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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十八章 大鳥に乗って 編
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十八章の2 謎の鎧襲来

異世界生活188日目、秋の52日



 朝からアルフィリアに草刈りを頼まれたが、まず依頼を探すことにしてその要求を回避する。実際問題として、金にならない草刈りで時間を消費するわけにはいかないのだ。例え仕事探しが空振りになる可能性が割と高いとしても。



「そうだな……まあいくつかあるが」


「見せてください」



 依頼票の束がカウンターに乗る。選ぶ基準は、期間と報酬額のバランスを見て時間当たりの報酬が良い物、さらに自分の知っている地域かどうかなど。馬車の護衛と手紙の配達など、時折一回の外出で複数の依頼をこなせる時があるのでそう言う物は見逃さないようにする。



「では……」



 見繕った依頼を請けようとしたとき、店内がざわついた。



「おい……」


「誰だありゃあ……」



 振り向くと、入り口に立つ全身鎧。顔までフルフェイスの兜で覆ったその姿は異様と言えた。何しろここは基本的に食事をする場所、多少の装備を身に着けたまま訪れることはあれど、完全に全身を防具で覆うということは無い。



「……見ねえ奴だな」



 店主も、その鎧を見るのは初めてのようだ。しかし自分は……細部まではうろ覚えだが、昨日、ツノシシに飛び掛かっていったあの鎧。それに似ているような気がしていた。その兜がこちらを向くと……一直線に、向かってきた。



「おいおい、揉め事は外でやれよ」


「心当たりは……」



 全くないわけではないが、わざわざ探しに来るはずもない。目の前に立った鎧は高級品なのか、照りのある板金に紋章らしいものや縁取りを真鍮か何かで施されている。腰に下げた剣や、鎧の上から羽織った青いコート。総じて『騎士』という言葉がふさわしく感じられた。鎧でやや大きく見えるが、背はこちらと同じくらいか……その『騎士』はこちらの目の前で足を止める。細いスリットの向こうの表情を伺うことはできないが、やはり目当ては自分のようだ……



「貴様……」



 兜越しでくぐもっていたことと、全力走行中の馬車の上だった言うこともあり昨日は気づかなかったが……落ち着いて聞くと、その声は女性の物だ。静まりきった直営酒場の中で、その『女騎士』は言葉を続ける。



「昨日はよくも置いていってくれたな! 助けてもらっておいて! あの後歩きで帰ったんだぞ!」



 指を突きつける女騎士……静寂が、徐々に注文や雑談の前にかき消されていく。



「(……どうしたものか)」


「な……なんだ! その憐れむような目は!」


「いやいやいや、すいやせんな! 旦那はどうも口下手なところがありやして。助けられたのは感謝いたしやすが、あっしらも依頼人を守らにゃあならねえ。どうぞ誤解しないで下せえ、旦那は仕事熱心で人間の鑑のようなお方で……」


「む、むむ? そうなのか……」



 割って入ってきたのはウーベルト……タイミングから見て様子をうかがっていたようだ。恐らく揉め事が本格化したら何食わぬ顔で逃れるつもりだったのだろう。



「やめてください、かえって嫌味です」


「おっと、こいつは失礼を……」


「まあいい、私の目的は別にある。貴様、その腰の剣……いや、鉈か? 私に見せろ」


「はあ……?」



 抗議は、どうやら物のついでだったらしい……どうも自分が普段使いしているこの鉈に興味があるようだ。正直あまり頷きたくなる態度ではないが、変に歯向かうとかえって面倒なことになりそうな気がする。高価な全身鎧を着込むような相手がまさか持ち逃げをするとも思えず、貸してみることにした。



「ほう、ほうほう。ふーむ……」



 意外と丁寧に受け取った女騎士はそれを抜き、刀身を眺めたりその場で振ってみたり。かと思えばまるで陶器でも鑑定するように指ではじいてみたり。その合間合間に感嘆らしい声を漏らしている。

 一通り調べ終わったのか、鞘に納めた鉈をこちらに返す女騎士。だがそれを手に取った時、女騎士は鞘を強く握り……



「この剣鉈、柄との境目に溜まった汚れから見て、きちんとした手入れはあまりしていないようだがそれでも錆一つない。錫や亜鉛の合金であればありうるが、それにしてはやや軽い……当ててみせよう、この剣、粘金だな? 前文明の遺跡に使われている物だ」


「……良くわかりましたね」


「ふふ、武具には一家言あるのでな。それにこの造りは今の物だ。つまり……粘金を使ってこれを作った者が居るということだ! 違うか!?」


「ええ、まあ……そうですが」


「やはりか!」



 女騎士は徐々に興奮を強めているようだ。オーバーリアクションに驚きを表現するが、何しろ全身鎧なので割と音が響く。



「まさか、今の世に粘金を加工できる者が居るとは! 教えろ! どこの誰だ!?」


「……職人街のヘルミーネと言う女性です」


「そうか、ヘルミーネだな!」



 絡まれっぱなしだと仕事の手続きもできない。早々に目的の相手の所へ行ってもらおうと、鉈の製作者を教えたが……女騎士はその場に立ったままだ。



「……」


「……何だその眼は! そんなザックリした情報で見つけられるか! 案内くらいしてくれても良いだろう!」


「……店主さん、こういうのは摘まみ出したりしないんですか」


「まあ、暴れてるわけじゃあねえしな……酔っ払いと大して変わらん」


「酔っ払いだとぉ!?」


「あ~、うるさい……おい、お前の知り合いを探してるんだろ? さっさと連れていってやれ」


「私は依頼を請けに……」


「俺からの依頼だ。ほら、小遣いやるからこの世間知らずを連れ出してくれ」



 抗弁する前に、依頼の書類はひっこめられてしまった。代わりに銀貨が3枚カウンターに置かれ……ウーベルトは金にならないと見るや、いつの間にか姿を消してしまっていた。



「(……これは、行くしかない流れか……)」



 なし崩し的に、その女騎士をヘルミーネの工房まで案内する空気にされてしまった。面倒ごとは誰かに押し付けてしまえと言うのは全世界共通らしく……そしてそう言う貧乏クジと言うのは、自分のような弱い者に回ってくるものなのだ。

 


「では、邪魔をした!」


「本当にな」



 店主の呟きを背後に直営酒場を出て、一路ヘルミーネの工房へと向かった。ベスティア大橋へ向かう探検者や行商人とすれ違いながら、南へと歩く。



「時に貴公、名は何という?」


「……世間ではイチローで通しています」


「そうか、私は……うむ……アルマ、とでも呼んでくれ」


「つまり本名ではないのですね」


「むむっ……だが、誓って怪しい者ではない!」


「顔を隠して偽名を名乗る人物は、普通怪しい者だと思いますが」



 アルマと名乗った女騎士はどうにも、話していて調子が狂う。悪人と言う感じはしないのだが、どこか世間からずれているというべきか……この喋り方からして、そうなのだが。少なくとも一般家庭の出ではないように思える。あるいは単にイタい人か。



「訳あって、顔と本名はまずいのだ。しかし我が志には一点の曇りもやましさも無いと宣言しよう」


「はあ」


「我が志、それは……」


「(別に聞いてない……)」


「正義の騎士、だ」


「はあ」


「弱気を助け強きを挫く。そのような誰もが認める英雄に、私はなりたい! しかしそのためには私自身強くあらねばならん。心技体は己で鍛えられても、道具ばかりは腕のいい職人が要る」


「まあ、そうとも言えますね」


「昨日、貴公が抜いた剣鉈の輝きを見てもしやと思ってな。探してみたかいがあったというものだ!」



 適当に返事をしておくが、アルマは自分の動機やら何やらを語っていく。だが正義を自称する者と生きている間に像がつくられる人間は大抵ろくな相手ではないというのが相場……



「(ロクでなさでは人のことを言えないか……)」


「そも粘金と一口で我々は呼ぶが、実際には用途によって多様な性質を持つというのが最近わかってきていて、その性質に合わせた加工と言うのは容易な物では……」


 何やら高そうな志と蘊蓄(うんちく)を聞き流しながら、職人街へと入る。その片隅にある小さな工房へとアルマを案内した。



「ふむ、これは思ったよりも貧相な……いや、こういう所だからこそ名工が隠れているのか」


「期待にそうかどうかは保証しかねますが」


「なに、作った物を見れば腕はわかる。たのもう!」



 意気揚々と言った様子で工房を訪ねるアルマを尻目に直営酒場へと急ぎ戻る。いつも都合の良い依頼があるとは限らない、せっかく見つけた依頼は確保したかった。しかしながら結果としてその急ぎ足は無駄に終わる。美味しい依頼をいつまでも残しておくほど、探検者はお行儀のよい職業ではないのだ。


 結局、この日は引っ越し先の手入れに残りの時間を費やすこととなった。アルマが褒めていた剣鉈だが、こうして草刈りに使われているなどとは想像しただろうか……


今週も最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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