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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第四章 新生活の始まり 編
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四章の6 ウルフハント

「どうぞ、昼飯でやす」



 差し出されたパンを齧り、水筒の水を一口ふくむ。待ち続けてずいぶん経ったように思うが、まだ狼の姿は無い。



「……来ませんね」


「待ちってのはそういうもんでさあ。罠があれば、このあたりに仕掛けて別の所に行くこともできるんでやすが……」


「臭いで気づかれている、ということは?」


「これだけ血が出てりゃ、そっちの臭いが強くてかき消されてるはずでさ。まあ、一日待って来ないようなら……むっ」



 言葉を途中で止め、息をひそめるウーベルト。こちらもそれに倣う。するとほどなく、鹿に近づく数匹の動物が見えた……狼だ。鹿をしばらく調べているようだったが、やがて一斉にかぶりつき、肉を食いちぎり始める。



「ほれきた……急所は鹿と同じだが、上からのうち降ろしだ、肩甲骨で止まるかもしれやせん。腹を狙って重傷を狙うのも有りかと……」


「もしくは頭……」


「あまりお勧めはしやせんぜ。正確に目や脳に当たらなきゃ、半矢になって厄介だ」



 確かに、再装填もままならない枝の上では、確実に重傷を狙った方が賢明かもしれない。弩を構え、対し斜め後ろを向けている一匹に狙いを定める。先ほどの鹿よりも距離は近く、こちらは察知されていない。当てられるはずだ。

 引き金を握り込み、放たれた矢が前足の根元に食い込んで、犬の様な悲鳴と共に狼は地面に転がり、もがく。他の狼は逃げ出すかと思いきや、一斉に血にまみれた顔を上げ、唸り声を上げだした。その様は周囲を警戒しているように見える。



「(逃げない……もう1匹、行けるか?)」



 足を滑らさないよう気を付けながら、弦を引き直し、次の矢をつがえる。構え、狙い、撃つ。横腹に矢を受けた狼が地面に倒れ、血を流し、よろめきながら立ち上がって逃げていく。しかし体の前半分が繁みに隠れた辺りで倒れ、動かなくなった。

 残る狼たちは一斉に走り出して姿を消し、少しして遠吠えが聞こえた。他の仲間に警告しているのだろう。それとも、仲間の死を悼んで居るとでもいうのだろうか。



「……降りても、大丈夫でしょうか」


「足を滑らせたりしないでくだせえよ?」



 念のため次の矢を用意してから幹を伝って降り、すぐに弩を構える。降りた瞬間に飛び掛かられるということは無く、荷物を地面に降ろしたウーベルトが後ろに降り立って拍手をする。



「やりやしたね、旦那! 両方とも一発で仕留めるとは、才能があるようだ!」


「運が良かっただけでしょう。それより、足を切り落とさないと」


「ナイフで骨を割るのは一苦労だ、そっちの鉈におまかせするとして……毛皮の方はどうしやすか?」


「毛皮?」


「質にもよりやすが……狼の毛皮は1枚で安くとも銀貨5,6枚にはなりやす。こういう戦利品も、探検者の重要な稼ぎになってるんでさあ。かさ張りはしやすが、あっしのような荷物持ちが居れば、それも問題ねえってわけで」


「なるほど……なら、お願いします」


「お任せ下せえ旦那、すぐ済ませまさあ」



 まず2匹の足を切り落とし、体をウーベルトが木に吊るして腹にナイフを入れ、白と褐色の混ざった毛皮を剥ぎ取っていく。2匹の狼だったものは、たちまち赤とピンクの肉塊になっていった。



「ほい、一丁あがり。それじゃあ、場所を移しやしょうか」



 毛皮を丸めて紐で止めたウーベルトが荷物を背負う。同じ罠にかかるような馬鹿はいないということなのだろうが、場所を移すよりも良い方法があるように思えた。



「さっきの群れを追いかけるのはどうですか? 足跡をたどれば、見つけられるのでは?」


「旦那、それはお勧めできやせんぜ」


「なぜ?」


「腹具合にもよりやすが、動物ってのは自分が狩る側の時は意外とすぐあきらめるんでさ。野生じゃ、大怪我をしちまったらそれまででやすからね」


「まあ、手当なんて不可能でしょうからね……」


「だが、自分が狩られる側となると違う、文字通り、命がけで反撃してくる。特に子育て中の親なんてのは最悪でさ。まあ、それでもっていうのなら、あっしは雇われた側としてお供しやすがね?」


「いえ、安全な方で行きます。怪我をして動けなくなればそこまでなのはこちらも同じですから」


「賢明な判断でさあ。生き残って優雅な余生を送れるのは、旦那みたいなお人なんでしょうなあ」


「お世辞は要りません。それでは、行きましょう」



 こちらも荷物を背負い、血の匂いが漂うそこを後にする。泉で水を汲み、矢や鉈に付いた血を洗い流してから、さらに西へと向かった。途中遭遇した鳥や兎が逃げていくのを横目に、ナイフで木々に目印を付けながら、時には蜘蛛の巣を除け、繁みを鉈で切り払って進むうち、森は薄暗くなり、葉の間から見える光はオレンジに変わり始めた。



「さて、そろそろ休むとしやしょう。お楽しみの鹿肉ですぜ、旦那」


「食べたことはありませんが……」


「おや、そうでやすかい? きっと気にいるはずですぜ。本当は熟成させたらもっと美味くなりやすが、あんまり生肉を持ち歩くのもアレでしょう」



 地面に落ちた枝を集め、焚き火の準備をする。テルミナスまでの旅路で、これの要領だけは覚えた。



「旦那旦那、そんな細けえ仕事はあっしにお任せしてくれりゃあいいんです!」


「いえ……なんだか、落ち着かないので……」



 自分に手が出せないことならいざ知らず、自分でもできることがあるのにじっとしているのはどうにも居心地が悪い。手助けをしたいだとかそう言う高尚な理由ではなく、他人が動いているのに自分が何もしないでいると、たとえ自分の仕事を終わらせていたとしても、他人に悪感情を持たれるのが常だからだ。

 結局二人で薪を集め、火打石で火を起こし、夜営が始まった。夕食は昼間手に入れた鹿肉のソテー。浅い鍋に油を引いて、薄切りにした肉を炒めていく。



「本当は熟成させればもっと旨くなるんですがねえ……まあ、さすがにそんな事をする時間も場所もありやせんし、傷んじまったら元も子もない……おっと、食い頃ですぜ旦那」



 塩を振り、フォークで肉を一切れ刺し、吹いて冷ましてから口に運んだ。独特の獣臭さとでもいうべきものが口に広がるが、肉は意外と柔らかく、噛めば少し癖があるが濃い味の肉汁が染み出し、塩だけでも十分食べられる。肉をウーベルトと分け、パンと合わせて夕食を済ませると、次は寝床の準備となる。



「さて、ハンモックの出番ですぜ。最低でも狼が跳び上がれない……あの枝なんかよさげでさあ」



 ウーベルトは、低く見積もっても高さ3~4mほどの所に伸びた太い枝を指さした。確かに睡眠時に襲われることは致命的ではあるが……



「うっかり落ちれば、それだけで危ない高さではないですか?」


「心配なら命綱を付けりゃあ良いだけでさ。何せ眠ってるときに襲われるのは一番まずい。あっしらが4~5人も居れば交代で見張りをするっていうのも手だが、二人じゃあ……」


「一人ずつ起きていればいいのでは?」


「その一人が居眠りをしたり、どっかで小便でもして来たらどうするんで? そうでなくても、一人じゃ死角がどうしたって出来る。見張りは二人以上が鉄則でさあ」


「(アルフィリアとの旅で襲われなかったのは、運が良かったのか……そうだ)」



 荷物から獣避けを取り出して、焚き火を中心に撒く。そもそも獲物である獣を追い払うのもどうかとは思ったが、何より自分の身が大事だ。



「……旦那、何ですかい? それは」


「臭いで獣を追い払うそうです。少なくとも、これを使った夜に襲われたことはありません」


「ははあ……まあ、出来ることは何でもするってのは大事なことでさ。それじゃあ、ハンモックを用意するとしやしょう」



 焚き火の明かりを頼りに木に登り、ウーベルトの指導を受けながらハンモックの両端を木に結び付ける。随分な高さだが、仰向けになれば意外と気にならない。もちろん、腰には命綱。ひとまず寝る態勢は整った。



「上出来でさあ旦那、これなら寝てる間にほどけるってこたあないでしょう」



 そういうウーベルトのハンモックも、いつの間にか横に並んでいる。これで狩りの初日は終了、この調子なら、もう2~3日もすれば目標は達成できそうだ。



「いやいや、しかし旦那も大したもんだ。初日から狼2匹! 腕も運も並以上だと言って良いとおもいやすぜ」



 さっさと寝るつもりだったが、ウーベルトはそう言うつもりでも無いらしい。とは言え、今は行動を共にする仲間、少し話に付き合うくらいはするべきだろう。



「ありがとうございます。しかしそちらの援護あっての成果かと」


「そう言われるとありがてえ……ここだけの話、こうやって一度上手く行くとそれが自分の実力だと勘違いして、あっしはもう用済みだ、と言うお人も少なくないもんでさあ」


「……それで、その上前をかすめるタカり、と」


「まあ、あの店主はその辺りを解ってくれてやすんで、あんまりあれこれ言わないんですがねえ……かといって、カタワのあっしに依頼は回せねえ。結局人の依頼についていくしかないんで、タカりというのもあながち間違っちゃあいないわけでさ」



 自身では依頼を請けることができず、他人の依頼に付いてまわって分け前を貰う。それはそれで辛い物もあるのかもしれないが、その言には腑に落ちない点があった。



「そこまで言われるのなら、なぜ探検者を続けるのですか? もっと別の仕事を選ぶということも……」


「旦那ぁ、冗談がきついですぜ。あっしみたいなのができる『別の仕事』なんて、日雇いの肉体労働がせいぜいでさあ。朝から日が沈むまで働いて、ようやく銀貨4~5枚。その日食うのがやっとだ。だがこうやって探検者の仕事についてきゃ、銀貨が金貨になることだって珍しかねえ」


「ではそちらも、金のために?」


「まあ、直接的にはそうでさあ。しかしまあ……いや、つまらない話はよしやしょうか。明日もこの調子でいきましょうや」



 言うだけ言うと、ウーベルトは寝てしまった。彼は彼なりに苦労をしているようだったが、彼の言う通りつまらない話と言えばつまらない内容でもある。大事なのは彼のプライベートや経歴ではなく、仕事の内容なのだから。



「(ま、それに関しては十分満足してるけど……)」



 枝から、毛布を敷いたハンモックの上に降りる。下に何もない網に寝るというのは、慣れないこともあってどうにも心地よくない。土の上とどちらがマシかと言えばこちらがマシなのだろうが。

 仰向けになり、視界を埋め尽くす木の葉を瞼で覆い隠す。悪い寝心地も、一日森を動き回った疲労には勝てず、やがて眠気が意識を沈めていった。


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