二十七章の7 正体
前回のあらすじ
前文明のバイオ企業を探索する一行は、カードキーにより立ち入りが制限されていた区域に侵入する。バリケードや無人兵器の残骸、さらには墜落した有人戦闘機のコックピットまでが散乱するその場所は、激しい戦いがあったことを物語るのだった。
「開かないわね……」
通路の奥にあった三つの扉だが、手持ちのカードキーでは開かず……残る道、十字路左手へと進む。通路は右に曲がり、左側には扉。
「何も書いてない。物置か何かかしら」
特に鍵をかざす必要もなく開いたその扉の中は、確かに物置か何かだったようなのだが……他と比べて明らかに、死体の密度が高かった。それも兵士ではなく、研究員や作業員といった服装に見える。奥の壁際に密集したその姿は、追いつめられたようにも見えた。
「な、何があったんでしょう……」
「服に穴がいくつも開いている。サソリの犠牲者で間違いなかろう」
「何か残ってるもんでも……お?」
血がしみ込んで変色した白衣を漁ると、新たなカードキーを発見した。こちらは『1級』と書かれているらしい。それから、これまで何度か見つけてきた、個人用の情報端末。中身を翻訳すると、誰かとのやり取りらしい記録を発見した。
『もう駄目だ、防御が破られる。誰かが裏切って鍵を渡した!』
『あと少しで送る準備が終わる。裏切ったクズはそれから始末してやればいい』
『こんなことをして何になる、お互い破滅するだけだ! 私は反対だったんだ!』
『今さら何を! お前も裏切るのか!?』
『化け物の群れを作り出すんだぞ、わかっているのか!』
『勝つためだ!』
『銃声が』
『送った! これで奴らは破滅だ!』
『おい?』
『おい###(人名と思われる)?』」
「送る、って何でしょう……」
「ふむ、何かの荷物……敵を倒すためということは武器だろうか?」
「身内にまで反対されるということは、よほど問題があったのでしょうが……それはさておき。とりあえず、この新しい鍵を試してみましょう」
「そうね、級が上になったみたいだし、さっきの扉も開くかも」
引き返して、右手にあるドアへキーをかざすと、軽い音がする。どうやらロックが外れたらしい……開くと、デスクが並ぶ部屋が瓦礫で半ば埋まっていた。
「敵はいないようです」
「えっと……製品、管理、かな? そんな感じの部署みたい」
「そんじゃあ、調べていきやしょうか」
この部屋では火災でもあったのか、天井や壁が黒くなっている。かつてポスターか何かだったらしい紙の燃え残りが、床に落ちていた……下端部分らしく、見切れたイラストに何か宣伝文句らしいものが書かれている。
「『親、子、兄弟、友。生命相棒で新たな絆を』だって」
「宣伝ポスターですか……生命相棒とはペット的なものだったのでしょうかね」
「だとしたら、随分過剰な宣伝文句ですな」
「そうだろうか? 私はヴァレンヌの事を弟のように思っているぞ!」
「いや、でも親はないんじゃないかなって……」
「よくわかんないけど……昔の宣伝文句を見てても仕方ないわね。他には……」
瓦礫でつぶれたデスク周りを調べてみると、情報端末が一機生き残っていた。スリットがついていて、そこにカードキーを通すと認証がされたらしく、映像の投影が始まる。最初に出たのは、何かしらのログメッセージ……
「『議定改定終了、正常に送り済み』」
「ふむ、他にはないのか?」
「えーっと……なんか、空っぽ……みたいね」
「意図的に消したのかもしれませんね。敵に情報を奪われないように」
「それなら、この機械そのものを壊すのが一番だったんじゃないです……?」
「何か残したいものもあったんじゃないですかい?」
「残したいものって……あ、あった」
メッセージボックスを閉じると、その下に一つのファイルが残されていた。アルフィリアによるとそのタイトルは『懺悔』……
「『私は過ちを犯した。生命相棒たちの倫理規定を書き換え、人を狩るようにしたのだ。彼らは人肉を食い、体を繁殖に利用し、血を飲んで栄養補助剤を代用する。家族として接してきた彼らが突如捕食者となることで、どれほどの人命が失われるかわからない』」
その文章からはただならぬ雰囲気が伝わってくる。しかし、この内容は……
「『恐るべきは、無秩序な化け物としてではなく、知性をもってこれを行う点だ。彼らは自らの容姿、経験、技術、すべてを有効に使うだろう。開発当初から言われていた反乱を、よもや自分の手で引き起こすことになろうとは。人を模した生命の創造は、超えるべきでない一線だったのだろうか』」
この内容は、まるで。
「『連合軍による攻撃が始まったが、もはや間に合うまい。青髪の軍団は恐怖と共に語られ、続け……」
アルフィリアの顔色が失われ、言葉が止まる。その場にいる全員が、彼女の背中に流れる青い髪に視線を向けていた。
「ま、待ってよ……大昔の事よ? 私には、関係ない……!」
「……探索を続けましょう。いいですね? 皆さん」
半ば強引に探索を再開し、向かい側の部屋へ向かう。ここもやはり、手持ちのカードキーで開くことができた。
「(アルフィリアも、そこまで馬鹿正直に読まなくていいものを……)」
室内に気配はなく、明かりを掲げたウーベルトと共に中へ侵入する。
右手には長い机。反対側には何か大型の機械。筐体に円形の台座がついている。これがこの部屋のメイン施設であることは間違いない。その周辺には……
「……なっ」
「こりゃ……」
壁には一枚のポスターが貼られていた。デザインから見て、さっきの燃え残っていたポスターの完全な物。そこには……アルフィリアの姿があった。
「(いや、微妙に違う……? しかし、青い髪に緑の目、これはどう見ても……)」
「嘘……何よ、これ……」
何も起きないのを見て安全だと見たか、後ろにいたアルフィリア達も入ってきた。当然、こちらが見ていたポスターを彼女らも見ることになる……
「服とかは……違うみたいですけど……」
「どうなっているのだ……なぜ前文明の遺跡に、絵姿がある!?」
「そんなの……そんなの私にもわからないわよ! 私、私は……今15歳で……あれ、でも6歳から前って、私……」
アルフィリアは狼狽しながら、そのポスターに近寄る。剥がそうとでもいうのか所在なさげに手を伸ばして……
「いけねえ、薬師殿!」
「えっ?」
アルフィリアの様子に気を取られて、円形の台座部分を踏んでいることに気づくのが遅れた。彼女が振り向くのとほぼ同時、筐体から環状の部品が肋骨のように飛び出し、アルフィリアを取り囲んで淡い光を放つ。
「なんだ!? 罠か!?」
「いや、これは明らかに普段使いの設備です! 何かの機能が……メストさん、止められませんか!?」
「む、無茶言わないでくださいよお!? 何の機械かもわからないのに!」
「上は……だめか、天井まで届いてやがる!」
周囲に何か止めるための装置が存在しないか見まわす。その時、アルフィリアの苦しそうな声がいやにはっきりと聞こえてきた。
「な、なに、これ……何か、入ってくる……!?」
「アルフィリアさん!? しっかり!」
彼女に近寄るが、その体に何かが触れている様子はない。だが彼女は確かに苦しむ……というよりは、混乱に近い様子。そして……
「わ、私……私は……個体番号、1748331。点検……何? 口が、勝手に……!?」
「な、何言ってるんですかい薬師殿?」
「これは……」
その場にいる全員が、その言葉の意味を理解していないようだ。だが……文明が進んだ世界から来た自分にはわかる。混乱するアルフィリアの声に混ざり、ひどく無機質な口調でつぶやかれるその言葉、それが意味することは……
「個体名、アルフィリア。所有者、テオフィロ・フェニーニ……テオフィロってお父さんの
……!? う、く……人格型、無垢な娘。顔型、7の2、初期身体年齢、5……成長係数、標準……」
「ど、どうしましょう……なんか、まずそうな……」
アルフィリアは頭を抱え、額に汗を浮かべている。苦痛か、それとも彼女自身のアイデンティティが崩れていくのを目の当たりにさせられているためか……
「言語規定の損傷、検知……修復中」
「ええい、どうすればいいのだ!」
「……完了。行動規定、版数不明。最新版を上書き……あ……頭が……やめて! いやだ! 助けてイチロー!」
「……っ!」
武器を構える。危険はあるが、アルフィリアは明らかに一刻を争う状態だ。こうなったら破壊して止めるしかない。強化矢を立て続けに打ち込むのに合わせ、アルマも斧を振るって筐体を滅多打ち……弾倉一個分を空にしたところで機械は動きを止め、環状の部品をこじ開けることができた。
「いったい……何がどうなったってんですかい……?」
「……状況から見て、彼女が……生命相棒、と呼ばれる存在だったことはまず間違いないでしょう。この部屋は製品の検査を行う場所で、そのための装置を起動してしまい……」
「だが、前文明といえば遥かな昔だ! その時生きていた者が残っているなど……」
「まずは現実を見ましょうよ……壊しちゃったから検証は無理ですけど、実際、彼女が前文明の機械に反応したのは事実なわけで……」
「経緯は不明ですが、現代まで何らかの方法で保管されていたのでしょう。それを開封し、娘として育てていたのが、彼女の父親……テオフィロということに」
全員に戸惑いが広がっている。しかし問題はアルフィリア本人だ。うずくまり、体を抱きかかえるようにして縮こまる彼女に、外見上変化は見られないが……その表情は愕然、とでもいうのだろうか。目を見開き、視線は定まらず呼吸が荒い。その傍に膝をつき、具合をうかがう。
「……痛いところはありませんか? 体に違和感は?」
「わ……私……人間じゃ、なかった……作られた物だった……!」
「そのようですね。人間と変わらない生き物を作る……科学の一つの到達点に達していたとは驚きです」
「何よ……なんでそんな、平然としてるのよ。私がどんな気持ちかくらいわかってよ! 自分が、人間じゃないって! お父さんもお母さんも、本当は居なくて、この気持ちすら、作り物だって! それを突きつけられたのよ! 私は!」
「えーと……イチローさんも厳密に言うと人間では……」
「ちょっと黙っていてください」
「はぅっ」
アルフィリアは少し錯乱しているようだ。自分が人間でないと告げられたなら、そうなっても仕方ないのかもしれない……しかし。
「確かに、あなたは人の手で作り出されたものかもしれません。しかし、それが何ですか。あなたをアルフィリアたらしめるものは何一つ失われてはいないでしょう!」
「でも! 今頭の中に入ってきて、わかっちゃったのよ! 私は物の感じ方すらあらかじめ方向づけられてる! 私が私だと思ってたものは、結局誰かに作られたものだった……」
「人は誰だってそうですよ! 与えられた環境で成長するしかない、その過程で否応なく人格も人生も決まっていく! 重要なのはその結果です!」
これだけは、断言できる。
「……あなたは素晴らしい人です。胸を張って生きていける人です。賞賛と好意を向けられるべき人です。それは……誰にも、否定できない事実です」
震えながら顔を上げ、こちらを見る緑の目は涙に濡れている。その宝石のような美しさも、作り物なのだろう……それでも。またうつむくその顔に、声をかけ続ける。
「私も、あなたに助けてもらいました」
「……あんたを助けたのは、たまたま生きてたからよ。死んでたら、血を抜いて使ってた」
「それでも、あなたが居なければ死んでいました」
「綺麗な見た目だって、そう作られただけ」
「それでも、美しいことに変わりはありません」
「錬金術も、結局お父さんの真似でしかない」
「それでも、あなたはドメニコさん初め、大勢に当てにされている」
「前向きなのも当然よ……落ち込みっぱなしになる道具なんて使えないもの」
「それでも、その姿勢にどれだけ引っ張ってもらったことか。あなたが居なければ私はもっと、日陰者として生きていたはずです」
「……だんだん、落ち着いてくるのは、そういう機能? それとも、イチローが話してくれるから?」
「わかりません。しかし、私が支えになれたなら……それは、光栄なことだと思います」
「……確かめ、させて」
アルフィリアが身を寄せ、体に手を回して涙に濡れた顔を胸に埋める。まだその体は小さく震えているが……その青い髪を撫でると、こわばっていた彼女の体が少しずつ柔らかくなっていくのが感じ取れた……
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