二十四章の4 目標発見
前回のあらすじ
巨大蜂が現れたという製材所に向かう一行。道中現れた敵も難なく倒し、製材所に到着するのだった。崖の上には風車とそれを利用したリフト、食堂や事務所を始めとした各種の施設が整ったそこは、小さな村と言えるほどの規模になっていた。仮拠点も手に入れた一行は、いよいよ巨大蜂の駆除に赴こうとしていた。
異世界生活357日目、春の41日
木こり達の朝は早いらしく、朝起きた時には既に斧を持って森に出かける姿が見えた。一方、こちらには寝起きが悪い者もいるようで……
「イルヴァ、お~き~て~」
「う~~~~……」
唸りながら揺さぶられるイルヴァも何回目かで起き、朝食をとってから、森へと向かう。森の周囲は切株が並び、リズムに乗ったような斧の音と、木が倒れる軋みと葉擦れの音が響いてきた。
「ここが動いてからというもの、木工組合の発言力は大分上がってるようでさあな。組合って言ってもほぼ仲卸だったころと、原材料から手に入るようになったのでは大違いで」
「それだけに事態を重く見ているということでしょうか……」
「ここが潰れちゃったら、また前みたいに薪やら何やらが値上がりするかもしれないわね」
「そ、それは困ります……! 固定費の値上がり、経営を直撃する悪夢の言葉……」
「イルヴァって割と経営者っぽいこと言うわよね~」
「まあ、実家が商店ですので……」
世間話をしながらも木々の間に入り、そうかからずに目的の休憩小屋にたどり着く。小屋と言っても、四隅に柱を立てて屋根を乗せた程度の物だが……
「森の奥は、あっちの方角ですが……」
「どうするの? ひとまずそっちに歩いてみる?」
「お待ちを、薬師殿。こういう時には定石ってもんがありやしてな。まずこの小屋を起点にして、奥の方にまっすぐ。何分か歩いたら右に曲がって同じ時間進む。そしたらまた右に曲がって同じ時間進む……まあ、こういう風に……」
ウーベルトは地面に図を描いて見せる。要するに渦巻きを半分にしたような形で進んでいくようだ。確かにこの移動方が面積という点では一番効率的に探索できるかもしれない……
「ではこのやり方で行きましょう、時間は……」
「お任せを。あっしが砂時計を持ってやす」
「ウーベルトさんって、何気に戦わなくていい役割取りますよね……」
「見ての通り、あっしは指のねえカタワもんでしてねえ」
「それでも弓くらい使えそうな……」
「出来ないことを無理にやらせても良いことはないと考えていますので」
「あっ、じゃあ私も戦うのは……」
「イルヴァは十分戦えるわ。自信もって!」
「あぅ……はぃ……」
ウーベルトが砂時計を出し、小屋から探索を開始する。肉食動物はいないと言っていたが、やはり虫はいるようで、蜘蛛の巣を払い、何かに刺されたウーベルトを応急手当てし、昼さがりになった頃。横を行くサクラが何かに反応した。
「どうした、サクラ?」
木々の合間の一点を見つめるサクラ。木こりは端から木を刈っていくので彼らではない。そちらにイルフィーネ弓を構え様子を伺う……最初に聞こえたのは重い羽音。ついで、鮮やかな黄色と黒の縞模様をした虫が飛び出した。蜂の姿をしているがその大きさは20cm近い。大きさにそぐわぬ速さで視界を横切り、木々の間に消える……
「おっきかった……思ったよりおっきかった……」
「今の奴ね?」
「でしょうね。追いましょう」
「まった、お二方。今の奴は餌を抱えてねえ。来た方を探るのが正解だと思いやすぜ」
あの巨大蜂はほかの昆虫を狩り、肉団子にして幼虫の餌にする種に似ているという。勿論大きさを除いて。同じ性質をもっているのなら、今の巨大蜂は餌を探しに巣から出てきた物……つまり来たのと逆側に巣がある可能性が高い。その勧めに従って、ルートを変更。木々に目印をつけながら進む。
「しかし、妙ですなこの森」
「何がですか?」
「なんていうか……見通しが良くねえですか?」
「森なんてどこも同じだと思いません……? 虫はいるし歩きにくいし、雨の後とか葉っぱ湿ってて濡れるし……学校の野外実習、嫌いでした……」
「イルヴァって都会派っぽいもんね~……でもそんなに言うほど見通し良い?」
「こう、木の並びが整っているというか……そんな気がしやせんか?」
言われて、考えてみる。この森を形成する木は殆どが真っ直ぐと立ち、枝葉も比較的少ないように見える。そのため確かに比較的見通しが良いのかもしれないが……
「生えている木の種類がそういうものだからでは?」
「しかし野生の森ってなあもう少し混沌とするもんでさあ。こう……いろんな種類の木が混じって、乱雑に伸びた枝やら倒木やらがあるもんだ。そう言うもんが妙にすくねえ」
「考えられる理由としては、この木々がこの土地に特化してるとか、ほかの植物を排除する毒素を出しているとか……倒木に関してはわかりませんけど……」
「木は寿命が長いから、倒れてないだけじゃないの?」
「病気やら嵐やら倒れる原因はいくらでも……おっと」
視界を再び巨大蜂が横切る。こちらの目前を行き来し、周囲を回りながら離れようとしない。
「警戒してるな。どうやら巣が近え、用心してくだせえよ」
「近いと言っても、一体どこに……」
「……あ、見て、あそこ!」
アルフィリアが前方上方を指す。10mほどの高さにある枝に薄茶色の塊がぶら下がり、その表面に縞模様の虫が大量に蠢いているのが見えた。距離にして50mは離れているだろうか。複数の枝に支柱を伸ばして支えられたそれは、直径が自動車ほどもある。球形の巣の底に出入り口が一つあるのは、スズメバチのそれに近い。
「あれでしょ?それにしてもすごい大きさ……」
「単純に蜂のサイズから考えれば……まあ、あれくらいの大きさにはなるんでしょうけど……」
「しかし、ありゃあ……んんん?」
「ウーベルトさん、また気になることが?」
「ああ、いえ……実際そこにあるんだし間違いねえでしょう。後はあれをどう駆除するかだ」
「そうですね……イルヴァさん、燃やせそうですか?」
「ええ……? 嫌ですよ私は。絶対襲われる奴じゃないですか。それに火事とかになったら責任取りたくないですし」
「あ、私殺虫剤用意してある……けど、液体なのよね。もっと近寄らないと……」
「刺されますよ」
「そうよね~……」
巣を前に手をこまねいていると、近くからプラスチックをぶつけ合うような音がし始めた。これまで周囲を回っていた巨大蜂が目の前にホバリングして顎を噛み鳴らし、音をたてている……
「おおっと、そろそろ襲ってきやすな。巣は逃げねえんだ、一旦引き返しやしょ」
「そうですね……ここに近寄らない様に言った方がよいでしょうし」
今回は急ぐ案件でもない。探索開始から時間もそこそこ経っているため、まずは巣の処理方法を万全に練るべく、一度製材所まで戻ることにした。
巣の発見に、製材所には不安が広がった様子だったが、ひとまずはその周囲を立ち入り禁止とし、被害を防止することになった。一応、焼き討ちにしても良いか聞いては見たのだが……
「やはり、だめでしたね」
「まあ、向こうさんからすれば商品を燃やされちゃ何のために雇ったんだって話になりやすからなあ」
夕焼け空の下、食堂へ向かう。ニクシアンの定番料理だという、肉団子のシチュー。昨日と同じ物に見えるが、練り込まれた野菜が違う物になり、スープに酸味が足されていて、飽きさせないための工夫が感じられる。
「……と言う訳で、焼き討ちは却下になりました」
「ほっ……」
「じゃあ、やっぱり殺虫剤かぁ……」
「薬師殿、そいつぁどんな薬なんで?」
「ある種の花から抽出した成分で、普通は虫よけ程度に使うんだけど……それを思いっきり濃くしてあるの。液体だから、うまく巣に浴びせれば……」
「……それ、誰がやるんです……?」
「えーっと……」
アルフィリアが横目でこっちを見る。勿論役回り的にそれは自分の役目なのだろうが……
「やりますが、ただ突っ込んで浴びせて来いというのは流石に……」
「よね~……どうしようかしら。あんまり近づくと刺されちゃうし」
「何か別の手……そうだ。その殺虫剤、熱で分解はしますか?」
「ううん、大丈夫。火にかけた程度じゃ煙になって漂うだけ」
「なら、その煙でいぶしてしまうのは……」
「それも結局巣に近づかないといけないんじゃ……上か下かの違いで」
「むう……」
今一、これと言った案が出ない。気分転換にサクラでも撫でてみるが、擦り付いてくるだけで終わった。
「あ、私も私も……ワンちゃん、こっちおいで~」
「サクラは狼なんだけど……」
「似たような物ですし……」
呼ばれるままにイルヴァの前でお座りをし、頭を撫でられるサクラ……そう言えば、イルヴァは今回役割らしい役割を果たしていない気もする……
「では……イルヴァさんに働いてもらいましょうか」
「え゛ぇっ!?」
鶏を握りつぶしたような声を出すイルヴァだが……別に付与術で固めた彼女を突っ込ませようというわけでもない。狙いは別の所だ……
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