十九.五章の2 パーティー!
異世界生活226日目、秋の90日
普段は使っていない食堂のシャンデリアを降ろし、磨く。そんな折、ふとした疑問をアルフィリアに投げかけてみた。
「そもそもですが……この世界の新年はどういう物なのですか?」
新年だから特別なのか、特別だから新年なのか。地球のイベントの数々についてその結論を出すことは難しいが、それなりに理由付けはされているはずだ。この世界でもそれは同じだと思われるが……
「ん~、ほら、最近夜は2つの月が一緒に昇るでしょう?」
「ええ」
この世界の2つの月、青い月と赤い月。秋に入る前辺りはそれぞれ片方ずつ見えていたが、最近は2つ同時に空に見えている。そのため夜は紫色に照らされ、異世界らしさが強調されていた。
「で、冬の1日の0時ぴったりに、天頂で2つの月が重なるの。まあ……この辺りだと多分ちょっとずれるんだろうけど」
「なるほど」
天体は暦の基本、特別な配置を1年の始まりとすることに不思議はない。磨き終わった食堂のシャンデリアに燃料を注ぎ、試しに点灯……特に問題はないようだ。時刻は夕刻も過ぎた頃。そろそろ来てもおかしくない頃だが……
「こーんばーんは!」
そうしていると、門から威勢のいいヘルミーネの声。作業の手を止め、2人で迎えに出る。玄関を開けると、ヘルミーネと共にイルヴァの姿もあった。ヘルミーネは普段ツインテールの髪を降ろし白いカチューシャを付け、高級な絨毯のような縞模様の黄色いポンチョで体を覆っていて、その下にブラウスと長めのスカート、タイツを吐いた脚が見える。結構めかしこんでいる印象だ。一方のイルヴァは普段通りで、2人の服に対するスタンスが垣間見えた。双方、何か手荷物を持ってきているようだが……
「2人ともいらっしゃい! 応接室を暖めてあるから、入って入って!」
「お邪魔するで~。あ、応接室の前に、台所使うてもええ?」
「台所? いいけど……夕食は用意してあるわよ?」
「その手荷物は……もしかして何か料理を?」
「い、一応は……手ぶらは流石にどうかなーって。私も、台所使わせて貰います……ワンちゃんにもあるので……」
2人を招き入れ、そのまま台所へ。一応地下の隠し部屋は棚を動かして隠してはあるが、目を配っておくことは必要だろう。用意していたシチューを火にかけ、串に刺した鳥肉を焼き始める。アルフィリアが根菜のサラダを皿に盛る中、2人を横目で見るが……荷物を解いて出てきたのは、ヘルミーネが鍋と油の瓶、イルヴァがパンやケーキを焼く型のような物。
「ちょっと仕上げさせてな。イルヴァはんのはなんや?」
「ふっふっふ……ちょっと気合い入れちゃいましたよ……開けてのお楽しみですけど。あ、お皿借りますね……」
2人がそれぞれ火にかけて温めだし、ヘルミーネの鍋からは揚げ物の音がし始めた。ほどなくして料理の良い匂いが台所に広がる。シチュー鍋からも湯気が上がり……夕食会の準備は整ったようだ。食堂に移動して、大テーブルでヘルミーネとイルヴァの手土産がお披露目となる。
「うちが持ってきたんは……まあ、大層なもんちゃうけど。うちらの伝統料理の一つや。『モンシアン風コロッケ』ってとこかな?」
ヘルミーネが揚げていたのは、卵型のコロッケ。香ばしい匂いをさせている……
「私は、おばあちゃん直伝のミートローフです……よっ、と……」
ヘラを使って型から大皿に出されたのは、巨大なハンバーグと言った様子の物。あふれ出す肉汁は皿から溢れんばかりだ。
「おお~……なんか、一気に食卓が豪華になったわね!」
「モンシアンって芋文化なんですよね……冬とか芋ばっかり食べてるって聞きます……」
「まあ、保存効くさかい。その分食べ方は色々あんねんで?」
「では……料理も出そろった所で。ホストであるアルフィリアさんから挨拶を」
「え? あ、そうか。私が主人ってことになるのね……じゃあ、こほん」
酒のグラスを手に、アルフィリアが立ち上がる。
「えー……こういう時なんて言うんだっけ?」
「ちょいちょい……そらないやろ」
「もう、乾杯だけでいいんじゃないでしょうか……」
「そ、そうね。それじゃ、かんぱーい!」
グラスを掲げて、濃い赤色の酒をあおる。パンを切り、それぞれの料理をとりわけ。口に運ぶ……
「んん……! 美味しい……」
ヘルミーネのコロッケは地球のそれとは少し違って、ほぼペースト状になるまで潰し練られており、それを丸めて揚げたもの。薄い衣の下に粘りと弾力のある芋の生地、さらにチーズが包まれている。唐辛子が使われているのか辛みがあり、体が温まる。
ミートローフは見た目通り大きなハンバーグと言った味だが、大きいだけあって肉汁が多く、食べ応えがある。人参などが中に入っていて、食感のアクセントにもなっているようだ。
「食後のお菓子もあるからね、この間のケーキ!」
「あ、いいですね……お茶も欲しいです……」
「おもてなしなんやから、こっちから要求すんなや……」
「一応一通りは用意してありますので、遠慮なく」
食事は進み、なごんだ雰囲気の中、宴会は進む。サクラもイルヴァが持ち込んだ骨付き肉を前足で抑えながら齧り、尻尾を振って機嫌よさそうだ。そんな中、料理が半分ほどはけたところで……アルフィリアが、真剣な声で語り始めた。
「イルヴァ、ヘルミーネ。ちょっと、聞いてほしいことがあるの」
「え?」
「何や唐突に」
「(始まるか……)」
「その……2人も疑問に思ってると思う。私が自分の家でもこれ被ってるの」
「あ~……まあ、そら、な?」
「何か事情があるんだろうな~、とは……」
「……こういう、ことなの」
アルフィリアはフードを取る。隠されていた青髪が露わとなり、背中へと流れた。一瞬空気が固まる……
「青い髪……『幽鬼』て奴か。人の心臓を食って生き血で喉を潤すっていう……」
「え、えと……それは迷信に過ぎなくて……普通に私たちと同じもの食べます……精気を吸い取るっていうのも、そもそも精気が何なのかって定義されている話は無くて……」
「(イルヴァの方が寛容、か……?)」
「うーん……まあ、あれやな」
一度言葉を切ったヘルミーネが食器を置き、アルフィリアの方を見据える。
「うちらには『指輪を見ず指を見よ』っていう言葉があるんや。綺麗な飾りやのうて、その人がやってきたことで人となりを判断せえ、ってことやな」
「……でも言うほど私達深い付き合いってわけでも……」
「あ、ん、た、なあ! いっぺんその口縫い合わせたろか!?」
「わ、私が先に擁護したのにぃ!?」
「あ、あはは……えっと……その」
「んっと、な……正直、驚いたけどな。せやから言うてアルフィリアはんの事をどう思うかは、なんも変わっとらんつもりやで」
「そう、ですね。私達お友達……ですもんね?」
「うん……うん……! ありがとう、2人とも!」
緑色の目に涙を浮かべるアルフィリア。どうやら彼女にとって良い方向へ事は運んだらしい……ひとまずは、安心と言った所だろうか。そのまま宴会を再開し、和やかな空気のまま夜は更けていった……
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