二章の7 捜査計画立案
午後のお茶を飲みに来るような店でもないためか、まだ一階のスペースに人は少ない。おかげで、目的の人物はすぐに見つかった。フードをかぶったままニクシアンの少女を連れて、店主に何やら聞き込みをしている。
「それで、皆さまお休みになられた後、一人で戻ってきて、酒を追加で……随分酔ったようなので、酔い覚ましにと外に出ていったところまでは見ましたが」
「……お父……」
「何やってんのよ……」
「……何か、案はあるんですか?」
呼びかけた声に振り向くアルフィリア。その表情は「意外だ」と物語っているように見える。
「……そんなにすぐ何か思いつくわけないでしょ」
「まず、何かしら方針だけでも決めましょう。時間が経てばたつほど、こちらに不利です」
「イチロー……お別れしたんじゃなかったの?」
こちらを見上げるミーリャが不安そうな声でつぶやく。その目は随分と赤くなったように見えた。
「やれるだけの事をやってからでも遅くは無いと思いまして」
「そんなこと言って~。ほんとはあんたもミーリャが心配だったんでしょ?」
「どちらかというと、ご主人様の方が目的ですが」
「む……私が頼りないって言いたいの?」
からかうように笑っていたアルフィリアの表情が、一瞬むっとしたものに変わるが、すぐにそれは引き締まり、真面目なものへと変貌する。
「で、あんたには何か考えがあるの?」
「まずは現場を調べるべきではないかと。聞き込みは後からでもできますが、現場の状況は時間が経つほど変わってしまいます」
「まあ、それもそうね……それじゃ、現場を見てみましょうか。そろそろ衛兵たちも引き上げた頃でしょ」
店の裏にある薄暗い路地。さすがに死体は運ばれてしまったようだが、そこにはまだ血の跡が残されていた。人の姿は無く、調べるのに問題はなさそうだ。
「……ちなみに、アルチョムはそこのごみ置き場に倒れて寝てたらしいわ」
「なんでまた、酔い覚ましでごみ置き場に……まあ、とにかく。何かわかることが無いか見てみましょう」
周辺を調べてみるが、手掛かりになりそうなものは見つからない。地面に足跡こそ残されているものの、衛兵のものとみられる足跡で荒れてしまっている。
「……何か、残ってると思う?」
「期待薄ですが……それでも、犯行当時の状況を推測することはできます」
「ん~……私、死体は直接見てないのよね。どんな感じだったの?」
「あれは……」
その時の状況を思い出す。あの死体は頭をこちらに向けて、うつぶせに倒れていた。手は体の左右に伸ばした状態……まるで歩いていて突然力なく倒れたようにも見えた。血の量はそこまで多くは無かったように思える、残された跡を見ても、血だまりというよりは少し多めに出血した、というような印象を受ける。
「なんていうか……はっきりしないわね」
「現物の死体が見られればいいのですが……今は、現場そのものを見てみましょう」
現場は細い路地。計画立てて作られたというよりは、建物の裏側が勝手に作り出したという空間。片方は表の通りに抜ける道で、アルチョムの寝ていたごみ置き場は、そこから路地に入ってすぐの所にある。死体のあったところから反対側を調べてみれば、建物の隙間を通りながら二回ほど折れ曲がり、もう一本の通りへと抜ける。どこにでもありそうな路地で、それ以外の建物の間は狭く、せいぜい猫程度しか出入りできそうにない。
「血の跡以外、何も残ってないわね……」
「そうですね……ですが、その血も随分少なく感じます」
「まあたしかに……血が残ってるのもここだけだし、ここで襲われてそのまま殺されたのはまず間違いないわね」
「どこから逃げてきてここで、という可能性は?」
「追いかけられてたなら、普通人気のない路地よりこの辺の宿に飛び込むでしょ」
「では、なぜわざわざ夜にこの人気のない路地に入ったのかという問題が出てきます。酔っぱらって入り込んだとかいうのでなければですが」
「それは……うーん……きっと何か用事があったのよ」
確かにそう考えるのが自然だ。が、アルフィリアの声と表情には今一つ自信がないように見える。何せ裏付けも手掛かりもなく、推測に過ぎないのだから当然かもしれない。
「(まあ、早々に諦めてくれたらそれが一番……)」
「そうよ、そう! ここに来る用事があったのよ! 何かを隠すか、あるいは取りに来たか……それか、呼び出されて! そしてやってきたところを……」
「行き当たりばったりでは無い、と言うことですか? もしそうだとすると、真犯人はすでに逃亡していることも考えられますが」
「うう、そうなるかぁ……」
「(さて……)」
アルフィリアの推測が正しいとすると、被害者は何らかの目的があって殺されたことになる。最初から命を狙われていたか、あるいは何かを奪うためか。
もしくは、たまたま路地に入り込んだところを、たまたま居た誰かに殺された。この場合所持金目当てか、見られてはまずい何かを見られて口封じ、ということが考えられる。
事故や自殺、快楽殺人なども考えられなくはないが、さすがにこの可能性は低いはずだ。
「そもそも、目的はアルチョムさんの無実を証明すること。真犯人を見つけ出すこととは、分けて考えた方が良いかもしれません」
「けど、真犯人を捕まえないと無実なんてどう証明するの? 見てた人もいないし、やってない証拠なんてどこにもないのよ」
「……疑わしきは罰せず、というわけではないんですね」
「何それ? 怪しい奴は捕まえて拷問、適当に自白させて……いや、しなくたって見せしめに……」
「お父……」
「あ……だ、大丈夫よ! 私たちが何とかするから!」
「うん……」
表情が曇る……どころか今にも雨模様になりそうなミーリャを、気休めにすらならなさそうな台詞でなだめるアルフィリア。言っている本人の表情も、どこか空元気と言うか、自信がなさげに見える。
「(疑わしきは罰せよ。その辺りは中世の悪いところそのまま、と……しかしそうなると……)」
「……いっそのこと、脱獄でもさせて逃げますか?」
「駄目よ、アルチョム達が帰れなくなっちゃうでしょ」
「ですが状況証拠すら乏しいわけですし……そもそも証拠が手に入ったとして、誰が提出するんですか? ミーリャさんは身内の上子供、信用してもらえるかどうか……」
「私が行く、他に居ないでしょ……それに、まだ証拠もないのにそんな事心配しても仕方ないわ」
「証拠……どんなものが、証拠になるの?」
「そうねえ……やっぱり、殺すのに使った凶器とか?」
「そもそも、どんなもので殺されたかも解っていないのですが……」
「……となると、やっぱり……死体を調べるしかないか」
「調べると言っても……もう回収されてしまったのに、どうやって?」
「忍び込んでに決まってるじゃない」
何言ってるの、とでも言いたそうな表情を浮かべるアルフィリアだが……逆にこちらがそう言いたい。
「……私は法律には詳しくありませんが、治安当局が収容した事件被害者の遺体を勝手に弄くるなんて、間違いなく不法行為です」
「だから何だってのよ、元々その治安当局に対抗しようって言うんだから、ちょっとやそっとの無茶は当然でしょ」
「(これは……考えが甘かったか……)」
役人の捜査に対し、個人ができることなどたかが知れている。出来そうなことをさっさと消化してしまえば、アルフィリアの諦めもつくだろうと思っていたのだが、彼女はまだまだやる気のようだ。
「さすがに明るい間は無理ね。日が沈んでから……」
「(今からでも、これ以上は付き合いきれないと逃げるか……? いや、でも……)」
すでに路地から見える空は夕刻のそれへと変わりつつあった。今からではさすがに馬車を見つけることは難しいだろう。そしてアルフィリアの様子から見て、彼女は今夜潜入を決行するだろう。
こちらに今の所捜査の手が伸びていないのは、おそらくアルチョムを犯人にするため、変にかばい立てする証言は要らないとか、そんな所なのか……少なくともこれだけ時間が経って何もないということは、今の所捜査線上に上がっていないと考えても良いのかもしれない。だが、アルフィリアが捕まれば話は別だ。残る一人の乗客である自分も間違いなく疑われる。あるいは何も手を出さなければ、アルフィリアはまだ聞き込みで時間を潰していたかもしれず、自分は安全にこの街を離れられたかもしれない。それがなまじ介入したばかりに……というのは自分の過大評価というものだろうが、いずれにせよすでにアルフィリアとは一蓮托生の状態へとなってしまったようだ。
「(……まあ、考えてみればそれは前からか……)」
どうにもならないことを考えていても仕方ない。早々に諦めて、次の事、つまり警察だか衛兵詰め所だかへの侵入まで休むことにした……物置で。




