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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第一章 脱走 編
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一章の2 この世界の常識

 目が覚めた。いつも通りの狭いアパートに一人。今日は、母さんはまだ帰っていない。



「(朝御飯できてないと、すぐ機嫌悪くするからな……)」



 米を研いで炊飯器に入れ、スイッチを入れる。炊けるまでの間にまずはゴミ出し。大容量のビニール袋に詰まったごみを両手に下げ、玄関から外に出て……

 そこは、森だった。振り向いても今出たばかりの玄関は無く、両手に下げたごみ袋もない。木々は高く、その葉は空を覆い隠していて、周りは暗い。木と落ち葉。目に入るのはそれだけ。何も見えない。何も……


 何かが頬に触れ、反射的に体を跳ね起こした。



「うわ!?」



 狭い山小屋、奇妙な物品、そしてこちらを見下ろす少女。部屋着なのか、クリーム色をしたシャツ姿の彼女の表情は、驚きに目を丸くしていて……そこから、かなり不機嫌に目を三角にした。



「あんたね……奴隷のくせに主人より寝てるってどういうつもり?」


「す、すいません……」


「まあいいわ、朝御飯作って。材料はそこ」



 アルフィリアが指さした方には、パンの塊とチーズ、芋、紫色の果物。どれも『らしいもの』が後ろに付く。なにせ、こちらの食文化や食材が自分の知るそれと同じとは限らないのだ。



「この食べ物は、一体?」


「黒パン、チーズ、ジャガイモ、プルーン……なに? まさかパンやチーズもないような未開の世界から来たんじゃないでしょうね?」


「いえ、ありますけど……」


「じゃあ、さっさとする」



 食事を作れと言われたものの、冷凍食品や総菜、レトルトに頼りきっていた自分には荷が重い。しかし、役立たずとみなされて放り出されるのは死を意味する。何にしても、まず料理には……



「あの、火を使いたいのですが……」


「ああ……ん、良かった、まだ種火は残ってる」



 壁際にある、レンガで組まれた竈。昨夜アルフィリアが蝋燭に火を灯していたものだ。そこにはまだ小さな火が残っていた。横にある薪を中に入れると、乾燥した木にその火が燃え移り、やがて大きな炎となっていく。

 


「(さて、料理……簡単なものしか作れないけどな……)」



 芋の皮を剥いて芽を取り、薄切りにして火にかけたフライパンで炒め、チーズとからめて、直火で炙ったパンに乗せる。



「(多分……失敗はしてない、はず)ええと。できました……ご主人様」


「……ん」



 アルフィリアはテーブルについてパンを齧る。自分の分も用意して食べれば、溶けたチーズがしんなりしたジャガイモに絡み、パンは固いながらも炙られて香ばしい。特に文句を言われる様子もないので、とりあえずは及第点とみて良いのだろう。パンとプルーンを平らげたアルフィリアは口を拭い、立ち上がって小屋の中の物品を大きなリュックサックに詰め込み始める。



「で、これからのことだけど。まず川を下るわ。夜までには小さな村に出る。そこで一泊して、後はずっと南東。テルミナスを目指す」


「テルミナス、とは?」


「この大陸の端っこにある大都市よ。商業が盛んで、その経済力でもって実質的に独立した国家みたいになってる……らしいわ。行ったことないけど」


「そのテルミナスまでは、どのくらい?」


「馬車をどれだけ使えるかによるけど……まあ30日。上手く行けば20日……って、奴隷のあんたはそんな事気にしないで、黙って私についてくりゃいいの」


「は、はい……ご主人様」


「んじゃ、もう出るわよ。ほら、これ持て」



 アルフィリアは外套を羽織ってリュックサックを背負い、こちらには二回りほど大きなリュックを渡した。背負ってみればかなりの重量があり、ベルトが肩に食い込む。しかし、30日間の旅ともなればこのくらいは必要なのかもしれない。

 小屋を出れば、日が照らす森の中は夜とは違った印象を受けた。木漏れ日が差す地面では草が小さな花を付けており、名も知らぬ小鳥が二、三羽、枝から羽ばたいていく。

 その中を行くアルフィリア。白い生地に黒がアクセントになった外套の下には、ベルトやベスト、そこに下げた短剣や革袋などが追加され、手には薄手の革手袋をはめている。彼女に続いて獣道を歩き、昨日自分が倒れていた場所までやってきた。



「ここから、ずっと川沿いに下る。別に危険なところは無いけれど、こけて荷物ぶちまけたりするんじゃないわよ。食べ物だって入ってるんだからね」


「気を付けます……」



 そう言いはしたものの、道も何もない河原を歩くのは簡単ではなかった。足元はゴツゴツした石ばかりで、さらにその表面は苔むして滑りやすい。そのうえ、今履いているのは靴と呼んで良いかすら怪しい、大きな浅い革袋のようなものでしかない。歩けば足の裏に直に硬い石の感触が伝わり、荷物の重さと相まって負担が大きい。しかも川を下っているので段差も多く、大きな落差を飛び降りるたびに衝撃が足を襲う。

 一方のアルフィリアと言えば、こちらより少ないとはいえ荷物を持っているにも関わらず、軽快な歩みで先を行く。靴の差もあるが、やはり慣れの問題が大きいのだろう。振り返ってはこちらが追い付くのを待ち、また距離を開けては追いつくのを待つ、というのが繰り返されている。

 


「ところで、あんた……」



 いい加減、その繰り返しにも飽きたのか。アルフィリアは歩くペースを落とし、こちらに合わせてきた。その上で何か話したいことがあるのか、少し前を歩きながら声をひそめる。少し考えるような間をおいて、彼女は言葉を続けた。



「……錬金術、って知ってる?」


「私の世界にも、そう呼ばれる物はありました。こちらの世界で言う錬金術と同じ物かまではわかりませんが……」


「どんなもの? あんたの知る錬金術って」


「どんなものと言われても……不老不死を目指して薬品を作ったり、あとは……鉛や鉄を金に変えたり……私も別に勉強したとかじゃなくて、そういうものがあると知っているだけで……」


「ふーん……」


「結局金を作ったりはできなかったのですが、錬金術は後に科学という学問になり、世界の発展に役立ち続けています」


「ほほう。それじゃあ、錬金術師……いや、その『カガク』をする人? その人は尊敬されてたりするのかしら」


「科学者……博士と呼んだりもしますが、普通は尊敬される仕事だと思います」


「へえ……」



 少しトーンの上がった声で、科学者について聞くアルフィリア。しかしその声はすぐに真剣なものになった。



「その話、あんまり言わない方が良いわよ。錬金術は禁術扱いされてるから。少なくとも、この国じゃね」



 それを伝えると、再びアルフィリアはスタスタと歩き出した。その警告にはとりあえず従っておくとして、今のやり取りには少し違和感を覚えた。

 ずっと無言なのを嫌う人もいるから、唐突に話しかけてきたのは分かる。しかし、わざわざ自分から錬金術の話を振っておいて、『あまり言わない方が良い』というのはどういうわけか。

 何かの拍子に口に出さないよう警告……だったら最初にそう言えば良いし、わざわざこっちの錬金術の知識を聞く必要はないはず……

 こっちの錬金術について知りたかった……単純に考えるなら、そうとしか思えない。禁術である錬金術についてわざわざ知りたいと思う理由は……



「(アルフィリアも錬金術師……?)」

 


 そう考えると納得がいく。異世界の錬金術の事を聞いたとして、本人に錬金術の知識が無ければ理解することはできないだろうし、あの魔女の家と言った印象の内装が錬金術のための品々だとすると、山狩りが来るかもと言うだけで埋めて隠し、家を出ていくのも説明ができる。もちろん、本人に聞くまで確証はないが。

 


「(今聞くのはさすがにまずいよな……)」



 アルフィリアが生命線である以上、下手に刺激するような話題は避けた方が良いだろう。いざという時には官憲に密告すれば何かしら利益になるかもしれないし、その時のためにも知らないふりをしていた方が良いはずだ。



「禁術……と言いましたが。私はこの世界の事をよく知りません。良ければ教えていただけないでしょうか……ご主人様」


「ええ? あー、う~ん……私もかれこれ五年くらい、あっちこっち転々としてたし……ここ二年はあの小屋に居たしね……」


「五年……!? あ、いえ……五年とは、どのくらいの時間なんですか?」


「五年は五年……って、暦も違うのか。はあ……異界人の奴隷って結構面倒なのね」



 五年。その長さが地球と同じなら、アルフィリアは小さな子供のころからあんな生活をしていたということになる。さすがに暦が違うのだろうと思ったが、アルフィリアの説明によると、この世界には赤い月と青い月が存在し、360日に一度、二つの月が満月になって重なる日があって、それが新年の始まりの日、つまり元旦に当たる。そして、あくまで自分の感覚でしかないが、一日の長さもさほど変わらないように感じた。ということは、やはりアルフィリアは五年の間あんな暮らしをしていたということになる……

 


「で、地域にもよるけれど、季節は90日で変わる。今は春の49日、春の真ん中くらい……春夏秋冬くらいわかるでしょうね?」


「ええ……私の世界とよく似ています」


「そう、過ごしやすくて良かったじゃない。で、一日は十時間に分けられてて、一時間はさらに百分に、一分は百秒に分けられてる。これがこの世界の時間」


「時間の呼び方は同じでも、分け方が全然違いますね……」


「へえ……じゃあ、ちょっと十秒数えてみて」


「え?」


「もしこれから、何か時間を合わせなきゃいけない時にその辺りが曖昧じゃ困るでしょ。ほら、あんたの感覚で十秒数える。声に出して」


「わ、わかりました……一、二、三……」



 歩きながら十数えるのはなんとも間の抜けた姿に思えたが、特にだれか見ているわけでもなし……と、そんなことを考えている間に、十秒を数え終わる。



「……ん~……十一、いや十二秒くらい? もう一回やってみるわよ」



 何度かそれを繰り返し、結局この世界の一秒は地球の一秒に比べ、一割程度早いらしいということがわかった。ということは、一分はこちらの感覚で九十秒、一時間は百五十分、一日は二十五時間になる。



「(ややこしい少数点になったりしないのは助かったかな……)」


「じゃあ、時間に関しては分かったわね? これで、こっちの時間がわかりません、なんて言い訳認めないから」



 得意げに言い放つと、アルフィリアはさっさと歩き出してしまった。他にも聞きたいことはあったのだが、今のところはここまでらしい。アルフィリアの謎も深まったが、一応質問には答えるあたり、こちらを……ある程度はちゃんと扱おうとしているように思えた。単純な労働力として扱うなら、馬車の兵士のように脅し、情報も与えないほうが扱いやすいはずだからだ。もちろん、体格差だとかを考えて反抗されないようにしているとも考えられる。

 いずれにしても、アルフィリアとの行動を続けるかどうか、それは慎重に見極めなければいけないだろう。




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[気になる点] 1割程度の遅さだと、1分は70秒弱なのでは…
[一言] そんなきっちり十秒はかれるか?
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