二十三章の5 警察署侵入作戦
前回のあらすじ
死体の血が抜かれるという殺人事件の捜査を始めた一郎とリンランだが、捜査能力においては警察に大きく水をあけられていた。2人は裏稼業らしい解決方法として、警察の集めた情報を盗み見るべく、衛兵屯所……警察署に相当する建物への侵入を試みるのだった。
月が沈むのを待ち……日付が変わる頃、衛兵屯所への侵入を始める。空は厚い雲で覆われだし、闇に紛れての潜入には好都合。建物の裏側に回り込むと、リンランは耳を細かく動かし、中の様子を探る……
「……よし、行けそうだ。梯子」
「はい……」
抱えていた梯子をレンガの塀にかけると、リンランは上に登った……そして手招き。梯子を登り、塀の上に立ったリンランの横に立つ。人影はないが、いつ誰が来るとも知れない。梯子を引き上げて反対側に下ろし、敷地内のレンガ塀に屋根だけが付けられた物置スペースか何かに降り立つ。雑多な物の中に梯子を混ぜて隠し、手近な窓へ。あまり使われない場所なのか鎧戸には苔が生えていて、内側のガラス窓には当然、鍵がかかっているが……リンランは刺突剣を窓枠とガラスの間に差し込み、窓に小さな穴をあけた。
「罪状に器物破損が追加されましたね」
「要は捕まらなきゃいいんだよ」
穴から手を突っ込み、鍵を開けて中へ侵入。そこは倉庫らしく、よくわからない物が詰まった箱やら、資料なのか、何冊もの同じ形の本やらが室内を埋めていた。
「はい、覆面。ここからは慎重にね」
「思うのですが……私が来る意味はあるのですか?」
「仲間だろう? 一心同体ってことでさ」
リンランの用意した大きな布で顔を覆い、倉庫を出る。もう日付が変わる寸前と言うこともあり、明かりが灯る廊下に人の気配はない……
「大体、こういう所は2階に重要な部屋があるものですが」
「明かりのついてた窓が怪しいよね~。今一番忙しい部署と言えば、さ?」
確かにその通りではあるのだが、つまりそれは中に人がいる部屋と言うことだ。何らかの方法でおびき出す必要がある……
「ここだ」
廊下を駆け抜け階段を登り、問題の部屋の前にたどり着く。扉の下からは灯りが漏れていて、中からは人の気配。
「……うん、中は一人だ。さてどうやっておびき出すかな?」
「あまり騒ぎにならず、ある程度の時間拘束できる方法となると……」
使えそうな物が無いか、周囲を見回す。目に留まったのは、廊下の明かりに使われているランプ。壁にネジで固定されたそれは、下にオイル缶が付いた一般的な物。その火を消し、ネジを緩めて床に落とす。ガラスが割れる音が響き、こちらは物陰に身を潜めた。部屋から出てきた衛兵が悪態をついて1階へ下りていく。掃除道具か何かを取りに行ったのだろう。
「いいね! これで君も器物破損仲間ってわけだ」
「早く入りますよ……」
部屋の中に入ると、事務所と言った雰囲気で簡素な机が並ぶ。それぞれ、卓上には書類やら筆記用具やらが散らばっているが、1つだけ椅子が引かれたものがあった。今の衛兵が座っていたものだろう。
「さてさて……? おっと、大当たりだ。運が良いね」
「何かわかりますか?」
「読書は早い方じゃないんだ、手分けして読んでよ」
机の上にある作業中と思しき書類は、遊郭における変死体事件と銘打たれている。いつの間にか降りだした雨音が響く中、積み重ねられたそれを流し読む。大分文字に慣れたとはいえ、細かい手書き文字を素早く読むのは一苦労だが……見出しを拾い読みしていくと『目撃者』と書かれた書類があるのを発見した。
「これを。目撃証言のようです」
「どれ? ふむふむ……」
リンランが読んでいる間、こちらは別の情報が無いか書類を漁る。その中に犯人候補を書いた紙もあったが、客や同業者ばかり……一応メモしておくが、これらを当たるのは衛兵たちの方が早いだろう。
次に見つけたのは被害者に関する情報。人間関係に関して書かれた書類は、被害者がビオンダの評した通りの人物であったことを示している。
「(こっちは……死体の詳細か)」
致命傷は首の深い切り傷、手に縛られた跡があるものの、それ以外に抵抗したような跡はなく、さらに心臓など、内臓がいくつか人工的に除去された形跡があるとのこと……発見は例の広場の崖下、岩場で波に洗われているのが早朝に見つかったらしい。
「(……いや、死体の情報なんか見ても仕方ないか? 死体を作った相手が……)」
「よし、大体読めた。そろそろ引き上げよう」
「もう?」
「もう3分は経った、戻ってきてもおかしく……あっと、まずい……!」
リンランが弾かれたように振り向く。部屋の外から足音。書類を読むのに気を取られて、気づくのが遅れた。今から部屋を出ても鉢合わせになる。
「窓から脱出だ。急ぐよ」
「2階ですよ……!」
「なに、死にゃしないさ」
リンランは手近の窓を開け、窓枠からぶら下がり、1階の庇を足場にして衝撃を殺し地面を転がった。こちらも真似をするが……窓を閉めねばならない。片手でぶら下がった時点でバランスが崩れ、こらえようとしたが……濡れた窓枠で指が滑る。庇で足を打ち、体を横向きに転落。地面が柔らかくなったおかげか、幸い骨が折れる音はしなかった。
「やれやれ、軽業の練習もそのうちしないとだね」
「気づかれたでしょうか……」
「多分ね。まあ、今はもう仕方ない。急ごう」
起き上がり、梯子を隠した方へ急ぐ。上で扉が開く気配。窓の外を覗く前に、建物の角を曲がろうとしたが……開けっ放しの窓から声が聞こえた。
「おい! また死体が出たぞ!」
「何だって? また血抜き済みの奴か?」
「ああ、場所も同じだ。とにかく現場に行くぞ」
慌ただしい足音が走り去るのが聞こえる。ひとまず発見される心配はなくなったともいえるが、新たな死体というのは無視できる言葉ではない。
「調べに行きますか?」
「うーん……そうしたいところだけど、まさか犯人が残ってるわけも無し、朝になるのを待とう。今からじゃどう頑張っても役人たちが現場に先に来るしね」
「わかりました……」
梯子を隠した物置まで来て、入った時と同じ手順で塀を乗り越え、屯所を離れた。今回はここでいったん解散とし、濡れた体が打ち身で痛むのを我慢しながら、帰宅する。夜中とあって誰かに見咎められることはなかったが、角を一つ曲がればつくという所で、向かいの街灯に人影が照らし出された。それはこちらが曲がろうとしていた角を曲がり……白いフードで、アルフィリアだとわかった。
「(こんな雨の中……?)」
急な用事でもあったのだろうか。しかし電話もないこの世界で呼び出されることなど無い筈だが……こちらに気付いていない様子で、小走りに帰宅する彼女。後に続いて玄関を鍵で開けると、足跡が台所の方へ続いていた。打ち身の手当てを頼もうかと思ったが、アルフィリアも夜中まで起きて疲れているだろう。部屋に直行し、濡れた服を脱いでから横になる。痛みを我慢しながら目を閉じ、意識が沈んでいくのを待った……
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