二十七章の1 やっかいな依頼
前回のあらすじ
リンランからの依頼により、ゲリラグループ「異界人解放戦線」と共に遺跡の探索に赴くイチロー。彼らを待ち受けていたのは前文明の海軍基地だった。犠牲を出しながらも、解放戦線内部に潜む魔法騎士との交戦を経て基地を確保した一行は、全自動製造施設により建造された半生体潜水艦を入手。解放戦線はベスティア大陸への足掛かりと、この世界随一の海軍力を手にすることになったのだった。
異世界生活430日目、夏の24日
夏の日差しも本格化してきたころ、こめかみの傷も小さくなり始めていた。暑さが頂点を迎える前にもう一度依頼を受けて出るべきかと考えながらも、まずはその日差しを活用すべく、洗濯物を干している時だった。
「失礼する! アルフィリア殿は在宅だろうか?」
門から声をかけられる。馬に乗ってやってきたのは、アルマことヴィクトリア。アルフィリアが錬金術師であることを知る、数少ない人物の一人。
「ええ、居ますが……またそろそろ探検に出たくなりましたか?」
「む、それはそうなのだが……今回は兄上の遣いで来た。上がってもよいだろうか?」
正体がばれたというのに、相変わらず鎧姿のアルマを応接室に通し、地下室で作業中だったアルフィリアと共に、彼女と相対する。
「兄上からだ。これに書かれたものを用意してほしいとのことだ」
「総督からの依頼ってことね。いつか来るとは思ってたけど……どれどれ……」
アルマは肩にかけていた書類カバンから、大きめの本でも入っていそうな封筒を取り出した。蝋で封がされたそれを開けると、中からは書類の束が姿を見せる。ただの注文書にしてはあまりの分量だが……
「ん~……んんん? 何よこれ……」
「難しいものですか?」
「随分細かく手順が指定されてるのよ。っていうかこれ、錬金術じゃあない……これの最終完成品を作れってことかしら」
「いったい何なんですか? その完成品は」
「私もよくは聞かされていない。だが……この書類は前文明の文書を現代語に訳したものだとか」
「前文明の物? なんか大層ね……えーっと、基本は魔凝石なのか。それを……う~ん。いろいろ加工して……えっと、こことここの処理は飛ばせる……で、これを直にこっちと合わせて……いや、先に……」
「引き受けてもらえるだろうか?」
「ん~……少なくともできなくはないと思う」
「では、頼む。特に期限は設けないとのことだ。腰を据えてかかってくれ。前金として、これを」
「うわ……」
アルマが机に乗せたのは金貨の詰まった袋……ざっと100枚は超えているだろうか。総督ともなるとやることが豪快だ。とにかく、この島のトップからの依頼の上前金もあるとなると断るわけにもいくまい。二つ返事とはいかないまでもアルフィリアは依頼を引き受け、書類を読み込み始めたのだが……
「……しまったかも」
そんな声を出したのは、夕飯の用意ができて呼びに行った時の事。ジュースの入ったデキャンタはほとんど減っておらず、大分書類に没頭していたらしいことが分かった。
「どうしました?」
「これ、ただ作るだけじゃだめみたい。完成品がかなり不安定で……そのままにしてたら、どんどん揮発……っていうか崩壊? とにかく入れておくのに特別な容器が必要になる」
「その容器が用意できない?」
「容器の事も書いてあるんだけど……これは私の手に余るかな。前文明だから、当然のように粘金使ってるし、それに加工も必要になりそうだし……」
「となると……」
「協力、頼まないとね……」
ひとまず書類と向き合うのはここまでにして、夕食を取ることにしてもらう。幸いというべきか、粘金の加工が可能な知り合いは既にいる。しかし……それはアルフィリアが錬金術師であることを明かすことにもなる。その反応は、予測がつかないものだった……
異世界生活431日目、夏の25日
かくして、粘金の加工技術を持つ若き天才職人……とは彼女の自称。遥か西方の山からやってきた、モンシアンと呼ばれる小柄ながら強い腕力を持つ種族。桃色の髪をした少女、ヘルミーネの工房を訪れた。
「お、二人そろってなんて珍しいやん。なんか注文?」
「うん……忙しそうね」
工房の中には製作中と思われるものや、発送先らしいタグのついた製品がいくつも棚に乗り、壁には注文票の貼られたボードが掛けられていた。
「そうやねん、最近うちの名も知られてきたってとこやな~。あ、でもひと段落してるとこやさかい、何でも言うてな!」
「では、お言葉に甘えさせていただきますが……」
「これをね、作ってほしいの」
問題となる容器の設計図。総督からの書類にアルフィリアが注釈を加えたものだ。形としては薬のカプセルのような、円筒形の上下を半分に割った球でそれぞれ塞いだような形。大きさは直径が30cmほどで、厚みは5cmほど。
「これは~……なんや? 植木鉢にしてはゴツすぎるし」
「とあるものを入れておく容器なの。全体を粘金で作って、そのうえで付与術加工をする」
「粘金でか~、ほなら早速カンカンっと……ってなるかい! そんな在庫どこにあるおもてんねん!」
「ですよね……」
前々からヘルミーネは粘金を調達したがっていた。錬金術の事を明かすことにつながるため、これまでは断っていたのだが、それをここにきて欲しいといえばこうも言われるだろう。
「では、材料が手に入ればよいのですね?」
「まあ……ついでにうちが使う分も手に入れば言うこと無しやね」
「わかった、じゃあ取りに行きましょ」
「行きましょて、当てでもあるん? 遺跡から建材切り出すんは無理やって大工組合からも言われたんやけど」
「うん、まあ……遺跡から取り出す方法はあるの。近場に小さな遺跡があるからそこからとってくれば……」
「そういうことやったら……いや、ちょいまち。これアルフィリアはんが書いたん?」
「ううん、ある人から貰ったものに、私が書き足したんだけど」
「ちゃんと読んだ? これそこらの遺跡のじゃ、あかんみたいやで」
「え、え?」
書類は膨大な量で、読み落としがあってもおかしくはない。そしてヘルミーネが指し示した段落だが……
「ここ、『第七級』って書いてあるやろ? うちらは一言に粘金って呼んどるけど、それは鉄や錫や鉛をまとめて金物って呼ぶようなもんでな。実際には用途によっていろんな種類がある、合金の総称やねん」
「そうなんだ……」
「てっきり、なんにでも使える便利な素材かと」
考えてみれば、目的に応じて材料の質が変わるのはごくごく当たり前のことだ。前文明においても、それは同じだろう。
「具体的に『第七級』となるとどの程度のものになるんでしょうか?」
「数字が大きいほど上等なんやけど、七級って言うと……まあ最上級の部類やな。前文明でも特に重要な建物とか、でっかい兵器とかに使われてたらしいわ」
「なんていうか、よく勉強してるのね……」
「当たり前や。いくら腕が良うても変わり映えせん物ばっかり作ってたら職人言えへんもん。まあ、言うてイルヴァはんに随分手伝ってもろたけどな」
「(イルヴァ、結構頼りにされてるんだな……)」
「試料って持ってたりする? 良かったら、貸してもらえないかしら」
「ええけど、ほんの欠片やで?」
「良いの? ありがと!」
ヘルミーネからサンプルを受け取り、一度家に戻る。それを錬金術で分解し、組成の分析を試みたアルフィリアだったが……
「……駄目だわ、全然知らない素材が混じってる。材料だけでもどこかから取ってこないとだめね」
「(どこからか、か……)」
兵器や重要な施設……正直なことを言うと、当てはある。しかし……
「(さすがに解放戦線と引き合わせる形になるのはまずいよな……)」
だが、むやみに探して見つかる物でもないのは間違いない。やむなく、解放戦線の占拠した、前文明の海軍基地を訪れることにした。テルミナス大鳥ならば片道二週間の距離も、一週間あれば十分往復できるはずだ。ひとまず今日のところはその準備にかかり、何かしらの情報が基地にあるのを期待することにした。
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