十九.五章の1 お誘い
時計の針3つが12を指す。一日の終わり、一年の終わり、そして始まり。あちこちのテレビで特別番組が流れ、寺や神社は賑わっていることだろう。誰もが特別と位置付けているであろうこの日。もっとも、その特別の価値は金額にすれば3000円かそこらのものらしいが。裏口から出て10kg以上あるゴミ袋を廃棄場所に積み上げ、次の仕事に移る。遠くから聞こえる除夜の鐘。煩悩を払うというそれは、やけに耳に響く。目に当たる太陽の光。鳴り続ける鐘……
「(……今日の朝当番は、アルフィリアだったか)」
廊下でサクラの足音がするのを聞きながら、服を着る。冷えた空気は目覚ましにはちょうど良かった……
異世界生活223日目、秋の87日
この世界の新年まであと4日。依頼の数も減って、探検者組合も年末進行と言った様子。そんな折、買い出しから帰った時のことだった。
「ねえ、イチローの国ってさ、年末はどんな風に過ごしてたの?」
「何ですか、いきなり」
買いこんだ荷物を仕分けていると、出迎えたアルフィリアがふと思い出したようにそんなことを言う。
「別に、特に深い意味はないけど……ほら。そっちのしきたりとかあるかもしれないなって思って」
「ああ、そういう……」
海獣の肉を一切れ、サクラにオヤツとして投げる……高めに放ったそれを垂直に飛び上がって咥えるサクラ。もっと欲しいとばかりに足元に来るが、オヤツは多すぎるのも良くない。
「無いわけでもありませんが、そう言うことを楽しむのは一定以上の階層で……私はしませんでした。お気遣いなく」
「ふーん……じゃあ、特に何かする予定も無いのね。だったらさ……」
「だったら?」
「皆で過ごしましょうよ、年越し!」
何を言いだしたかと思えば……つまり自宅にイルヴァやヘルミーネを呼んで宴会がしたいということらしい。
「反対です」
「え~……」
「え~、じゃありません。それがいったいどれだけのリスクを産むかわかっているんですか? 錬金術のこともあるし、それがバレないにしても、自宅でフード被っているなんてどう考えても不自然でしょう」
「だって……いつまでもこのままってわけには行かないでしょ」
「……明かす気でいるんですか? 『幽鬼』と」
「大丈夫よ、ほら……イルヴァもヘルミーネも友達なんだし!」
「その友達二人をまとめて失う可能性は考えましたか?」
「それは……でも、隠し事をし続けるなんて」
「錬金術のことは教えないのでしょう?」
「うぅ……」
本当の自分だのありのままでだの、よく耳にするフレーズだが……大体において人と言うのは自分を偽って生きているものだ。綺麗な部分だけ見せて汚い部分は隠す、それができなければ早々に愛想を尽かされるのがオチだ。
「フードのままでも、交流できているでしょう。危険を冒してまで……」
「……普通にしたいっていうのは、悪い事?」
アルフィリアの問いは重い響きを含んでいる。だが……悪いとは言わないまでも贅沢なことを言っているのは確かだ。彼女は、普通ではないのだから。
「落ち着いて、冷静に考えてください。今あなたはかなり上手くやっています。この上さらに上を目指そうとしてもリスクとリターンが釣り合わないはずです」
「聞いてイチロー。私もう『水晶の湯』で青髪は見られてるの。あんまり噂は広がってないみたいだけど……多分時間の問題だと思う」
「それは……」
「その時隠したままよりは、せめて親しい人には伝えておいた方が良い、そう思わない?」
「しかしですね……」
確かに彼女の言うこともまた一理ある。錬金術はともかく『幽鬼』に関しては、比較的受け入れられる可能性があるのも実証済みではあるが……
「そちらがそのつもりであれば止められませんが……悪い結果が出た時、耐えられますか?」
「……もし、そうなっても……それは、いつかそうなることだもの……」
「……わかりました、賛成はしかねますが」
「うん。よーし、それじゃあまずは招待しないとね!」
決めるが早いか、アルフィリアは出かける準備に入った。フードを被り、赤い手袋をはめ、サクラを連れて街へ繰り出す。探検者も年末は大人しくするのか、街中は人通りも少なくなっており……その寂し気な静けさは職人街も同じだった。
金槌や鋸の音はなりを潜め、工房はシャッターを閉めている中……そんなものは関係ないとばかりに作業の音をさせている家が一軒。その玄関をアルフィリアがノックする。
「はいはーい!」
威勢のいい声と共に開け放たれた扉からは、工房独特の熱された空気が流れ出し、炭だか金属粉だかで黒く汚れた桃髪の少女が姿を見せる。
「あら、ご機嫌さん。どないしたん、二人揃て」
「こんにちは、ヘルミーネ。まだ仕事してるんだ?」
「まあな。うちは特に実家帰ったりもせえへんから、注文請け続けとったらえらい溜まってしもて」
「じゃあ、忙しい?」
「まあ、何とか年内には終わりそうやけど。何か頼み事?」
「頼みではないのですが……彼女が年越しの宴会をしたいと言い出しまして」
「で、誘いに来たんだけど……イルヴァもこの後誘おうかなって」
「宴会かぁ……うん、ええな! ほな急いで仕事片づけてまうわ! あ、なんか持ってった方がええやんな? 食べもんとか」
「そんな、こっちで用意するわよ」
「ええってええって! 何もせんとお呼ばれするだけってわけには行かんし。90日の、夕方でええかな?」
「うん、それじゃあ待ってるわね!」
ヘルミーネとの約束を取り付け、次はイルヴァの家へと向かう。ノックをするが……返事はない。
「……里帰りしちゃったのかしら?」
「本人は、家でゴロゴロすると言っていましたが……」
「うーん……サクラ、臭いする?」
一声鳴いたサクラが周囲を嗅ぎ……前足で玄関の戸をひっかく。やはり、中にいるのだろうか。
「おーい! イール―ヴァ―!」
「……ふあぁい……」
大声で呼ぶアルフィリアに、ようやく中からか細い声がした。少し置いて出てきたのは……いかにも今起きましたと言わんばかりの跳ねた髪、寝巻の上から一枚羽織っただけのイルヴァが姿を現した。
「なんですかぁ……こんな年の瀬に……」
「年の瀬って言ったって……もう昼過ぎよ?」
「イルヴァの魔法事務所はお休みです……また来年……」
「あ~、待って待って! 仕事じゃなくてね……」
「ふぁい?」
イルヴァも年越しパーティーに誘い、参加の返事を得る。続いてアルフィリアが向かったのは、サンドラのアパート……だが。
「馬鹿をお言い。私が若い連中に混じって騒ぐように見えるかい?」
「あう……でもサンドラは色々親切にしてくれたし、この前のことで迷惑もかけただろうし……」
「いいかい、若い間に気の合う仲間と騒ぐってのは貴重なもんだ。そこにわざわざ邪魔をする気はないさ」
「けど……」
「……考えても見てください、サンドラさんはこちらの3倍近い歳なんですよ? 4歳や5歳の子供に友達を呼ぶから一緒に遊ぼうと言われたら、困るでしょう」
「あ~……それは……そうかも……」
「そう言うわけだ。こんな婆さんは放っておきな。年寄りには年寄りの過ごし方ってもんがあるんだよ」
「そう……じゃあ、またそのうちにね」
サンドラは不参加。また年末年始も休めないだろうドメニコにも声をかけるのはやめておいた。あそこには新生児も居る、到底パーティーになど出られまい。ウーベルトは家族と過ごすらしく、リンランは所在不明。結局参加者はイルヴァとヘルミーネの2人、合わせて4人と1匹になった。
「さてと……おもてなしの準備をしないとね」
「準備と言えば……料理ですか?」
「ま、それが一番よね。何が良いかしら……イチローは何か案ある?」
「何も」
「……ちょっとは何か考えなさいよ」
「宴会に映えるような料理を食べたことが無い物で」
「むうぅ……」
一番参考になるのがジェラルディ家の夕食だが、あれを作れと言われても無理だ。結局料理は適当に大鍋で誤魔化すとして……別の面から特別っぽさを出すことにした。具体的には、以前同じメンバーで行ったカフェでケーキを丸ごと一個買う。
「丸ごととはいえ、銀貨2ケタ取られるとは……」
「お祝い事なんだからお金なんて気にしないの。後はお酒とかもあった方が良いかな? それからお菓子とかも……」
しばらく店を回り、買い物を続ける。時期がらか、パーティー用品を手に入れるのは容易だった。
買い物(アルフィリアと折半)
ケーキ(ホール) 銀貨7 銅貨5
果実酒のボトル 銀貨5
その他おもてなし用具 銀貨20
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