二十章の3 花の街フロイゾン
異世界生活236日目、冬の10日
昼過ぎ、テルミナスほどでは無い物の、それなりの規模の港湾を持った都市が地平線と水平線の狭間に姿を見せた。
<<あそこで降りるよ>>
リンランは高度を落としていく。郊外に着陸した鳥から荷物を降ろし、空へと放した。
「不思議な物でね。普段は離れないような距離を旅しても、自分の家の方向がわかって、そこへ帰るらしい」
「帰巣本能ですか……途中で死ななければいいのですが」
「そしたら運が悪かったと思いなよ。ああ、運は良い方なんだっけ」
「……まあ、もう出来ることは有りませんが」
「ああ、気にしても仕方ないことは気にしないほうが良い。それじゃ、街に入ろうか!」
街道を歩き街へ。雇われている立場なので、入市税その他はリンラン持ちとなる。外壁の門をくぐると、テルミナスとは明らかに違った光景が広がっていた。街を行きかう人々の半数近くは、身長がこちらの腹程度までしかない……そして特徴的な耳。
「ヘルバニアンが多いですね……」
「ああ、ここから南はもうあたしたちの領域だからね。ここ、フロイゾンが丁度境界の街ってわけだ」
ヘルバニアンたちは普通の人間と同じように街を歩き、買い物をしているように見える。彼らに合わせたものかドアノブは低めに作られており、異種族の共生する街と言った風だ。軒先や窓、路肩などあちこちに花壇や鉢植えが見られ、多種多様な植物が植えられていて、南にあるせいかテルミナスよりも暖かく過ごしやすい気候をしている……夏は来たくないが。
「それで、ここからどうするのですか?」
「とりあえず宿を取ろうか。テルミナスと違って、ここじゃ武装してると目立つからね」
こちらの弩を軽くたたくリンラン……確かに、ここで武装しているのは時折見かける衛兵くらい。飛び道具を持っている物となるとほぼ皆無となる。適当な宿を見つけ、ひとまず荷物を置くことにした。5階建ての宿を前払いで借り、南向きの窓を開く。相部屋なのが気になる所だが……
「とりあえず今日はここに一泊して、夜明けと同時に南へ向かう。今日はゆっくりできるよ」
「目的地の場所はわかっているのですか?」
「ああ……ま、とりあえずだ。一つ街歩きにでも行こうじゃないか!」
「はあ……?」
仕事、それもおいそれと口に出せない用事で来ているのに街歩きとは暢気なものだが、何かしらの意図あってのことかもしれない。ひとまず彼女に付き合い、街に出ることにした。
「昼は済ませちゃったからね~、どこかでおやつでも食べようか?」
「あまり出費はしたくないのですが」
「ケチだな~。そんなに貯めこんでどうするのさ」
宿のロビーを出て、大通りを歩く。テルミナスと違い土地に余裕があるためか、高層の建物は少なく、冬の澄んだ空気も相まって、どこか空が高く感じられる。花や植木が名物らしく、鉢植えや切り花がそこかしこで並び、それらを原料にした物だろうか、高級そうな店で香水が売られている……
「さて、君はこの街を見てどう思う?」
「どうとは?」
「平和に見えるかい?」
「少なくとも路地裏に死体が転がっているということは無さそうですね」
「あはは、言えてる。でもそうなったのはごく最近の話なんだ」
「どういう意味ですか?」
「あれさ」
大通りが広場に繋がる。外周はロータリーになっており、その内側は花壇が並び、冬に咲く種類の花が植えられて、穏やかな空気の公園となっていた。リンランが指さしたのはその中央にある、四角柱の上に鎧姿の人物が立つ像。何かしらのモニュメントらしいが……近寄って、その碑文を読んでみる。どうやら、この像のモデルとなった人物が参加した戦争を記念した物らしい。
「『勇ましく戦場に向かう将軍』……」
「まあ、この後勝てずに死んだんだけどね」
「勝利を記念した物ではないのはそう言う……」
「そうそう、そして敗北の記念碑に……あった」
モニュメントを取り巻く花壇、その一角に屈みこみ、リンランは土の中から何かを引き抜く。人差し指ほどの筒に紐が括り付けてあるようだ……
「それは?」
「いわゆる……情報提供者って奴だよ」
こちらが本来の目的だったようだ。ウィンクして、リンランはそれをポケットにしまう。恐らく筒の中には紙か何かが入っているのだろう。
「ま、そう言う訳で、だ。明日までは予定もないし、このままフロイゾン観光と洒落こもうと思うんだけど、どうかな?」
「まだ何か、やるべきことが?」
「や、暇だろう?」
「……遊んでる場合なんですか?」
「固いこと言わない言わない。君はあたしの護衛だろう?」
「それは表向きでしょうに……」
そうは言ったものの、当のリンランが行くのであればこちらも離れるわけにはいかない。見知らぬ街で、裏家業の最中に単独行動をとるのは危険が過ぎる……どこへ行くかも知らないまま、リンランの小さな背中を追う。
「この街、物見の塔とかが残ってるんだ、登ってみようよ」
「ちゃんと許可を得ての話ですよね?」
「大丈夫大丈夫、観光地になってるからお金払えば何も言われないさ」
街の南側にある街壁と一体化した塔……観光地と言うにはシンプルな角柱状のそこは、大よそ5~6階建てほどの高さで、地上部分で銀貨1枚と引き換えに昇ることができた。特に何が置いてあるでもない急な階段を登り屋上に出ると……東には海が見え、南西には……
「ようこそいらっしゃいました、あちらに見えますが、我らが故郷南部大草原でございます!」
芝居がかったリンランがオーバーアクションでうやうやしく一礼などして見せる……その向こうに見えるのは表現するならば草で出来た海。人工物は何も無い、ただただ一面に広がる草原が、地平線からの風で波打っていた。
「春だったら、色んな花が咲いてるんだけど……まあ季節外れは仕方ないね。今度自分で来てみると良いよ」
「故郷と言っても……何もないですね」
「あたしたちは固定の住居って奴を持たないからね。移動し、草で仮の寝床を作って、野菜や果物、魚なんかを取って食べる。しばらく過ごしたらまた別の所へ行く。あたしらはそうやって生きてきたのさ」
「しかし、そう言った暮らしをしていない人も多いようですが」
「その辺は時代の流れかな~、街の暮らしは何だかんだ便利で楽しいしね。だけど今回はあたしらの伝統的暮らしって奴を体験してもらうよ」
「それは……つまり」
「ああ、今回の目的地はあの大草原の中ってこと」
雄大な草の波の中に麻薬の製造所、余り合わない取り合わせのように思えるが、工場と原材料の産地は近い方が良いのだろう。明日以降向かう場所が示されたところで、見張り塔を降りて宿に戻った。
日が傾き始めた街は仕事を終えた労働者たち、あるいはこれからが仕事の者で賑やかさを増す。そんな夜の職業にもヘルバニアンは居るらしく、派手な、あるいは薄手の服の上に服を羽織って歩く姿も時折みられる。
「一定の需要、って奴があるんだよね~。まあ、生憎? 君にとってはお気に召さないみたいだけどね?」
「それにどう反応しろと」
窓の外を眺めながら宿一階の食堂で夕食を取りつつ、前回組んだ時の件を持ちだして茶化すリンランの言を聞き流す。産地ならではの強みか香草がたっぷり入った海老スープは、やや酸味がある独特の味だが、魚介の出汁が濃く出ていて後を引く。それとスープパスタの一種。うどんに近い食感で、食べやすい。出来れば箸が欲しい所だったが。
「しかし、場所が特定出来たのならばそれこそ官憲に通報して終わりでは?」
「ん~、その辺詳しく説明すると長くなるんだよね。めんどくさいし。聞く?」
「では要点だけ」
「ざっくり言うと、取り締まる気が無いみたいなんだよね」
「税金を納めているわけでもないでしょうに」
「納めてるんじゃない? 非公式に」
「腐敗まっしぐらですか」
「ま、どの辺までかは知らないけど。そもそもフロイゾンから南は事実上国の権力が及んでいないんだ。前の戦争の影響だったりでね」
「前の戦争……あの記念碑の?」
「ああ、ほんの40年前かそこらの話さ。あたしらと人間……あたしらはノッポ族って呼ぶんだけどね」
リンランは食後のお茶に手を付ける。ハーブティーなのか、独特の甘い匂いがした……あまり好きではない香りだが。
「そもそもこの街は前線基地として建てられた物なんだ。この先の広大な土地を手に入れようとしてね。でもそこに目障りな小さいのがウロチョロしてるじゃないか。王の兵士たちよ出陣だ、小さな蛮族どもを踏みつぶせ、ってね」
「そして負けた」
「ああ、ノッポ族もあたしらをいっぱしの種族として認めざるを得なくなった。それで、このフロイゾンから先にはよっぽどのことが無いと兵士も官憲も送れなくなったのさ」
「その結果、国の目から逃れたい人達も集まるようになったと」
「ああ、元々あたしらは草原は誰の物でもないって考えだし、勝手に決まった法律に従う必要も無いからね。おまけにベスティアと違って海もない、やりやすいんだろうさ」
「しかし、黙って見過ごされるわけでもない……」
「そういうことさ」
リンランはカップを空け、不敵に笑う。これにて背景説明は終わりらしく、食事代を支払って部屋へと戻り……冷える夜の空気を避けて窓を閉めた。
「この辺りでも夜はちょっと冷えるねえ。お互いに温めあうってのはどうだい?」
「走り込みでもしてきてはいかがでしょう」
「あたしが凍えて動けなかったら困るのは君なんだぞ~」
夜だけに寝言をのたまうリンランをスルーし、ベッドに横になる。リンランらの故郷、南部大草原。果たして、足を踏み入れた自分達を歓迎してくれるのだろうか。あまり期待をしないほうがよさそうだと思いながら、毛布をかぶって目を閉じた。
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