二十四章の6 檜林に隠された物
前回のあらすじ
ゾンビ化したカヴァルマーノを使い、殺虫剤で巣を燻すことに成功した一行。これにて依頼完了かと思いきや、ウーベルトがまだ他の巣が残っている可能性を示唆する。報酬の増額も狙えることから、再度森を調査することになるのだった
異世界生活359日目、春の43日
「ええええぇぇぇ……残るんですかぁ……?」
「だって、木工組合の人がこれで安心して奥まで入り込んで、刺されたりしたら大変じゃない」
「やめてくださいよぉ~……仕事増やさないでくださいよぉ~……」
「まあ……その分報酬も増やしてくれるそうなので……ウーベルトさんが」
「そういうことでさあ。交渉事はあっしに任せて下せえ」
「やっぱり自分だけ安全な仕事……」
「まあまあ、別に逃げるって言ってるんじゃないんだしさ」
「うぅ~……」
不満を垂れ流しながらも、一人で帰るのは嫌なのか追加業務に応じるイルヴァ。手紙を書くウーベルトを残し、昨日破壊した巣の所へ向かう。そこでは地面に死骸が散らばり、カヴァルマーノが倒れているのだが……その体を一体の巨大蜂が歩いているのが見えた。
「……止まって下さい。まだ動いている蜂が居ます」
「え? 生き残りが居たのかしら……」
足を止め、しばらく観察する。殺虫剤から生き残ったにしては、妙に活発で……大きな顎を死体に突っ込み、何かしているようだが……
「あれ……肉を食べてるの?」
「違います……切り取って団子にして……巣に持ち帰るんですよ、あれ……」
「巣って。じゃあ……」
「ひとまず様子を見ましょう」
飛び立つのを待ち、身を隠す。2~3分程すると肉団子を作り終え、昨日の巣とは違う方向へと飛んでいく。どうやら……別の巣の個体らしい。
「追います。サクラ、見失うな」
「やっぱり、他にもあったんですね……」
「殺虫剤、まだまだあるから安心してね!」
巨大蜂を追いかけることしばらく……蜂を見失った。巣らしいものは無く、あの目立つ体色を見落とすとも考えにくいのだが……周囲を探っても怪しいものは見当たらない。サクラも臭いを嗅ぎながら右往左往しているが……徐々にその幅が狭まっていく。そして……地面に向けて吠えた。
「サクラ? ここに何かあるの?」
「サクラの鼻は確かです。何かあるはず……」
地面を観察すると……草の間から見える土に隙間ができているのが分かった。鉈を使って下草をかき分けると、そこに深い穴があった。以前見つけた肉食プレーリードッグの巣穴に似ている気もするが、木の根らしいものが張っており、どちらかと言うと自然にできた物のように見える。
「巣穴……でしょうか」
「確かに地面の下に巣をつくる蜂は居ますけど……普通一種の蜂が好む環境は決まってる筈です……」
その穴はほぼ垂直に地面を潜っていて、人一人なら通れる程度に直径はある。木の根を足場にすれば降りていくことも出来そうだが……さすがに、ハチの巣があるかもしれない中にいきなり飛び込むのは気が進まない。
「(何か……あれを使うか)」
荷物の中を漁り、大鳥での飛行時に用いる信号灯を探し出す。強い光を放つその芯材を抜き取り、ざらついた蝋燭のようなそれに火を付ける。明かりと言うよりは閃光と言った方が適切であろう輝きを放つそれを穴の中へと投げ込むと、壁面を照らしながら落ちていき……
「(ん……?)」
リング状に照らされていた壁面が急に消えた。しかし光はまだ見えているため、穴が曲がったというわけではない……
「奥で空間が広がってるのかしら?」
「そのようですね。落ちるのも止まりました、高さはありますが……少なくとも目の届く範囲です」
「あ……ひょっとして、潜るんです……? ろくなことになりそうにないですけど……」
「でも見過ごすのもね……」
「調べましょうか……一応命綱の準備をします」
一度製材所に戻って適当なロープを貰うことにした。伝書鳩を離したウーベルトとも合流し、再び森の中へ……
「よし、この木が良いでやしょう。太さもあるし根の張りも十分。何かあったら引き上げまさあ」
「こういう時の偵察は行かないんだ……」
「なにせ、あっしはろくに防具も付けてねえもんで……」
イルヴァのツッコミはともかくとして、ウーベルトは何かの金具を通してロープを二重にして穴近くの木にかけ、片方に輪が二つ付いた結び目を作る。二つの輪をそれぞれ脇と膝裏に回して、反対側は穴の中に落とし、準備はできた。
「高い所から縄一本で降りるならこれですぜ。今回はあっしらも支えるんで、帰りは心配しねえで下せえ」
「え、私もですか……?」
「イチロー落っことすわけにいかないでしょ」
「うぅ……筋力強化の付与術使おう……」
「では……行ってきます」
穴に背中を向けて身を乗り出し、座るようにして姿勢を安定させた。そのまま壁面から飛び出した木の根を足場にしながら下へ降り……3~4mほど降りたあたりで、壁面が途切れた。かなり広い空間に出たようで、ランタンの灯りは壁まで届かない。そこで、飛行時につかう信号灯に持ち替えて光を投げかけると、滑らかな壁面が浮かび上がる。
「これは……」
曲面を描くそれが周囲を囲んでおり、ここが円筒形の、人工的な空間であることが分かった。つまり、ここは……
「(遺跡か……!)」
底の方に信号灯を向けると、瓦礫で埋まっているのが見える。それとは別に、何かの明かりが壁面に灯っているのが見えた。そこまでの深さは大よそ5~6m程。蜂が群れている様子もない……少し足を延ばしてみることにしてロープを繰り出し、明かりを目指して降りる。そこは左右に開くタイプの扉だったようだが、何かしらの理由で破壊されたらしく、歪み、傾いていた。その隙間から光が漏れ出し、奥には通路が見える……その時、上から声が聞こえた。
「旦那ー! どうですかーい!?」
「一度登ります! 引き上げてください!」
「合点でさあー!」
一度戻り、情報を共有する。巣穴と考えていた物が実は遺跡であったという事実は、少なからず驚きをもって迎えられた。
「遺跡でやすか……!」
「蜂の巣を探してたらとんでもないもの見つけちゃったわね……」
「しかも状況的に、巣があるのってその中ですよね……どうするんです……?」
「まあ、調査するしかないですね……なまじ、木工組合に更なる巣の存在を示唆してしまいましたし」
「密閉空間なら、距離をとっても殺虫剤の効果は出ると思う。私も降りるわ」
「不測の事態に備えて、付与術も欲しい所ですが……」
「降りませんからね!? 上に居る間にやれるだけやるからそれで我慢してくださいぃ!」
やはりイルヴァには拒否された。ウーベルトもロープ管理のために上。よってアルフィリアと2人で遺跡を調査することになった……
「うぅ、せ、せまい……」
「引っ張ります……せえ、のっ!」
垂直の穴をロープで降り、ブランコのように勢いをつけて歪んで止まった扉に取りつき、中に潜り込む。次に降りて来たアルフィリアとその荷物を引っ張りこみ、壁から飛び出ていた何かしらのパイプにロープをひっかけて、探索を開始することにした。
「で、まずは……真っ直ぐしか行けそうにないわね」
扉をくぐった先は、天井埋め込み式のライトがまばらに灯る廊下。全体的に歪み、壁や天井のパネルはところどころ落ち、配管などが露出していた。
「……見た所、何もなさそうですね。進みます」
「防御の付与術貰ったとはいえ……気を付けてね」
「付けてどうにかなる物なら良いのですが……足場も不安定です、離れないでください」
森の中に唐突に空いた穴と、その奥にある遺跡。なぜか巨大蜂の巣があるらしいそこは果たしてどんな施設だったのか。予想もしていなかった遺跡の登場に、不安と若干の期待を覚えながら、その奥へと足を踏み入れていった……
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