二十五章の1 憧れは止められない?
前回のあらすじ
探検者組合直営の酒場は、新メニューとしてスイーツの開発をしていた。しかし肝心の甘味料が高価なため難航していた所、巨大蜂の依頼が組合に入って来る。その依頼を受けたイチロー達は、地下研究所の遺跡を発見。巨大蜂はそこで改造された生き物だったのだ。その巣と、蜂をおとなしくさせる薬品を発見したことで、蜂のミルクを回収できるようになった。新たな甘味料の登場で直営酒場のスイーツ開発も進み、イチロー達の楽しみも増えたのだった……
異世界生活370日目、春の54日
日差しも徐々に強まりを見せて来る。それから逃れる様に……と言うわけでもなかろうが、アルフィリアは最近地下に籠ることが増えた。昼食の具沢山野菜スープが煮上がったので、階段を降りて呼びに行く。
「お昼、出来ましたよ」
「うん、今行く~」
ランプの灯る地下室から声が帰って来る。ここ最近は研究所から持ち帰ったコンピュータを地下室で弄っているようだが……
「なにも地下でやらなくともよいと思いますが……」
「何でか知らないけど、隠し部屋じゃないと動かないのよ」
ランプを手に、隠し部屋から出て来るアルフィリア。その困り顔からは、あまり上手く行っていないらしいことがうかがえる。いくら前文明の技術が理解を越えたものだとは言え、地下なら動いて地上だと動かないということは無いと思うが……
「それで、何か気になる物は見つけましたか?」
「それがね~……何だか、研究所では見れた物が見れなくなってたりするのよ」
「壊しましたか?」
「違う。と思う……多分。出来るだけ丁寧に扱ったし……」
何もしていないのに壊れたと言うが実は何かしているというのは良く聞く話ではある。が、他に考えられる理由としては……
「本体は別にあったのかもしれませんね……」
「本体?」
「つまり……丁度この皿と鍋のように、大本の情報が蓄えられた場所と、それを引き出している場所に別れているんです。私たちが持ってきたのは皿の方で、鍋から離れてしまったので中身が来なくなってしまったのでしょう」
「じゃあ、持って帰っても無駄だったってこと!? そんなぁ~……」
「動くのでしたら、完全に無駄ではなかったと思いますが……」
落胆して顔をテーブルに突っ伏すアルフィリア……こういう事もある、と納得してもらう他ないだろうか。
「ところで、防護服の方はどうですか?」
「それが……何ていうのか、難しいわね。多分違う種類の凄く薄い布を何枚も重ねてるんだと思う。それぞれの塊を作ることは出来るけど、薄くして重ねて生地にしてってのは別の技術だから」
「そうですか……」
中々に、前文明の技術は難解らしい。そもそも前文明の設備をもって生産されたものであるはずで、仮に素材を作ることができたとしても、服にするのは不可能だろう……ヘルミーネも、服飾には手を出したがらない。
「まあ、穴が開いたらそれを塞ぐくらいはできると思うわ。材料は他の防護服だけど……あ、そうだ。服で思い出したけど糸切らしてたのよ。ちょっと買ってきてくれない?」
「どんな糸ですか?」
「細いの。あ、だからって刺繍用は駄目よ? 色はなんても良いけど白があれば白ね」
「わかりました。縫物でも?」
「ちょっと破れて修理したいものがね~」
お使いに行くことになった。普段矢などを買うのに利用している店は品ぞろえが探検者向けなので、商店街奥にある雑貨屋を訪れる。サクラの首輪を始め、生活雑貨は大体ここで購入しているのだが……
「うるさいな! 僕の勝手だろ!」
「ジーノ! 待ちなさいジーノ!」
店に入ろうとしたとき、赤毛の少年が飛び出してそのまま反対側の路地に消える。探検者組合で見習いとして働く少年、ジーノ。ここは彼の実家でもあるのだが……ひとまず用事もあるので、入店することにした。
「まったく……あの子は! ああ、いらっしゃいませ。いつもご贔屓に……」
「裁縫糸を。色はできれば白で、一番細い物をお願いします」
「はい、お待ちくださいね」
中で出迎えたのはジーノの母。この店の主人にして、探検者であった夫をベスティアで亡くし、ジーノを女手だけで育てている人物……そのためか、冒険者を志すジーノは反発することもあるようだ。家庭の事情というものに下手に踏み込んだりはしないのが一番なのだが……
「男の子ってのはどうしてああなんでしょうかねえ。あの人があんな死に方をしたっていうのに……探検者はそんなに魅力的な仕事に見えるんでしょうか」
「子供の冒険心と言う奴でしょうかね」
どうやらあちらの方はそうでも無いらしい。商品棚を探しながらジーノに関しての愚痴がこぼれる。適当に話を合わせながら糸が出てくるのを待つが……ジーノはどうやら迷いを振り切ったようだ。母親の望むのとは別の方向性で。
「はあ……あなたみたいに活躍してる探検者ばかり見るから、自分にもできるって思ってしまうんでしょうかね……」
「そんなに甘い仕事ではないということはわかっていると思いますが」
「そうだと良いんですけど……はい、白の裁縫糸一巻き。いつもありがとうございます」
木の軸に巻かれた糸を受け取り、代金を支払って店を出る。すると店の前の路地からジーノがこちらの様子を伺っているのが目に入った。こちらに駆けより声をかけて来る……
「こ、こんにちは! あの……色々考えたけど、僕やっぱり探検者になりたいんです!」
「そうですか」
「はい! だけど母さんはわかってくれなくて。危ないから止めろ、堅実に生きるのが一番だって、そればっかり言うんです」
「まあ、そうでしょうね」
「だけど、僕は僕の生き方を自分で決めたい! イチローさん、どうやったら母さんを説得できるでしょうか!?」
母の悩みの次は少年の悩みときた。他にいくらでも適任が居るだろうになぜ自分なのか。
「しかし、失敗した時にどうなるかはあなたの父が身をもって証明したはずですが」
「けど、僕にも挑戦する権利はあるはずです!」
「あなたを今まで育てた親にも、行動を制限する権利はあるのでは?」
「でも、話くらい聞いても良いと思いませんか!? 頭ごなしに駄目駄目駄目って!」
反抗期と言うのはこういうものなのだろうか。自分はこうだった記憶は無いが……そこまで言うのなら、やり用はいくらでもありそうなものだ。
「……そもそも説得なんてする必要があるのですか?」
「え?」
「組合で働いているなら給料くらい貰っているはず。それで必要なものを買って、勝手になれば良いじゃないですか」
「僕、そんなにお金は持ってないんです。見習いみたいなものだし……」
「衣食住を親に頼っている段階であるなら、まだ言う事を聞いていた方が無難でしょう」
「僕はそれが嫌なんです! 一人前になって、知らない物を見つけて、沢山稼いで、凄い大活躍をしたいんです! イチローさんだって、何にも知らないところから今みたいになれたじゃないですか!」
「それは否定しませんが……」
自分が今まで探検者として生きてこられたのは、知人による手助けを多分に受けてきたという点が大きい。それが無ければ今頃とっくに死んで居るか、どこかで奴隷をしていたはずだ。しかし、自分は運が良かっただけだと言って、果たして聞き入れるだろうか……
「でも、やっぱりそうですよね。行動もしないで口だけで何を言っても、何も始まりませんよね。何とかして認めさせないと!」
「まあ、やるのは自由ですね」
とりあえず自分で何とかする方向に決めたようだが、ジーノ1人でどこまでできると言うのか。そう遠からず挫折して、帰る羽目になるだろう……恐らくそれが、自然な形というものなのだ。それをあえて告げはしないが。
なんにしても、これはジーノと家庭の問題、自分が首を突っ込む義理も無い。意気込むジーノと別れ、家に糸を届けに戻った。
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