二十九章の6 人類の未来のために
前回のあらすじ
総督を止めようとする主人公たちの前に立ちふさがったのは、暗殺者リンランだった。時代の変革に立ち会えば、自分にはさらなる楽しい仕事が待っていると言うリンラン。お互いに妥協しえない彼女との間には、戦うほか手は残されていなかったのだった。戦いの中サクラが倒れた物の、どうにかリンランを打倒した二人は、休む間もなく遺跡入り口に向かうのだった……
焼け野原となり、いまだきな臭いにおいがする日陰地区の中心付近。土が捲られ、金属のシャッターが露出していた。一辺が2m以上の六角系、どう見ても表側から開けるようなものではないが……
「両開きね。ヒンジ部分を壊しちゃえば……」
可動部を錬金術で分解し、重厚なそれが下に落ちる。中には暗い穴が一直線に地下へと伸びていた……そこへ縄を下ろし、自分から先に降りていく。
「(製材所の研究所より深いか……?)」
迎撃があるかと思っていたが、少なくとも今のところそう言った気配はない。円筒形の中をざっと20m以上は降りたところで、落下したシャッターが転がっているのを発見した。
「(敵は……いないか)」
一見すると穴の底からは移動できなさそうに見えたが、壁の一面が扉になっていて、そこから施設内部に入り込めそうだ。アルフィリアを呼び、彼女が降りてくるのを待つ。金属製の床にアルフィリアの足がついたその時。その扉から、何かが溢れ出すように入り込んできた。
「え、なに!?」
「虫……!?」
そのように見えた。床や壁面を覆いつくす、小さな物の群れ、それがこちらに押し寄せてくる。身構えたが、まるで液体が流れるかのようにこちらの足を避け、落ちたシャッターに群がっていった。小さな光がシャッターの表面で明滅し、小山ほどの大きさがあったそれがたちまち小さくなっていく。
「敵じゃないの……?」
群れは壁を這いあがっていくと、降りてきた穴から見えていた空がふさがっていく。穴から垂らしていたロープが切断され、退路が断たれてしまった……
「修復要員か何か、のようですね」
「まるで蟻みたいね。壊れた部品を分解して、そのまま補修材料にしちゃうんだ。細かすぎてよく見えなかったけど、錬金術の応用なのかな」
「……とにかく、進みましょう」
群れが入ってきた扉はまだ開いたままになっている。直線の通路になったそこを、アルフィリアと二人、進んでいった……
「ねえ……ここって、何だったのかしら」
アルフィリアがそんな疑問を投げかけたのは、入口が見えなくなってきたころだった。
「あんな兵器が置いてあったってことは、ただの街じゃないわよね? 要塞……とか?」
「わかりませんが、それはそれで不自然なようにも感じます」
「どこが?」
「あれほどの破壊力のある武器を置いておくには、目立ちすぎると思うのです。大陸を飛び越えるほどの射程があるなら、もっと内陸の攻められにくい場所に置くと思うのですが……」
もちろんこれは地球の常識での話。この世界ではまた違うという可能性もあるが……とにかく、一大拠点であったことは間違いない。そして島中心部に向かうこの通路は、その遺跡の重要な部分へとつながっていると思われるのだが……
「……扉があります」
「他に行けそうなところないし……進むしかないわよね」
目の前に現れたのは、中央にハンドルのある……船などについているような、隔壁扉。重たいそのハンドルを回し、ゆっくりと扉を引く……その先にあったのは、円形の部屋と、その壁面を埋め尽くす装置の数々だった。ミサイルの制御装置か何かなのだろうか……明かりの灯るそれらは、この場所の機能が生きていることを示している。
「下手に触らない方が……いいわよね」
「ええ、もしかしたら二発目が発射されてしまうかもしれません」
様々な表示が投影されているが、それらの意味するところは分からない……しかし、赤い画面が並ぶそれらは、否応なく不穏な印象を与えてくる。
「『未確認勢力による戦略兵器使用を確認、凍結解除、非常体制、現存する最上位権限者による集中制御』って出てるわ……」
「解放戦線を支援したのはそのためですか……」
やはり、ここは制御室の類のようだ。もしかしたら、ここでさらなる発射を止めることもできるかもしれないが……
「ねえ、こっち! 扉がある!」
「(今は先に進む方が先決か……)」
他の遺跡同様、操作盤で開くタイプの扉を開けると、そこはエレベーターらしく中にも操作盤があった。だが階数の表示とボタンではなく、小さめのタブレットのようなものが扉の脇に埋め込まれている。
「これ、かしら?」
「おそらくは」
例によって、この世界の人間向けに作られた道具は自分には使えない。アルフィリアに操作してもらうと、何かのマークが表示され……
「こんばんは、どちらへ向かわれますか?」
「え、誰!?」
「私は当施設の総合管理用人工知能、マズダです」
男とも女ともつかない、無機質な声。ただの音声案内かと思ったらはるかに高度なものが現れたようだ。とはいえ、施設を破壊して入り込んだ相手にこの対応とは、あまり頭がいいわけでもないらしい。
「ねえ……これ、どう思う? 何かの罠?」
「罠にしては手が込んでいますし……少なくとも、現状ここしか先に進む道はありません。何とか操作しないと」
「うーん……どこに行けるの?」
「現在地、第3兵装区です。通路破損のため、居住区、基幹区、工場区、娯楽区、貯蔵区は封鎖されています。兵装区、転移塔、中央制御区、が通行可能」
「中央制御区! そこだわ!」
「(転移塔……か)」
「中央制御区に移動します。線路修理中のため迂回路を使用中。ご迷惑をおかけ申し訳ありません」
小さな振動と共に、横向きのGを感じる。エレベーターだと思っていたがどうやらゴンドラのようなものらしい。窓の類が無いので外の様子はわからないが、島の中心に向かっているようだ……
「たくさん区があったみたいだけど……ここって、そんなに大きな施設だったのね」
「本施設の概要……本施設は超地平線計画の根拠地として建造されました。人類の生存に必要なあらゆる要素を備えた、独立完全循環型施設となっております」
マズダが勝手に音声を拾って応答した。超地平線計画、という単語には聞き覚えがある……アルフィリア達を作っていた生物化学企業の中だ。それによれば、アルフィリア達はそもそもその計画のために作られたそうだが……
「超地平線計画、って?」
「超地平線計画……異世界からの資源獲得計画です。マナ資源の自然回復量を消費量が大きく上回ったため、将来的なマナ資源の枯渇が予想され、文明維持のため、各国共同で取り組まれました」
「異世界……」
「それって、イチローの故郷とか……よね。じゃあ転移塔って……」
「転移塔……本施設の中核をなす設備です。異世界のマナ資源を持ち帰るにあたり、異世界側にも拠点が必要であることは早くから指摘されていました。そのための物資並びに人員を派遣するための設備です」
「ここって、港みたいなものだったのかしら……でも、なんでそんな施設に世界を滅ぼしちゃうような兵器が?」
「沿革……異世界への転移は繰り返し行われましたが、目立つ成果は上がりませんでした。その間にマナ資源の枯渇は深刻なものとなり、計画は第二案へと移行しました」
「その第二案って?」
「転移塔に各種設備を追加。単独で生存可能な方舟都市として拡大、都市そのものを転移させ、人類を新たな世界で繁栄させる計画です」
「都市そのものって……この島ごとってこと!? そんな……そんなこと、できるの!?」
「物質をマナ資源に還元する技術の確立により、理論上可能となりました」
この島全体が遺跡になっているというのは、張り巡らされた下水網などのインフラからわかっていたことだった。だが、その目的が異世界転移とは……まかり間違えばこの島が地球に来ていた可能性もあったのだろうか。しかし……
「結局、転移は出来なかったようですね」
「そうよね……今ここにあるんだもん。失敗したのかしら?」
「実行直前になり、本施設の占拠を目的とした軍事攻撃が行われました。報復攻撃の連鎖は戦略級兵器の使用に発展し、直接、間接的なものを含めた死者数は87億人以上と推定されています。これにより、計画存続は不可能と判断されました」
「はちじゅう、ななおく……」
「……前文明の最期がどんなものだったか、大体見えてきましたね」
もともと、前文明は資源浪費による行き詰まりが見えていたのだろう。自殺を推奨する宗教が生まれるほどに。それを打破するための計画もうまくいかず、人類はこの世界を捨てる決断をした。そのための方舟もできた。そうなると、あとは誰がその方舟に乗るか、だ。
「おそらく、その計画は一度実行すれば二度目はないような物だったのでしょう。当然、運べる人間は限られる。島一つではどう詰め込んでも100万に届かないはず……残された数十億の人間は、滅びるのを待つばかりになる」
「だから、方舟を奪い取ろうとした……」
「一方、乗れることが決まっている……まあ、世界の上位層でしょうね。彼らにとっては席を奪われるなどたまったものではない、もはや離れる世界の事を気にすることもない……」
「……でも、それからずっと経ってるのに、どうして私たちは普通に生活できているの?」
「沿革:2……戦争後、大きな損傷を免れた本施設は避難所として使用されました。27名まで低下した島内人口は約4000名まで回復。避難民の中にはかつて超地平線計画に携わった人物も居ました」
どうやら、滅亡は免れたらしい。製材所の地下研究所のように戦禍を逃れた者たちが、この島に集まってきたのだろう。
「彼らは、都市転移計画において用いられる予定だった、物質・マナ変換技術を簡略化。個人単位で運用可能になりました。これにより瓦礫の再資源化が容易となり、当面の活動原資確保に成功」
「それって……錬金術の事?」
「本件技能は、錬成術と呼称されました。その後、薬品、資源精製などに用いられました」
「やっぱり錬金術……」
「禁術どころか、人類を滅亡の瀬戸際から救ったわけですか……しかし、それでも結局ここは遺跡になっていました」
「そう、ね……それから、この街はどうなっちゃったの?」
「沿革:3……人口の増加に伴い、利用可能な戦前の資源が枯渇。本施設の稼働が将来的に困難になりました。そのため本施設は機能の大半を凍結、全住人を西大陸へ移住させることが決定されました」
一時堪えはしたものの、やはり資源問題はついて回ったらしい。西大陸というのは、今で言うホムニス大陸の事だろう。現状、人類がこうして復興していることからも、その移住は成功したと言うことだろうが……
「何も、問題無かったの? また資源をめぐって争ったりは?」
「戦争により暴走した人造人間、戦略兵器による高出力マナ汚染、被曝による突然変異生物など様々な懸念から、反対する勢力もありました。しかし、過ちを繰り返さないため、移住は断行。全住人41275人を100の集団にわけ、有望とみられる地域へ入植しました」
「それらが、今の人類の租になったというわけですか」
「……でもそれなら、どうして錬金術は禁術になっちゃったの? 良いことしてたのに」
「機能凍結中の情報はありません」
「推測ですが、この遺跡の原動力が錬金術であった以上、抜け駆けをして戻るグループが出るからでしょう。誰だって、楽で安全な生活の方が良いですからね」
「そっか……また争いの種になりかねないもんね」
「錬金術を使い続けたグループも居たのかもしれませんが、結局使わないグループに淘汰された……新しい環境に適応したかしなかったかの差ということでしょうか」
「みんな、世界を良くしたり苦しいのを乗り越えようとしていただけなのに……どうして、
殺されたり戦争になったりしちゃうのかしら……」
「人はそういうものなのでしょう。私達だって、今こうして総督を実力で止めに来ているんですから」
「そう、なのかな……」
「まあ、私達みたいな底辺にできることといえば……ただ、あがき抜くだけです。やれるだけ、やってみましょう」
「まもなく、中央制御区です」
歴史の勉強もそろそろ切り上げの時間だ。総督が素直に説得を受け入れることはあるまい、おそらく戦いになるだろう……武器の状態を再度確認し、ゴンドラが開くのを待った……
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