかげで、あっしは命を繋ぐことができやして……」


「えっと……ごめん、誰だっけ?」


「この人はウーベルト……ベテランの探検者です。今回、私に同行してもらってます」


「そ、私はアルフィリア。薬師ってのは、もう知ってるみたいね……で、よ」



 一先ずの自己紹介を終え、アルフィリアの目はこちら……の抱えているものに向けられる。



「何この可愛いの! 狼よね、この子。飼うの? ねえ飼うの?」



 耳やら頭やらを触りまくりながら、興奮した面持ちだ。当の子狼は割と嫌そうに顔を背けているが……



「飼いませんが」


「えー!? じゃあ、何で連れてきたのよ?」



 予想外と言う声を上げる。すでに彼女の中では飼うつもりだったのだろうか。山羊やらゲラシムやらも触ろうとしていた辺り、もしかしたら動物が好きなのかもしれない。



「この子狼、魔獣なんです。うまくすれば、高く買い取ってもらえるかと思ったのですが……」


「売るために連れてきたわけ……それで?」


「目論見が外れたので、毛皮だけでも、と……」


「はあ!? 殺すの!? 駄目よ駄目! ぜーったい駄目!」


「駄目と言われましても……」



 捕まえてきたのはこちらなのだから、どうしようとこちらの勝手だとは思うが……アルフィリアはよほど飼いたいらしい。しかし無理な物は無理だ。



「飼えばいいじゃない。真っ白でこんなに可愛いのに、可哀想でしょ」


「飼えません」


「何で」


「餌はどうするんですか。毎日肉を大量に与えないと駄目なんですよ?」


「魔獣はそんなに食べないわよ。マナをうまく取り込める体になってるの」


「散歩だってしないといけないですし……」


「薬売ったりで出歩くし、その時に連れていくわよ。あんたが外に出るときに連れてっても良いし」


「もし人を噛んだりしたら、責任とれませんよ」


「しっかり躾ければいいでしょ。それにもし噛んじゃったら……その時は私が責任もって毒を盛るわよ……」


「しかしですね……」


「……あんた、今の自分がどういう立場かわかってんの?」


「ぐう……」



 ああ言えばこう言う姿はまるで小さな子供だ。おまけに、今の自分は彼女の奴隷と言う立場になっている。それを振りかざされると、こちらとしては何も言えなくなってしまう。

説得するには飼う難しさではなく、何か別のアプローチが必要になるかもしれない。



「(どうしたもんか……家賃の残りも払わないといけないのに、世話をする余裕なんて……ん?」



 ふと、サンドラのアパートの契約条件、そこにあった条件を思い出す。これならば、アルフィリアも諦めるはずだ。



「アパートの契約条件に、許可なく動物を飼ってはいけないとありました。ああいうのは普通小動物しか許可されないものですから、諦めて……」


「そんなの話してみないと分からないじゃないの。よし、今から話し付けに行くわよ」


「(まあ、これで駄目と言われれば、さすがに諦めるかな……)……わかりました」


「どうやら込み入った話があるようで。では、あっしはこの辺で……」


「ああ、まった」



 立ち去ろうとするウーベルトに、財布から銀貨20枚を出して渡す。



「旦那、こいつぁ……」


「事前に決めた通り、5分の1です」


「旦那ぁ……あんたお人好しと言われた事は無いですかい?」


「要らないなら……」


「いやいや! ありがたく頂やす! 今後もどうぞご贔屓に……」



 銀貨を受け取ったウーベルトは背を向け歩き出す。もちろん、裏切ろうとしたことを理由に取り分を無しにすることは十分できた。しかし……あの時のことを思い返せば、こちらが飛び降りるのを待ったりせずに、さっさと突き落とすなり、刺すなりしてしまうこともできたはずだ。それをしなかったということは、根っからの悪人と言うわけでも無いのだろう。少なくとも今はそう考えておくことにした。



「ちょっと何やってるのよ、早く行くわよ」



 急かすアルフィリアに、子狼を抱えたまま続く。よく考えたら昼食もまだだったと、直営酒場へと消えていくウーベルトを横目に見ながら思ったが、アルフィリアはそれを考慮してくれそうには無かった。

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