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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第二十一章 ジャイアントキリング 編
178/266

二十一章の5 舗装された道はどこへ続く?

 異世界生活266日目、冬の40日



 訓練のおかげで体があちこち痛み、さらに慣れない馬に乗ると筋肉に疲労がたまる。さらに空を見れば分厚い雲が空を覆い、雨が近いように思えた。地面に目を向けると、徐々に周囲に見える植物が大きくなり、木々がその密度を増していく。何というべきか、全体的に暗い一日になりそうだった。



「森に入りやすな。馬車だと動けなくなるかもしれやせんぜ」



 ウーベルトは地図を作りながら呟く。地図作りは地味ながら探検者の本分とされているものの、自分は絵が全くダメなので、ウーベルトに任せることにしている。それはさておき……御者台のフォルミと顔を突き合わせる。



「どうしましょう。進路を変更しますか?」


「森の切れ目を探していては予定からずれ過ぎる」


「で、でも……森の中で立ち往生なんて嫌ですよ……歩いて戻るなんて絶対無理です……」


「言うて、うちら未開地を行くんやろ? 森なんかどういったってぶち当たるやろ」



 森を突っ切るべきか迂回すべきか。フォルミは進みたいようだが……



「皆、あそこを見ろ!」



 アルマが前方、森の一点を指さしている。そこは木が不自然に途切れ、奥の方まで視界が開けていた。そこに近づくと、比較的地面がならされている。テルミナスの主要道路程度の幅があり、馬車の通行に問題はない。



「ここを行くしかない」


「しかしこりゃあ……獣道って大きさじゃありやせんぜ」


「道路の遺跡じゃない? きっと」


「でも、暗いですね……」



 イルヴァの言う通り、朝からの曇り空も相まって木の枝が張り出したその道は薄暗く、まるで木製の洞窟に入っていくような感覚を覚える。戦闘要員は全員馬車から降り、御者をウーベルトに交代。アルマの馬ヴァレンヌも本来の騎乗者を乗せ、速度を落とし周囲を警戒しながら前に進む。腐葉土が薄く表面を覆っているが、時折灰色をしたコンクリート状の物が顔を出しており……アルフィリアの言う道路の遺跡と言うのも、あながち間違っていないのかもしれないと思えた。

 

 名も知れない道を進み、入って来たところが見えなくなったころ。路上に何か塊が落ちているが目に入った。馬車を止め、それへと近づく。黒と茶色を混ぜたような色で、一塊の泥のような……臭気を放つ物体。



「これは……糞、でしょうか」


「なんや、ウンコかいな。そんなもんどうでもええやろ」


「いやいや、なかなかどうして糞も捨てたもんじゃありやせんぜ。旦那、ちょいと見せて下させえ」



 御者台を下りたウーベルトが糞を棒でつつく。解して中身を弄り……



「ふうむ、骨や毛の類は無え……大きさからみて体格はあっしらより小さい。乾き具合は出て2~3日ってとこですな」


「ほう、ただの付き人かと思ったら中々どうして、慧眼だな!」


「へっへっへ、お褒めに預かりどうも」


「しかし、少なくとも何かが居ることは確かですね」



 野生動物か他の何かか……いずれにせよ遭遇しないに越したことはない。森を抜けようとペースを早め、茶色と緑の洞窟が途切れるのを待つが……先頭を歩いていたサクラが立ち止まり、鼻を上に向ける。これは、怪しい匂いを嗅ぎつけた時の仕草だ。



「何か、来ます……!」


「ふっ、ただで抜けられるはずもないか……さあ、来るが良い……!」


「降りろ。視界が悪い、目の数で補う」



 馬車を囲むようにして、円陣を組む。生い茂った木々の間に目線を走らせ、静寂が周囲を包む……



「……ヘルミーネさん、あなたは非戦闘員なのですから馬車に隠れてください」


「そう言いな、こういうときは少しでも多い方がええやろ」


「あ、私も非戦闘員なので……」


「イルヴァさんは戦闘要員です。攻撃魔法が使えるでしょう」


「ふえぇぇ……」



 多少隙ができることを承知で、付与術をかけてもらうべきか……その判断を下す前に、軋むような音が、頭上から聞こえた


『上だ!』



 叫んだのはフォルミかアルマか、それともウーベルトか。見上げれば木の枝をいくつもの影が動いているのが見えた。全体的な構造は人型ながら、身長6~70cmほど。身長に対して手足が長い……チンパンジーを2~3割軽量化し、体毛を抜いて肌に緑と黒のまだらを付ければこんな姿になるだろうか。



「なんだ、こいつらは!?」


「ロヴィスに似ているが違う。亜種か」


「数が多いですね……」



 ざっと数えただけで12~3体。さらに枝の奥から出てきたのも見えた。様子をうかがっているのか、こちらに飛び掛かってくるようなことはないが……



「このまま進むぞ」


「し、しかしフォルミの旦那……」


「こちらを襲ってくるとは限らん。下がっても他に道は無い」


「うむ、騎士たる者、危険があろうと勇気を出して進むのだ」


「そんなぁ……なわばりを侵されて怒らない生き物なんて居ませんよぉ……」


「でもこの先には行かなあかんのやろ?」


「……以前使った毒ガスは?」


「だめ、あれ空気より重いから自分より高い相手には使えないの」



 追い払おうにも、下手な手出しは状況を悪化させる可能性がある。上を取られた状況のまま、警戒しつつ先へ進むが、向こうも枝から枝に飛び移り、それについてくる。その数は徐々に増えていき……目の前に何かが落ちて重い音を立てた。人の顔ほどもある大きさの、石だ。それを皮切りに、大小の石や枝など、様々な物が頭上から投げつけられる。



「走るぞ、乗れ」


「ほらあ! 言ったじゃないですか! 言ったじゃないですかあ!」


「ええい、上から一方的に卑怯な! 射落とせぬのか!?」


「弩は上向きの射撃は苦手なんです!」



 馬車が走り出し、それに駆け寄りながら飛び乗る。敵を振り切らんとするが……



「ま、待って……へぶっ!?」


「イルヴァはん!?」



 最後尾のイルヴァが転倒、そこへ一斉に敵が飛び降り、石や棒で襲い掛かった。



「きゃあああああ!?」


「(やられた!?)」


 石で体中を殴打されている……しかし、敵の多くがそちらに集中した。今ならば……



「サクラ! イルヴァを助けて!」


「(まあ、アルフィリアはそうするよな!)」


「びゃああああ!?」



 迷いなく、アルフィリアが飛び降りてイルヴァを助けに入った。まとわりつく敵を棒で叩き、サクラが嚙み付いては放り投げていく。自分達も跳び降りて続くが敵の数は多い。防具を付けていないイルヴァは重傷……あるいはすでに致命傷を負ったかもしれない。



「たぁぁぁしゅぅぅぅぅけぇぇぇぇてぇぇぇぇぇ!!」


「(……いや、それにしては元気か?)」


「ええい、散れ散れ!」



 アルマ、フォルミとも協力して、群がっていた敵を排除する。イルヴァは……手足を縮め、帽子を首まで下ろし、地面にうずくまっていた。その全身……正確には服が、帽子の頂点からつま先に至るまで、淡く光を放っている。



「……あ、居なくなりました? 居なくなりましたよね? もう動いても大丈夫ですか?」


「えっと……うん、大丈夫、かな?」



 あたりには引きはがされた敵の死体が転がり、それを見てか、樹上の相手も逃げて行ったようだ。ひとまず安全と言って良さそうだが……



「この光は……」


「うっわ、何やこれ……付与術でガチガチに固めとるんか」


「ふ、ふふ……全力で徹夜して仕込みましたからね……重装鎧も目じゃないですよ……」


「顔面まで守るための馬鹿でかい帽子ってわけですかい……」


「ううむ、どれほど緻密に式を仕込んでいるのだ……全体が光っているようにしか見えん」



 とにかく、イルヴァは無事だ。味方の確認が済んだところで、次は敵の確認……これはアルフィリアが担当し、死体を検分する。



「(やっぱり、人よりは猿に近い印象があるか……)」


「子供……ってわけじゃないみたいね。このまだら模様で森に溶け込むわけだ。内臓は私たちとほぼ同じ……樹上生活に適応した種なのね。牙はあるけど小さい、積極的に狩りをする生き物じゃないのかしら」


「死体なぞ調べてどうしようというのだ……趣味が悪いぞ」


「何を食べてるのか、どんな生活をしているのか、それが分かれば戦いを避けられるかもしれないし、戦うにしても有利に戦えるじゃない」


「調べるのは良いが本来の目的を忘れるな」


「わかってる。また襲われるのは御免だしね……あら?」


「何かありましたか?」


「これ」



 アルフィリアが死体の一つから何かを取り上げた。紐で結ばれた小石のブレスレットのようだが……妙に小さい。



「誰かから奪ったのでしょうか?」


「未開の地ですぜ? 奪うような人間なんてこないでやしょ。草の蔓と……何だこいつは、ガラスか?」


「見して……ああ、これ蛍石やろ。鉄溶かすときなんかに使う奴や……この辺で採れるんかな?」


「蛍……夜になると光るんですか?」


「ん? いやそう言うわけちゃうよ。中にはそういうのもあるらしいけどな」


「もういいから、早く行きましょうよう……」



 敵はアクセサリを作る程度の知能はある。一方で槍のような武器は用いなかったことや、積極的に攻撃を仕掛けては来なかったことから、比較的温厚な性格だと推測される……とは言え危険なことに変わりはない。帰り道で襲われないよう、対策をしていた方が良いだろう。



「……言うてなあ」


「こういうことをサラッとやっちゃうのがこいつなのよねえ……」


「むしろ狙ってやってませんか……? 趣味悪い……」



 どうせ討伐奨励金にも必要になるだろうからと、首を全て切り落とし、一体はサンプルに確保……それらを敵から見えやすいよう、幌の上に乗せたのだが……絶不評を食らう羽目になってしまった。



「まあ、死体を見せつけるってのは一番簡単で効果的な警告だ、間違っちゃあいやせんぜ」


「最近思うのですが……ウーベルトさん、無理にほめていませんか?」


「あ~……そういうのは言わぬが花ですぜ旦那」


「見ろ! 森を抜けるぞ!」



 どうやら、森はさほど大きなものではなかったらしい。森の中での夜営も覚悟していたが、それは避けられそうだ。木々の切れ目から抜けると、鉛色の空と大地をまっすぐ進む灰色の道路が目に入る。どこか重々しい光景ではあるが、そのまま前進し……ある程度森から離れたところで、夜営することになった。



「イルヴァ殿! 貴公の付与術恐れ入った! 只の厚手の服であれほどの防御力を発揮するとは! 私の鎧にもあれをやってはくれぬか!?」


「え~……これ、すっごく大変ですし……自分の命がかかってるから気合い入れましたけど、他人のためにやるのはちょっと……」


「あんたも割とええ根性しとるわな……」


「あんな細かい式、どうやって書くの? 教えてよ!」


「ああ、金糸を芯にした針を使って……」



 イルヴァが話題の中心になる中、フォルミに散々土をつけられて、焚き火の明かりの中へ入る。



「受け流しは武器相手でなければあまり意味が無い。基本の足運びを忘れず、前を見ながら横も見て戦え」


「それは……恐らくあなたが複眼だからできるのではないかと」


「そうかもしれんが程度問題だ。目の前に集中しすぎると横から刺されて終わる」


「お二方、ちょいといいですかい?」



 今回のダメ出しと身体構造の違いからくる認識の差異に話が及ぼうとしたとき、ウーベルトが深刻そうな表情をして話しかけてきた。



「どうしました?」


「これを……」



 ウーベルトが夜営地から少し離れた場所へとこちらを案内する。道路から離れた所は、普通の土だが……そこに、大きな足跡が、残されていた。



「当たりを引いたようだな」



 フォルミは抑揚なくそう言うが、こちらにとっては当たりと言うべきかどうか微妙なところだ……いずれにせよフォルミは前進を指示するだけだろう。明日以降、攻城弩は組立状態でけん引し、矢に付与術も仕込んで不意の遭遇に備えることにした。


今週も最後までお読みくださり、ありがとうございます。


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