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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第二十章 兎と行く新年旅行 編
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二十章の4 現地人との交流会

 異世界生活237日目、冬の11日



 朝食を食べたら、宿に用は無い。早々に引き払い、フロイゾンは既に背後。そして目前にはひたすら波打つ草の海が広がっている。そして海と言うのは単に広いとだけでは無く、『深さ』も伴っていた……密度の高い種々の草はこちらの首元ほどの高さがあり、生き埋めになっているような感覚さえ抱く。



「よく、こんな所で生活できますね……」


「そりゃ、あたしたちは生まれた時からこうだからね~」



 一本一本は柔らかいためかき分けて進めるのだが、とにかく視界が悪く、ほんの2m程度先を行くリンランの姿も、視認するのは難しい。



「もし、獰猛な動物にでも襲われたら対処できませんね……」


「それは大丈夫。この辺りに狼とかそう言うのは居ないんだ。精々(いたち)くらい……鳥はいるけど、大人を襲うほど大きくは無いよ。ああ、蛇は居るけど」


「(解毒薬も貰っておくべきだったな……)」



 鉈で切り払うのも億劫になるような草を踏み折りながら南西へ進む。時折コンパスで方位を確認するリンランの歩みに迷いはないようだが……稀に木が突き出ているだけの草の海で、何の道標も無く歩き続けるのは不安を誘う。



「それで、昨日の『情報提供者』は何と?」


「色々だよ、製造所に来る補給馬車の道順と日程とかね。目印も一緒に書いてあるから、そこへ向かってる所。大丈夫大丈夫、ここはあたしの地元だよ? 迷ったりしないさ」


「しかし、こう何もないと……」


「下手に背が高いとそうだろうね~。でも、ちょっと(かが)んでみなよ」


「はい?」



 膝を地面につけ、目線の高さをリンランと合わせる。彼女が小さな指で指した所で、何本かの草が別の草で束ねられている。



「ヘルバニアンの間で使われる符号さ。結び方や数、添えた草の実の色で色んな意味を伝えることができる」


「それで、それには何と?」


「近くの水場の方角と距離。このままなら夜までにつけるから、そこで夜営だね」



 リンランの言う通り、夕方ごろになると草の海が途切れ、幅2mほどの川に出る。水の流れは穏やかで澄んでおり、魚や小さなエビが泳いでいるのも見える。



「火には気を付けなよ? 燃え広がったら手の付けようがないからね」


「そしたら、製造所も燃えて任務完了になるかもしれませんね」


「あはは、そりゃ悪くない! でもあたしらも焼けちゃうから最後の手段だね」



 周囲の草を刈って食事と睡眠のスペースを作り、ハンモックを立てる。それが済んだら乾燥した保存食を川の水で煮込んだ夕食。月の無い空の下、周りの草の壁が照らされて橙と黒の縞模様を作り、どこか自分達が檻で囲われているようにも思える。



「さて、今回のあたし達の目的は大きく三つだ。一つ目、製造所の無力化。まあこれは言わなくてもわかるよね。二つ目、製造所の幹部……君の同居人に薬の注文を出したのも彼らだろうね。これの抹殺」


「利用されたということですが……彼女は麻酔薬だと言っていました。それを何に?」


「あたしも薬学やってるわけじゃないし、そんな細かいところまで把握はしてないよ。ただ、元々の供給場所を潰してからの動きだからね。何かしらに利用するんじゃないかな?」



 リンランも自分の知らないところで動いているようだ。特段宣伝もしていないアルフィリアにお鉢が回ってくるほどには相手も困窮しているらしい……しかし、彼女を裏稼業御用達にするわけにも行かない。リンランの言い分ではないが、本格的に利用される前に対応しておくべきだろう。



「ちなみに幹部の人数は三人だ。最高責任者、製造監督、警備隊長。全員仕留めるよ」


「それで、三つめは?」


「……三つ目。製造所の人員を皆殺しにする」



 リンランは笑う。剣呑な笑みと言うべきなのだろうが、まるでボードゲームで勝ちを決めた時のような……無邪気な悪意とでも言う様な物しか見えない。表情で隠しているのか、それとも素でそうなのかはわからないが。



「二つ目と三つ目を分ける必要はあったんですか?」


「おっと鋭い。優先度の問題って奴だよ、幹部の方が優先。雑魚に構って取り逃さないようにね?」


「簡単に言いますが……具体的な計画はあるのですか?」


「それは現地を見てからだね。今回は逃げない相手だ、焦らずじっくり行こう」



 鍋は空になり、話題も尽き。明日に備えて休むことにした。リンランが言うには特に襲ってくるような動物は居ないらしいが、一応交代で見張りをする。昇り始めた二つの月に照らされ、吹き抜ける風に揺れる草の海。その片隅で近々殺戮劇が繰り広げられることになるとはだれも予想はしないだろう。もっとも……『殺戮劇』で終わるのであれば、それは幸運だったと言わざるを得ないのだが。



 異世界生活238日目、冬の12日



 空が紫色に見えるころ、風の音で目が覚めた。南方に来たはずだが、それでも夜明けともなれば冷気が体にまとわりつく。朝食を取った後、川をさかのぼる形で草原を北西に向かう……何の道標も無かった昨日に比べれば気分が楽だが、昼前になった頃。



「おっと……」


「どうしました?」


「前に人だ、あと5分くらいで遭遇かな。数は……12~3くらい」



 立ち止まったリンランが短い毛におおわれた耳を細かく動かしながらつぶやく。この世界の5分と言うことは大よそ500m程先。その距離の足音なり声なりを聞き取るのは驚きだが、以前も遠くの悲鳴を聞きつけたその聴覚は信用すべきだ。



「目的の組織でしょうか?」


「うーん……いや、多分地元のヘルバニアンだ。このまま行こう、情報の裏付けもしておきたいしね」


「わかりました」



 そのまま川沿いに進み、少ししてたなびく細い煙が見え、やがて昨日のキャンプ地のように草が刈られた空間に出る。そこでは複数のヘルバニアンが居て、簡素なテントや山羊の姿も見える。だがその全員が手を止めており、こちらに視線を集中させていた。



「客人?」


「客人か?」


「ノッポ族だ」



 口に昇るのは警戒の混じった声、中には武器を手にした者もいる。



「やあ同胞。お邪魔してもいいかな?」


「おお同胞。構わぬとも」



 だが、同族であるリンランが姿を見せたことでその警戒も少しは解れたようだ。集団のリーダーらしい者が返事をするのに合わせて、他の者もテント張りや山羊の世話を始めた。殆どの物はその場の草と毛皮、少々の骨材と木で作られており、彼らが移動を前提として生活していることがうかがえる。



「ノッポ族を連れて2人とは珍しい、何をしているのだ?」


「里帰りさ、こっちは友人。将来有望な奴だよ」



 焚き火を挟んでリーダーと話すリンランだが……2人に年齢に差は見られない。と言うよりはその場にいる全員、明らかに子供とわかる小さい者を除き、同じくらいの年頃に見える……ヘルバニアンはそう言う種族なのかもしれない。



「ところで、最近草原に変わったことは無いかい? 戻ってくるのは数年ぶりでね」


「草原は常に変わるもの、風も大地も移ろう。我々はただその流れに乗って生かされるだけ……」


「ああ……そうだったね。都会暮らしが長くてあたしも忘れてたよ」



 良く知らない、と言うことだろうか。もう少し具体的に話を持っていけば別かもしれないが、一応こちらも裏の仕事。堂々と麻薬製造所について聞きこむわけには行かない。情報が無い以上早々に立ち去るべきかと思ったが……



「ノッポ族だ!」


「でっかいなー!」



 2~3人混じっている子供にまとわりつかれる。身長が倍以上ある相手に物怖じも何もしないのは子供ゆえだろうか。



「交流が進んだとはいえ、草原じゃまだまだノッポ族は珍しいからね~。せっかくだ、ちょっと構ってあげなよ」


「構ってと言われましても……」


「肩車! 肩車して!」


「ほらほら、ご要望だよ」


「……わかりました。それじゃあ、1人ずつ順番です」



 依頼人の言葉とあっては仕方ない。子供を一列に並ばせ、1人ずつ肩に乗せてキャンプ地の縁を歩いてまわる。興奮して動き回る子供をしっかり乗せておくのは案外骨が折れる作業だった……



「たかーい!」


「次俺、次俺ー!」


「他のノッポ族もやってくれないかなー」


「私以外にも、その……ノッポ族は来るんですか?」


「こないよー? でも山の方にね。ノッポ族が家を建てたの」


「おっきな家だよ! 何十人も住めそう!」



 適当に話を合わせておこうとしたら、思わぬところから情報が飛び出してきた。山の方と言うのがどちらかはわからないが、何十人と言うのはこの草原においては異様な規模、しかもノッポ族……つまり自分達のような普通の人間が居るという。これは、当たりだと見て良いのではないだろうか。リンランも、それを聞き逃しはしなかった。



「なるほど、おっきな家か。うん、面白いね。君は近くで見たのかい?」


「んーん。危ないから近寄っちゃ駄目って」


「俺は見たよ! ノッポ族がたくさん! それから犬も!」


「俺も! 中から苦しそうな声がするんだ、お化けかも!」


「お前たち、また勝手に出かけたのか!」


「まあまあ、子供の好奇心は抑えられない物さ」



 リンランはポケットから飴か何かを出して子供に与え、荷物を手にする。情報収集は充分済んだのだろう。



「じゃああたし達は行くよ。幸あれ、同胞」


「幸あれ、同胞」



 独特な別れの挨拶を交わし、キャンプを去る。彼らの行動圏内に、目的の製造所があることは確実になったわけだが……



「山と言っていましたが……見える範囲に山は有りませんね」


「ああ、あれはあたしら独特の言い方で、北って意味さ。ちなみに海の方って言うと南の意味になる」


「それでは……」


「事前情報とも一致してる。後は行って、片づけるだけだね」



 そのまま陽は傾き、昨日と同様に夜営をする。生の草は燃やすときに多くの煙を出すが、それもまたこの大草原において、自分達の他にも誰かいると知るための手段なのだそうだ。



「まあ、昔に比べると随分少なくなったけどね」



 リンランが周りを見回しながら呟く。草の海の中、立ち上る煙は2~3本程度。そのうち一つは、昼に訪れたキャンプの物だろうか。



「都会への人口流出、ですか」


「そういうこと。昼に見たような古式ゆかしい生活は、多分これから廃れていくんだろうね。戦争までして守った土地なのに、結局侵略者の街に行っちゃうんだから、皮肉なもんだよ」


「そう言うリンランさんも、都会に出た口では?」


「ふふふ、まあね。伝統だとか誇りだとか、そんなものは守りたい奴が勝手に守ってればいいのさ。あたしらはありたいようにあるだけでいい。そう思わないかい?」


「ありたいようにあれるのは強者の特権だと思ってはいます」


「それじゃ、今回もその特権を行使すれば良いさ」

 


 小さく笑うリンランが煮上がったスープをよそう。リンランの言からすれば……今の彼女の職業は彼女が望んでやっていることなのだろうか。望んで殺し屋をやるというのは、あまり共感できない感性だが……



「ん? どうしたのさ、見つめちゃったりして。さすがに今は駄目だよ~、事が済んでからね?」


「大いなる誤解です」


「はいはい、じゃあどうしたんだい?」



 フォークで肉を口に運ぶリンラン。彼女の経歴について言及するのは、まだ早いように思える……何か別の話題で茶を濁すことにした。



「昼間会った一団、殆どがリンランさんと歳が変わらなかったなと思いまして」


「え? ああ、見た目の事かい? あたしらは歳をとっても外見は殆ど変わらないからね」


「老いないということですか?」


「まさか。普通に歳は取るよ、単に体の衰えが遅いってだけさ。寿命だって君らとそう変わらない……ちょっと短いかな?」


「なるほど……しかし、寿命はさほど変わらず、体の衰えが遅いということは……」


「お察しの通り、あたしらはある日を境に、一気に老いて死ぬ……こう言うとよく可哀想ぶられるんだけどね、あたしらにとってはそれが普通だし、君らを羨ましいとも特に思わないよ」


「まあ、若い時間が長いのなら、むしろその方が得ですからね」


「そういうこと。ああ、心配しなくてもあたしはまだまだ寿命は来ないから安心しなよ? 君を放って逝ったりしないさ」



 老衰してくれれば、この裏稼業からも足を洗えそうな物だが……それはまだまだ先らしい。



「……そういえば、あなた幾つなんですか?」


「ん? 君の倍よりは少ないよ」


「……はい?」


「おやおやあ~? ひょっとして殺しを生業に生きる薄幸の少女だとでも? 生憎だけれど、そんなか弱いものじゃないんだよね」


「薄幸ともか弱いとも思っては居ませんでしたが……下手をすると私の母親より上なのですが……」


「少女とは思ってた? 年上だってそう悪い物じゃないよ~」



 今日はリンランの秘密を……秘密と言うほど秘密にしていないのかもしれないが、知ることになった。こちらへの態度の理由が分かった気がする。要するに、年下をからかって遊んでいるだけなのだろう。あまり趣味が良いとも思えないが。絡まれながら夕食を終え、夜警に入る。



「じゃ、おやすみ~」



 リンランは毛布にくるまって横になった。独特の生き方をし、それを失いつつある草原の民族、ヘルバニアン。彼らの行く末がどうなるのかはわからないが、少なくとも今は、彼らにとっての異物を除去することになるだろう。もっともその結果、彼らが幸せになるとは限らないのだが。空に昇る数本の細い煙。風に吹かれて流されていくそれは、どこか彼らヘルバニアン自身のようにも思えた。


今週も最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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