二十三章の3 誤解を解くのは難しい物
前回のあらすじ
アルフィリアに贈り物をしようにも、金欠のため依頼を探す一郎。芳しい成果の出ない彼の前に、便利屋にして始末屋のリンランが姿を見せる。今回はテルミナスの遊郭で起きた殺人事件の犯人がターゲットとなるが、その相手は錬金術師だと、リンランは言うのだった……
「あ、ところで錬金術ってわかる?」
「……そう呼ばれた人達は私の世界にもいましたが、それがこの世界の物と同様の物かは判断しかねます」
「はいはい、じゃあ一応解説しておこうか。悪魔が人間に授けた技術だってされててね、色んなものを作り出せるけど、そのために大きな対価を必要とするんだってさ。ちなみに禁術指定を食らってる」
錬金術の認識はリンランの物が一般的なそれに近いのだろうか。本質を外しているわけではないが、実際とは大きな乖離がある……とは言え、実態をこちらから口にするわけには行かないが。
「で、何でも……若い女の生き血から不老不死の霊薬が作れるんだってさ」
「胡散臭い話ですね」
「ふふ、まあ信ぴょう性についての話はこの際置いておこう。実際錬金術っぽい殺され方をした死体が出てるんだから」
「それで、錬金術だとあなたが動く理由になるのですか?」
「もう、そこは『私達』だろう? ……もし本物の錬金術師ならどうなると思う?」
「知りませんが……普通に死刑になるのではないですか?」
「まあ、表向きはそうなってるね」
リンランは含みのある笑みを浮かべる。謎解きをしろと言うことだろう……解くというほどの物でもないが。つまり、表向き通りにならないということなのだから……
「死なない……つまり技術目当ての誰かが手を回して確保する可能性がある?」
「ご名答~。そうならない様に、あたしたちがキッチリ確実にやっちゃおうって……おっと」
リンランがこちらの膝の上に向かい合う形で乗り、顔をくっつける……埋められた視界の隅を、一人の女性が柵に向かって歩き……海に向かい、何か祈っているようにも見えた。やがて広場を立ち去るが……
「……降りてくれませんか?」
「場所柄、唇くらい奪っても許されるかな~って」
適当なことを宣うリンランを横に置き、仕事の話を続ける。差し当たって問題になるのは、どのようにして犯人を見つけるかだが……
「ま、いくつか考えられるね。地道に聞き込みとかする?」
「私たちの関与がばれるでしょう」
「そこなんだよね~。じゃあお役人が捕まえた所を首だけ頂くかと言うと、流石にまずい」
「圧力をかけられるのでは?」
「限度ってものがね」
暗殺者も中々に面倒くさいらしい。役人より先に犯人を見つけて始末するとなると、彼らを上回る情報能力が必要になるわけだが……
「こう、情報屋とかそう言うのは居ないんですか?」
「居ないでもないけど、情報屋って既にある情報を集めて分類するのが上手いんであって、誰も知らない情報を知ってるわけじゃないんだよ」
「……では結局、自力で役人の捜査を上回れと」
「要は最後の一手で上回ってればいいのさ。とりあえず、いつでも動けるようにしておいてくれる?」
「……金欠なのですが」
「君、居候でしょ? ご飯くらい食べさせてもらえばいいじゃないか」
「実は、その……」
あまり役立つ返答が帰って来るとも思えなかったが、一応リンランにも自分とアルフィリアの現状を説明した……
「喧嘩したあ? そんなの簡単じゃないか、グッと押し倒してバッと剥いてガッとおか、あいたぁっ!?」
割と予想はしていた答えだったが、とりあえず手刀を頭にお見舞いしておく。
「あなたに相談したのが間違いでした」
「なんだよ~、もう。男女の仲直りはこれが一番だってば」
「……話を戻しますが、今後の行動は?」
「ひとまず、動く下地を作る。まあ、そう時間はかからないから待っててよ」
結局、自宅待機にされてしまった。リンランとはそこで別れ、命令通り家に居ることにする。気まずいが、せめてものご機嫌取りに菓子でも買って帰ろうかと思いながら遊郭の出口をめざし、塀をくぐったところで……
「あ」
「あっ……」
アルフィリアと、鉢合わせた。お互い硬直し……先に、こちらが口を開く。
「あの……ここで、何を?」
「仕事よ。場所がら薬の需要が結構あるの。そういうあんたこそこんなとこで何してるのよ」
「……ちょっと、用事で……」
「ほっほ~う。用事? やらしいお店が立ち並ぶここで? ふ~~~ん」
考えうる限り最悪のタイミングでの遭遇だろう。明らかに疑心に満ちた冷たい目が向けられている……恐らくそれがリンランとの密会を疑っているわけではないのは、幸いだったのかそうでないのか……
「……荷物を持ちましょうか」
「いらない」
「……何か帰りに買っておくものは」
「ない」
「治安の良い所でもないですし、付いていって……」
「サクラが居るもん」
取り付く島もないとはこのことだろうか。アルフィリアは背を向けて遊郭の中に消えてしまう……非常にまずい事になったと思いながらも、どうすることも出来ず帰路についた。
異世界生活336日目、春の20日
「サークラ~、イチローってば悪いんだよ? 依頼探しに行くなんて言って、こっそり女の子とやらしいことしに行ってたんだよ~?」
「それは、誤解です……」
「じゃあ何してたのよ」
「それは……」
夕食後、サクラの両前足を持って遊びながら、嫌味を言うアルフィリア……食事の用意や掃除など、家事が異様に丁寧に済んでいるのも、威圧感を受ける……誤解を解こうにも、リンランのことは言えず……端的に言って、困り果てているのが現状だった。
「(どうしたものか……)」
洗い終わった皿を片付けて、頭を悩ませていると、玄関からノックの音がする。出迎えると、そこには見知った顔があった。
「邪魔するよ。おや、どうしたい浮かない顔で」
「サンドラさん……」
「あ、サンドラいらっしゃい! 元気だった?」
「ま、この通りこの冬も乗り越えたさ。ところでイチローに用があるんだ。茶の一つでも出しとくれよ」
アパートの大家、サンドラ。こちらに移ってから会う機会も減ってしまっていたが、わざわざ向こうから訪ねて来るとは何用だろうか。ひとまず用があるという自分が応接室に残り、アルフィリアはお茶を淹れに行った……
「一体、どうしたんですか?」
「私が若いころ体を売ってたって話はしたね? その時の仲間に泣きつかれたんだよ。信頼できる奴を紹介してくれってね」
「それは……」
「殺人事件の捜査だとさ。そんなこと言われてもわたしゃ困るってもんだが……そういや、風呂屋で一揉めしたやつが居たと思ってね」
「運が良かっただけです。結局犯人は捕まっていません」
「それでもあの子を守ったじゃないか……まあ、今は喧嘩中だね?」
「わかりますか」
「年の功さ。なんとなく、漂ってる空気って奴がね?」
「イチローがいやらしいお店に行ってたの」
お茶を携えて開口一番……いくばくかふくれっ面になったアルフィリアがお盆を置く。
「何だ、そんなことかい。若いんだからそんなこともあるさ、大目に見てやりな」
「ですから誤解で……いや、殺人事件と言いましたね? それはもしや『雌狼の縄張り』の?」
「ほう、耳が早いじゃないか。そうだよ、それさ」
「え、え、何? なんの話?」
どうやらリンランが手を回したらしい。一人、話題についていけてないアルフィリアがこちらとサンドラを交互に見る。猟奇殺人があったと知らされたアルフィリアは、驚いた表情を浮かべた。
「そんなことが……それで何か、空気がピリピリしてたのね」
「そんなわけでだ、一つ引き受けてくれないかい? 金は持ってる奴だから、払いは良いと思うよ」
「わかりました。噂を聞いて、調べたかいがあったというものです」
「そりゃよかった。私も面目が立つってもんさ。行き先だがね……」
いくつか必要な情報のやり取りをしてから、サンドラを見送る。これでようやく、動きが取れる。
「……下調べだったら何でそう言わないの」
「今回は事情が特殊なので……」
「何よ特殊って」
「噂ですが……今回の犯人は、錬金術師である、と」
「え……!?」
アルフィリアの表情が驚きのそれに変わる。自分と同じ技術を使う者……それが犯罪に手を染めていたとなれば、その内心は穏やかではないだろう。
「錬金術で若い女の生き血を使う物……何かありますか?」
「……わかんない」
「そうですか……とにかく、私は明日以降この件に携わります。帰宅が不安定になりますので、食事などはこちらを気にせずに済ませてください」
「あ、そ。わかった……」
ひとまずアルフィリアの誤解は解けたようだが、機嫌が完全に治ったわけでも無さそうだ。対応が後回しになるのは良くないのだろうが、金欠ではどうせフォローらしいフォローもできない。ひとまずの所は、リンランの案件に集中することにした……
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