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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十八章 大鳥に乗って 編
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十八章の5 飛行訓練

異世界生活198日目、秋の62日



 3日の短期集中講座により、最低限のやり取りはできるようになった。今後も勉強は必要だろうが……とりあえず、アルマから課された光信号と手信号の試験はどうにか合格することができた。



「よし! ではいよいよ実際に乗ってみるとしよう!」


「あの……実際の操り方を何も教わっていないのですが」


「飛びながらの方がすぐわかる。案ずるな、私が後ろに乗ってやるからな!」



 そんなやり取りをしている間に、厩舎から目隠しをされた一匹の大鳥が連れられてきた。窮屈な房から連れ出された鳥は文字通り羽を伸ばすかのように翼を広げ、目隠しを取られるとはっきりした瞳のある金色の目がこちらを見据える。



「(大きい……いや『巨大』の域か……!?)」



 翼は端から端まで10mは超えているだろう。扇状の尾羽、カギ爪と筋肉が付いた脚、そのフォルムはまさに鷹や鷲のそれだった。この前噛まれたのに懲りていないのか、アルフィリアが鳥の胸元、羽毛に顔を埋めているが……



「……何かぺったりしてる」


「まあ、海鳥ですからなあ……水をはじく油くらいついてるでやしょ」


「よし、では最初に乗るのは……やはり貴公だな! こういう物は物覚えの悪い順に教えねば!」



 アルマは鎧の指先をこちらに向ける。確かにもともと学習能力の高いアルフィリアと、種類は違えど騎乗経験のあるウーベルトとでは、自分が一番能力が低いということになるのだろうが……



「いいな~、早く戻ってきなさいよね」


「女騎士様との相乗りですぜ旦那、うらやましいや」


「どうせ順番に全員乗るでしょう……」



 はやし立てられながら、座席が二つ連なった大鳥の鞍に乗る。前が自分でアルマが後ろ、鳥の背が高いため、二重になった足掛けを登り、練習通りベルトで体を固定、練習器具にもついていた前部の突起を握り、体を安定させる。



「よし、準備は良いな? ではまず離陸からだ。持ち手の頭を軽く2回叩け。これはあくまでも合図だから、鳥に伝わればそれでいい」


「あの、手綱などは……」


「あるわけなかろう。空を飛ぶのだぞ? 風で煽られて手綱の指示など伝わらん」


「ではどうやって鳥に指示を」


「それを今から教えてやると言っているのだ。さあ、まずは飛ばせ」



 不安がぬぐえないのは事実だが、他にやるべきことも無く。右手で持ち手を掴んだまま、左手でその頂点を二回、ノックした。次の瞬間、強烈な下方向への力を感じ、視界はたちまち、青一色へと染まる。



「……!」


「口を開くと舌を嚙むぞ! すぐに水平飛行に移るから、心配するな!」



 おそらく30秒も無い程度だろう。だが振り落とされないよう両手で持ち手を握りしめ、鞍にしがみついている時間はその何倍にも感じられた。体にかかる重力が収まり、ようやく周囲を見回す余裕が生まれる。

 眼下にはテルミナスの街並み。島の土地を目いっぱい使い、建物がひしめいているのがわかる。島のシンボルである給水塔も、その頂点が目線の高さとほぼ同じ。東を向けばベスティア大陸の草原が、西を向けばホムニス大陸の色づいた森が遠くに見えた。




「これが空からの眺め……」


「どうだ、良い物だろう。だが見とれるのは自分で操れるようになってからだ。さあ、ここからが重要だぞ!」


「は、はい……!」



 目に風が染み、耳元で空気が唸る。そんな中で後ろから聞こえる声に意識を集中した。



「基本は体重移動だ! 右に体重をかければ右に、左なら左、後ろにかければ昇り、前なら下降、さあやってみろ!」


「加速と減速は!?」


「基本的には鳥任せだ! 必要なら上昇と下降で調整しろ! どうしてもと言うなら足を閉じてわき腹を挟むようにすれば加速は出来るが、鳥が疲れるからあまりやらない方が良い! あと、口で聞くよりは体で覚えろ! さあ、いけ!」


「投げっぱなしな……!」



 持ち手を握り座った姿勢から、固定された左足の方へ少し体重をかける。すると鳥はそれに従うかのように左へ傾き、旋回し始めた。持ち手を支えにして体を戻せば、また水平飛行に戻る。



「(意外と簡単だな……自転車とかそう言うのに近いか? まあ、自転車は落ちても死なないけどな)」


「旋回は問題ないな、では次は上昇だ! 背もたれにこう、グッと強くもたれるのだ! ある程度上昇したら元の姿勢に戻れ!」



 アルマは一応やり方を教えてはくれるものの、どうにも熟練者独特と言うべきか、その内容に感覚的な表現が多い。体を使う物とはえてしてそういう物なのかもしれないが……



「(後ろに人が乗っている間に、試しておくべきか……)」



 背もたれに体を預け、そのまま後ろに倒れる様な形で重みをかける。するとまるでリクライニングのように座席が後ろに傾き、視界が空の青と雲の白だけで埋められる。重力が下から斜め、背後へと移動し、顔に当たる風が弱まり始める。



「(昇って、速度が落ちる……! 元の姿勢に……!)」



 腹筋の要領で体を戻すが……すでに重力が体を背後に引っ張っている。重心を変えられず、鳥の姿勢が戻らない。



「これ、は……!」


「ははは、しくじったな! なに落ち着け、自然に止まる。鳥も疲れるからな!」



 アルマの言う通り、顔に感じる風が大分弱まると、鳥は自ら姿勢を戻し水平飛行に移る。既に給水塔すらはるか下、もともと冷たかった秋の空気が一段と冷え込んで感じた。



「(ウーベルトの言う通り、早めに防寒具を買わないといけないかな……)」


「さて、少し島から離れてしまったな。厩舎の方へ戻るぞ」


「は、はい……!」



 体を傾け、鳥を旋回させる。空から見たテルミナスの南側は明るい色合いをしていたが、北側は全体的にくすみ、茶色が目立つ。



「(空から見る経済格差……どっかの意識高いテレビ番組とかでやってそうだな)」



 もし流れていてもまず見ないであろう類の番組案を頭から消去し、着陸のために出発した厩舎を目指す。日陰地区の真上を飛行士、給水塔に差し掛かろうとしたとき。2匹のテルミナス大鳥が前後に現れた。騎乗しているのは軽装の衛兵、薙刀のような武器を手にし、こちらに視線を固定している……前の衛兵が、手信号を出した。



「『戻れ』『左旋回しろ』?」


「ほう、どうやらこの先は飛ばれては困るらしいな」



 前方には給水塔が近づいている。その周りには高い塀、内側には大鳥厩舎と同じような建物が見える。この衛兵はそこから来たのだろう。何にしてもわざわざトラブルを起こす必要は無い。指示通り左に旋回し、給水塔を避ける。2人の衛兵はしばらく背後に付いていたが、給水塔から離れると旋回し、去って行った。



「(まあ、そりゃあ空を飛ぶ兵士くらいいるか……こんな鳥がいるんだもんな)」


「さて、少々横やりが入ったがいよいよ着陸だ、これができれば、もう1人で飛ばせるようになるぞ! まずは高度を下げろ、速度が上がりすぎないよう旋回しながらな!」



 持ち手に乗りかかるようにして、前に重みをかける。空が上に消え、海と大地が代わって視界を埋めた。



「(この角度は、まずいか……!)」


「何だ、さっきので怖気づいたか? 男のくせに情けない」


「情けなくて結構……!」



 何事も安全第一だ。緩やかな降下と水平飛行を繰り返し、徐々に地面へと近づいていく。やがて建物の3階程度まで高度を下ろすと、厩舎でアルフィリアがこちらに手を振っているのが見える。



「着陸の最終行程に入るぞ! まずはなるべく広い場所を探せ、それから地面と出来るだけ平行に、この程度の高さを飛び、離陸の時のように持ち手を2回叩く! 早すぎても遅すぎてもダメだ。コツは目標地点の少し前で合図することだな」


「(少し前と言われてもな……!)」



 角度と距離を調整し、厩舎前にまっすぐ侵入するコースを取り……敷地の柵を越えたところで、持ち手を叩く。大鳥は体を起こし、翼を立てて風を受け止め、ブレーキをかけた。速度と高度が同時に落ち、衝撃と共に接地する。開いていた翼をたたみ、テルミナス大鳥はその場でうずくまる姿勢を取った……



「よし、まあ及第点としておこう! 最低限飛んで回って着地ができれば後は慣れるだけだからな!」



 一応、アルマ的には合格だったようだ。ベルトを外して地面に降り立つと足元がふらつき……地面に両手をつく。



「う……?」


「イチロー? 大丈夫?」


「心配するな、慣れないうちは良くあることだ。人は空を飛ぶようにはできておらんからな、しばらく座っていれば治る!」


「そっか。じゃあ次私!」


「良いだろう、さあ乗れ!」



 アルフィリアが鳥に乗るのを横目に、厩舎前の草地に座り込む。ベルトを着け終えたアルフィリアが、勢いよく持ち手を叩き……



「うひゃああああぁぁぁぁぁ!!」



 楽しそうな声と共に空に消えて行くのを見送った。



「いやあ、お疲れさまでさあ旦那。どうでしたかい、空を飛んだ感想って奴は」


「次に自分で体験するのですから良いでしょう」


「ははは、そりゃあそうだ……ところで、旦那」


「何か?」



 アルフィリアを乗せた鳥は悠々と空を回っている。それを見ながらウーベルトは懐から出したパイプに魔法で火を点け、言葉を続けた。



「いえね、旦那は一体いつまで探検者を続けるのかと思いやしてね」


「いつまでと言われても……他に仕事もありませんしね」


「いやいや旦那。テルミナス大鳥を扱えるようになったとなりゃあ、色々できるでしょう。運送やっても良いし、軽い物なら商売だって出来まさあ」



 確かに……他の仕事を可能になるというのは考えていなかった。容易い仕事ではないだろうが、それでも探検者より危険は少ないだろう。



「(探検者を続けて……それで行きつく果ては、あれか?)」



 自分が手にかけた、中年の探検者の姿を思い出す。あの様な末路は絶対に避けねばならない……しかし。



「今は……まだ、止めるわけにはいきません。まだまだ金も貯めなければいけませんし」


「ふーむ……いや、おこぼれをもらってるこちらとしちゃありがたい話ですがね? 旦那がそこまで金こだわるのは何か理由があるのかと思いやしてね」


「別に……ただ、元の世界に帰るために、金が必要なんです」


「元の世界に、ですかい?」


「正確には元の世界に帰る方法を研究してもらうのに、ですが」


「ははあ……しかし、元の世界と言ったって……よっぽどの理由でもあるんですかい?」


「私がもともと住んでいたところですよ? それに……母を向こうに残しています。世話をしなければなりません」


「体が弱いとかですかい?」


「いえ、特には」


「よほど歳を取ったとか?」


「まだ40前です」


「はあ……何と言うか、それなら何も旦那が面倒を見なくとも……いやまあ、母思いは良いことですがね」



 どうにもウーベルトの言は要領を得ない……まあ、彼がどんな感想を抱こうが自分がやらなければいけないことに変わりはないのだが。他の家はどうか知らないが、自分にとっての親子関係とはそういう物だ。



「(今更、それをどうのこうの言われてもな……どうしろと)」



 振り仰いだ空に、答えなど浮かんでいるはずもなく……代わりに何かが降って来た。



「ぶっ」


「うげっ……」



 高高度からの位置エネルギーを持ったそれは、割と痛い。物理的な意味でも、精神的な意味でも。



「……顔を洗ってきます」


「へ、へえ……ごゆっくり」



 体が大きいと糞も相応に大きい……思考を打ち切り、顔半分に貼り付いたそれを洗い流すべく、厩舎の水を借りることにした……





「よし! 全員問題なく飛べるようだ! 私の教え方が良かったようだな、喜ぶが良いぞ!」



 それからウーベルトも問題なく飛行訓練を修め、全員がテルミナス大鳥の飛行技能を習得したことになる……一応は。夕日の差す丘の上で腰に手を当て、まるで卒業式のような空気になっているが……



「さて、これでいよいよ『鉄の大鮫』の調査に赴けるわけだな!」



 ここからがアルマの本来の目的になる。海上にある遺跡、鉄の大鮫。そこへ大鳥を使って調査に行くというのが本番であって、鳥の乗り方を教えるというのは彼女にとってはただの手段でしかない。こちらとしては上手く理由を付けて断りたい所……



「そうね、何があるかわからないし、準備はしっかりしないと。いつ出発するの?」


「早い方が良いが……そうだな、明日を準備に使い明後日ではどうか?」



 なぜここで前向きな返事をしてしまうのかこの錬金術師は。そもそも……



「あの……来るつもりなのですか?」


「え? だって治療できる私が居た方が良いでしょ? 何があるかわからないんだから」


「うむ! 古来より勇者の一団には治癒魔法の使い手が同行している物だからな!」


「勇者……ねえ。アルマが勇者?」


「他に誰が居る? この鎧、この剣! まあ、そちらのイチロー殿やウーベルト殿も悪くはないが……勇者と言う見た目ではあるまい」


「まあ、それは否定しませんが……」


「旦那ぁ……どうするんですかい? すっかり行く流れができてやすが」


「やむを得ませんね……行かないと言ったらアルマさんと2人で行きかねませんし」


「旦那も薬師殿には弱いですなあ……まあ、そう言うことになるのなら、この男ウーベルト、お供しようじゃありやせんか!」



 かくして自分達四人で『鉄の大鮫』を空から攻略することになった。空中戦の初陣とするには少々大物すぎるような予感がしてはいるが……せめて相応のリターンがあるだろうと望みだけは持っておくことにした。


今週も最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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