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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第二章 逃避行 編
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二章の9 暗中に潜む

 外から聞こえてきた声に、二人顔を見合わせる。おそらく巡回か何かに出ていた者が戻ってきたのだろう。一人か、もしくはそれ以上か。いずれにしても見つかればタダでは済まない。



「(まずい……扉を閉めてない!)」


「牢屋に……誰かいるのか!?」


「ご主人様、もう一度あの薬を……!」


「だめ、今はこっちも中に居る……!」



 足音が、牢屋に近づいてくる。彼の持っている灯りが外からも中を照らし、牢屋の中は随分と明るくなった。相手はおそらく武器も持っているだろう。



「(やるしか無いか……?)」


「がっ!?」



 鉈に手をのばし、衛兵を待ち構えようとしたその瞬間だった。短い、苦しそうな声がして、直後に床に何かが転がる音と共に衛兵の灯りが消える。



「な、何!?」


「わかりません……!」



 互いに一言ずつの会話を交わした瞬間、重い音がして、それきり静かになる。数秒か、あるいは数十秒かの静寂の後、牢屋に小さな何かが飛び込んできた。それは壁に当たって高い金属音を立て、床に転がる。



「っ!」


「え?」

 


 床に転がったのは一枚の銀貨。その瞬間、床に向いた視線の隅を何かが飛び抜けて、ガラスの割れる音と共に灯りが消え、その直後、真っ暗になった牢屋の中を、誰かが駆け抜けていくのを感じる。



「きゃっ!?」


「今のは!?」


「指輪が!」


「くっ!」



 侵入者は部屋の奥に居たアルフィリアから……恐らく指輪を奪った。ならこのまま出ていくか、自分達のどちらかを襲うはず。アルフィリアはおそらくまだ無事、ということは残る選択肢は二つ。自分か、外か。

 構えていた鉈を、入り口から部屋を薙ぐように振るう。狙いが出口であれ自分であれ、上手くすれば当たると踏んでいたが、刃は何にも当たらず空を切り、一瞬何かがこすれる音がして、駆け去っていく足音が牢の前から遠ざかっていく……そして今度こそ静寂が訪れ、自分とアルフィリアの緊張した息だけが聞こえてきた。



「……大丈夫、ですか?」


「え、ええ……だけど、さっきの指輪を奪われたわ……」


「出ましょう。気を付けて」


「灯り、持ってくればよかったわね……」



 小さな窓から入るわずかな光を頼りに、牢屋を出る。途中何か……恐らく衛兵を踏んだが、特段の反応は無かった。入り口まで戻ると、ようやく月明りで回りが認識できるようになる。眠らせた二人はそのままで、これだけ見ると何事もなかったかのように思えた。



「……ご主人様の推理は、案外的を得ていたのかもしれませんね」


「そうね……あの指輪を狙ってたんだわ」


「しかし、無くなってしまいました」


「言わないでよ……もっとちゃんと握ってればよかった……」


「(証拠は無くなった。これで振り出し……いや)」


「……もう真犯人や事件の裏を探るのは無理です。その線は諦めましょう」


「けど……!」


「無理に追いかければ、今度はこちらが殺されるかもしれませんよ?」


「それは……そう、だけど」


「状況が変わったんです。今やれることをしましょう」


「……まさか、衛兵が気絶してる間に逃がそうとか言うんじゃないでしょうね」


「確実性で言えばそれが一番ですが……それは嫌なんでしょう?」


「やるにしても……最後の手段よ」


「それなら……たった今、犯人がいたことを利用するしかありません」


「考えがあるの?」


「一応は……ただ、その。私たちもおそらく、何かしら取り調べを受けることに……」


「……わかった、考えに乗ろうじゃないの。何をするの?」



 二人で、現場の工作に取り掛かる……とはいっても、そこまで大掛かりなことはしない。まず自分たちのランタンを点けて、牢の中を確認。予想通り衛兵が一人、近くにランタンと長い木の棒を転がして倒れている。見たところ出血は無く、呼吸もしているようだ。モンシアンの死体も、特段変わったところは無く、床に転がっている銀貨と、さっきまで自分たちが使っていたランタンに突き刺さった、丸い刀身の短剣が痕跡として残されていた。

 このランタンと短剣が残っているとまずいので回収する。飛び散ったガラスの破片も可能な限り拾い、代わりに鍵束をその場に置く。これで銀貨と鍵束、口から糸の飛び出した死体が残された。

 ランタンは手近な路地に捨て、後で折を見て処分する。そして自分たちはあたかも、偶然この現場にやってきたかのようにふるまうのだ。



「大丈夫!? 何があったの!?」



 アルフィリアは牢屋で倒れている衛兵に回復魔法をかけながら、素知らぬ顔で揺り起こす。こちらは薬で寝入った二人を仰向けにして並べ、顔をはたいてみた。

 


「うぅ、ぐ……」



 最初に目を覚ましたのは牢屋の中の方だった。うめき声と共に身を起こし、慌てて立ち上がると周りを見回し、転がっていた棒を手に取ってこちらに身構える。見たところ、他の二人よりも少し歳が上のようだ。簡単ながら、革の鎧も身に着けている。



「おい貴様! ここで何をしている!」


「落ち着いて! あなたはここで倒れてたの」


「明かりが消えているからどうしたんだろうと思って見に来たんです。そしたら、皆さんが倒れていて……」


「何……? そうだ、俺は侵入者に気づいたが、背後から……奴は!?」



 衛兵が慌ててアルチョムの牢を確かめるが、そこには変わらず倒れたままのアルチョムの姿があるばかり。続けて死体のある方を確かめると、当然その異変に気付く。



「なんだこれは……おい、お前たちがこうしたのか?」


「いいえ、私たちはたった今来たところです」


「人が倒れてたんだから、真っ先にそっちを手当てするに決まってるでしょ?」


「そうか……そうだ、外の二人は!?」


「寝てるだけだったから、そのうち起きると思うけど……」



 そんな会話をしていると、外で二人の衛兵が起きる気配がした。彼らにも同じようなことを詰問されたが、真っ先に眠っていたということもあり、それ以上に突っ込んだ質問はされなかった。それよりも重要なことが、彼らにはある。



「それで……一体だれがこんな真似を?」


「解らん、俺は背後から不意打ちを受けて、気を失ってしまった……牢の中にも誰かが居た、おそらく二人組だろう」


「しかし、ここは衛兵詰め所ですよ? そんな所に一体だれが来るって……」


「このガイシャを見ろ、喉に何かを隠していたんだ。それを狙って……まんまとやられたってわけだ」


「いや、しかしですね……これは金目当ての強盗で、犯人もそこに……」


「……仕方ないだろう。行きずりの金目当てに、衛兵が3人ものされた方がよほど問題だ」


「ちっ……」


 どうやら、巡回に出ていた方が立場が上らしい。あとの二人は、仕方なくではあるが従うようだ。「余計なことを」と言わんばかりの目が自分達に向けられるが、一応こちらが助けた立場である以上、口封じというわけにも行かないようだ。

 案の定、その場で取り調べを受けることになったが、こちらはすべてが終わった後にやってきたという体を取っている。ほぼ全ての質問を「わからない」で済ますことができた。だが、そうはいかない質問も飛び出すことになる。



「女の方、フードを取ってみろ」



 確かに、フードを被ったまま取り調べを受けるなど怪しいことこの上ない。彼の発言も至極当然の物だが……



「なんだ? 何か見せられないわけでもあるのか? その下に何を隠している?」


「彼女は……」


「いいわ、見せればいいんでしょう」



 言うが早いか、フードが後ろへとずらされる。その中の青い髪を見たとたん、衛兵の顔が歪んだ。



「へっ……何かと思えば。『幽鬼』じゃねえか」



 「幽鬼」……その言葉に、アルフィリアが小さく震えた。その言葉が何を意味するのかは解らないが、少なくともポジティブな意味ではないのは十分解る。



「で? その『幽鬼』がこんな時間に何をやってる?」



 畳みかけるように衛兵が言葉を続ける。この質問には、こちらが答えるわけにはいかない。「幽鬼」に関しての文化を知らない以上、下手に答えれば次々とボロを出しかねないからだ。とは言え、黙っていても怪しまれる一方。アルフィリアの方を横目で見るが……俯いていた彼女が、勢いよく顔を上げた。



「お、女と男が夜に二人で歩く理由なんて決まってるでしょ! 野暮なこと聞かないで!」



 勢いに任せて言い切ったと言わんばかりに、その顔が震える。衛兵は……自分もだが、その答えにあっけにとられたようだった。そこにアルフィリアが畳みかける。



「どうよ!? 文句ある!?」


「(こ、これは……合わせるべきなのか? いや、合わせるべきなんだろうけれど、しかし……!)」


「は、はっ! 『幽鬼』がいっちょまえに男だぁ!? そうだって言うんなら、今この場でキスの一つも」


「その辺りにしておけ、助けられたのは事実だ。やましいことがあるのなら、衛兵など助けるか」


「ちっ……わかりました」



 結局、取り調べの中で自分たちが侵入していたということはばれずに済んだ。解放された後、ランタンも忘れず処分しておく。これで、ひとまず自分たちの問題は解決したはずだ。しかし……

 


「……あれは、誰だったのかしら」


「わかりません……あの指輪も、結局なんだったのかわからないのですし」


「なんだか、スッキリしないわね」


「少なくとも……殺し屋を雇うような何かがあったんでしょう。そんなものに関わっても、ろくなことにならないと思います」


「それも、そうかしらね……今回はアルチョムを助けられただけ、良しとしましょうか」



 意見の一致を見たところで、さっさと宿に戻る。ミーリャは一人、暗い部屋でベッドに座り、自分たちを待っていた。さすがに瞼が重そうだったが、2,3回名前を呼ぶと、ハッと目を開ける。



「お父……お父は……!?」


「大丈夫よ、ちゃんと解決してきたから。明日には戻ってくるわ」


「本当……!?」


「ええ、本当よ。だから安心して」


「よか、った……」



 緊張の糸が切れたのか、ミーリャはそのまま崩れ落ちるようにしてベッドで眠ってしまう。どうやら夜更かしが過ぎたようだ。



「じゃ、私たちも寝よっか」


「ええ、しかし……」


「しかし?」


「……男女の仲と言われた時には、さすがに動揺しました」


「言っとくけど、あれはあの場を乗り切るために言っただけだから! さっさと物置に行け!」


「わかっています……」



 ミーリャに毛布をかけたアルフィリアはさっさと自室に入ってしまった。こちらも、自室という名目の物置に戻り、毛布をかぶる。思った以上に疲れていたのか、眠気はすぐにやってきた。


 翌朝、アルチョムが衛兵に連れられて、宿に戻ってきた。顔こそ昨日見た通り腫れてはいたが、それはアルフィリアに治療され、元通りになる。



「お父!」


「ミーリャ! 済まねえ、心配かけたな……!」


「これに懲りたら、深酒は止めることね」


「あ、ああ……もう金輪際酒は飲まねえ、絶対にだ!」


「それでは、出発しましょうか。遅れを取り戻さないと」



 親子の感動の再会を済ませ、この街での用事はすべて終了した。来た時と同じく四人でゲラシムの引く車に乗り込み、再びテルミナスへの道のりを行く。

 

 街を出てそう経たないうちに、ミーリャは夜更かしがたたってか、荷車の揺れにもかかわらず、寝入ってしまっていた。



「いやぁ……あんたらには助けられちまったなぁ。衛兵の偉い人が言ってたよ、二人に感謝しろって」


「だって、お父さんまでいなくなったら、ミーリャが可哀想だもの」


「そういえば……私たちの事を誤魔化していたようですね。なぜわざわざ? 心証が悪くなるだけでしょうに」


「だって、あんたら訳アリだろ?」


「……なんで、そう思うの?」


「何でって、若い女と男が二人旅だ。それも荷物は自分で持てる分だけ。おまけに女は若くて美人! ま、俺の女房ほどじゃないが。こりゃあ、きっと駆け落ちかなんか……」


「悪いけど、そんなロマンチックな仲じゃないわ」


「(そういえば、機微に鈍感って言ってたっけか……)」


「ありゃ、そうだったか? ……まあいいか! こうして無事なんだしな!」


「まったく……」



 流石のアルフィリアも呆れたようで、荷台に引っ込む。



「(昨日の尋問と言い、男女二人旅ってのはやっぱり『そういう』風に見られるのか? ……尋問、といえば……)」


「ご主人様、『幽鬼』とは一体?」



 「幽鬼」の言葉を出した途端、アルフィリアの表情が曇る。



「(まずかったか……?)」


「……時々、私みたいに髪が青かったり、目が赤かったり、そんな人間が産まれるのよ。大抵は不吉な物として扱われる。それだけよ」


「(アルビノみたいなものか……?)」


「あんたのとこも、青い髪の人間なんて居ないんだっけ。やっぱり、気持ち悪いって思ったりする……?」


「いえ、別に」


「……随分あっさり答えるのね」



 曇っていた表情が、あっけにとられた、と言う風な……別な言い方をするなら、変なやつを見る顔をこちらに向けて来る。



「悩んで答えたら、かえって嘘くさいと思いますが」


「……ま、素直な感想として受け取っておくわ」



 軽くため息をつくと、彼女は荷台の樽に腰掛け、被っていたフードを脱ぐ。草原から荷台を吹き抜ける風が、ほどかれた髪を横に流した。



「隠さなくていいんですか?」


「どうせ、あの街に居たことはバレたしね」



 それもそうかと思いなおし、その青髪をなんとなしに眺める。細く、宝石のような髪が風に乗って揺れるさまは、不吉と言う言葉からは縁遠いように思えた。



「何? 見とれてるの?」



 からかう様な口調で、笑顔を見せる。どうやら気分は曇りから晴れ模様に変わったようだ。気づかれていながら見続けるのも何なので目線を荷台の後ろに向ければ、ウィアクルキスはもう後方に小さくなっている。

 折り返し地点となるあそこで起きた今回の事件で、またこの世界の事を少し知った。司法はあまりあてにならないこと、通貨の事、そしてアルフィリアがどういう人物なのかも。



「(この調子で行きたいところ……いや、事件は要らないけど)」



 行く末に不安と期待を抱えながら、荷台で揺られる。ひとまずは、これまで通りの旅が続きそうだった。



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