二十一章の6 雨中の光
異世界生活267日目、冬の41日
昨日から曇り空が続いていたが、日付が変わる頃から雨が降り出した。濡れながらもヘルミーネは攻城弩を組み立ててくれたが、やはり水を吸うのは好ましくないらしい。覆いをかけ、昨日ウーベルトが見つけた足跡を追うと、不穏な物が目に入る。テルミナス大鳥と人の死体……それも異様な物。
「こいつぁ……また変わった死に方ですな」
「どういうことだ? この辺りに来るのは我らが初めてではないのか?」
「巨人が目撃されて依頼が出たのでしょうし、初めてではないでしょう。しかし……」
死体は虫が湧いているが、まだ原形はとどめている。しかしその下半身は無く、大鳥も首だけが無くなっていた。
「他の動物が持って行ったのなら、肉のある胴体が残っているのはおかしいですね……」
「それだけじゃねえ、こいつを見て下せえ」
ウーベルトが人の方を探る。鎖帷子の密度を下げて軽量化した物を着ていたようだが、体と同じ角度で切断されている。まるで防具を意に介さず、それこそ巨人か何かが巨大な刃物で胴体を薙げばこうなるかと言った具合の有様だ。その防具を調べればもっと詳しいことがわかるかと思い、ヘルミーネを呼ぶ……
「い~や~や。うち、そういうの苦手やねん……」
「武器を作っている以上死体と無縁ではいられないのでは……」
「せやから言うて、虫湧いてるようなんじっくり見たないわ! その鎧だけ持ってきてんか」
という訳でひと手間かけ、死体から防具を剥ぎ取り、虫も取ってからヘルミーネに見せる。しばらくその断面を眺めていたヘルミーネだが……
「これ、溶けとるわ。断面が丸いし、一部くっ付いとる……せやけど、どないしたらこうなるんや? ごく狭い範囲に、滅茶苦茶な熱を加えんとこうはならんはずやけど……」
「魔法ではないでしょう。イルヴァさん、専門家としての見解は?」
「どうでしょ……鉄を焼き切るような魔法なんて使う人あんまりいないんですよね……そんな熱量戦闘では無駄ですし、作業用には使い道が無いしで……」
「もしや……巨人と言うのは火を吹くのか!?」
「いやあ……そんな話は聞いたことが有りやせんが。少なくとも楽しそうに言うセリフじゃありやせんぜ」
少なくとも、空を飛ぶ相手を撃墜できる相手がいると考えた方が良さそうだ。しかしそうなると落ちた後で焼き切った、ということになるが……
「相手が飛び道具を持っているのなら先手を取ることが重要だ。円陣の間隔を広げる」
「フォルミの旦那、ひょっとして……この墜ちた大鳥の事、知ってたんじゃねえですか?」
「知らないが、勝てそうにないなら撤退して敵の情報を伝えるよう言われている」
「やはり……」
「何が言いたいのだ? ウーベルト殿」
「本当は敵の大体の場所が分かってて、あっしらをそこに向かわせたんじゃねえかってことでさあ。倒せば良し、駄目でも大鳥を落とした攻撃の正体くらいは掴める」
「私達、捨て駒ってこと?」
「旨い話には裏があるっちゅうこっちゃな。どないするん? うちもむざむざ死にに行くのは嫌やで」
「知れたこと! 思惑がどうであれ、要は倒せばいいのだ! 最初からそのつもりでここまで来たのであろう!」
「い、嫌ですよ、私死にたくないですし。もう帰りましょうよぉ……」
どちらかと言えば自分もイルヴァの意見に賛成なのだが、恐らくフォルミとアルマはこのまま進むだろう。フォルミは任務の達成を何より重視するようだし、アルマは……少し理想に凝りすぎている。
「……帰るにしても、私一人で森を抜け、皆さん全員を守り切る自信はありません」
「ふえぇぇ……」
「覚悟決めるしかないか。しゃあない、何とか切り抜けよ」
「そうね、まあ、私もできる限りのことはするわ」
「何で2人ともそんな落ち着いてるんですかあ!? 2人とも子供でしょお!?」
「子供ちゃうわ、もう17やし」
「わ、私も見た目とは……結構違うわよ? うん」
「ううぅ、帰りたい……」
べそをかくイルヴァと共に、探索を続ける。雨音が強まる中、それは姿を現した。
「……いやしたな」
「あれが巨人か……思っていたのとは少し違うな」
その巨人は、不健康な肥満体型……人なら100kgは超えているであろう外見をしている。肌は緑色で、両手で丸太……というよりは、木をそのまま持っていた。それは武器ではなく……まるでスナック菓子でも食うかのように歯を立て、齧っている。
「草食なのかしら?」
「言っておきますけど、草食だから大人しいってわけじゃありませんからね……」
「生木をパンみたいに齧っとる……こら、アルマはんの鎧でも一たまりも無いんちゃうか」
「うむむ……大鳥があれば脳天を叩き割って倒してしまうのだが」
「その大鳥がやられたことをお忘れなく」
「旦那、奴の顔を見て下せえ」
ウーベルトが望遠鏡を渡してくる……いつの間にやら買っていたらしい。覗き込んで巨人の顔を見ると……
「目が1つだけ……」
「何!? 私にも見せろ! ……見えん」
「そら兜越しやったらな……」
「むう……しかし一つ目の巨人か。まるで英雄伝記だな!」
距離のせいでディティールまでは不明だが、巨人の顔は上半分ほどが白目のない青色の目で占められている。さしずめサイクロプスと言った所か。
「それで、どうしますか?」
「や、やるなら初手で必殺が一番です……私が付与術で攻撃力を最大限上げますので、遠距離から一発で、ドンと」
「それで行こう。だが必中のためには近づかねばならない」
「幸い向こうは気づいていないようですぜ……良い感じに木が散らばってる。上手く目につかないように移動して、攻城弩の射程に収められるはずでさあ」
「それでは、移動しましょうか」
巨大な目にこちらが映らないよう、土の上を馬車は進む。敵が食事に夢中になっている間に距離を詰め、付与術をかけた一撃で倒す。これが大まかな作戦であり……その第一段階は上手くいった。敵はひたすら木を貪り続け、こちらに目を向けようともしないまま……ウーベルトの案内により、敵の側面、100m少々の所へ馬車を近づけることができた。
「じゃあ次、私ですね……打撃力全振りで行きます……」
「仕留められると思いますか?」
「急所に当たれば……」
「なあアルフィリアはん、毒矢はあかんの? 毒やったら、どこに当たっても倒せるやろ?」
「難しいわね……相手の体が大きければ大きいほど沢山の毒を使わないといけないんだけど、見た感じ背は私たちの5~6倍。ってことは体重は125倍よ。125倍の毒を撃ち込まないと倒せない、そんな量の毒持ってきてないわ」
どうやら物理的に倒すしかないようだ。イルヴァが付与術をかけるのを待つ間敵を観察するが、どうやら敵の動きは鈍い。ひたすら木を食うばかりでこちらに興味が無いようにすら見える。
「(これはもしかして……行けるか?)」
「準備できました……もう私ヘロヘロですから、外さないでくださいね……」
「旦那、お願いしやすぜ」
「わかりました……」
ウーベルトが見張っている間に攻城弩の弦を巻き上げて淡く光る矢をつがえ、ロープでけん引されている攻城弩の台座を岩陰から押し出す。その先端を巨人に向け、慎重に角度を合わせていく……
「(考えてみれば、二度目で当てろってのも中々無茶な話だ……)」
少なくとも風はない。最初に撃った限りでは、矢の飛び方も素直。射角さえ間違えなければ、下手な飛び方はしない筈だった。隣でウーベルトとアルマが固唾をのんで見守っている……
「(……ここで!)」
引き金を引く。矢がはじき出され、まっすぐ巨人へと向かう……当たる。そう確信した時。巨人の首だけが、早回しのようにこちらを向いた。
「見つか……
言葉を言い終わらないうちに、巨人の目から空中に白い線が光り、その線に矢が包まれる。次の瞬間、小さな火の粉を散らして矢は消滅した。
「った……」
まずい事になる。勘など働かせる必要もなく、それが理解できた。
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