二十三章の4 初動捜査は大胆に
前回のあらすじ
遊郭に居たことでアルフィリアからあらぬ疑いを受けた一郎。そんなものを些事と言わんばかりに、リンランの案件は進行する。アパートの管理人サンドラを通じ、遊郭からの依頼と言う形で一郎は行動の大義名分を手に入れる。
アルフィリアからの誤解は何とか解けたものの、2人の間の重い空気はそのままなのだった。
異世界生活337日目、春の21日
朝食後、サンドラに紹介された場所を訪れる。遊郭の仲の建物は殆どが小さく、下手をすれば掘っ立て小屋のような物もあるが、ここは比較的大きく、小さいながらも植え込みなどが見られた。
「こちらでお待ちを。すぐに主がお越しになります」
門番らしい男……言っては何だが、いかつくガラの悪い見た目に反し、異様な丁寧な物腰で、応接室に通される。どこかサイケデリックな壁紙が張られた部屋に窓は無く、花と果物を混ぜて煮込んだような甘ったるい匂いが漂う部屋はどこか落ち着かない……革張りのソファに座って待つ事しばし。応接間の扉が開いた。
「あんたがサンドラの紹介できた子かい。ま、面構えは悪くないね。私はビオンダ。『雌狼の縄張り』の顔役ってところさ」
入ってきたのは、紫色に髪を染め、高そうなローブを着た、恰幅の良い女性。年齢はサンドラより一回りほど下に見えるが、これは化粧によるものだろうか。
「イチローです。早速ですが、仕事の話を」
「ああ、うちの娼婦が殺されたって話は聞いてるね? その犯人を役人より先に見つけ出して、連れてきておくれ。金貨で25枚、生け捕りなら倍出そう」
単純明快な内容ではある。しかしそれだけに、疑問も生まれた。
「すでに役人が捜査を行っています、彼らに任せるという手を取らない理由は何ですか?」
「決まってるだろう、面子だよ」
「面子、ですか」
「女は弱いんだ、娼婦となるとさらにね。金を払わない客、無茶を言う客……そんな奴等からお互いに身を守って、自然と生まれたのが私たちなのさ」
「しかし、今回は守れなかった?」
「ああ、そうさ……! レナータ……殺された子は、今どき珍しい子でね。親の借金でここに来たのに、可哀想ぶる事なんて少しも無くて、明るくて、皆に慕われて……あんな良い子が、どうしてあんな目に……!」
目をハンカチでぬぐって顔を振るビオンダ。慕われていたというなら、内部の犯行と言う可能性は下がるだろうか。
「だからね、せめて仇だけでも取ってやらなきゃ、示しってもんがつかないんだよ。役人になんか、任せておけるもんかい!」
「(要するに、強面稼業は舐められたら終わり、ということか)」
「だけどねえ、私らもしょせんは素人さ。男衆に棒なんか持たせちゃいるが、切った張ったの大立ち回りなんて出来やしない。残った子たちの面倒だって、見てやらなきゃならないしね」
「事情はおおむね理解しました。それで……犯人に繋がりそうな情報はありますか? 何か変わったこと、故人の交友関係、怪しい客、何でも構いません」
「そう言われてもね……だが、心当たりって言うなら無くもない」
「それは?」
「この遊郭は勢力争いの最中でね。元々私たちが仕切ってたんだけど、新しく入ってきた連中が別の組織を作って、女の子たちを取り込み出してるんだ」
「その相手が、そちらの影響力をそぐために?」
「かもしれない。ピンはねがひどいとか、ろくに休ませてくれないとか、良くない噂ばかり聞くからね」
勢力争いで相手の構成員を殺して揺さぶりをかけるというのは、反社会的勢力のよく使う手……と言うのは勝手なイメージだが、可能性としては十分ありうるように思える。調査の候補に入れておくべきだろう。
「なるほど……その相手側はどこに?」
「遊郭の南側があいつらの領域さ。まあ、店が派手になるからすぐわかるよ」
ひとまず、ビオンダから得られる情報はこんな所だろう。建物を出て、どこから調査を進めるか思案しながらひとまず事件現場の方へ歩き出し……その時、頭上から声をかけられた。
「やあ、上手くいったかい?」
「とりあえず、依頼と言う形にはなりました」
「よしよし、それじゃあいよいよ調査に本腰を入れないとね」
出窓や軒差しを伝って跳び下りて来るリンランと並び歩く。裏でどんなことをしたのかは知らないが、とにかくこれで自由に歩き回って調査ができるわけだ。
「それで、どう動きますか?」
「あたしは作る方専門だからねえ。後片付けは君の方が得意じゃないかな」
「簡単に言いますね……」
とにかく、まずは手掛かりが要る。捜査の基本である現場付近の聞き込みから始めるが……これは空振りに終わった。
「広場周りには窓もある、それなのに目撃証言なしとは……」
「まあ、部屋の中に居る時はやる事やってるときだろうからねえ」
「もう少し、外側から埋めていきましょうか……」
「ふんふん、つまり?」
次に、被害者の同僚を当たることにした。最後に目撃されたのが何時か確定し、事件の起きた時間帯を絞り込む……そのつもりだったのだが、これが想像以上に手間のかかる作業だった。被害者はいわゆる『立ちんぼ』で、どこか特定の場所に居るわけではなく、誰に聞けばわかるという相手が居ない。客をとってもどこに行くかその都度変わるため、なかなか最後の目撃者を絞り込めずにいた。
「そもそもの話、こういう足で情報を稼ぐのは役人の方が向いてるんじゃないかなあ」
「しかし……協力を要請しても聞いてはくれないでしょう」
「だろうね~。となると要請無しで協力してもらうしかないか」
「要請無し……それはつまり……」
「ふふふっ、楽しい不法侵入と行こうじゃないか!」
リンランの提案は、中央区にある衛兵屯所……要するに警察署。そこで、捜査資料を盗み見ようというのだ。確かに、組織力で劣るこちらがその差を埋めるためには、もってこいの方法と言えなくもないのだろうが……
「……普通に考えて、無謀ではないですか?」
「なーに、もし捕まっても不法侵入なんて2,3日牢屋で反省すれば出てこれるさ」
「不法侵入だけなら、でしょう?」
「そういうこと。衛兵傷つけたりしたらそうはいかない。だから隠密行動で行くよ」
結局、それ以上に良い手は思いつかず、現状打破のためにリンランの提案を実行することにした。時刻は夕方前。一度家に戻り、再度夜に動くことになった。言葉数少ない夕食を終え、日が沈んでから再び出かける。問題の屯所は2階建ての大きな建物で、全体が壁に囲われている。門番も居る上、複数の窓に明かりが灯り、まだ中に人間が居ることが見て取れた。
「壁は登れる高さではありません。どうしますか?」
「それはもちろん、道具の出番さ」
小さなリュックを背負ったリンランが近くの繁みから持ってきたのは……木製の梯子だ。見た所変わった様子はない。
「梯子ですか」
「梯子さ。この時期、公園の木の手入れも始まるからね。置きっぱなしになってたのを一つ拝借してきた」
「てっきり、カギ付きの投げ縄でも使うかと」
「それも悪くないけど荷物が増えるし、いざって時の始末に困るからね。現地調達できるものは調達して使い終わったらポイ。これが一番さ」
裏稼業の仕事と言うのは、中々に地味な活動の上に成り立っているものらしい。しばらく身を潜め、空にかかる赤い月が沈んでから行動を開始することにした……
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