二十一.五章の5 新型解説
今回は後書きに本編の補足説明がついています
異世界生活296日目、冬の70日
「これが……」
「完成品や! 我ながら惚れ惚れする出来やとおもうけど?」
ヘルミーネが持ってきた新しい武器は、全体として銃に似たフォルムを持つ。ばねにより動作する部分とそれに連動する矢を押し出す部分が上下二層になっており、銃床部分を動作空間に含めることで弓を引く距離を稼ぎ、弓を引きやすくしている。その弓は粘金を始めとした複数の材料で作られており、従来品より威力と強度が飛躍的に高まっている、とのこと。
「なんか随分変わった形ね……この回る所とか、もっと小さくできたんじゃない?」
「軸の太さの問題でな~。あんまり細いといくら粘金でも強度が不安なんよ」
二人が口にしているのは、おそらくこの武器最大の特徴となる装填機構。地球のリボルバーと箱型弾倉を組み合わせたような仕組みで、本体据え付けのリボルバー部分が弾倉部分から矢をすくい上げ、弩本体に持っていく形になっている。
弾倉部分だけで作れれば良かったのだが、その場合重なった矢を発射時に上手く選り分ける必要があり、構造が複雑化してしまうため、このような形になった。一発撃ち、次を撃つ際には前側の持ち手を引く。すると……
持ち手についた突起がこの複雑な形の溝を移動することで、往復運動を回転運動に変換し、連動するリボルバー部分から矢が送り込まれる仕組みだ。
「えーと……私から説明に入っても良いですか……?」
「お願いします」
ヘルミーネの後ろに控えていたイルヴァが手を上げる。彼女はこの武器の心臓部である、動力付き歯車を製造してもらった。その仕組みは理解が及ばなかったが、とにかく歯車自体が動き、人力では引くのが難しい弓を高速で引き絞る。言うなれば小型のモーターだ。オンオフ切り替えは横のレバー型スイッチで、操作中のみ動作するようにした……そして歯車は一部が弩本体から飛び出た形でギアボックスに格納されており、もし何らかの理由で歯車の術式が使えなくなっても、後付けのクランクハンドルで手動操作ができるようにしてある。とはいえ、これは非常手段の類なので使わないに越したことはないが。
「とりあえず、巻き上げは0.5秒くらいにしてますけど……その分力が強くてブレると思いますので、もし扱いにくかったりしたら調整しますね……有料で」
「(こういう所割とキッチリしてるなイルヴァは……)」
「なんていうか……凄い武器ね。威力も上がって、連射は数倍? なんで今まで誰も作らなかったのかしら」
「そりゃ、需要ないですし……」
「え、そうなん? うちの目玉商品になる思っとったんやけど……」
「だって、そもそも弩って素人でも割とすぐ使えるってのが売りじゃないですか……?」
「まあ、確かに」
「それで、連射が必要ってことは相手が大勢ってことで……それなら、魔法でまとめて倒した方が確実ですし、数を揃えるならこんなの高すぎるし……それこそ、魔法は使えないし大集団も作れない、けど危険な戦闘をしないといけないような……」
「私のような、異界人の探検者くらいしか買わない、と」
「で、そういう人って大体貧乏ですから」
「うむむ……けどええ物なんは間違いないで」
商品として成功するかどうかはともかく。今の自分にとって求めていた武器なのは間違いない。早速手に取ってみると、今の弩よりもかなり重量感を感じる……
「大分、重いですね……」
「そらな。単純に大きなったし、材料も半分以上金属、重いのは当然や」
「で、撃ち心地は……どうなの?」
「試してみましょうか」
裏庭に出て、早速構えてみる。重量は増したが、銃床を追加したため狙い自体は安定している。銃を模した照準機も付けたため、狙いやすさは大分上がった。開口部がほぼないため、上下を狙う事も可能。そして何より連射性……圧巻の一言だった。最低でも30秒はかけていた次弾装填が、せいぜい1秒で行える……
「凄い凄い! 普通のとは比べ物にならない!」
「ちゃんと動いとるな、使い勝手はどない?」
「独特の操作に慣れる必要がありそうですが、やはりこの連射性は大変強力かと」
「そっか~! ほな満足頂いたってことで……代金の方やけど」
「いくらですか?」
「せやな~……色々手間取ったし、イルヴァはんの取り分もあるし……あ、あと鎧の修理代も含めて、金貨40枚ってとこやな!」
「……高くないですか?」
「何言うてんねん、特注品の武器、それも設計からして新機軸、材料は……まあ取ってきてもろたから別として。とにかく手間暇かかっとるんや。安売りはでけんで」
「……ツケにしておいてもらえますか?」
「金貨2ケタのツケとか軽く言えるものじゃないですよ……」
「イチロー、前にも同じような事やってなかった……?」
視線が痛い。こんなことになるなら、イルヴァへの資金投入は後に回すべきだっただろうか……
「まあ、しゃーないな。とりあえず半分、後は待っといたる。そんかわり……」
「その代わり……?」
ヘルミーネはツケにする代わりに交換条件を出してきた。それはあまり自分の好む行いではなかったが……金がかかっていては、仕方ない。こうして自分は、弓使いが集まる射撃場に喧嘩を売りに行くことになってしまったのだ……
異世界生活300日目、冬の74日
宣伝を終えた射撃場を後にし、帰り道でヘルミーネは両手を空につきあげた。
「やったで! 度肝ぬいたった!」
「しかし、新時代の弓とは大きく出ましたね」
「ま、こういうのはドーンと言ってやったほうがええやろ?」
「そうかもしれませんが……」
実際の所、誇大広告……とまでは言わないが、このイルフィーネ弓も利点ばかりではないのは確かだ。動力に体内のマナを消費するため、いつまでも連射はできない。自分の場合1日に100発前後が限界だった。特殊な動作手順はミスの可能性を上げるだろうし、精密な上数の多い部品は故障の原因となる。それを防ぐために油をさしたり分解して磨いたり……要するに手間がかかる武器なのだ。
「まあ、命かけてる武器の手入れめんどくさがるような奴はおらんやろ。油はアルフィリアはんも扱えるし、うちもイルヴァはんも皆で儲かるって寸法や。やから皆の名前付けてんねんで?」
「イルヴァとアルフィリアとヘルミーネでイルフィーネですか……少々安直な気もしますが」
「イチローのイでもあるけどな。こういうのは分かりやすいのが一番や。『準自動十字弓』なんて長い上に面白みもないのはあかん」
セミオートマチッククロスボウ、はお気に召さなかったらしい。長いと言われたら返す言葉も無いのだが。
「まあ名前はさておき、今回のは面白い仕事やったよ? こう、革新的な発想っていうん? そういうのはやっぱ実際戦ってる人やないと難しいんやな」
「私は元居た世界の武器を再現してみようとしただけです。ヘルミーネさんの技量無くして、成立しませんでした」
「ふふ、おおきに。なんせうちは天才やさかい! また何か思いついたら教えてな? あ、でもその前に、ツケはちゃんと払ってもらうで」
「承知しています……」
明るい笑みを浮かべ、自身を天才と称するヘルミーネ。その精密機械めいた作業精度はその自称に恥じない物であるのは疑いようもない。工房まで彼女を送り届け、ひとまず……彼女へのツケを支払うべく、依頼探しの日々に戻ることにした。
今回の清算
物品 (補充と消耗合算)
イルフィーネ弓(連発式弩)を手に入れた!
収入
なし
出費
イルヴァへの帰還方法研究依頼金:金貨200
大鳥レンタル料(2人分):金貨3 銀貨10
射撃場利用料:銀貨3
コート修理費:金貨2
ヘルミーネへの工賃(半分):金貨20
その他生活費:銀貨31 銅貨50
所持金の変動
金貨:237→11
銀貨:26→31
銅貨:14→64
備考
ヘルミーネにツケ(金貨20枚)ができた。




