十八章の8 大鮫の正体
休憩を終えてからほどなく、目印が見えてきた。海に突き出た細い岬が一部くりぬかれたように穴が開いていて、反対側の海面が見えている。先の方は下が波で削り取られ、全体として生き物の上あごのように見えた。
「(なるほど、『大蛇岬』だ)」
アルマが右旋回の指示を出す。この岬が指す方向へまっすぐ、それで目的地に着くはずだ……戦闘に備えて肩にかけた弩を手に持ち、前や左右を狙ってみる。風や揺れで狙いがブレるのもあるが、空中では距離感もはっきりせず、命中はかなり難しいだろう。
「(相当の近距離でないと駄目か……いっそ振り回せる槍とかの方が有用なんだな)」
そう言う意味では、アルマの装備した斧槍は最適な装備と言えるのかもしれない。とはいえ流石に状況が限定される上、物自体も高くつきそうなので練習する気にはなれないが。
「……見ろ! 前方だ!」
先頭に居たアルマが叫ぶ。水平線の青色に薄緑が混ざり初め、その中央に何か、黒い物が見えた。近づくにつれて、それが水面から突き出た……それこそ、子供向けの本に出て来る鮫の背びれのような形をしているのがわかる。
「あれが『鉄の大鮫』ですかい! でかい!」
「鮫って言うより……鳥みたい!」
左右の2人が興奮した様子で叫ぶ。鮫と名を付けた人は、水上からここを発見したのだろう。だが空から見つかったのなら、きっと別の名をつけられたに違いない。『鉄の大鮫』……それは明らかに、墜落した大型の飛行機だった。
「(胴体、主翼、ヒレって言われてたのは垂直尾翼……旅客機? それとも……)」
錆か元々の色かはわからないが全体が黒く、胴体部分は半分以上が水に浸かっている。当然、前文明から海に浸かっていたということになるが、上手く地形に引っかかり、流されずに済んでいたようだ。
「(アルマの指示は……当然接近か)」
遺跡の周りを旋回しながら高度を落とす。今の所遺跡に動きは無い。
「(このまま何事もなく……済むか?)」
充分高度が落ちたところで、前方から近づく……おそらく円筒だったであろう胴体は下側が潰れ、上半分ほどを水面から出していた。その水面から出た部分へ着陸しようとしたとき。目に一瞬、赤い光がきらめく。光ったのは眼下にある沈黙した機体の中央付近。二度三度、瞬くように光るそこに、ドーム状の構造が見える。細い光が自分達を探るように左右に揺れている。
全身に、鳥肌が立った。
「回避をっ!」
叫ぶと同時、大鳥を降下させて速度を稼ぎ、さらに旋回して距離を取る。以前同じ物を見たアルフィリアとウーベルトも同様。アルマは対応が遅れる……かと思いきや、遅れはワンテンポも無く回避に入った。それに感心する間もなく、耳元で巨大な虫の羽音のような不快な音。水面ギリギリを飛行すれば、小さな水柱がいくつも立つ。
「(武装してる! 軍用機!)」
敵を撃ち落とすための防御機構、それが今でも作動し、こちらを攻撃してきている。先に来た探検者もこれの餌食になったのだろう。ただ大きいだけの鳥で相手にできる物でないのは火を見るより明らかだ。
「(逃げるしか……!)」
考えが終わる前に悲鳴。人の物ではない。大鳥がぐらつき、激しく羽ばたく。
「(当たった!?)」
「旦那の鳥が!」
「いかん、あれでは……!」
聞こえた声から判断できる状況は最悪に近い。このまま水面に落ちれば、自分は間違いなく撃ち殺されて終わる。
「(大鳥は、後どれだけ……!?)」
大鳥の命は刻一刻と失われていく。治療など出来はしないだろう。残る選択肢は2つ。まずは射程距離外に出られることを祈って逃げること。だが敵の射程もわからず、鳥の速度も落ちており、賭けになる。2つ目は……
「(迷う時間も無い!)」
敵の狙いは他の大鳥へと向いている。その隙に旋回、墜落した機体へと向かう。大鳥の胴を脚で絞め加速……鈍いが、死にかけに期待するだけ間違いというところか。
「(あと200m……150……100……!?)」
赤い光がこちらを向く。後戻りなどできない、そのまま突っ込む。羽音に似た不快な音と小さな風船を潰したような音が連続して聞こえ、大鳥から浮力が失われる。回転する視界、迫る機体、顔に熱い飛沫、体が叩きつけられ視界が黒く染まる。
「(……体……動く。ベルトを……)」
手探りでベルトの留め具を探す。濡れたタオルのような感触は、大鳥の羽か。ベルトを外し、硬い物の上へ這いつくばる。耳鳴りが収まり、鈍い太鼓のような連続する音が変わって聴覚を埋める。
「っぐ……!」
体に圧し掛かった重みに耐えながら、芋虫のように体をよじらせ這う。顔が明かりの下に出ると、目の前で回転する半球形の物。そこから伸びた2本の棒が回転に合わせ動き、先端の空気を歪ませながら何かを撃ち出している。狙われているのは……3羽のテルミナス大鳥。2羽は遠巻きに旋回し、1羽はこちらのほぼ真上で複雑な軌道を描き、撃ちだされる弾を躱しているようだ。
「(あれは……アルマの大鳥? 何をして……)」
旋回し、鎧姿が見えた。その手から光……発光信号だ。
「(助ける……急いで……)」
何とも驚いたことに、この状況で……見た所反撃の糸口も見つけられないまま、こちらを助けようと敵の射程内に留まっているらしい。ご立派な……彼女流にいうなら正義の騎士道とでもいうのだろうか。だが、そんな物で斧槍と機銃の差は埋まらない。
「(そして埋まらなければ、自分も助からない……どうにか……!)」
アルマを撃ち続けている砲塔が回転し……2本の銃身の間にレンズのような物が見えた。射撃に関する何かであることは想像に難くない。
「(あれなら……!)」
肩から掛けたままの弩に手を伸ばそうとして……左手がうまく動かない。肘から先が垂れさがり、あらぬ方を向いている。
「(折れた……! 片手でやるしか!)」
鉈を抜き、機体から飛び出た銃座に駆ける。およそ15m……10……5、銃口とレンズがこちらを向く。声にならない叫びと共に機体を蹴って跳ぶ。足の下を何かが掠める。目前に赤い光を放つレンズ、鉈の切っ先をそこへ付き立てる。一瞬の抵抗、突き破る感触。体の左右で弾を吐き出している銃座がゆっくり回転を始めた。
「(撃たれる!)」
咄嗟に上へ跳び乗った。銃座は上下左右でたらめに動いて弾をばらまき、振り落とされそうに……
「退けえええええっ!!」
真上からの声、咄嗟に飛び退くとほぼ同時、銃座にアルマが降って来た。着地と同時、車が正面衝突したような破壊音と機体を伝わる衝撃。アルマは落下の勢いそのままに、手にした斧槍で銃座をアルミ缶のように叩き潰していた。まるで花火のように青白い火花を散らす銃座を背後に、全身に光の線を浮かべた鎧がロボットアニメよろしく巨大な斧槍を回転させてポーズなど決めるその姿は……まあ、正義の騎士らしいと言えた。
「ふっ……どうだ、心なき絡繰りなど、このアルマの敵ではない!」
「それはご立派で……っ!?」
脅威が去ると同時に激痛が襲いかかってくる。曲がった左手には血が滴っており、服の袖に染みを作っていた。
「む、む!? どうした!? 間違って踏んだりはしてないぞ!」
「(経験あるのか!?)」
「おーい!」
床にうずくまり苦痛をこらえていると、距離を取っていたアルフィリアとウーベルトが機体の上に大鳥を降ろす。見たところ二人とも無事のようだ。少なくとも自分よりは。
「2人とも大丈夫……じゃない!?」
「いけねえ、重傷だ!」
ウーベルトが服を裂くと、おおむね予想通りの傷口が開いていた。しかし外傷であれば……
「まってて、まず軟膏で鎮痛と消毒して、それから魔法……」
「いや駄目だ薬師殿、骨がこうまでずれてちゃ……まず戻さねえと」
「戻すってどうやって?」
「そりゃあ……手でやるんでさあ」
何やら、聞き流せない言葉が聞こえてきた。
「ま、待ってください、手で戻すって……」
「恐ろしく痛えが旦那、耐えて下せえ。こういうのは躊躇わず一気にやる方が良いんでさ」
「もっとこう、強力な魔法で何とかならないんですか!?」
「ごめん、私の使える魔法じゃ無理……」
「ほら旦那、こいつを嚙んでおきなせえ。舌を噛んじまう」
木のスプーンを嚙まされ、ウーベルトが傷口に手を添える。アルフィリアが眉をひそめて見守っているが……
「行きやすぜ……ふんっ!」
痛覚以外が消えうせたような、そんな感覚。思わず体を振り回す。ウーベルトが抑え込み、アルフィリアが魔法と薬で処置をしていく……
「旦那、調子はどうですかい?」
「端的に言ってかなり悪いです……」
「後でドメニコの所に行かないとね」
「しかし、私の大鳥は……」
「問題ない、帰りは私が一緒に乗せてやろう! それよりも手当てが済んだのなら探索に入ろうではないか!」
「まって、イチロー怪我してるし……一度戻ってからでもいいんじゃないの?」
「む、いやしかし……負傷を押してでも前に進む! これこそ……」
「いやいや、騎士殿がお強いのはよおっくわかりやした! 腕もさることながらその鎧も超一級品! あの高さから飛び降りて平気とは、付与術をいくつもかけてやすな? いやあ恐れ入った! しかしあっしらは見ての通り貧相な下々でして、ここは……」
「……いえ、おそらく、問題ないでしょう」
何か決意表明じみたポーズのアルマに、渋るアルフィリアとウーベルトだが……こちらは続行を提案する。2人は驚いたような顔でこちらを振り向いた。
「ちょっとイチロー、本気なの?」
「旦那、退く時は退くのが本当の一流ですぜ?」
「本気ですしウーベルトさんの言うことも理解しているつもりです。ですが……」
「ふっ、そうか……男子たるもの、目前の未知に挑むことを諦めるなどできんということだな!」
「いえ、無理そうなら普通に諦めますが」
「む、むう?」
負傷したまま危険地帯に乗り込むような趣味は無い。だがその先が十中八九安全なら、怪我の痛み程度は我慢して進むくらいには、二度手間という物は嫌いだ。
「これは遺跡ではなく乗り物の残骸です。であれば、恐らく内部にまで武器は置いていないでしょう」
「乗り物ですかい? こんなにでかくて……妙な形の?」
「はい、私の世界にも似たような物がありました。飛行機と呼ばれる、空を飛ぶ乗り物……」
「ほう! 異界人の知識というやつか! よいなよいな! らしくなってきた!」
何がらしいのかはともかくとして。この飛行機らしきものが空中を移動する乗り物であったのなら、外部から乗り込まれるということはおそらく想定されていない。勿論魔法の存在する世界である以上絶対とは言い切れないが、そこまで的を外しているわけでもないだろう。何しろ、ここまで外観が似通っている。設計思想もそう変わらないはずだ。包帯と添え木の応急処置を終えてから、残った大鳥を尾翼に繋ぎ、侵入口を探すことにした……
今週も最後までお読みくださり、ありがとうございます。
ブックマーク・評価も是非お願いいたします。
お時間ある方は、ぜひ感想もお寄せ下さい。




