二十六章の12 魔法騎士見参
前回のあらすじ
防御設備を突破し、基地の指令区画へとたどり着いた。そこで表示されていた情報によると、
この基地には船が残されているらしかった。一行は可能性のある場所、探索の及んでいない最後の扉に向かう。その先にある物とは……?
制御室に続く、壊れた機銃のあった廊下に入ると、そこではミルサが待っていた。その奥では焼き切られかけていた扉が、左右に開いて奥の空間を見せている。
「遅かったな。扉は開いたんだが……まあ見てくれよ」
その先にはドックと同じようなつくりになっていたが、ドックと比べると空間は狭い。何より目を引くのは穴全体にわたるような巨大クレーンと、そこから吊るされた……
「これは……一体何ですか?」
「うーん、骨に見えるね。海獣の解体作業所でこんなの見たことあるよ」
そう、それはまるで骨のように見えた。長い背骨からあばらが生え、肩辺りからヒレが体に沿って畳まれるように伸びている。白っぽく節のある外見も骨格のようだが、その大きさはあまりに巨大……長さは100mを優に超えている。
「でっけえなあ。クジラか?」
「でもこれは流石に大きすぎますよ」
「基地に……クジラなんか……持ち込まないんじゃ……」
フロッシュの言う通り、いくら海軍基地でもクジラをわざわざ持ち込むとは思えない。となるとこれは……
「船、か……? 竜骨と、そして骨組み……」
「これ、船? 動く?」
「いやあ、どう見てもこれは動かないねえ。残骸……それか作りかけなのかな?」
「なんてこった……」
前者にせよ後者にせよ、少なくとも船として機能しているものでないことは明らかだ。アドルフの声にも、さすがに落胆が隠せない。
「あ~……いいか? アドルフ」
「なんだ……」
「制御室を調べていただが、魔凝石が尽きちまってな。そっちのシュタルテンを貸してくれないか? 気になる表示があるんだ」
「ああ……ほら、使え」
アドルフが投げ渡した器具を受け取り、隣にある制御室へ赴くミルサ。何が気になるのかは知らないが、これで遺跡は踏破した。なら、こちらも『あちら』も仕事は大詰めとみるべきだろう。一歩、二歩、後ろへ下がり、武器を手にする。それを構えるのと、敵が動くのはほぼ同時だった。反射的に引き金を引き矢を放つ。
「えっ!?」
「何!?」
「お前!?」
撃った強化矢は的の一歩前を通り過ぎた。当たればそれで終わっていたのだが。
「(咄嗟射撃はやっぱり難しいか……!)」
「ど、どういうことなんだよお……パルミロお!」
動いたのはパルミロ。フロッシュに駆け寄り、背負わせていた自分の槍に手を伸ばしていた。目前を矢が通り過ぎたことで足を止めたが、すぐに飛び下がり、近くの柱の陰に身を隠す。
「いつから気付いていた!?」
「原始人ごっこは終わりですか?」
「カルミネ、フロッシュ、離れろ!」
戦闘態勢をとるアドルフとハリャーカ。こちらはリンランも合わせて4人、相手は1人でしかも丸腰、勝ちは揺るがないはずだ。
「証拠は残してなかったはずだがな……!」
「名誉だの義務だの言いすぎなんですよ。誠実な印象をつけたかったのかもしれませんが、洞窟に住んでる原始人にそんな概念あるはずないでしょう」
「付け加えると、口の中が綺麗すぎだね。舌で探らせてもらったけど、虫歯一つないし歯並びもいい。君結構いい所の出だろう?」
「ふん、次からは気を付けるとしよう!」
「次なんざねえんだよう! コルグとフブグルスの仇だ!」
ハリャーカが柱の陰に向かって駆け出す。相手は丸腰、ハリャーカは鎧装備、圧倒的に有利のはず。ハリャーカもそう考えているだろう。
「ぐ、あっ……!?」
だが、粘り気の混じった水音とともに苦悶を漏らしたのは、ハリャーカの方だった。
「舐めるなよ異界の蛮族風情め! 素手相手なら勝てると思ったか!?」
白い、蛍光灯のような光の刃。それがハリャーカの肩を貫いていた。その刃はパルミロの指から、手刀の延長のように伸びている……
「ハリャーカ、傷口を押さえていろ! すぐにこいつを片付けてやる!」
「凶器の正体はわかっていませんでしたが……こういうことですか」
「改めて名乗ってやろう、我が名はパオリーノ・ミローネ! 魔法騎士序列73位、双手刃のパオリーノとは俺のことだ!」
「いや、知りませんが」
「ま、要するに実力者ってことさ。だけどしくじったね、そういう隠し武器は初見殺しで使ってこそだ。偉そうにふるまってるけど実のところ焦ってるでしょ?」
「大口をたたくな山賊風情が!」
パルミロが飛び出し襲い掛かる。狙いは、自分。
「(突進してくるなら!)」
腰だめに構えて、至近距離からの一発、だが手から伸びる刃が交差し、矢を防ぐ。
「(強化矢が!?)」
「死ねい!」
次弾は間に合わない、飛び下がるが踏み込みのほうが早い、胸に向かっての突きが服に食い込む。
「くうっ!」
体をひねりながら横へ飛ぶ。それでも刃が体にめり込み、衝撃で体勢を崩してあわやドックの下へ落ちそうになったが……切り裂かれる苦痛はない。粘金の装甲板は表面に傷をつけられながらも貫通を許さず、その形を保っていた。
「ちいっ!? 何たる硬さ!」
「(防具は大事だな本当!)」
「パルミロ! これ以上はやらせん!」
「魔法騎士とやりあうとはね! 大物になってきたって気がするよ!」
二本の戦槌を構えたアドルフと、短剣を逆手に構えたリンラン、二人がパルミロ改めパオリーノと乱戦に入る。しかし……
「(数では上回っているのに……!)」
パオリーノは両手から伸ばした刃を使い、防御と牽制を織り交ぜて負傷を防いでいる。さらに攻撃後に隙など見せようものなら即座に切りかかり、まるで隙が無い。
「なるほど。その刃、重みってものがないね? だから徒手空拳並みに素早く、剣の威力と長さを持ってる。なかなかに厄介だ」
「だが確かに切れるし衝撃もある! 質量が無いのに運動エネルギーは持ってるっていうのか!?」
「魔法ですからね、それくらいはするでしょう!」
激しく入り乱れる3人を相手に、下手に射撃はできない。かといって騎士を名乗る相手に近距離戦は無謀……先ほども、自分はほぼなすすべなく刺された。防具がなければ致命傷は免れなかっただろう。
「(いや……?)」
さっき刺されたとき、自分は確かにやられたと思った。それは……刃が食い込んだからだ。それもかなり深く。しかし実際には装甲の表面で刃は止まっていた。これが意味するのは、あの刃に物理的な実体は無く、何かしらのエネルギーが目に見えているだけ、ということではないだろうか。言うなれば、ガスバーナーのように。それを出し続けているということは……
「(もしかしてあの刃、使っているうちに消耗する……? だからばれるリスクを冒してまで、一人ずつ……)」
「足を止めたな!」
意識を思考のほうに割いたその時、パオリーノがアドルフの姿勢を崩し、その脇をすり抜けこちらに来る。胴体には無効と踏んでか、刃が顔に迫る。顔を傾けると同時に前へ。こめかみを刃がえぐる感触、血がしぶくのを感じながらも手首をつかむ。パオリーノの驚きの表情、迫る反対の刃、逆手に抜いた鉈で受ける。硬直。肩越しに、リンランが駆けるのが見えた。
「甘いわ!」
「おおっと!」
延髄を狙って跳びかかったリンランは後ろ蹴りで迎撃される。跳び箱の要領でそれをしのぐが、姿勢を崩し刃は届かない。苦し紛れの膝蹴りが顔に当たるも、小さな体では決定打にはならず……しかし。
「(今なら、軸足だけ!)」
「何!?」
「せえっ!」
パオリーノの足にこちらの足を絡め、払いながら上体を崩す。一本……とはならず、互いにもつれるようにして、骨組みの収まる穴の方へ……
「貴様道連れにする気か!?」
足が空を踏み、重力が消える。床が目の前を上昇し、壁が上へと流れ……
「ええいっ!」
手の刃を壁に突き立て落下速度を落とすパオリーノ。こちらはその足を掴む。ともに底に打ち付けられて転がった。
「雑魚が姑息な真似を……!」
「その雑魚をずいぶん警戒しているようで……!」
全身を打ったが、相手にもそれなりのダメージがあったはず、壁に突き立てた方の刃は半分ほどに縮んでいる……やはり、あの刃は消耗品らしい。空気中では無視できるレベルなのだろうが、もっと抵抗の多いものなら。
「聞こえますか!? このまま注水を!」
「無事みたいだね! すぐするから防御に徹するんだ!」
上から足音。これでこちらは魔法騎士と一対一で戦うことになる。だが……まともに切りあいをするつもりはない。背を向け、走って逃げる。
「貴様、逃げるのか!?」
「誰がそんな手の相手と接近戦なんか!」
身体能力はおそらくあちらが上。だが相手はこちらの矢を防ぐため、刃を出しっぱなしにしていなければならない。船の骨組みの間、狭い隙間をすり抜けて相手の動きを制限し、距離を保ちつつ逃げ回る。ならばとこちらを無視して、壁面備わったはしごを登ろうとしたところを背中から撃つ。
「ええい、卑怯者め!」
「弱者なものでね!」
登るのを阻止したことで距離が離れた。時間を稼ぎながら逃げ回ること……数分か、あるいはもっと短かったかもしれない。それでも接近は死を意味する状況では、その何倍にも長く感じられる時間が過ぎ。ドックにベルの音が鳴り響いた。それから十秒もしないうちに重い音と共にドックの端にある巨大な扉が上下に開いて、その隙間から水が滝となって襲い掛かってきた。
「ぐううっ!?」
「(これは、想像以上に……!)」
できる限り耐えるつもりではいた。しかしそんな考えをあざ笑うかのように、押し寄せる水流は足元をすくい、上体を押し流し、たちまち洗われる洗濯物さながら、水流の中で壁や柱にぶつかりつつかき回される。敵もそれは同じらしく、光る刃が徐々に短くなりながら、水中を流されているのが見えた。
「(水流が……上がれない……!)」
強烈な水流は船の骨組みで複雑に渦巻き、水面に上ることができない。おそらく人間の力ではこの水流にあらがえないだろう……だが。水中で流されるままだった体が、何かに引っ張られて水面へと近づく。
「よいしょ……生きてる……?」
「なんとか……!」
狙いはまさにこれだった。こちらには蛙型異界人であるフロッシュが居る。場を水中に移せば有利に立ち回れる……想定以上に注水が荒っぽかったのは誤算だが、それでもこうしてこちらは水から引き上げられ、敵はまだ水中でもがいている。ドック内に水が満ちるにつれて水流も収まっていき、泳げるようになっていくが……
「がはっ! 小癪な……!」
水面に顔を出したパオリーノだが、その位置が悪かった。ちょうどこちらの目の前、無防備に水面から後頭部が表れて息を吸う。それがこちらを振り向く前に、弾倉を交換して狙いをつけた。パオリーノが最後に見たのは、自分の眉間にめがけて飛んでくる矢……だっただろうか。
「あっけないね……」
「戦いはいかにして相手の強みを殺すかですからね……終わるときは何もできずあっさり終わることもあります」
「お疲れ助手君。身を挺して囮になるなんて、なかなかやる気にあふれてるじゃないか」
「本当は向こうだけ落としたかったんです」
「コルグ、フブグルス、仇はとったぞ……そうだ、ハリャーカ! 生きてるか!?」
刃を消耗しきったのか、矢を止めることもできず額に受けたパオリーノは目を見開いたまま沈んでいく。随分と被害を出したが、これで主目的である、解放戦線に潜んだスパイの排除は達成された……しかし解放戦線にとっては仲間を失い、船は見つからず、散々だっただろうか。
「(まあそういうリスクも当然織り込んでたことだろうし……)」
それはさておくとして、負傷したハリャーカを応急手当てのため制御室へ運ぶことにしたそのとき。大きな駆動音があたりに響いた。見上げると、穴全体にまたがったクレーンが動いている……
「あれ……なんで……?」
「何か操作したのでしょうか……とにかく制御室へ」
制御室へ向かうと、ハリャーカを適当な机の上に乗せる。手当は針と糸を取り出したリンランに任せ、こちらは自分の手当てを行った。
「パルミロさんが、裏切り者だったなんて……」
「最初っから敵だったんだろ。いきなり水を入れろって言われたときは焦ったが……で、気になる表示ってのがこれなんだが……」
浅いが広い傷口を軟膏でふさぎながら、アドルフと共に端末をのぞき込む。そこには流線型をした何か……鯨のような海洋生物に見えるものと、その左右に膨大な量の……何かのリストらしいもの。そして中央で点滅する緑色の表示。
「どう思う?」
「わからん、が……ここまで来たんだ、試せるものは全部試そう。操作できそうか?」
「ああ、多分この緑色だ……カルミネ、隣の部屋の様子を見ておいてくれ」
「わかりました!」
ミルサが緑色の表示にシュタルテンで触れると、リストが消えて代わりに円が表示された。何かのグラフらしく、少しずつ円が扇を開くように塗りつぶされていく。そして。
「た、大変です!」
様子を見に行っていたカルミネが駆け込んでくる。彼に連れられて骨組みの部屋へ戻ると……
「これは……」
骨組みはクレーンに持ち上げられ、その漬かる水は赤く染まっている。そして骨組みに、クレーンから伸びたアームが様々な部品を壁面から取り出し、取り付けていく。さらには、骨組みに肉がこびりついていくように、何か有機的なものが盛り上がっていく。
「船を……作ってんのか?」
「そうか……ここはただの基地じゃない、造船所だ! しかも全自動の!」
「ということは……このまま待っていれば!」
「ああ、船ができる!」
「この水の色は何でしょうか……」
「わからんが……少なくとも自然にこうなることはないはずだ。何かしら理由があるんだろう」
まさかパオリーノの血でもあるまい。とにかくこうなった以上は推移を見守る必要がありそうだ。今日のところはこれで休み、この船がどうなるのかを確認することにした……
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