十七章の5 2F部分調査
住んだものが死ぬという事故物件、通称『酔っ払いの館』。その謎を調べるべく、まずは二階、南西側の扉を開けた。そこは大きな机や本棚、乾ききったインク壷などが残された部屋で、南を向いた出窓からは日光が入っているが、それが照らすのは絨毯と机に積もった埃、鉄の覆いが付いた暖炉程度だ。
「事務所……それとも書斎と言うべきでしょうか?」
「何にしても仕事場よね。何か……手掛かりでも残ってないかしら」
アルフィリアは本棚に残された書物を手に取り読み始める。ホラーゲームでもあるまいし、仕事の書物しかないと思うが……それでも、調べないわけにも行かない。本棚は彼女に任せるとして、こちらは机を調べることにした。
引き出しには放置された羊皮紙や筆記具……やたらと豪華な羽ペンや小ぶりのナイフ、大き目のハンコのような物などがあるが、これと言って不審な物は無い……アーティファクト、とやらでなければだが。
「(……いや、流石に筆記用具で死ぬなんてことは無い……よな?)」
見たことの無いものに興味を抱いたのか、サクラが机に前足をかけてインク壷を嗅ぎ……
「くさい」とでも言いたそうに顔を引っ込める。
「……何か変な臭いを嗅いだら教えるんだぞ、サクラ」
サクラは一声鳴く。危険探知と言う点に関しては、元野生動物であるサクラの勘も当てにできるかもしれない……こちらの言葉がわかっていれば、だが。
「……机には何も無さそうです。そちらはどうですか?」
「帳簿とか……税金関係の本とか。仕事部屋だったのかしらね」
アルフィリアは手に取った分厚い本を机に置き、椅子に座って読み始める。
「前の持ち主は探検者だったのね。魔凝石を売ったりした記録が残ってる。こんなお屋敷買えるくらいだもん、よっぽど上手く行った人だったのね……」
「探検者として成功したくらいなら、危険感知能力も相当の物だったはず。それがあっさり死んでしまうとは……」
「あ……」
「どうしました?」
「……引退記念の宴会、って項目がある。もう危ないことは止めて、幸せな毎日を家族と過ごすはずだったのね……」
曰く付き物件を買った以上自己責任だとは思うが、自分も同じことをしようとしているのだからあまり偉そうなことは言えない。哀れなのは子供のカルロの方だ……いっそ一緒に死んでいたなら、あそこまで苦しむことは無かっただろう。
「(……それにしてもなぜ? 普通は子供の方が弱い筈……階段の下……と言うことは一階と二階、それが何か……)」
「……帳簿なんか見たってわかんないか、次の部屋を見て見ましょ」
「ええ」
生死を分けた要因が高さにあるのは悪くない考えだとは思う。しかしそう言った現象を起こすのが何か、と言うことになるとまだ手が届かない。屋敷を調べて行くうちに、それに見当がつけばよいのだが。そう考えながら、入ってきた所の対面にあるドアを開ける。
「ここは……居間かしら」
屋敷南西の角部屋に当たるそこは、カーテンのかけられた大きな窓が並び、幾つかの家具が残されていた。暖炉の前に置かれた小さ目のテーブル、それを囲むソファ。何かボードゲームでもしていたのか、駒と盤らしいものがテーブルに乗っている。他にも花瓶か何かが乗っていたであろう台座などがあるが、乗っていた物は持ち去られて久しいようだ。
「こういう暖炉囲んで家族でのんびり過ごすってのも、良いわよね……」
「夢を見るのは結構ですが……」
「わかってるわよ、まずはこの屋敷の調査でしょ。といっても、ここは何にもなさそうね。もっとこう、飾りとかありそうな物だけど」
「売り払われたのでしょう。家主は30年間寝たきりだったわけですし」
「そっか。なんだか、寒々しいな……」
「調べるものが少なくて済みます。次へ行きましょう」
「……それ、前向きな発言のつもり?」
北側のドアを開けると、そこは廊下になっていた。下に降りる階段と、距離的にホールに戻るドア。そして北側にはもう一つのドアがある。それを開けると、ベッドが置かれた寝室になっていた。
「ここが主人の部屋でしょうか?」
「うーん……それにしてはタンスとかが無いわ。本当に寝るためだけの部屋って感じ。客間とかじゃない?」
「そうですね……どうやら、あまり使われてはいなかったようですし」
ベッドは綺麗に整えられたまま、時間が過ぎて行ったという印象を受ける。普段使われないベッド……つまり来客用なのだろう。ここにも特に変わった物は見当たらなかった。
「一階は後回しで、こっちは……やっぱりホールか。二階の西側はこれで全部よね?」
「ええ。隠し部屋などが無ければですが」
「あっても不思議は無さそうな雰囲気だけど……そう言うのは全部見て回ってから考えればいいんじゃない?」
「そうですね……では、東側に移りましょう」
ホールの吹き抜けには東と西を繋ぐ橋状の通路があり、それを渡って東側への扉を開ける。長い廊下の突き当りには一階へ下りる階段。その手前に、右への曲がり道があった。奥は窓になって光を取り込んでおり、左手には三つ、右手には二つの扉が並んでいる。ひとまず左手の方を開けると、そこは寝室になっていたが……先ほどの部屋と違い生活感がある。小さめのベッドに、背の低い机と椅子。子供がまたがれる程度の木馬……
「子供部屋、ね」
「……事件当日の朝、ここから起きて階段を降りたはずです」
「その時までは、いつも通りの毎日が続くって疑いもしなかったんでしょうね……」
おそらく、起きる時捲られてそのままの布団。そこに腰掛けたアルフィリアは俯いて黙ったまま。垂れる青髪の隙間から見えた表情は、目を閉じ、物憂げなものに見える。
「気分が悪いですか?」
「ううん、大丈夫。ただやっぱりね……ある日突然信じてた日常が壊されて、誰にも助けてもらえなくて……辛いだろうな、って」
「少なくとも、今日まで生きてこれたのは親が金を残したからでしょう。本人は命を落としたとしても、親が子を守った形になるはずです」
「ん……そう言う考え方もある、か。親からもらった物に助けられて生きて行く……私と同じね」
どうやらアルフィリアは生き残った現家主に自分を重ねているようだ。彼女もまた幼くして親を亡くして生きてきた……財産と技能の違いはあれど、親から貰った物で生きてきたのも同じだろうか。ただの感傷ではあるが、今回はどうやら前向きになったようなので言及は避ける。
「(親のくれた物か……)」
この部屋にあるような玩具などは、家にあった記憶はないが……少なくとも異世界の水にも空気にも負けない程度の体には産んでもらったらしい。だからと言って感謝の気持ちは浮かんでこないが。
「ねえ、イチロー」
「何でしょうか」
「イチローの親ってどんな人だった?」
「……なぜ今その話を」
「なんとなく」
子供用のタンスを下から順に開けながら……大きく息を吐く。黙っている理由があるかと言われれば別にありはしないのだが、語りたい気持ちは欠片も無い。
「そ、そんなに不機嫌そうにしなくたっていいじゃん……」
「私の家族の事なんか知ったところで何にもならないでしょう」
「そうだけど……前から気にはなってたのよね。けどいきなり離れ離れにされた家族の事を聞くのもどうかなーっておもったし。でもよく考えたら私はお父さんの事話したし、聞く権利くらいあるんじゃないかなって」
下水処理場でのことを思い返す。確かにあの時不用意な発言をしてしまったのは事実ではある……彼女にとってはつらい思い出を語る事になったのだろう。それを盾にされるとこちらの立場も弱くなる……仕方ないか、という考えが強くなる程度には。
「……知る限りでは、父親は5人ほどいました。生物学的な父親は除きますが」
「え、ご、5人……? あんたの世界って一妻多夫制とか?」
「一夫一妻制です。少なくとも私の国では」
「そ、そっかあ……お母さん、魅力的な人だったのね……」
「まあ、少なくとも外見はそうだったのでしょうね。知る限り、長くて一年以上独身だったことは無い筈です」
「……ん? ええっと、イチローってまだ20になるかならないかくらい……よね? それで空きが1年で5人……1人あたり、3年くらいしか続いてないってこと?」
「まあ、そうなりますね」
「えっと、その……そういう物なの? イチローの世界の結婚って」
「一組の男女が永遠の愛を誓い、病める時も健やかなるときもお互いに支え合い子を産み育て幸福な家庭を作るのが結婚、ということになっていますね」
我ながら皮肉げな声が出たと思う。実際のところこんな理想的な結婚生活とやらを送っている人間は世の中で言うとどの程度なのか。少なくとも自分にとって縁のない話なのは確かだ。
「だったら、なんで……」
「色々ありますが……まあ端的に言うと母は見た目以外はそんなに良くなかったのでしょうね」
「お母さんに……そう言うこと言うの良くないと思う」
「では、この話はやめにしましょう」
話を切り上げ、子供部屋の隣、そのまた隣と部屋を調べて行くが、そこにあったのはただの空き部屋だった。そのうち子供が増えたら使うつもりだったのだろうか。廊下の東側を調べ終え、西側の2部屋に移る。廊下奥側の部屋は広めに作られており、天蓋付きの大きなベッドが据えられていた。
「うわ、豪華なベッド……ここが主人の寝室ね」
「鏡台も有ります……夫婦で使っていたようですね」
部屋の奥にはウォークインクローゼットまで備えられた豪華な寝室。装飾品の一つでもないかと思ったが、流石にそう上手い話は無い。両親が死んでいたというのであれば、その寝室に原因がある可能性も考えたが……ベッドを解体し、絨毯を捲り、マットレスまで開いてみたが……
「うえ、毛だらけ……マットレスまで解体する必要あった?」
「原因になりうるものは全て調べてみないと……毒針か何かが仕込まれているかも」
「その辺は流石に引っ越すときに入れ替えてると思うけどなあ……」
結局、寝室にも怪しい物は無い。残る部屋は一つだけだが……開けてみるとそこは窓が無いのか、真っ暗だった。ランタンに火を点けると、明かりの中に本棚がいくつも並んでいるのが見えた……
「図書室でしょうか……?」
「それっぽいわね。窓が無いのは、本が太陽で傷まない様にかしら?」
「ある本を傾けると、秘密の通路が……と言うのがありがちですが……」
本棚は全て空、これでは秘密も何もあった物ではない。本ではなく別の所に仕掛けがあるという可能性もあるが……疑いだせばキリがない。その上、それは地球人の発想だ。魔法のある世界ならばもっと他の物もありうる。
「質問ですが……魔法を使うことで開く扉、と言うのは有りうるでしょうか?」
「普通の扉だと使わないんじゃない? 魔法だと真似されちゃうもの。物として鍵を持ってた方がまだ安心よ」
「では……隠し扉などであれば?」
「うーん……無いとは言い切れないけど……まだ全部調べてもないし、隠し部屋とか考えるのは早くないかしら」
「そうですね……では、1階に降りましょうか。死体が見つかった階です、幽霊が居るとしたら、この階でしょうね」
「……」
アルフィリアは棒術の昆でこちらの背を突いてきた。ホラー要素を思い出さされたのが気に食わなかったらしい。ともかく、これで二階は全て調べて終わったことになる。
「(間取りとしては……こんな感じか)」
家族の話はうやむやにしつつ、廊下の奥にあった階段へ向かう。『呪い』は未だその姿を見せない。この豪邸に何が隠されているのか……その鍵となるのは家主カルロの言っていた地下室だろう。その入り口を探すことを目標に、1階への階段を下りていった……
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