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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第四章 新生活の始まり 編
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四章の1 見慣れた隣人

 プレハブの事務所で、社長の娘だか姪だかの専務から貰った封筒を開ける。中にあるのは給与明細が一枚。ここに書かれた中で二番目に大きな数字が、自分という人間の価値ということになる。



「(まあ……こんなもん、か)」



 板状の携帯電話。自分の持っている物の中では、唯一ともいえるハイテク機器の画面に指を滑らせ、自分の銀行口座を表示する。いくつか操作をして、残高の一番左にあった「1」が消えた。

 結局の所、人はこうして価値を提供しているからこそ、社会に受け入れられる。問題は、

自分の価値は今のところかなり低いということ。もっと自分の価値を高めなければいけないし、切り崩しは最低限にしなければいけない。

 


「(……これくらいは、いいか)」



 家への帰り道、自動販売機の前に立ち、ポケットを漁る。銀色の硬貨1枚と銅貨3枚を出して投入しようとするが、大きさが合わない。手のひらにあるそれを見てみると、見たこともない人物画が刻まれていて……


 目の前には埃臭い板の床。そこに銀貨が一枚転がり、窓から入った細い光を反射していた。



「(……落ちたのか……)」



異世界生活37日目、春の81日。



 レバー式のドアノブを下げて、あてがわれた部屋から外に出ると、中庭は常に水が流れる水汲み場があり、その向こうにはレンガの壁と鉄の門。どうやら昨日入ってきたのは勝手口のようなところで、正門はあちらのようだ。他には小さな小屋も建っているのが見える。

 左を向き、管理棟とでもいうべきか、サンドラの住んでいる棟を見ると昨日自分たちが出てきた扉の左右に扉が一つずつ。一つは位置的に食堂に繋がっている。もう一つは客間の奥、おそらくはサンドラのプライベートスペースに続いているのだろう。食堂に続く扉をくぐると、隅にある台所で白髪交じりの茶髪を団子にまとめたエプロン姿の中年女性……ここの所有者、サンドラが鍋を沸かしていた。



「起きたかい、まずは顔でも洗っといで。埃が付いてるよ」



 中庭の水汲み場で手に冷たい水をすくって顔を擦る。水は常に出しっぱなしのようで、セメントのシンクに流れる水が溝を伝い、排水口へと流れていっている。



「(上下水道があるのか……)」



 タオルやハンカチなんてものは持っていないので袖で水をぬぐい、食堂に戻る。テーブルの上には木の皿とスプーンが3セット並んでいた。



「(とりあえず食べたら、聞き込みをして……)」


「あ~、お腹空いた……うん?」


「え?」



 背後から欠伸交じりの、聞き覚えのある声がする。欠伸で少し涙を湛えた緑色の目、普段着なのか、ゆったりした長めのパーカー。そのフードからわずかに漏れ見える青色の髪……アルフィリアその人が、そこに佇んでいた。


 麦の粥をスプーンで掬い、口に運ぶ。隣のアルフィリアも同じく。



「じゃあ、あんたたちは知り合いってことかい?」


「ま、そんなとこね」



 曰く、アルフィリアもなるべく安い物件を探してまわり、ここに行きついたという。奇遇な話ではあるが、探す手間が省けたのはありがたい事だった。食事を大よそ食べ終わったところで、話を切り出す。



「あの……貰った書類なのですが……」


「ん? なによ」


「指紋が押されていないと効力がないと言われてしまいました」


「え、そうなの?」



 どうやら、アルフィリアも知らなかったらしい。何年も隠れ住んでいて、遠く離れた町の習慣など知らなくても無理はないのかもしれないが……



「あ~、えぇっと……ごめん」


「(意外と素直に謝った……)」


「ちゃんとした書類にはサインと拇印はこの街の常識だよ、覚えときな」



 先に食べ終えていたサンドラが、アルフィリアと自分の前に一枚ずつ書面、そしてインクとペンを置く。字面の半分も読めないが、箇条書きになっている所を見るとおそらく何かしらの条件を示している。



「こいつもそうだよ。署名して、拇印を押しな」


「ふーん、契約書ね……」



 思った通り賃貸契約書だったようだ。しかし前日口頭で伝えられた物よりもずっとその項目は多い。大筋において違っているということは無いだろうが、それでもためらいが生まれる。そんなこちらを、アルフィリアが横目でちらりと見た。



「……えーっと。なになに……家主サンドラ・エルスバーグ、以下貸主とする、は……以下借主とする、と次の条件で賃貸契約を結ぶ……」



 音読を始めたアルフィリア。それによると又貸しの禁止、重大な過失による破損時の修復、犯罪行為の禁止、無許可で動物を飼育しない等々、条件は地球と比べてもさほど常識外れという物ではなかった。

 唯一大きく違う点として、借主、つまり自分たちが死んだり行方不明になった場合、敷地内の私物はすべてサンドラが手に入れることになっているが、自分が死んだ後のことなど特段気にする必要もない。アルフィリアと二人でその契約書にサインをし、続けて自分の税関通行許可にもサインと拇印をもらう。



「それで、なんかお隣さんになったみたいだけど……あんたこれからどうするの?」


「職探し、ですね。お金がないと何もできませんから」


「まあ、そうよね。やっぱり住み込みの仕事とか?」


「……探検者、というのをやってみようかと」



 日雇いで家賃を払いながら少しずつ貯金をすることは確かに可能かもしれない。しかし、仮にそれで安定した生活を手に入れたとしても、地球に帰ることはまず不可能に思えた。

 一方でリンランは探検者が危険だが、なりたがる者の多い仕事だと言っていた、これはつまりその危険に見合うメリット……大金か名誉、またはその両方が得られるということに他ならない。



「探検者って……小耳には挟んだけど、なろうと思ってなれるもんなの?」


「少なくとも……地区の名前になるほどですから、選ばれた少数しかなれないというわけではないでしょう」


「探検者になるのは簡単だよ。自分は探検者だって名乗ればそれで探検者。後は自分の腕次第さね。ま、ほとんどの奴はまず組合に登録するがね」


「ふーん……組合かぁ」



 アルフィリアの疑問には、サンドラが答えてくれた。それを聞いたアルフィリアは何やら考え事をしているが、それはさておき、とりあえず食事後に目指すところは決まった。



「その、組合というのはどこに?」


「門を出たら、まっすぐ通りを北東。広場の真ん中にある建物だから、すぐにわかるだろうよ」


「……行くときに、何か気を付けることはありますか?」


「さあね。ま、精々もめ事を起こさないようにするこった」



 話をしている間に、アルフィリアは自分の部屋……一階の一番食堂に近い部屋に引っ込んでいく。自分もまた、かさばる旅用具は置き、教えてもらった組合とやらを目指すことにした。


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