十九章の12 お坊ちゃまの受難再び
諸々の雑務を終えて、ようやく帰路につき……帰りついてすぐ、バルコニーで空を眺めるアルフィリアの姿が目に入る。
「どうしたんですか、冷えますよ」
「あ、お帰り……うん、ちょっと、ね」
ベランダに上がり後ろから話しかけて、ようやくアルフィリアはこちらに気付いた。あまり、明るい表情はしていない。
「ねえ、その……噂を聞いたんだけど。私が助けたあの……ダミアーノって言う人。デメトリオの家で事件を起こしたって……」
「……ええ、殺人未遂を。結局それが引き金になって一家離散になりました」
「え……!?」
いずれ明らかになる事だ。捜査中とは言え話した所で問題はないだろう……この10日間の事を、アルフィリアに語る。聞いていくうちに、彼女は顔色を暗くしていった。
「そんな……そんなことって……じゃあ、私が助けなければそんなことには……」
「ダミアーノさんがと言うよりは、元々駄目だったのだと思いますが」
「けど……!」
アルフィリアは手すりにもたれ、空を仰ぐ。助けた人間が犯罪をしたというのはそれなりにショックだったらしい……
「……今回の件で懲りたのでしたら、人助けなんかやめても構わないでしょう。誰も責められはしません」
「イチローは……どうしたら良いと思う?」
「どうせ自己満足なんです、自分が納得いく方を選べばいいかと」
「冷たい」
「では、もう人助けは止めましょう。手間がかかるし褒められないし今回のようなことがあるしで良いこと無しです」
「やだ」
「結論出てるんじゃないですか」
「そうだけど! もう……わかってよ! このやるせなさとか! 自分が間違ってないかの不安とか!」
手すりから離れてアルフィリアが詰め寄る。そのエメラルドのような目に浮かぶ感情は悲しみなのか、それとも怒りなのか……恐らくは両方だ。
「結果論で間違っていた、正しかったと言うのは誰でも出来ます。そんなことはその辺の自称識者にでも言わせておけばいい。あなたはもっと、有意義なことができる人でしょう」
「でも! 生まれたばっかりの赤ちゃんまで!」
「そんなに言うなら、会いに行きますか?」
「え?」
涙ぐんだアルフィリア、それとサクラを連れて北へ向かう。日陰地区、ドメニコの施療院で……赤ん坊の泣き声がしていた。
「え、ええと、オムツは変えたばっかりだし……お乳か? でも……」
「山羊の乳があるから、それを飲ませとけ。人肌に温めるのを忘れるなよ!」
大声で泣くカルティナと、それに翻弄されるドメニコとデメトリオ……育児と言うのは大変なようだ。
「え、デメトリオ……どうして?」
「あ、アルフィリアさん! 実は……」
ミルクを湯にかけるデメトリオが事のあらましを語る……その内容は、自分も当事者であるため知っていた。
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「何でもするんですね?」
「ええ、勿論です!」
踵を返し戻った室内で、デメトリオは問いかけに対してそう答えた。そこまで言うのなら、やってみてもらおう。
「……確かに男手があればとは言ったがな」
「子供ではありませんし、読み書きも出来ます。多少線は細いですが、医業の助手なら問題ないかと」
デメトリオに持てるだけの荷物を持たせて、向かったのは日陰地区にある施療院。その診察室でドメニコは腕組みをして渋い顔をする。その向かいには、少し固くなったデメトリオ……その腕の中でカルティナは寝息を立てていた。
「しかしなあ……3日前に生まれたばかりのガキときたか」
「お願いします! 絶対に迷惑はかけませんから!」
「……良いか坊主。赤ん坊なんか連れ込んだ時点で絶対に迷惑は掛かるんだ。お前が言うべきは『迷惑かけません』じゃなくて『必ず恩は返します』だ。わかったか!?」
「は、はい! 必ず御恩はお返しします! どうか、僕とカルティナをここに置いてください!」
「よーし、言ったな。やることは山ほどあるから、休みがあるなんて思うなよ!」
「あ、ありがとうございます!」
「お前の部屋はこっちの物置の向かいだ! さっさと荷物を置いて来い!」
「はい!」
「では、私はこれで」
デメトリオは労働の大変さなど味わったことが無いだろう、精々こき使われてしまえばいい……何もかもを無くし、最底辺に投げ出されたここからが、ある意味ではデメトリオの本当の人生なのかもしれない。そんな考えを頭のどこかに浮かべながら、住人が増えた施療院を後にして、報酬配分を終えるため、今度はイルヴァの所へと向かった。
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「そういうわけで、ここにお世話になることになりました。赤ちゃん用の寝台まで用意してくれて……口は乱暴ですけど、あの人は素晴らしいお医者さんなんですね」
「そっか……うん、ドメニコも良い人よ。信頼できる」
「おい坊主! 乳をやり終わったら次は器具の煮沸だ! いいな!」
「はい! わかりました! すいません、それじゃあ失礼します!」
温まったミルクを持って、デメトリオは走って行った。入れ替わりに、使用済みらしい医療器具を抱えたドメニコがキッチンへ入って来る。
「まったく、厄介ごとを持ち込んでくれたな。ビービーうるさくてかなわん」
「別に、断っても構わなかったのですが」
「馬鹿言え、行く当てのない赤ん坊を放り出せるか。まあヤギの乳ばっかりでも何だ、支払いが滞ってる女からでも乳をもらえば、どうにかなるだろう……お前こそ、何の得も無いのにご苦労なこった」
「あの2人が生きようが死のうが困りませんが……どうせ同じなら恩を売っておこうかと」
「そうか。まあこっちも元くらいは取らせてもらうさ」
器具を置いたドメニコは仕事に戻り、カルティナも泣き止んでいた。湯が入った鍋が煮立ち始める音が、鐘の音と混じって聞こえる。
「赤ん坊を見ていきますか?」
「ううん、いまお乳飲んでる所でしょ。邪魔しちゃ悪いし、帰るわ」
「そうですか」
ドメニコに挨拶をして、診療所を後にした。アルフィリアの声には、いくらか明るさが戻っているように感じられる。
「もう、助けたなら助けたって言いなさいよ」
「助けたわけではありません。財産も家族も無くした上流階級がどこまでお綺麗な理想を唱えていられるか、見てみたくなっただけです」
「ひ~ね~く~れ~も~の~」
アルフィリアはにやつきながら横腹に軽いジャブを連続で放ってくる……とりあえず満足したらしい彼女は前を向き、決心したように語りだした。
「イチロー……私やっぱり、人には優しくするわ。そりゃ、出来ないこともあるし皆を皆助けられるわけじゃないけど……きっと、無意味じゃないって思うから」
「あなたがそう思うのでしたら」
「よし……じゃあ今日は美味しいもの食べる! イチロー、奢って!」
「えぇ……」
「何よ、凄く儲けたって聞いたわよ」
「割と経費で飛んだのですが……」
「良いじゃないの。あんたが居ない間、1人で家事してたのよ?」
「あなたの家でしょうに……」
「あんたの家でもあるでしょ~」
アルフィリアにねだられながら、日陰地区を歩く……空は晴れて赤く、明日は快晴になるだろう。貧乏人にも、金持ちにも、罪人にも、『幽鬼』にも、異界人にも。その空の輝きくらいは、平等なのかもしれない。
今回の清算
物品
矢 30→29
収入
警護料:金貨12
犯人確保ボーナス:金貨100
出費
イルヴァへの警報装置発注費:金貨12
イルヴァへの依頼協力費:金貨35
ウーベルトの取り分:金貨22 銀貨20
その他生活費 銀貨22 銅貨5
アルフィリアに奢らされた 銀貨15
所持金の変動
金貨:10→51
銀貨:11→46
銅貨: 9→14
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