二十章の8 おたのしみと反省会
アーティファクトを手にした敵の首領を撃破し、敵の全滅をリンランは宣言した。しかし……
「製造責任者らしい人物を見つけていませんが」
「そうだねえ……でもあの死体の中にはそれらしいのは居ない。となると、だ」
作業棟の方を見る。確かに異界人であるというのなら、あちらにまとめられていてもおかしくない。手持ちの薬でティーゲリヒの傷にできるだけの処置を施し、改めて作業所を訪れた。ランタンで中を照らすと、返り血を浴びたこちらの姿に慄きを見せたものの、いくばくかの期待がこもった声で、尋ねて来た。
「お、終わった、のか……?」
「ああ、お前たちを苦しめる連中はもういない! お前たちは自由だ!」
作業棟に喜びの声が広がる。目の前で仲間が犬に食い殺された夜ともなればなおさらだろうか。
「ところで、君たちの中に麻薬の作り方を指示しているやつが居るんじゃないか?」
「麻薬……だったのか? だが俺たちをまとめていたのは……」
異界人たちの視線が一点に集まる。そこに居るのは額にレンズ状の器官を持つ、茶色の髪をした異界人の男……額の器官以外に人間と変わる所は無さそうだが、どこかバツが悪そうにその男は目を伏せた……よく観察すると、他の異界人よりも健康そうに見える。
「なるほどなるほど。やっぱり他の異界人に混ざってたわけだ。その方が監視もしやすいもんね?」
「ち、違う! 私も無理矢理……この異常な世界に飛ばされて、役に立たないなら殺すと脅されて……この文明レベルでは麻薬を作るくらいしかできなかった! 仕方なかったんだ!」
「うんうん、可哀想だねえ。だけど、麻薬の作り方を教え、そのために奴隷を集める発端になったのは間違いなく君なわけだ」
ざわめきと共に、その異界人に向けられる視線が厳しくなる。自分達が奴隷になったのはそいつのせいだと、囁く声も。今にもリンチが始まりそうな空気だが……
「まってくれ、皆の気持ちはわかる。だが、本当に悪いのはこの男じゃない。異世界から人を呼び出して奴隷のように使う、この世界の社会そのものだと思わないか?」
アドルフとしてはこの異界の科学者……なのかはわからないが、理系の知識があることは確かだ。それを何としても確保したいらしく、周囲をなだめにかかる……しかし。
「(やるなら……今か?)」
共通の敵が排除された今、考えるべきはこれからどうするか。消すのであれば、油断しているこの時を置いて無い……奴隷たちの説得を続けるアドルフに、背後から近づこうとして……服の裾を引かれた。引っ張っているのはリンラン、指でこちらを外へと誘う。まずは動けないほうを確実にやる気だろうか……誘われるまま外に出ると、広がった血だまりの臭いが鼻に障る。
「イチロー、今回は無しだ」
「はい?」
リンランの発言は予想外の物だった。彼女は仕事の目撃者を残すことを嫌う。それ故、今回も仕事が終わればそうするだろうと考えていたのだが……
「それは……見逃すということですか? あれだけの数の目撃者を」
「言いたいことはわかるよ。でもまあ、アドルフは異界人解放戦線に彼らを連れて行くんだろう? だったら普通の社会と触れる機会はそうそうないだろうし、あたしたちの顔が割れる危険性も低い」
「本気ですか? すべてが異界人とも、全員が彼についていくとも限らないんですよ」
「君の意見はもっともだ。あたしもそう思う。けどまあ、あたしにも上って物が居てね? そっちの方針なんだよ」
「上、ですか……」
リンランも、何かしらの組織の一員であるのは確かだ。ならばその秩序には従わなければならないのかもしれない。しかし……
「まあ、君がやりたいっていうんなら、あたしとしてもやり方を考えるけど? 適当に誤魔化しておけばいい話だしね」
「……わざわざ仕事を増やすほど、熱心なつもりはありません」
「そうかい? じゃあ、お楽しみの時間と行こうか」
「お楽しみ?」
「ふふふ……戦利品漁りさ」
事務所を調べ……やはり気になるのは金庫。50cmほどの立方体で、鍵が必要なようだが……それは既にリンランが死体から拝借していた。差し込み、回し、開く。中にはランタンの光を受けて輝く金貨が、ざっと50枚ほど。さらに緑色に透き通った宝石、後は書類が何枚か。
「金貨と宝石は良いとして、この書類は?」
「手形と……取引台帳じゃないか。良いものを見つけたね、貰って行こう」
リンランは台帳を懐にしまう。金貨は数えた所49枚。手形は金貨50枚の物が2枚。宝石の価値はよくわからないが……
「現金だけだからね?」
「わかっています……」
宝石や手形はどうしても換金する際に手続きが必要になる。出処を探られれば、この仕事のことも明るみに出かねない。金貨100枚以上を置いていくのは惜しいが、諦めて金庫に残した。
次いで、未確認だった倉庫の中を調べるが、出荷前らしい麻薬、後は農機具と食料があるくらいで、めぼしい物は見当たらず仕舞いだった。麻薬を然るべきルートで流せば相応の金額になるのかもしれないが……そんなものがあれば苦労はしない。せめてもの取り分として、置いてあった肉類を使って、夜食のシチューを作ることにした。
「お、良い匂いじゃないか」
大鍋が煮えてきたところで、アドルフが姿を見せた。その様子を見るに、説得は上手く行ったらしい。
「血の臭いの方が強いと思うけどねえ。肉に飢えてるのかい?」
「まあ否定はしないが、死体の横で飯を食うのもままある仕事だったんでな」
「結局、彼らはどうするのですか?」
「ああ、俺たちの所へ連れて行く。中には、この世界の住人も居るが……一緒に苦労したからだろうな、俺たちに共感してくれた」
「(単に行く当てがないからかもな……)」
「ところで、あんた……イチロー、だったな。俺たちと一緒に来ないか?」
「解放戦線に入れと?」
「ああ、戦える奴はいくらでも欲しい。お前だって、地球から無理矢理連れてこられて、黙ってやられっぱなしで良いのか?」
「以前ティーゲリヒさんにもお伝えしましたが、その気はありません」
「そうそう、あたしの方が先に目を付けたんだからね。横取りはしないで貰えるかな?」
「あなたの物でもありませんが」
「ははは、そうか。まあこっちで居場所があるってんなら強制はしない。それじゃあ、鍋を貰って行って良いか? あっちの奴等にも食わせてやりたい、長距離行軍になるからな」
「おっと、手伝いもせずに成果だけかっさらう気かい? なんて奴だ。肉を取れるだけ取っておかないと」
夜食としてはずいぶん遅い食事をとってから、敷地の外に放置したままの荷物を回収。死体は面倒なのでそのままにし、眠りについた。
異世界生活241日目、冬の15日
製造所に補給の馬車が来る。1頭立ての幌馬車が2台。倉庫の前まで来たところで、静かすぎることに気付いたのか御者が下り、誰かの名前を呼びながら辺りを探る……しかし物陰から飛び出したリンランと、こちらが放った矢で2人とも倒れ、馬車は丸ごとこちらの物となった。
「それじゃ、あたしたちはここでお別れだ。解放戦線諸君の健闘を祈るよ」
「ああ……世話になったな。またいつかどこかで協力できることを祈るぜ」
容体は安定していたが負傷したティーゲリヒや、奴隷たちの中でも体が弱っていた者は馬車に乗せられ、アドルフと奴隷の1人が馬車を運転する。彼らはフロイゾンには寄らず、このまま北へ向かうらしい。宝石と手形、そのためぼしい物を手土産に、解放戦線の車列は麻薬製造所を後にしていった。こちらもテルミナスへの帰路につく。行きは大鳥だったが、帰りはそうもいかない。フロイゾンから海路を使うことになり、東へと向かった。
異世界生活242日目、冬の16日
今回は直線で進んだため、日が沈むころには街にたどり着くことができた。宿を取り、明日には船便の手配をして、テルミナスへの船旅となるのだが……
「納得してない風だね?」
「まあ、そうですね」
「やっぱり、全員口封じして安心しておきたかったかい?」
「そういうわけではありませんが……」
「そっかそっか、じゃあ君の思いをお姉さんに吐き出してごらん? きっと楽になるさ」
随分小さいお姉さんだ。年齢的には確かにそうなのかもしれないが。
「色々ありますが……一番の疑問は、解放戦線を見逃したことです」
「ふんふん?」
「私は……この仕事は政府、あるいはそれに近しいところから出ているものと思っていました。だから、解放戦線とは必然的に敵同士になるはずです」
「まあ、そうだよね」
「しかし、現場での一時的協力以上に、組織として対立を避けているというのなら……それは組織の立ち位置が違うということになります」
「なるほど、論理的だね」
「……私は一体何に所属して、何をやらされているのですか」
「くふっ……それはね……」
リンランが隣のベッドからこちらに移る。ランプの明かりに照らされる横顔はどこか妖しく、確かに年上らしさを帯びている……
「ごめーん、あたしも良く知らないんだっ」
3秒でテヘペロなどかましてくれたが。
「話せないということですか……」
「いいや? これは本当に知らない。あたしは所定の方法で来た仕事や通達に従うだけだからね。そこに疑問はあっても探ったりはしない」
「都合の良い駒ということですか」
「だから大事にして貰える」
「何故そんなよくわからない組織に協力を?」
「ん~……」
リンランはベッドから降り、ルームサービスで頼んだ赤い飲み物をグラスに注ぐ……ワインではなくジュースだが。
「まあ、嘘はつかない、お金はちゃんと出してくれる。余計な口は出してこない。それだけで依頼人としては上々じゃないかな?」
「仕事の内容が問題だらけだと思いますが」
「まあまあ。今回だって悪の麻薬製造所を潰して哀れな奴隷たちを解放したんだ、良いことしたって思っておきなよ。それに……」
「それに?」
「楽しかったろう?」
「は……?」
グラスを2つ手にしたリンランが再びベッドに戻って来た。先ほどよりも近くに座り、グラスを手渡しながら言葉を続ける。
「君、鳥肌が立ってたよ。あの鎖を見つけた時さ、気づいてなかったかい?」
確かに……あの鎖と自分の来ているコートの素材、それらの要素が組み合わさったと感じた時には寒気の様な感覚がした。だが……
「ほら、今も」
リンランの指がこちらの腕をなぞる。そこには確かに、軽くだが鳥肌が立っていた……ここは比較的良い宿で、暖房も効いているというのに。
「くふっ……思い出した? いいんだ、当然だよ。命がけの戦いで強力な敵を相手にして、突破口を見つけたんだ。興奮に震えるのも当り前さ」
「何が言いたいんですか」
「似た者同士、これからも上手くやっていけるだろうってことさ。仕事が楽しいのは長続きの秘訣だからね」
リンランはグラスをサイドテーブルに置く。そして、こちらの両ひざを脚で挟み込むように向かい合い……
「ま、関係の長続きのためには、仕事以外も楽しくいかないとね? 興奮冷めやらぬう・ち・に……」
上目づかいで体を寄せるリンラン。これ以上は言わせるなとばかりにこちらに体重を預けて来て……
「誘ってくる女の子に対してこれは無いんじゃないのか~い」
体重を逸らしてベッドに転がし……風呂敷包みよろしく毛布で包まれた中から首だけ出してリンランは抗議する。
「女の子という歳でもないでしょうに」
「こんなに小さくて可愛いんだから女の子だーい」
「自分で言いますか」
「つれないな~。君、あたしのことが嫌いかい?」
「個人として嫌いではありませんが、私を脅してこの仕事をさせていることを忘れていませんか?」
「んも~。蒸し返す男は嫌われるぞ~」
「はあ……」
部屋据え付けのストーブにくべられた木は間もなく燃え尽きようとしていた……火かき棒を取り、新たな薪を入れる空間を作っている間に、リンランは包まれたまま転がり、自分のベッドへ戻って枕に頭を横たえる。
「……毛布を返してほしいのですが」
「んっふっふ。欲しかったら剥いて見たまえ」
毛布代わりにコートを使うことにした。
「あっ、こら。ちょっと~、良い感じにはだけてるんだけど~? おーい」
横で何か言っていたが聞き流すことにし、目を閉じる。
「(楽しんでいる……のか?)」
明確にそれを否定することはできなかった。雷の突破方が通用した時も、金庫から金貨の山を見つけた時も、確かに……良い気分ではあったのだから。
だが、勝利を収めたり大金を手に入れたのなら、誰でも喜ぶのではないだろうか。例えその過程に殺人という行為があったとしても、それらは分けて考えるべきで、殺しを楽しんでいるというわけではないはずだ。眠るために息を深く吐き、体から力を抜く。良い宿は寝具も良いのだろうか。ほどなくして暖炉の明かりも、リンランのぼやきも、意識の外に消えて行った。
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