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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第四章 新生活の始まり 編
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四章の4 憂いが無いよう備えよう

「あ、用事は済んだの?」


 広場に戻ると、店のすぐ前で銀貨を数えるアルフィリアの姿が目に入る。こちらに気づくと、銀貨を袋に収め、腰掛けていたテラスから立って埃を払った。



「ええ……そちらは、早速上手く行ったようですね」


「まあね、読み通りって感じ。物は良いんだから、後は評判次第ね」


「そうですか……薬はもう残っていないんですか?」


「ん? まだあるけど、欲しいの?」


「はい、一つか二つ」


「そんなにたくさん使う物じゃないし、一つで良いでしょ。はい、銀貨2枚ね」



 布と紐で封をされた容器と引き換えに銀貨2枚を渡し、腰のポーチに収める。狼に噛まれるだけでなく、小さな傷でも感染症の原因になりうる。それをすぐに塞げる道具と言うのは、持っていても損は無い。それと、アルフィリアにもう一つ、聞いておく事もある。



「ありがとうございます。それと……毒は作れますか?」


「毒? 毒、ねぇ……」



 ウーベルトの勧めの中には無かったが、肉を取るわけでも無いのだから矢に塗る毒があれば便利なのではないかと考えたものの、腕組みをして首をかしげ、うんうんと唸るその顔は、あまり肯定的な返事を用意しているようには見えない。



「まあ、作れるかどうかって言われれば、作れなくはないと思うけど……作ったことがあんまりないのよね。それに材料だってないし……」


「難しそうですか」


「そうね……悪いけど」



 薬が作れるなら毒もと考えたが、そうでもなかったらしい。しかし駄目で元々、当初の予定通り店を探すことにする。



「いえ……では私はこのあたりを回って、何か手に入らないか見てみますので」


「そう……じゃあ、私も一緒に行くわ」


「え?」


「どうせ私もこのあたりの事知っておかないといけないし、少しでも知った相手と一緒の方が良いもの。あんたは護衛兼荷物持ち。獣避けの代わりって思いなさい」


「まあ……そういうことでしたら」


「じゃ、とりあえず広場の通りを端から順に見ていくわよ」



 実質的にタダで獣避けをくれるというのだから、断る理由は無い。広場からは放射状に通りが伸びており、それぞれ隣と路地や小道で繋がっている。表の通りには店が多く、奥まったところに住宅や倉庫、と言った並びになっているようだ。

 その店の看板を眺めながら歩くが、読めるのは全体の4割ほど。看板と言うのは固有名詞が多く、「○○の○○屋」のような物ならまだ読めるが、少し凝った物となると意味不明になってしまう。そんなこちらの事はお構いなく、アルフィリアはいろんな店を覗いては冷やかして回った。そのうちの一つ、雑貨屋で適当なハンモックを購入する。



「毛布あるでしょ。なんでハンモック?」


「先達からのオススメで……」


「ふーん……」



 銀貨8枚を払い、ロープで作られた荒い網状のそれを荷物に詰める。再び街中を散策し、次に変わったことがあったのは、ある薬屋に入ったときの事だった。



「じゃあ、今回の注文は……ん?」



 店主らしい老人と話していた黒髪のヘルバニアンが振り向くと、親しい友人でも見つけたかのように手を振ってくる。



「や、イチロー。そっちはアルフィリアだね? サンドラから聞いてるよ」


「んん? 誰?」


「ああ、そっちにはまだ会ってないね。あたしはリンラン。まあ便利屋みたいなものだよ」


「そう、私はアルフィリア。薬師を始める予定よ」


「薬師か……じゃあそのうち、付き合いを持つことになるかもね。あたし、薬草の仕入れもやってるんだ」


「ヘルバニアンの薬草かあ……! いいわね、ぜひ使いたいわ!」


「割と高いけどね?」


「うぐう……」



 薬草と聞いたアルフィリアは興奮した様子で身を乗り出したが、続くリンランの言葉に渋い表情を浮かべる。そんな彼女から、リンランは視線をこちらに移した。



「で、君たちは何してるの?」


「ええと……自分たちの住む街と言うのを見て回っている所です」


「なるほどね。で、このあたりを回ってるってことは、探検者をするんだ?」


「はい。それで、矢に塗る毒がないかと思っているのですが……」


「へえ……毒、ね。相手は人? ……ふふ、冗談冗談」



 リンランは目を細め笑う。こちらは笑えなかったが。



「おっと、そろそろ行かないと。一つ忠告しておくと、初心者は毒と解毒薬を一緒に持った方が良いよ」


「……多分、お金が足りません」


「じゃあ、毒はやめとくのをお勧めするよ。うっかり指先を傷つけちゃって、切り落とすか死ぬかの二択を避けたいならね? ま、初めての仕事、頑張ってきなよ」



 リンランは手を振って店から出ていく。彼女と話していた店主に狩猟用の毒と解毒剤の値段を聞いてみたが、最低でもセットで銀貨20枚からと、やはり今の自分には手が出ない値段だった。

 結局その店も冷やかしとなり、店を出た辺りで鐘が5回鳴る。この街での昼時の合図だ。



「昼と夜は自分達で、って話だったわね……どっかの店に入るわよ」



 鶴の一声で、適当な店に入って昼食をとる。サンドイッチにサラダとスープをアルフィリアが頼み、こちらは黒パンを一つ注文する。



「……あんた、もうちょっと何か頼みなさいよ」


「お金がありませんので」


「そ……で、あのヘルバニアンと知りあいみたいだけど、どういういきさつ?」


「以前、ウィアクルキスで出会ったヘルバニアンが、彼女です。こっちに来て宿探しをしているとき、追い剥ぎに襲われて……」


「初日から追い剥ぎって……あんたも運がないのね……で? それを助けてもらったってわけ?」


「助けてもらったというか……まあ、そういうことになるのでしょうか」


「……?」



 少々歯切れの悪い答え方になったが、飛び道具で痛めつけた話をわざわざ食事中にする必要もないと思えた。その時、頼んでいた物が二人掛けのテーブルに並べられた。自分の分、大き目の黒パンの塊を少しずつちぎっては口に運ぶ。



「ま、薬草扱ってるヘルバニアンと知り合えたのは運が良かったわ」


「そうなのですか?」


「ええ、例によってあんたは知らないんだろうけど、"草の人"と言うだけあって、高い質の薬草を扱うんだって。まあ、実物は手に入れたことないけど……引きこもってた私でも知ってるくらいだから、相当な物なんでしょうね」


「(ブランド物、ってことか……)」


「とはいえ、大々的に売り出してるわけじゃないから、簡単には手に入らないらしいけど……でも扱ってる本人からなら、きっと手に入るわ!」


「まあ……上手く取引ができるようになるといいですね」


「あんたも協力するのよ」



 濃い緑の葉っぱを飲み込み、当たり前のことだと言わんばかりの態度でこちらの顔をフォークの先端で指すアルフィリア。しかし……



「協力と言われましても……」


「別に難しいことしろってわけじゃないわよ。こう、ほら……何か薬草を売りたくなるような評判を流すとか」


「そもそも流すべき評判がまだ無いのでは……」


「そ、それは……頑張って良い仕事するわよ」


「(嘘でも、良い評判を流せと言わない辺り、プライドがあるってことかな……)」



 少なくともアルフィリアの能力はこの目で見たが、それをそのまま話すわけには行かないだろう。彼女の使っているのは『禁術』錬金術なのだから。



「そういえば……どうなんですか、この街での……あなたの技術の、扱いは」


「ん……まだ何とも、ね」



 サンドイッチを齧りながら、少し眉をしかめる。やはり数日ではそう言ったことの見極めは難しいらしい。



「それで、そっちはどうなのよ。毒やら獣避けやら欲しがるってことは、探検者の仕事を始めるんでしょ?」


「……狼狩りの依頼を請けました」


「狼って……そりゃ、あんた一度倒したけど……! もっと安全なのは無かったの?」


「このくらいもできないのは、どのみち死ぬと言われてしまいました。受け入れるべきリスクということでしょう。この街で……私のような人間が、人並みの生活をするには」


「ふーん……ま、自分で決めたんだったら、私がとやかく言うことじゃないけどさ……」



 何か言いたげなアルフィリアだが、それ以上互いに踏み込んだ話をすることもなく、食事を終えた。

 その後も街を周り、トラバサミは予算オーバーで買えなかったものの、10日分の食料を買い込む。昼の食費と合わせて出費は銀貨5枚丁度になった。そしてアルフィリアの買ったカップやペン、インクと言った雑貨、パンなどの食品に、どう見ても食用には見えない植物やら、それを入れる籠と言った荷物を抱えてアパートに戻った頃には、日は西に傾いていた。



「じゃ、何か夕食作って」


「私がですか……」


「材料は私のを使わせてやるんだから、いいでしょ」



 食事当番からは解放されたと思っていたが、それは間違いだったらしい。とはいえ、食事が実質タダと言うのはありがたい事でもあった。どのみち、今日はもうやるべきこともない、特段に断る理由は無かった。

 いくつかの野菜やパンをもって台所に行き、竈の残り火に薪を放り込んで、野菜炒めを作る。



「(……そういえば、包丁や薪とかは使っても良かったっけ……?)」


「ふーん、炒め物かい」



 いつの間にか背後にサンドラが立って、フライパンの中をのぞき込んでいた。



「しかし、ちと量が少ないね。3人分にゃ足りないよ」


「……3人分、ですか?」


「なんだい、私に食わす飯は無いって? 誰が薪を足すと思ってるんだい。ほら、このベーコンをやるから、さっさと分量を増やしな」



 野菜を追加で切り、適当に切ったベーコンと炒めて3人分の夕食を用意する。大皿に盛ったところで、アルフィリアもやってきて食事となった。



「で、売れたのかい? あんたの薬ってのは」


「当然! もう2,3日は続けて、そこからだんだん種類も増やしていきたいわね」


「ほーう、そりゃ結構だ。だが、そのフードを取れば、もうちょっと買ってくれる奴も増えるんじゃないかい?」


「あ、いや、これは……」


「男の目から見ても、そう思うだろう?」


「はい?」



 話を振られて、パンをちぎっていた手を止める。横目でこちらを見るアルフィリアは

「何とか誤魔化せ」と言いたそうにも見える……



「……逆にミステリアスな雰囲気を売りにするというのも、有りなのではないかと」


「そ、そうね、そうそう! いかにも秘薬って感じで!」



 本人の売り方が到底ミステリアスとは言い難い方法だったが、それは黙っておく。サンドラは少しいぶかしげな表情を浮かべたが、それ以上の追及もなく、こちらが探検者になったという話に話題は変わった。


 食事と洗い物を終えると、太陽は姿を消し、西の空にわずかな赤みを残すのみになっていた。部屋に帰って明日の荷物を確認していると、扉がノックされる。その前には、アルフィリアが頼んでいた物を持って佇んでいた。



「はいこれ、獣避けね。注ぎ足しておいたから、5回分にはなるはず」


「ありがとうございます。これは、ある程度の範囲に撒いた方が良いんですか? 寝る所にだけ撒いて節約する、と言ったことは……」


「ん~、基本的にはある程度の量を撒いた方が良いわね。基本は匂いだから……そんなに長続きはしないから、昼間動く分には問題ない……と思う。そうそう、あとこれ」



 獣避けの薬瓶と一緒に、ペットボトルの蓋程度の焼き物の容器が手渡された。その中には、紫色の軟膏らしいものが入っている。



「これは……」


「毒よ。即死するほどじゃないけど、矢じりに塗っておけば、狼程度の大きさなら、まともに動けなくなるはず……だと、思う」


「思う、ですか……」


「し、仕方ないでしょ、実験もできてないんだから。まあ、使うかどうかはあんたの自由だし。うっかり事故ったりしても、あんたの責任だからね」



 腕を組んでそっぽを向いてしまうアルフィリアだが……おそらく、帰ってからこれを作っていたのだろう。矢毒はほんの思い付きで言っただけなのだが、それをわざわざ、材料を調達してまで用意したということになる。解毒薬がないのは不安ではあるが、もっておく分には問題ないはずだ。



「……ありがとうございます。ですが、なぜわざわざ……」


「まあ、一応一緒に旅したわけだし、ちょっとくらい手助けしてやってもいいかな~、って……それに毒を作る経験も積んどこうと思ったし。あ、使ったら感想聞かせなさいよね?」


「わかりました、ちゃんと帰ってこれたら、報告します」


「……じゃあ、おやすみ。あんたも早めに寝なさいよ」



 アルフィリアは自室へと戻っていく。その表情が少し陰って見えたのは、夕日の赤みが空から消えたせいだろうか。

 貰った薬を荷物に追加し、ベッドに潜る。万全と言えるものではないが、それでも今の自分に可能なことはしたと納得させ、目を閉じた。


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