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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第三章 新天地 編
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三章の4 悪い事は続くもの

 豪華な屋敷の間を抜け、宿屋と住宅が入り混じる辺りまで戻ってきた。どうやらこの島は中央付近に市庁舎などの公共機関が集まり、その周りの景色が良い地域に高級住宅街があるらしい。そこからさらに離れれば、一般人が住んだり働いたりする地域。これはその立地によって建物の傾向が違う。港周りは倉庫や工房、そしてそこで作られたらしい商品を扱う店。そしてこの街門周辺には宿、と言った具合に、その場所の需給に応じた物が集まっているようだ。

 残念ながら魔法関連の物は見つからなかったが、これだけ大きな町ならば、何かしらの手がかりくらいはあってもおかしくは無い。宿を除けば、当分の間それらを利用することは無いだろうが、どこに何があるかくらいは頭にとどめておくべきだろう。

 そして、今自分はそれらの地区の中心の一つ、街門まで戻ってきた。太陽はまだ高く、外から入ってくる人や馬車は絶える様子がない。反面出る人は少ないらしく、門の中にはすんなりと入ることができた。そのまま外へ出られるかとおもいきや、ハルバードを持った衛兵に呼び止められる。



「おいお前、税関を無視するんじゃない」


「出るときにも、税金が要るんですか?」


「妙なものを持ちだしていなければ持ち物検査だけだ。ほら、あっちで受けてこい」



 逆らうわけにも行かず、にぎわう入国側と裏腹に閑散とした出国側の部屋へと入る。そこにはやはり役人が居てテーブルがあったのだが……



「こちらで持ち物検査をします。所持品をすべてこのテーブルに……おや」



 その役人、自分が入国の時に居た眼鏡の役人だった。まだあれから五日しか経っていない、しかもその時ひと悶着あったとなれば……



「奴隷は所有者の許可なく市外に出ることはできません」


「(やっぱり覚えてたか……下手に言い逃れるよりは……)」



 アルフィリアからもらった紙……書類と言うにはあまりに頼りないそれを机に乗せた。だが役人はそれを一瞥し、突っ返してくる。



「指紋と捺印がありません。これでは許可書として認められませんね」


「ですが、ここにサインが……」


「そんな物、誰でも書けるでしょう。それともテルミナス全市民の筆跡を暗記しているとでも?」



 鼻で笑われた。どうやらテルミナスでは書類に判子が当たり前の文化らしい。少し粘ってみたが、奴隷である今の自分にまともに取り合ってくれるはずもなく、追い払われてしまった。



「(これは、まずいことになった……アルフィリアを探して指紋を……けどどうやって探す?)」


「(警察みたいなところに聞いて回る……いや、今自分は奴隷なんだから所有者が住所不定で行方不明ってのは……下手をすればまた市場で売られるなんてことも……)」


「(地道に聞き回るしかない、か……多分服装はそんなに変わらないだろうし、宿を回れば……)」



 ひとまずの考えをまとめ、手近の宿で片端から聞いて回る。しかし話はそう簡単ではなかった。



「お探しの人かはわかりませんが……それらしい人はお泊りですよ。今はお出かけしておりまして……いかがでしょう、部屋の空きはありますのでそちらでお待ちに……」


「いえ、カウンターで待たれると他のお客様の迷惑になりますので……」


「泊まる気がないんなら出てきな! こっちは遊びじゃねえんだ!」



 大体がこのパターンで追い出されてしまう。金も出さずに情報だけ得ようというのが悪いのか、泊り客の情報を流出させるような店は無いということなのか。いずれにせよこのまま宿を当たっても埒が空きそうになかった。通りを歩きながら、他にアルフィリアが行きそうな場所がないか考え……一つの心当たりが浮かんだ



「(……新生活を始めるつもりなら、それなりに買う物があるか……? 市場の方を調べてみるか)」



 自分も商品として並べられた市場の方へと向かう。しっかりとした建物がある形式ではなく、どちらかと言うとバザーと言った印象を受ける。並べられている品物は主に食料品、それに混じって小物や靴磨きが散見される。

 


「(これだけ人が居れば、目撃者も……やっぱりまずは食料品か? 少なくとも主食は買うはず、パン屋だな)」

 


 パンを売っている店で目撃証言を探すが、主食だけあってその店の数は多く、混雑も相まって話を聞いて回るのは一苦労。宿屋のようにけんもほろろということは無かったものの、なかなか目撃者を見つけることはできない。

 さらに悪い事に、いくつかの店を回っているうち、あることに気づく。商品の無くなった店が早々に場所を開けて立ち去り、そこにまた別の者が来て商品を並べ店を出す。ここには営業時間と言うようなものは無く、店自体が何度も入れ替わっているのだ。



「(これじゃ、アルフィリアが来ていたとしてもとっくに帰ってる、なんてこともありうる……どうするか……)」



 悩んでいたところで、鐘の音が聞こえる。七回鳴った鐘は、今の時刻が七時、地球で言う午後五時半ごろになったことを示している。まだ明るい時間ではあるが、宿を探すのならそろそろ始めないといけない。



「(正直、表通りの宿は高すぎるし……そうなると……)」



 アルフィリアの事を聞き回るのと並行して次に行く所、つまり安く泊まれる場所も聞いてある。島の北側には地元の人間が利用する安宿があるらしいので、そちらを目指すことにした。体感では、島を四分の一周するのに大体二時間弱。道になれていないのもあるが、それだけかかる。日の出日の入りの時刻は地球と大差ないように思えるので、今からだと島の北側に着くころには日没ということになる。

 


「(今日はここまで……か)」



 周りを見ても店を引き払う人が多い。いったん聞き込みは諦めて、島の北側を目指すことにした。


 塔を右手に眺めながら北へ周りこんでいくと、日の傾きと共に街の雰囲気が暗くなっていく。単に日光が減ったというだけではなく、建物も全体的にくすんだ色合いで、その建てられ方にも門周辺や島南部にあった秩序めいたものが感じられない。良く言えば下町風情とも言えるかもしれないが、どちらかと言えばゴミゴミしたという表現が合っているように思えた。



「(どちらかと言えば住宅街って所か……泊まれるところなんてあるのか?)」



 舗装も途切れ途切れの狭い道を、行き交う人にぶつからないよう歩く。灯りは少なく、時折営業中の飲食店が店内のオレンジ色の灯りを通りに投げかけている。



「(夕食……食べておくか。体力が無くなったりしたら笑えないし……周りの人もあんまりよそ者に親切って感じじゃないしな)」



 それらのうち一つに立ち寄り、奥まったカウンター席に座る。年季の入った分厚い木のカウンターと同じくらいに年季の入っていそうな店主が、目の前に来て一声発した。



「注文は?」


「水と、一番安いメニューをお願いします」


「ふん……いい大人が酒も頼まねえのか」



 さほど時を置かずして、木製のジョッキに透き通った水と、木皿に薄切りの黒パンと何かのナッツが乗って出てきた。パンは固く酸味があって、ナッツは塩で炒られただけだが、水は意外と飲みやすく、道中の宿で飲んだような雑味もない物だった。



「支払いを」


「銅貨4枚だ」



 この街の相場は良く解らないが、少なくともここまでの宿の食事分と大差ないように思える。どのみち払わないというわけにも行かないので銅貨をカウンターに並べ、本題を聞く。



「ところで……このあたりに泊まれるところは?」


「あん? この通りにゃねえよ。二つほど隣に行きな」


「ありがとうございます」

 


 不愛想な店主に一応礼を言い、店を出る。店主が親指で指した方に向かおうとしたが、これが簡単には行かなかった。通りと通りを結んでいると思われる路地に入ってみるが、店から洩れる明かりすらほとんどなく、狭い空の星だけが頼りになる。おまけに路地はただ入り組んでいるだけでなく、行き止まりであったり、元の通りに戻ってくるものであったりと、なかなか思うように進めない……有体に言うと、迷ってしまっていた。



「(さっきの店は……どっちだ? ちゃんと道のりも聞いておくんだった……)」



 路地から通りに出たのは何度目かもわからない。それでもなお宿は見つからず、周りの家々からは明かりも消えた。



「(……最悪野宿するにしてもここよりは、もっと塔に近い方で……あっちの方が治安はマシそうだったし……)」



 宿に泊まることを半ばあきらめ、星空に黒い一本線を引く塔の方へと向き直り、そちらに進む。しかしその決断が遅かったのか、いくらか進んだところで目の前に二人、後ろに一人。長い無精ひげの男、ハイエナを直立歩行させてボロ着を着せた様な異界人らしい相手、そして大柄で長い縮れ毛と、三者三様で紳士的には見えない顔ぶれが路地から現れ道を塞ぐ。



「よお兄さん、さっきからこの辺をうろうろしてるな? 道に迷ってるなら俺たちが案内してやるぜ?」


「いえ、遠慮しておきます」



 関わらない方が良い、そう判断して無精ひげとハイエナの間を通り抜けようとしたが、その肩をハイエナにつかまれた。



「おいおい待ちなよ、このあたりは物騒でなあ……このくらいの時間になると、悲鳴が上がったとしても、だーれも助けに来たりしてくれねえんだぜ?」


「そうですか……気を付けることにします。それでは」



 その手を払い、背を向けて離れる。彼らが単に人相が悪いだけの親切な人なら、これ以上深入りはしてこないはずだった。



「おいおい、こいつ自分の立場が分かってないみたいだぜ? 持ってるもん全部置いてきな!」



 しかし、縮れ毛の男が発した言葉はそんな平和的な相手ではないことを示していた。無精ひげがナイフを抜き、ハイエナが牙を剥く。自分はと言えば、その言葉を聞き終える前に、塔を目指して駆け出していた。

眠る場所を探していたとはいえ、『安らかな眠り』などまっぴらだ。



「てめえ!」


「待ちやがれ!」



 背後から怒声。夜中の逃走劇……『劇』と言えるほどの物になるかどうかも怪しいが、それでもあがく以外に、手は無かった。

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