二十二章の2 大草原の小さな穴
異世界生活307日目、冬の81日
ドメニコの話を受けるにあたり、組合で問題の遺跡がある場所を調べてみたが……組合の地図では、そこは未だ白紙のままだった。組合にも知らせないままドメニコの所に来たのは、本当に悪魔だと思っていたからなのだろうか。次にウーベルトに声をかけたのだが……
「すまねえ旦那! 何しろこの前大金が入ったでやしょ? それで子供に一流の店でうまいもん食わせてやるって約束してやして……1日2日ならともかく10日となると……」
「そうですか……いえ、今回は少し不確実な話ですので、無理にとは言いません」
ウーベルトが駄目だったので次はアルマにと思ったが、そもそもアルマは気まぐれに直営酒場に来るだけなので捕まらず……今回はアルフィリアと二人旅になった。戦力面で不安はあるが、敵の報告が無かったことにささやかな期待をかけておくことにする。
「1日ごとに銀貨2、それと別に保証金金貨10枚、こっちは帰ってきた時に返すよ」
「わかりました。それではお借りします」
ベスティア門の近くには馬車など乗り物をレンタルしてくれる店もある。値段は少々張るが、長距離移動に必要な物資を運ぶのにはやはり馬車が一番。運転の仕方も、この前アルマに習っている。ここは出費を受け入れることにした。引き出されてきた馬が幌付きの荷台と繋がれ、車庫から歩み出る。
「それじゃ、荷物積むわね~」
買い足した食料、テントその他を荷台へ乗せ、赤い手袋をつけたアルフィリアが乗り込む。御者台に座って手綱を取り、ゆっくりと馬車を進ませた。その後ろにサクラが続く……この組み合わせでベスティアに行くのは以前鉄塔を分解に出た時以来だろうか。あの時は帰りにツノシシに襲われたが、今の装備ならそれにも対抗できる……と思いたい。ひとまずはベスティア最初の村、プリモパエゼを目指し、馬車を進ませた。
買い物
馬車レンタル 金貨5(割勘)
宿泊費 銅貨 35
異世界生活311日目、冬の85日
プリモパエゼで一泊してから、しばらくは道に沿って進み、ドメニコから貰った地図にある、目印となる大岩で道を逸れて徐々に草が生え始めた平野をひたすら進む。道すがら見つけた木から枝や皮を取って燃料にし、干し肉や豆と言った保存食を煮込んで夕食を作る。味つけにチーズを何欠片か入れて溶かしからめ、皿によそった。
「あんたチーズ好きよねえ……」
「味付けが簡単ですし、栄養もありますので」
「おいしいしね。お皿洗うの面倒だけど」
糸を引くスープを夜の冷気で冷ましながら口へ運ぶ。食事を終えようかというころ、寝そべっていたサクラが立ち上がった。それに続いて遠吠えが聞こえ、さながらコーラスのように複数の声が響いた。
「狼?」
「わかりません、しかし警戒を……」
弩を手元に寄せ周囲の警戒に入った時、耳を立てていたサクラが空を向き、吠える。音響機器で増幅されたかのような大音量で、良く通る咆哮が大地に響き渡った……それきり、他の遠吠えは聞こえなくなり、サクラは得意げに顔をアルフィリアの膝に置いた。
「逃げちゃったのかしら? サクラの声に驚いたのね」
「とはいえ油断は禁物です。獣除けを撒いておいた方が良いかと」
驚いた馬が走り出しそうになっているのを落ち着かせている間に、アルフィリアが周囲に動物が嫌う臭いの薬剤を撒いていく。草食獣にとっては逆に落ち着くのか、馬も徐々に大人しくなっていった。交代の時間を決めてから、天頂から傾きつつある赤い月を見上げつつ火の番をする。吹き抜ける風からは、少し冷たさが和らいでいるようにも思えた。
異世界生活313日目、冬の87日
旅は順調に進んでいる。馬もよく人に慣れており、こちらの拙い操作に対応して動いてくれていた。草食獣の群れが移動しているのが遠くに見え、荷台からは、ふきそこねた口笛のような音がしている……
「何をしてるんですか? さっきから」
「ん? これよこれ」
御者台の方に出てきたアルフィリアは、短い金属棒を手にしている。どうやら笛らしく、咥えて鳴らす。あまり綺麗とは言い難い音だが、サクラがそれに反応するように荷台から首を出した。
「犬笛と言う奴ですか」
「うん、ヘルミーネに作って貰ったの。イチローも吹いてみる?」
「はあ、では……」
「よーし、走れ! サクラ!」
アルフィリアが指さした方にサクラが駆けだし、たちまちその姿が小さくなっていく。もう声も届かないだろう所へ離れた所でアルフィリアが犬笛を手渡してきて、それを咥え、吹く。風が狭い所を通り抜けるような掠れた音が鳴って、サクラが反転してこちらへと走って来た。
「ほらほら来た! サクラ賢い!」
「吹き方を変えて、簡単な指示も出せるでしょうか」
「そうね~、教えてみようかな」
平原を走る白い姿を見ていると、突然衝撃が襲ってきた。荷台が傾いて急停止し、体勢を崩したアルフィリアがこちらの襟をつかんで半ばぶら下がるようになる……
「絞まってます……!」
「あ、ごめん」
ひとまず降りて状況を確かめる。すると、右前輪が直径1mほどの穴に埋まってしまっているのを発見した。
「なにこれ、こんな所に穴?」
「大分深いようですが……」
穴の深さは1m近くあり、さらに曲がっていて……まるで洞窟のようになっている。底には草が散らばって……良く見えないが、その上を何かが通った。穴を駆け上りこちらに来る。
「下がって!」
穴から飛び退くと、車輪に何かが跳びついた。茶色い毛で覆われた上半身だけを穴から出して激しく車輪に噛みつき、削り取る音をさせるその姿はリスに近い物に見えるが、体長は大き目の犬ほどもある。
「何、ネズミ!?」
「わかりませんが!」
車輪を壊されてはたまったものではない。弩の狙いを齧りつく頭に定め、引き金を引く。近距離から頭に矢を受けたその生き物は穴からずり落ち、そのまま動かなくなった。
「……やっつけた?」
「おそらくは」
しばらく様子を伺う……すると穴の奥から、複数の足音と鳴き声が聞こえてきた。こちらに近づいてきている……
「増援が来ます!」
「追い返さないと……! 退いて! 毒を使うわ!」
アルフィリアは穴の中に二つの瓶から液体を流し込む。たちまち穴の中に薄黄緑の気体が広がり、中から聞こえてくる声が小さくなった。
「よし、と……今のうちに馬車を動かしましょ」
「ええ、とにかく動けないとどうにもなりませんからね」
馬車から荷物を降ろし、2人で力を込めて押す。冬場だというのに汗を流すような重労働ではあったが、どうにか馬車を前に動かし、適当な箱の蓋を使って穴を乗り越えることに成功した。
「ふう、何とかなったわね」
「さて、次は……」
穴の中に充満した毒ガスを屋敷地下の時の要領で分解してもらい、中に落ちた死体を引き上げる。上からサクラにも引っ張り上げてもらい、その全貌が見えた。毛で覆われた全身は体長6~70cmほど、体に対して足が短く、長い爪と並んだ牙を持っている。
「土の中で生活しているということは……モグラでしょうか」
「モグラじゃないでしょ、目がちゃんとしてるもん。どっちかって言うと、イタチ?」
正体は今一はっきりしない。強いて言うなら、前に動物もののテレビ番組で見た、プレーリードッグ。あれに似ているようにも思える。
「……とりあえず、先へ進みましょう。穴に落ちないよう気を付けて」
「じゃあ、私が馬車に乗るわね。イチローは前を見てて」
肉食プレーリードッグ(仮)を荷台に放り込んで運転をアルフィリアと変わり、こちらは馬車を先導する形になる。地面に注意を向けていると、ちらほらと薄黄緑のガスが漏れ出す穴があるのが見えた。中には近くに肉食プレーリーが倒れている物もあったが、殆どは草で覆い隠されており、まるで落とし穴のようになっている。
「移動用って言うより、狩り用なのね。ウサギとかなら丸ごと落っこちちゃうだろうし、馬や牛も走ってる最中なら足が折れる。そこを襲ってるんだわ」
「どうやら、前の一行は運よく落ちなかっただけのようですね」
「そうね……気を付けて進みましょ。待ち伏せする動物って慎重だから、穴に落ちさえしなけりゃ平気よ、きっと」
「穴を見つけ次第毒で駆除してしまいたい所ですが……」
「そんなにたくさん持ってきてないわよ。錬金術にも限度って物があるんだから」
「大っぴらに使えるようになれば、大分世の中も便利になるのでしょうがね……」
「そうなんだけどね……錬金術を使える人が増えたら分業もできるし。あ、そしたらもしかして私って先生になる? アルフィリア先生……うん、悪くない響きだわ」
楽しそうに妄想をするアルフィリアと馬車を引き連れて、草原を歩く。穴は時折見つかったが、数mも迂回すれば中から敵が出てくることは無かった。進むペースは落ちたが、襲われることもなく夜を迎える。
「肉食動物はおいしくないって言うけど……」
「まあ、新鮮な物の方がサクラも喜ぶでしょうし」
鹿とは勝手が違うため、苦労しながらも皮を剥ぎ取り、残った肉を薄切りにして焼く。一枚試しに食べてみたが、硬くて臭みがあり……好き好んで食べる物ではないと結論付け、自分達用の食事を口にする。
「ねえ、死人に会えるって話……本当だと思う?」
「否定する材料はない、程度に考えています」
スプーンを口に運びながらの問いに、同じくスプーンを口に運びながら返す。魔法のあるこの世界において、地球では不可能と思われることも可能であることは確かだ。しかしそれをもってしてもなお、人は死ねばそれまでというのがこの世界でも常識となっている。それはアルフィリアもわかっているはずだが……
「会いたい人とか、居ないの?」
「居ません」
「……そうキッパリ言われちゃうと、話が続かないんだけど」
「……仮に居たとして、伝承の通りなら悪魔とやらと取引をすることになるのでは?」
「え、それはそう、なるのかしら? えーと……うーん……」
悩みながらスプーンを齧るアルフィリアだが、その反応を見るに、生き返らせたい相手でもいるのだろう。その候補も、予想はつく。こちらの考えていることを察したのか、彼女は言葉を続けた。
「……お父さんにね、会って、話がしたいの」
「そうではないかとは思いました。錬金術の事を聞こうと?」
「そりゃ、それもあるけど。家族よ、5年……ううん、もう6年か。そんなに会ってない、もう会えない家族なのよ。仕事よりも、もっと色々……私は元気だとか、こっそりだけど錬金術で生計立ててるとか、友達もできたとか……お母さんの事だって聞いてみたい……」
「(雑談したさに、前文明の遺跡に挑むのか……)」
女は話すのが好きだというのは理解しているつもりだが、それにしてもリスクとリターンが釣り合わなさすぎるのではないだろうか。もっとも、今更帰れというわけにもいかないが。
「あなたの目的は理解しました。しかしドメニコさんからの依頼はあくまでも遺跡の調査です。死人に会うことではありません。その点は間違えないでください」
「わかってるわよ。けど、もしかしたらって思うくらいいいじゃない」
「変な期待をしても、失望するだけですよ」
「そういう後ろ向きなのどうかと思うわ、私」
少し機嫌を損ねただろうか。だがそもそも、死人に会えるということ自体眉唾物なのだ。そんな物に期待するほどの事なのだろうか、死んだ親と話すというのは。
「(まあ……何にしてもやることは同じか)」
このまま適当に遺跡を調べて遺物を持ち帰り、ヘルミーネへのツケを支払ってしまって、後は不満を言うであろう彼女の接待費に充てれば、機嫌も直ることだろう。空になった鍋を片づけ、夜番に入る。空は少し、雲が出始めていた……
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