十七章の7 地下部分調査
異世界生活177日目、秋の41日
怪我の治癒には二日かかった……むしろ二日で済んだ、と言うべきだろうか。魔法が無ければこれより長く療養生活が必要なのは明白だ。ある面から見れば地球を大きく凌駕していると言える、この世界の医療。その恩恵により、包帯をとった手は皮が張るまでに回復している。
「で……行くの?」
「はい。そちら頼みになるので、あなたが嫌だと言うのであればそこまでになりますが」
「そういう言い方ずるくない? 行くけどね、燃える気体は調べてみたいし」
再度『酔っ払いの館』を訪れる。爆発事故の後鍵もかけずに出てきたはずだが、誰かが勝手に入ったという様子も無く、ホールの床に積もった埃には自分たちの足跡以外残っていない。
「(まあ……呪いの館で爆発が起こったからと言って見に行きたいかと言われると……だな)」
「じゃあ、厨房ね。言っておくけど、次爆発させたら諦めなさいよ?」
「私の世界には、三度目の正直と言う言葉があるのですが……」
「知らないわよそんなの」
事故を起こす可能性は捨てきれないため、今回サクラは留守番、2人で玄関ホールから北西の厨房へと向かう。さすがに爆発の影響を受けているのか窓が割れているものの、石造りの建物には損傷らしい損傷も無い。地下への階段も崩れたりはしていないが……
「(さすがに、明かりをつけるわけにはいかないか)」
「さて、じゃあ……はいこれ」
「これは?」
アルフィリアは荷物の中から、水の入った小さ目の瓶を手渡してきた。
「ぶっつけ本番で行くわけないでしょ。これで中の空気を取ってきて。まずは実験よ」
「なるほど……わかりました」
息を大きく吸い込んで止め、階段を駆け下りる。そこで瓶の栓を抜き、中の水を捨てて再び栓を閉める。階段を駆け上がり、アルフィリアの元へ地下の空気を持ち帰った。
「よし、じゃあ……試してみるけど。どうすればいいの?」
「(授業でやったはず……確か……いわゆるガスは……)」
化学の授業。将来その知識を使うことは無いだろうと思いながらも、テストの点数は自信の評価を決めるわかりやすい指標。上げておくに越したことは無かった。
「(こんな形で使うことになるとは……)」
「……ねえ?」
「確か……こういう可燃性ガスはCH……4、あるいはC3H8……だったはずです」
「しいえいち……ふぉお? 何それ、そっちの国の言葉?」
「ああ……ええと」
会話している時意識することは無いが、この世界と地球の言葉は違う。魔法を使った高度な自動翻訳により、普段は特に意識することなく日本語での会話が可能だが、こういった地球の言語由来の略語だと、伝わらないこともあるようだ。
「Cはカーボン……つまり炭素を意味します。Hは水素、CH4とは炭素が一つ、水素が四つ合わさってできた分子……あなたの言うマテリアに相当すると思います」
「炭に……水ね。前に言ってた、化学って奴?」
「はい、用語からしてずれていると思うので、伝わるかわかりませんが……」
「いいわよ、大体わかる。じゃあ、このガスを分解すれば、炭と水になるわけね」
「水ではなく、水を構成するマテリア……空気中に含まれていないほうです」
「そっちか……まあ大した量じゃないし大丈夫でしょ。じゃあ……試してみるわね」
アルフィリアは錬金術の式を描き始める。空中に光の線が引かれ、その中央にはガスの詰まった瓶。今回の図形は瓶の中へ干渉するためか、縦長に描かれている。完成した図形へ栓を開けた瓶をはめるように置いて、式が起動された。輝く魔方式の中で光を纏ったマテリアが二つに分かれていく……
「(これで……)」
「ん……あれ?」
推測が合っていたと思ったその時、甲高い音が鳴る。それは錬金術が上手く行かず、爆発する前兆の……
「離れて!」
叫ぶと同時に駆けだすアルフィリア。配膳室との仕切りの向こうに二人で隠れ、数秒後破裂音とガラスが飛び散る音が響く。
「……失敗したんだけど」
「そ、そう言われましても……」
「炭と水の素を別れさせる式……多少の不純物はあるにしても、あれだけ爆発するってことは、何か別の物が混じってるわよ」
責めるようにこちらを横目で見るアルフィリアから目線を逸らし、考える……ある程度は上手く行っていた。基本が炭素と水素と言う推察は間違っていないと考えてよいだろう。そこに混ざっている何か……それはこの世界特有の物だろうか。それとも、何か自分の知る物なのだろうか……
「(……そういえば……昔はガスって……)」
「とにかく、もう諦めましょ。そもそも前に住んでた人が死んだのは火事とかじゃないんでしょ? その……呪いって」
「……いえ、呪いの正体も、掴めたかもしれません」
「あんたね、適当なことばっかり……」
「瓶の予備は有りますか? 確かめてみたいんです」
「まあ……あるけど。その前に説明くらいするのがスジじゃないの?」
「CO……一酸化炭素ではないかと」
かつては、家に来ているガスを部屋に充満させるのが自殺の手段として用いられたという。都市ガスから一酸化炭素が無くなり、それは今では不可能になったそうだが……このガスには含まれているのだとしたら。
「まったく……これで最後だからね」
「ええ、これで駄目なら……諦めます」
再び瓶を手に、地下から気体を採取して戻る。アルフィリアは先ほどの式を少し改良した物を描きあげ、同じ手順で瓶内部の気体を分解し始めた。反応は問題なく進み……途中静電気のような小さな破裂音をさせながらも、三種類のマテリアが式の上で安定して集まり、止まった。
「上手く、行きましたか?」
「そうみたいね。ま、ここまで来たならやるだけやってみよっか」
問題が錬金術で解決できるとなると、何があるのか興味が出て来たらしく、アルフィリアも乗り気になる。地下の入り口から式を書き始め、それを伸ばしていく……まるでベルトコンベアか何かを構築しているかのようだ。先端で錬金術の反応が起こり、出来た物は入り口の方へ流れてマテリアとして滞留する。充分ガスを分解できたら、前へ。それを繰り返して、地下室へと到達した。
「ランタンの火、ちゃんと見ててよ? 私たちは全部分解されてるか見えないんだから」
「はい、もし目まいや頭痛を感じたら、すぐに一階へ戻って下さい。一酸化炭素中毒は最悪5分もせず死に至ります」
「私が前に作ったのよりも強力ね……呪いって言うのもそれなの?」
「恐らくは。一酸化炭素を吸って死ぬと、死体は赤くなるらしいです。『酔っ払いの館』の逸話とも合致するかと」
ランタンの明かりで照らされた地下室は、やはり食材庫か何かだったのか、樽やワインボトル用らしき棚が並んでいる。爆発により砕けたり焦げたりしたものもあるが……それら棚の中に、明らかに不自然な配置の物があった。通常壁に沿って並べるであろうそれが壁と直角に置いてあり、その向こうには暗い通路が口を開けていた。
「(『開けた』か……ここのことだったのか?)」
「なんか、いかにもって感じね……」
「調べてみるしかないですね……行きましょう」
この通路の先に、ガスの発生源があるとみてよいだろう。カルロは隠されていたそれを何かの拍子に見つけ……おそらくは、ガスの発生もさせてしまった。一酸化炭素を含むガスは地下から一階へと広がり、住人を死に至らしめ……起きてこなかったカルロと、通いで来ていた使用人だけが助かった。ガスは何らかの理由で停止した物の、換気されない地下には溜まったままになり……火を持ち込んだことで、爆発した。
「(流れとしてはこんな所か……しかし、ガスを発生させるような物……それもわざわざ隠しておかなければならない物?)」
「見て、部屋がある……」
「恐らく罠などは無いと思いますが……」
掲げたランタンの火に異常はない。一歩部屋に踏み込むとそこには、壁一面を埋める、何らかの装置が鎮座している。何かの投入口、あるいは取り出し口と思わしき開口部が中央に。そこから配管……にしてはやけに複雑、と言うよりは非合理な形状で組まれているように見える。まるで効率や機能性より、その形を作ること自体が目的だったように見える。そしてその装置と向かい合うように、本棚とよくわからない器具の乗ったテーブル……
「ひゃっ……!?」
そこに突っ伏した……一体のミイラ。おそらくこれが、この屋敷の『呪い』に関わっているのだろうと、そう思えた。
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