四章の2 探検者の街
門から通りに出て組合に向かう途中、多くの人や建物を目にしたが、探検者地区というだけあり、他の地区とはまた異質な空気が漂っていた。まず、行き交う人々が普通に武装をしている。自分も鉈を下げてはいるが、作業用の道具でもあるそれとは違い、背中に弓と矢筒を背負った者、どう見ても木こり用には見えない斧を背負った者、剣と盾を持ったもの、錫杖らしいものを持った者……もちろん、いずれも兵士という出で立ちではない。彼らが
「探検者」なのだろう。
建物の方に目をやれば、半数以上を店舗兼住宅の建物が占めているように見える。その店の種類も、飲食店や酒場に始まり、普通の食料品を売っている店もあれば、干物などの保存食専門の店、ランタンやテントと言った野営用品を扱う店、店の奥から槌の音が響く鍛冶屋には剣や槍の穂先、矢じりが並び、露天では良く解らないお守りだかまじないの道具だかが売られている。
「お兄さんお兄さん! 見てってよ! 前時代の遺跡から発掘されたアーティファ……」
何か声をかけられたが無視した。こういう所の掘り出し物で本物などそうそうあるはずがない。
総じて、西側や南側に比べ必ずしも綺麗とは言い難いが、熱気とでもいうべきか、そんなものが満ちているように感じる。歴史に出るバブル景気だとか、高度経済成長期と言うのはこんな雰囲気だったのだろうか、などと考えながら歩いていけば、通りはやがて他の通りが交差する広場に出た。
市庁舎周辺の物と比べれば狭いが、水汲み場や大きな掲示板、読めないが案内標識らしいものもある。いくつか店が広場に面しているが、それは機会があれば見ておくとして……広場の東には、丸い広場を五角形に切り取る、レンガと漆喰でできた四階建ての大きな建物が鎮座していた。
「(ここ、か……)」
五角形の頂点部分にある扉の上には、大きな羅針盤のシンボルが掲げられていた。その重い木の扉を押し開けて中に入ると、真正面に受付があり、そこから左右斜め後方に伸びるように、窓口のカウンターが並び、その奥には事務室があった。全体として役所か銀行のような作りだが、金属の柵の向こうに職員が居るその光景は、このあたりがそういう所を訪れるような物わかりの良い住人だけではないということを物語っている。
さておき、まずは受付に話しかけることにした。登録のメリットデメリットもまだわかっていないが、その辺りの人間に適当に聞くよりは、まだ来客を前提とした所の方が聞くには適しているだろう。
「いらっしゃいませ、どんなご用件ですか?」
中を見回しながらゆっくり近づいてきたこちらは、はた目にも慣れていないとわかったようだ。受付嬢から先にこちらへ声をかけて来る。肩までの髪を丸っこい形に整え、落ち着いた雰囲気はいかにもベテランと言う様子だった。
「こちらで、探検者の登録をしていると聞いたのですが……」
「登録ですね? 左の3番窓口で手続きをしてください」
「それで……登録をしたら、具体的に何がどうなるんですか?」
「はい? ……ああ、また『とりあえず登録しておく』組ね」
後半は小声だったが、はっきり聞こえた。どうやら自分のような者はあまり歓迎されないらしい。
「ええと、登録のメリットデメリットを知りたいということですね? では担当の者を……ジーノ君! ジーノ君ちょっときて!」
「あ、はい!」
後ろを向いて呼ぶ声に返事をして、ベストを着た少年……ジーノ君、と呼ばれた人物が柵を回り込んで受付のところまでやってきた。赤毛で軽くそばかすの浮いたその顔は、背が低いことも相まって幼さのような物も感じる。
「この人に、探検者登録の事を教えてあげて」
「はい! では立ったままもなんですし、こちらへどうぞ!」
壁際の談話スペース……と言うよりは順番待ち用の向かい合ったベンチに案内され、互いに向き合って腰掛ける。入り口から見て左側のこちらには来客も少なく、ゆっくり話ができそうではある。
「それじゃあ、登録の事なんですけど、どこまでご存知ですか?」
「……まったく、何も」
「わかりました! それじゃあ一番最初から説明しますね!」
このジーノ君とやら、元気と言うか熱意と言うか、そういう物が有り余っているらしい。世間的には悪い事ではないのだろうが、語尾の半分近くにビックリマークがついていそうなそのテンションは、落ち着いて説明をするには不向きなように思えた。
しばし彼の言葉を聞き、組合に所属するメリットをまとめるとつまり、こういうことらしい。
1.探検者が持ち帰った物が「新発見」や「発掘品」になるか鑑定してくれる。
2.それらを買い取る客との仲介をしてくれる。
3.その他雑多な品物の売買を一括して引き受けてもらえる。
4.探検者の私財をこの建物で保管してくれる。
5.税金などの各種行政手続きの代行をしてくれる。
6.組合の保有する資料などを利用できる。
7.探検者に向けた「依頼」を発行、受領とも利用できる。
概ね納得できる内容だが、いくつか疑問点もあった。
「……『依頼』と言うのは何ですか? 探検者は東のベスティア大陸から物を持ち帰るのが仕事では?」
「簡単に言うとテルミナスの人たちから探検者への頼み事です! 発見されて持ち帰られたはいいけれど市場には流通していない物とかありますよね? 他にも、現住生物がこれまで安全の確保されていた領域に出てきて、それを退治してほしいとか。そう言った頼みごとを組合が引き受けて整理、資料と突き合わせたうえで、『依頼』として発布するんです!」
「(仲介業者、ってことか……)」
「実際のところ、新発見とかそう簡単にはできないので、探検者の人は大体この『依頼』で生計を立てています」
「そしてその『依頼』を受けられるのは組合に所属する者だけ、と」
「正確に言うと、個人で依頼を引き受けるのはもちろん自由なんですけど……お金を踏み倒されるとかそういうこともあるので、僕たち組合がいったん依頼金を預かると言う形で、皆さんが安心して依頼を受けられるようにしています!」
「(当然中抜きはしてるんだろうけど……こっちの法律も解らない、長い物に巻かれておいた方が安心か……いや、まてよ)」
「どうですか!? ぜひあなたも組合に登録してみませんか!?」
「……メリットばかり聞かされましたが……組合に所属すれば、それなりに……従わなければいけないことも出て来るのでは?」
「えっと……そうですね……例えば沢山実績を上げて有名になれば、お金持ちの人が直接指名してくるような依頼もあるみたいです。そういうのを断られると、ちょっと困っちゃうかな~、と……」
デメリットの説明は気が引けるのか、それまでの調子が鈍る。デメリットなどないと言いきらないのは、まだ良心的だと言うべきなのだろうか。
「確認しますが、組合に所属することで、入会金や年会費を取られたり、特定の商品を買わなければいけなかったり……そういうことは無いんですね?」
「はい! あくまでも組合は探検者の互助組織ですから! ただ……一部のサービスは、ちょっとだけお金を頂くんですけれど……」
「……わかりました、登録します。具体的な手続きはどのように?」
「はい! じゃああっちの窓口へどうぞ!」
ジーノは事務所の方に引っ込んでいく。少なくとも何もしなければ金をとられないのなら、登録しておいて損は無いし、妙なしがらみが出るにしてもそれはもっと先のことになるはず。今はそれよりも、まず目先の事を優先すべきだろう。少なくともほとんどの人が登録するとまで言われるのだからそこまで悪辣なことはしていない筈……そんなことを考えて窓口に立つと、そこへジーノが登録用紙を置いた。
「じゃあ、ここにサインと指紋をお願いします!」
「『私はこの組合に探検者として登録します』……これだけですか?」
「はい! えっと……イーチ・ローさん?」
「イチロー、と一息で読みます」
「なるほど! じゃあイチローさん、頑張って下さいね!」
書きなれない文字のため変に大きくなってしまい、名前しか入らなかったが、兎に角これで登録完了らしい。特段登録証のようなものは渡されなかった……わざわざ証明するほどの身分ではないということなのかもしれない。
「それで、依頼と言うのは……」
「あ、ここでも請けれますけど、広場の反対側に組合直営の食堂兼酒場があるので、そっちでお話を聞く方をお勧めします! 安くて量もあるし、一緒に行動する仲間を見つけられるかもしれませんから!」
「……わかりました、そっちに行ってみます」
一先ず、これで自分は探検者になったようだ。自覚らしい自覚も湧かないが、これで色々なサポートが受けられる、ということなのだろう。ジーノの勧めに従い、直営の酒場とやらを覗くべく席を立つ。背後から聞こえる受付嬢の送り出しは、何とも事務的な響きだった……




