二十一章の8 巨人への逆襲
「……そう。私を、選ぶんだ」
「はい」
「わかった……じゃあ私、ここに残るわ。そしたら私を選んだあんただって、残らざるを得ないもん」
「な……」
「いい? そりゃ私だって死ぬのは嫌よ。でもそれと同じくらい、誰かが死ぬのを背後に逃げるのは嫌。そんなのは……一回で十分よ」
アルフィリアは胸に手を当て、はっきりと言い切る。犠牲が少ないほうが良いというのは理解できるが……それは目標であって、解決への手法ではない。
「ならどうするというのですか。食料が調達できることに期待して全員で移動しますか?」
「ううん、もっと積極的に行く……あの巨人を倒すわ」
「それこそ、どうやって……」
「錬金術を使う」
「……正気ですか」
フードを脱ぎながら、アルフィリアは言う。それはもう秘密保持は止めだという意志の表れだろうか。しかし一応は個人の感性と言う扱いの青髪ではなく、錬金術は明確に禁術とされている。それを人前で使うということは……
「危険なのはわかってる。だけど、ここで自分可愛さに逃げたら、私にとって錬金術は生活の手段に成り下がる」
それで構わないだろうに。仕事など収入を得るための手段以上のものではないだろうに。彼女にとって仕事はそれ以上の意味を持つというのだろうか。
「それに……私は。あんたにそんな決断させたくないの」
「何故」
多少、いら立ちを感じながらも理由を問う。善悪で言うなら善でないことは確かだが、今はそんなことを言っている場合でないことくらい、わかるはずだ。
「なんていうか……それをさせたら、あんた行ったら駄目なところまで行っちゃいそうだもの」
深刻そうに語るアルフィリアだが、その言葉に具体性はない……しかしこうなった彼女は、大体こちらの意見を聞かない。彼女に逃げる意思がない以上、連れて帰るためには、その目論見を成功させる以外にないようだ……
「……具体的な案は考えているのですよね?」
「当然……まあ、ちょっと詰めないといけないところもあるんだけど」
「わかりました……では、一度戻りましょう。しかし、実現不可能な案に命を懸けるようなことはしませんよ」
「ええ。大丈夫よ……ヘルミーネもイルヴァも居るんだもの。きっと出来ることが有るはず」
アルフィリアの希望的観測に基づいて、一縷の望みを確かめるべく……一度皆の所に戻ることにした。巨人を倒す、その言葉に乗り気になったのは……予想通り、アルマだけだったが。
「追い詰められてからの逆転! 素晴らしい、一体どうやるのだ!?」
「これよ」
疑問を投げかけるアルマに、アルフィリアが見せたのは……蛍石。森の中で小型の猿人が持っていたものだ。
「細かい説明は省くけど……これ、毒の材料になるの。さすがにこれだけじゃ無理だけど……飾りにしてるってことは、まだあるかもしれない。それを見つけ出せば」
「巨人を倒せるだけの毒になるってわけですかい。しかし毒だけあっても……」
「なあ、その毒って液体か? 粘っこい?」
「ううん、結構さらさら」
「そっか、なら……行ける。攻城弩の矢を使えばええ」
「どういうことですかい?」
「あれの内側くりぬいて、そこにピッタリはまる栓を仕込むんや。撃ちこんだら、栓だけが勢いで前に進んで、中身を押し出してくれる」
「まともな工具も無しに、そんな加工が可能ですか?」
「そう難しないよ。軸を二つに分けて、片方は太い切り込み入れて、もう片方はそこにはまる凹型に切ればええ。組み合わせたら真ん中に空洞ができるやろ? 膠ならもっとるし、そのくらいやったら手持ちの道具で出来るわ」
「それじゃ、まずは……馬車から回収しないとね」
まずは道具が無ければ始まらない。道の方へと戻り、巨人の様子をうかがう。まるでブロッコリーでも食うかのように木を齧る巨人……その視線を塞ぐため、アルフィリアが煙幕を張る……付与術矢2本を犠牲に。
「その煙を撒くものは何なのだ? 何やら便利そうだな」
「これ? リンよ、マッチなんかに使う奴。たくさん集めたらこんなふうに使えるの」
「なるほど、確かにありゃ煙たい」
煙が巨人と馬車の間に漂っている間に、物資の回収を試みようとしたその時。地面が直線状に焦げる。
「撃って来ました! 敵は煙幕の意図を認識しています!」
「恐れるな! 時には勇気で乗り越えなければならない物もある!」
根性論を掲げ突っ込むアルマ。それに続き、バケツリレーの要領で物資を馬車から森へと投げ込む。一閃を受けた馬車の幌が燃え上がり、曳いていた馬は綱を焼き切られて逃げ出し、目の前で留め金が焼き切られた箱が中身の矢をぶちまける。それでも何箱かを森へ移動させ、煙が吹き流される前に木々の間へと身を隠した。
「うん、うん……弩の部品は揃っとるな。矢は?」
「箱がやられました。咄嗟に掴んだこの一本しか……」
「そっか……まあしゃあない、どの道一発勝負になるやろしな。ほなうちは加工に入るさかい、毒の方は頼むで?」
「任せて。サクラ、この石のにおいよ……追える?」
正確には、この石を持っていた敵の臭いになるのかもしれないが。とにかくサクラはしばらくその小石のにおいを嗅いで、鼻を高く突き上げ……やがて、森の奥へと歩きだした。ヘルミーネは加工、アルマをその護衛に残し、残るメンバーでサクラに続く。
「なんか……倒すことになっちゃってますけど……本当に石から毒なんて作れるんですか……?」
「うん、毒草から作った物より強さ自体は弱いんだけど、量が作れるの。だから大きささえあれば、巨人でも倒せるくらいの毒が作り出せる」
「しかし、もし奴が毒に耐性を持ってたらどうしやす?」
「絶対にないとは言い切れないけど……少なくとも自然には無い筈の毒よ。効く可能性は高い」
「えと、えと……依頼人的にはどうなんです? そんな賭けみたいな話……」
「倒せるのならそれでいい」
「うぅ、これだから虫型異界人は……」
ぼやくイルヴァも、1人でいるよりはマシと考えたのだろうか。一緒に森の奥へと進んでいくと、サクラが足を止め、伏せた……
「……あれでやすかね」
「敵の数が多い……」
ウーベルトが指をさす先には、人の像が佇んでいた。その周りには、あのまだらの猿人が集まり、何やら……祈っているようにも見える。
「排除する」
「あんまり時間をかけたくないわね……ここは、これで」
アルフィリアが二つの瓶の中身を混ぜ、像の下へと投げつける。発生したガスを吸い込んだ猿人たちは次々と逃げ出し、逃げ遅れはもがきながら倒れていく。
「うわぁ……こんなの、閉鎖空間で使ったら酷いことになりますね……」
「そんなことにならなければいいんだけど……十分薄れてから、調べに行くわよ」
そこは像を中心に草や石が取り除かれているようで、光が差しこむ広場のようになっていた。その像だが……どうも女性をかたどったものらしい。大きさは等身大程度、なんというのか……女神が着ているような一枚布を身にまとい、折れた大剣を掲げている。その剣の刃は透き通っており……日の光を浴びて輝いていた。
「あ、何か台座に書いてある。前文明の物ね……『宝剣で勝利を導く女神の像』だって」
「なんか、どっかの美術館にでも置いてそうな感じですね……」
「蛍石の剣、まさに宝剣ってわけですな……折れていやすが」
「少しずつ削り取られていったのでしょうね。勲章か何かのような扱いを受けていたのでしょうか」
「じゃあ、私たちにも取れるわよね。イチロー、ポキッとやっちゃって」
「(雑な指示だな……)」
かつては防犯装置の一つや二つ付いていただろうが、今となっては機能を止めたか……生きていたとして、その警報を受け取る人間も最早存在しまい。残った刀身部分を鉈で叩き折り、撤収する。
「戻ったか! こちらは襲われたが、どうということはなかったぞ!」
手を振って出迎えるアルマは返り血を浴びており、辺りには猿人の死体が転がっている。ヘルミーネも怪我をした様子はなく、戦力としてのアルマの優秀さを改めて認識した。矢の改造も済んでいるようで、ここから具体的な作戦に入るわけだが……
「まず、敵は発射された矢を撃ち落とすほどの反応速度があります。普通に撃っても二の舞でしょう」
「なら近づいて撃つ。攻城弩を持って走ればいい」
「あれをですか……」
担げなくはあるまい。しかしその状態でレーザーを使う相手に接近できるかというと、疑問符が浮かぶ。煙幕を張りつつであれば、あるいは……
「ごめん。煙幕はさっきので最後なの。今から用意するのは、ちょっと無理……」
「馬で接近するのはどうでしょう?」
「接近するのは良いが、撃つ時は止まらねばなるまい。そこを狙われるとまずいな。私が囮になって、その間に撃った方が良いのではないか?」
「でも、矢を撃ち落とすほどの相手ですよ……? 一発でやられて、おしまいなんじゃ……」
「いや、あんとき奴ぁ二発目を外しやした。百発百中ってわけじゃあ無さそうだ……」
「でも、当たったらおしまいなのに、当たらないかも、で突っ込むなんて無理よ」
「せや! イルヴァはんはどうや? 付与術でガッチガチに固めてるし……」
「なに名案みたいに言ってるんですか絶対嫌ですからね!? それに斬られるとか殴られるに対しては強いんですけど……話を聞く限り、あれって敵を焼いてるんですよね……そういうのには、対応してなくて……」
「さよかあ……」
やはり、相手がレーザーだというのが一番の難点だ。必ずしも必中ではないらしいが、防御手段がなく当たれば一撃と言うのがどうしても行動をとりにくくさせる。せめて何か弱点でもあればいいのだが……
「……持久力はどの程度あるのでしょうか」
「ふぅむ、確かにあんな強力な物をバンバン出せるはずもねえ、何かしら制約があるってなあ自然な考え方だ。痩せてたのもそのせいなら……」
「だとしてもやっぱり囮が要るじゃない。矢が回収できたらいいんだけど」
「普通の弩では反応しないでしょうかね……」
矢の回収、サクラならあるいは何とかなるだろうか。あの巨人は馬車を曳いていた馬を攻撃していない。同じ四足歩行のサクラならあるいは……そこまで考えたが、アルフィリアが絶対に許さないだろう。何か思いつきはしないかと辺りを見回し……転がっている、ある物が目についた。
「……これを使えば」
「死体で何をする?」
「そうや! イルヴァはん、死体を動かせるやん!」
「何と! あれか、話に出てくるような……死霊術という奴か!」
「ちーがーいーまーすー……生き物の体は元々動くようにできてるんだから、その仕組みに応じた力を加えてるだけで……何か霊とか生ける死者とかそんなんじゃありません……」
「使えるのか?」
「死体が原型保ってるほどやりやすいんですけど……保ってるの、沢山作りましたね、さっき……」
「採ってきましょう。サクラ、一緒に」
像の所まで戻って、毒ガスに倒れた猿人たちの死体を持ち帰る。アルマが倒した物も含めて10体ほどの死体が集まり、囮としては十分使えるとイルヴァの判断が下った。死体の加工と毒の準備のためこの日は待機し、翌朝、日の出とともに仕掛けることになった。交代で睡眠をとり、最後は自分とアルフィリア。その時間を利用して、毒を製作する。
全員が寝ているのを確認して、錬金術の陣を空中に描き、宝剣を二つのマテリアに分けていく。そのうち片方を水から抽出したマテリアと合わせ、作り出した液体を攻城弩の矢の穴へと注いでいく……
「……ねえ、イチロー」
「なんですか?」
「もし、さ。ばれて逃げないといけなくなったら……また2人で旅してくれる?」
「……ええ」
遠慮がちに問いかけるアルフィリアに肯定で返す。起きてきたサクラが、こちらと交互に頭を擦り付けて来た。
「よしよし、サクラも一緒よ。さて……」
毒を注ぎ終えた矢の穴を、返しの付いたへら状の木栓で塞ぐ。ヘルミーネが作ってくれたもので、突き刺されば肉に返しがかかり、栓が抜ける仕組みなのだそうだ。
「みんな起きて! 準備できたわ!」
空が明るくなりだす。レーザーを操る巨人との戦いが、始まろうとしていた。
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