二十一章の3 出陣、移送門を越えて
異世界生活260日目、冬の34日
出発の日となった。二時半、地球で言うと六時過ぎごろ。まだ太陽は地平線の向こう、靄が漂うベスティア門の停留所には3台の馬車が並んでいた。3台とも、幌の付いた荷台の後ろに丸テーブルのような台座が連結されている。
「来たか」
「どうも、旦那! おや、薬師殿も来たんで?」
「ええ、薬も沢山持ってきたから、頼って頂戴」
こちらを見つけたフォルミが出迎えた。ウーベルトも先に来ていたようで、合流……ヘルミーネとイルヴァは一緒に来た。ヘルミーネは冬用の厚着に自作と思わしき胸当てと手甲を身に付けていて、イルヴァは薄めのグローブに、肩幅を超えるような丸いつばを持った紺色で三角形の大きな……ありていに言うなら、魔女のとんがり帽子と言うべきものを被っている。日よけが必要な時期でもないはずだが……
「おはようございます。外出着ですか?」
「そ、そんなところで……あの、馬車で寝てていいですか……?」
「出発する前からそんな調子かいな……あ、おはようさん。ほ~、これが攻城弩の台座やな。組み立て式になっとって……本体はもう積んどんのか」
その辺に座り込むイルヴァと早速珍しい道具を調べ始めるヘルミーネ。後はアルマが来れば揃うが……町の方に目を向けた時、蹄の音がした。
「待たせたな!」
朝日を浴びてきらめく鎧が、馬に乗ってやってきた。馬車に繋がれた馬と比べて体格が良く、黒い体は鎧の金属光沢を引き立てている。
「見ての通り、馬持参で来たぞ! 大鳥を使いたかったのだが、弁償しきる前にまた落としては流石に肩身が狭くなるからな!」
「(普通は一匹で狭くなる物じゃないのか?)」
「よおし! 全員揃ったな!」
アルマが最後だったらしい。フォルミが所属する黒斧傭兵団のリーダー、髭が特徴的な大男、アルバーノが出発前の演説を始めた。
「俺たちは以前、バカでかい発見をした! あの移送門だ! そして今回もまたデカい相手を狙う……巨人だ!」
『おーっ!』
「移送門をくぐって所定の位置につき次第、3組に分かれて巨人を探し、見つけたらぶっ殺す! まさかこんなに簡単な作戦を理解できない奴はいないよな!?」
『おおーっ!』
「よーし、乗り込めー!」
各自馬車に乗り込む。自分達はフォルミが運転する馬車へ。アルマとサクラは並走し、車列がベスティア大橋を渡る。
「ほう、その狼はサクラと言うのか!」
「そうよ、凄く賢いんだから!」
「うぅ~……揺れるぅ~……」
「狭いんやからせめて座って寝えや……椅子にしたろか」
適当な無駄話をしながら橋を渡り切ったあたりで、右手の方に件の遺跡、移送門が見えてきた。20mほどの幅を持ち立てられた円柱、その間の空間に青く濁った水面のような物が広がっている。その周囲は櫓や木の壁が立ち、兵士が配置されていた。
「警備が厳重ですね」
「ま、流石にすんなり通してくれるでやしょ」
一度止まり、アルバーノが何か書類を手渡すと門が開かれる。幾人かの兵士たちが駐屯する砦の中を通り、移送門へ馬車が一台ずつ入っていく。一瞬視界を濁った青が染め、それを抜けた時、景色は一変した。
「これは……」
「随分と、様変わりしやしたなあ」
以前これを発見した時は、ここはロヴィスの野営地があるだけの野原だった。しかし今ではテルミナス側よりもしっかりした防壁が周囲を覆っており、空堀にかかった橋を渡り防壁から出ると、周囲には急造らしさをにじませるものの、宿や店、さらには厩舎らしいものまで建てられている。もはや小規模な街と言って良い。
「計画都市と言う奴だな。ここはポルタ・ルーチェと名付けられたそうだ。テルミナスの富を集中して投入すればこれくらいの物は作れよう」
「新しい街ってこと? 街の大きさの割には人が多いみたい」
アルフィリアの言う通り、まだまだ街は建設途中と言った様子であるものの、作業員のみならず商人らしい身なりの者、同じ紋章を付けた探検者の一団など、多くの人が行き交っているのが見える。門が一般開放される前からこうだということは、本格的に門が使用されれば、果たしてどれほどの人が溢れるのだろうか。
「あの移送門が開放されりゃ、ここがベスティア探検の拠点になる。そこに建ってる店が儲からない筈がねえってことで」
「先行投資っちゅうわけやな……うちもいつか、こういうとこで立派な店もって、親方とか呼ばれてみたいなあ」
「ヘルミーネ殿の腕ならば、それも夢ではあるまい! この斧槍、まだ人形相手の試ししかしていないが、素晴らしくしっくりくる!」
「ありがとさん、お客にそう言ってもらえるんは素直にうれしいよ? でも次からはもうちょっと常識的な依頼してほしいわ」
建設されつつあるニュータウンを雑談しつつ抜け、道は途切れて平地となる。南方にあるためかテルミナスよりも温暖で、まだ緑色の草が地面に残っていた。
「よーし、ここで散開だ! 最後の打ち合わせを行う、各班長は集合!」
馬車を止めて小休止。こちらの班長であるフォルミも、アルバーノの元へ向かった。その間こちらは待機するのだが……早速と言わんばかりに、ヘルミーネは馬車に積んでいる荷物を漁り始めた。
「あったあった、これは弓部分……で、こっちが巻き上げ機か。発射機構は……」
「まだ早いんじゃないの? ヘルミーネ」
「いーや、物は早よ見とかんと……こらイルヴァはん! 箱を枕にしいな!」
「あぁ~、丁度いい大きさだったのに……」
「へ~、ヴァレンヌっていうのね、その馬」
「うむ! 軍馬としての調教もしてあるから、頼ると良い!」
「うーん、鳥も良いけど馬も良いわよね……ねえイチロー、あんた馬の乗り方も習ってみなさいよ」
「私がですか?」
「悪くない考えだと思いやすぜ? 何かあった時のために馬車を動かせる人数は多いほうが良いですしな」
雑談を交わしているその時、隣の馬車から1人、こちらに向かって来た。団員の印である肩当てを付けていて、自分達のような雇われではないとわかるが……
「良いご身分だな、召使いや女を侍らせて。ああ?」
絡んできた相手の顔は見覚えがあるもの。奇しくもこの地に因縁の有る、ポンペオだった。
「……ノコノコと参加してきやがって。お前がここで、カーラに何をしたのか忘れたとは言わせねえぞ」
「別に言いませんが、あれは戦闘の中で常に起こりうる事でした。私にその責任を問われても困ります」
「てめえ……!」
「出発だ、全員馬車に戻れ」
揉め事になりそうになったが、その前にフォルミが戻って来た。悪態をつきながらもポンペオは隣の馬車に戻り、3台の馬車は並走、やがてその距離は離れて行った。
「何やったんや、あいつ?」
「同業者です。以前ここで恋人が死んでいて、私はそれを見捨てたと」
「え……そ、そうなんですか?」
「結果としてはそういうことになるかもしれません」
「私は話を聞いただけだけど……イチローはイチローなりに考えてのことだったと思う」
「まあ、確かに旦那の行動次第じゃあの女は助かったかも……その代わりあっしらが五体満足だったかはわかりやせんがね。決して悪い判断だったとは思いやせん」
「や、やっぱり危ない所なんですね……来なきゃよかったかなぁ……」
「仕方ないやん、未踏の地に踏み込むってのはそういうことやろ。まあ、しっかり守ってや? うちもトンカチくらいは持っとるけど、戦うのは専門外やさかい」
「ううぅ……私だけは見捨てないでくださいね……?」
「善処はします。しかし、彼がこの傭兵団に参加していたとは」
「アルバーノが引き入れた。強い復讐心を持っていたのでそれを買われたようだ」
「ううむ、恋人を殺され復讐に燃える男、片やその原因だが、その場で最善を尽くした男……私はどちらの味方をすれば……」
「そこは、私の味方をして欲しいのですが」
やがてほかの馬車は見えなくなり、無人の原野を行く。自分達は大まかに南東に向けてフォーク状に広がり進んでおり、どれか一隊が目標を発見すれば攻撃、あるいはほかの隊を呼んで包囲、そして撃破と言うのが作戦の大まかな流れとなっている。初日は何が起こるでもなく夕方になりキャンプを張る。そして……
「貴公! 隊を任されるからには腕に覚えがあると見た! ここは一つ腕試しと行かぬか!」
アルマが余計なことを言い出した。敵がどこに居るかもわからない状況で何が腕試しなのか。いかにして体力を温存し、敵に気付かれる可能性を下げて行動しなければならないということをわかっているのか。ということを薄めのオブラートに包んで話したが……
「そうは言うが、我らは初対面の者もいるのだぞ! 短い間にお互いをわかりあうにはこう、お互いの力をぶつけあってみるのが一番ではないか?」
「そんな物は物語の中だけです。怪我でもしたらどうするんですか」
「薬師も居る、それに防御の付与術をかけた上で行えば危険はなかろう?」
「私は構わない。今のうちに双方の実力を測るのは意義あることだ」
意外にもフォルミも乗り気……双方の同意が成立した以上とやかく言うことも出来ず、アルマ対フォルミの模擬戦が行われることになった。馬は無しで互いに刃には鞘を付けたままとは言え本物の武器を使う。本気の打ち合いになるだろう……
「なあなあ、どっちが勝つ思う?」
「ヘルミーネさん、こういうのに興味がおありですか?」
「そらな。あのフォルミ言う人の武器もあんま見たことないし、後でゆっくり見せてもらいたいわ~」
「武器を落としたら負け、腰から上が地面についても負け、急所に刃が触れても負け、この条件ならフォルミ殿が若干有利ですなあ」
「ん~、確かに鎧の防御力があんまり意味ないもんね。でも武器の大きさが違うし、フォルミは一発当たったらそこまでじゃない?」
「まあ、結果はすぐに出るでしょう」
マントを脱いで虫の外殻を露わにしたフォルミと、鎧姿で斧槍を構えるアルマが3mほどの距離を置いて対峙する。
「では……初め!」
「はあっ!」
号令と同時にアルマが動く。足元を薙ぎ払う一撃、斧槍は相当重さがあるはずだが、まるでバットでも振るかのように軽々と扱っている。だが斧頭は草を払っただけ、フォルミはその一撃を跳び越え、独特の形をした短剣で首元を狙う。それを薙いだ勢いのまま体をひねり肩で防御。縦振りの一撃が地面を抉り、間合いを詰めるフォルミの短剣をアルマの鎧が防ぐ。
「一進一退って奴ね……!」
「アルマ殿もなかなかどうしてやりますな、装備便りのお嬢様じゃねえ、ありゃ相当な使い手だ」
「フォルミはんの方も、あんな変わった武器でよう戦うわ……異界人の故郷の武器再現ってのも、面白いかもしれんな」
いつの間にやらギャラリー達は手に汗握りのめり込んでいる。至近距離で激しく立ち回るその戦いはどちらかが疲労の限界を超えるまで続くかのように思えたが……アルマが斧の先端でフォルミの刃を弾きあげ、宙を舞わせた。
「貰った!」
「むっ……」
そのまま槍部分でフォルミを突こうとするアルマ。苦し紛れかフォルミが蹴りを放ち、アルマの腕が不自然に止まり、フォルミが引き寄せられるように跳ぶ。体勢を崩したアルマに組みかかり体をねじりながら引き倒した。
「なん、だと……!?」
驚愕するアルマ、それに一瞬遅れて、フォルミの短剣が地面に落ちる。
「今……アルマの動き、変じゃなかった?」
「ええ、腕の動きが不自然に……」
「まさかこんな手で来るとは……!」
「アルマはんは、何やわかっとるみたいやけど……」
「あっしは見ましたぜ。フォルミ殿は踵……て言やあ良いのか、とにかく足の後ろにある尖ったところをアルマ殿の板金の隙間に差し込んだんだ! それを鎧が嚙みこんで、動きが鈍ったんですな」
ベテランのウーベルトは何が起こったか見抜いたようだ。しかし……フォルミが外骨格の異界人とは言え、そんなことをすれば最悪切断もありえたのではないだろうか。
「ここはお前たちの言う爪のような物だ。痛まず血も流れない。折れた程度で勝てるのなら安い」
「とはいえ、模擬戦でそこまで……どうやら、私が気迫負けしたようだ。見事なりフォルミ殿。貴公のような者が共にいれば、心強いことこの上ない!」
「私は武器を失った。実戦ならばこの後の戦いがどうなったかはわからん」
少年漫画めいて夕日を浴びつつ握手など交わす2人。とりあえず参加者同士の仲が良いのは良いことだ。夜警の順番を決めて夜を明かす。南方と言えど夜は肌寒く、サクラは交代で抱き枕にされていた……アルマが何やら惜しそうに見ていたのは気のせいだろうか。
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