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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第二章 逃避行 編
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二章の6 事件は突然に

 警察。人々の平和を守るため日夜を問わず働く、おそらく一般的に遭遇する人の中では一番『ヒーロー』に近い職業だろう。濃紺の制服は犯罪者と戦う正義の象徴だ。



「じゃあ、足を滑らせて階段から落ちてしまったんだね?」


「うん……」


「私がきつく叱りすぎたばかりに……」


「いえいえ、お一人で色々と大変でしょう。一郎君。お母さんを困らせたらだめだよ?」


「うん……」



 しかし、彼らは『正義のヒーロー』ではなく普通の人間。真実を見通す魔法の目を持っているわけでもないだろうし、面倒くさそうな事は避けたいだろう。正義感あふれ、真実を追い求める熱血警官なんてものは、居ないからこそドラマや漫画になるんだと、小学校の勉強よりも早く学び、錆だらけの階段を一歩ずつ上がっていく。

 その時、悲鳴が聞こえた。しかしそんな物どうせ自分には関係ない、階段を上がろうとして……目の前にあるのは物置の雑多な物品。



「(また夢……いや、それより今のは……この店の主人……!?)」




 異世界生活18日目、春の62日。


 横になっていた毛布から跳ね起き、ドアの下から洩れる明かりを頼りに物置から出る。店内は静かで、まだ朝の営業も始まっていない時間のようだ。

 一階の酒場スペースに出ると、店の入り口から店主が飛び出していくのが見え、その直後に二階からアルフィリアとミーリャが降りてくるのが見えた。



「イチロー、さっきの聞こえたわよね?」


「はい……アルチョムさんは?」


「お父、部屋にいないの……」


「声は……裏の方からしたみたいだけど」


「さっき、店主が飛び出していきました。何かあったようですが……」


「……行ってみましょ。ミーリャはここに居て」



 カウンターの方へと向かうアルフィリア。腰にナイフがあることを確認して、こちらもその前に出る。厨房に入ると、勝手口が開いたままになっており、外には左右へ延びる狭く薄暗い路地が見えていた。



「……イチロー、確かめて」



 ナイフに手をかけ、勝手口へと近づく。勝手口からそっと外に顔を出すと、左手の方に人が倒れているのが見えた。うつぶせのため顔はわからないが、少なくとも面識のある人物でないのは確かだ。背が低いわりに筋肉質で横幅がある、ガッチリと言うよりはドッシリと言う表現が合いそうな人物。その周囲には赤黒い血が広がっており……端的に言うと、死体が転がっている。



「……人が死んでいますね」


「え!? まさか、アルチョムじゃ……」


「いえ、別人です。ですが……」


「こっち! こっちです衛兵さん!」



 勝手口から厨房に引っ込んだとほぼ同時に、路地の右手側から店主の声がした。それを聞いたアルフィリアは少し顔をゆがめ、自分を落ち着かせるように一拍おいてから、ミーリャの待つ酒場スペースに振り向く。



「……ひとまず部屋で荷物を取るわよ」


「私たちの事、気づかれたでしょうか?」


「わからない、そんなに大きな町じゃないし、国の兵士が常駐してるってことは……ああ、でも交通の要衝だし……とにかく、はやくアルチョムを見つけて……」


「お父!」



 路地からミーリャの声と駆け寄る足音。それに続いて、だるそうな声が聞こえてきた。



「あ゛あ~……頭が……おお? ミーリャ……ここはどこだ?」


「おい貴様! なぜ死体の傍で寝ていた!」


「え? 死体? おわっ!? な、何すんだ!?」


「黙れ! お前を逮捕する!」



 アルフィリアと顔を見合わせる。その渋い顔はおそらく自分と同じことを考えているのだろう。『まずいことになった』と。



「お父……」



 アルチョムが捕まって半日近く。すでに昼を過ぎ、夕方に入ろうかという時刻。ミーリャは宿の前に座り込んでじっと待ち続けているが、アルチョムは未だ戻っていない。その場から動こうとしないので、いったんそこに置いておき、こちらは事件以後籠っている、アルフィリアの部屋で二人顔を突き合わせていた。据え付けの机に肘をついたアルフィリアは、長い髪を弄びながら、不安が入り混じった表情でつぶやく。



「ただの誤解……にしては、遅いわね……まさか、本当に犯人にするつもりかしら……」


「かもしれませんね……だとしたら、急ぐべきです」


「急ぐって、どういうことよ?」


「どうもなにも……ここは交通の要衝だということですし、別の馬車なりを捕まえて先に行くんです」


「ミーリャはどうするの?」


「残していくしかないでしょう」


「残して、って……」


「まさか商売をするのに無一文ということは無いでしょうし、宿代くらいは払えるはずです」


「けど……それでもし、アルチョムが犯人になったらどうするの? 殺人は死刑よ。そしたら……」


「孤児ということになるでしょうね」


「なるでしょうね、って……軽く言うことじゃないでしょ!?」



 座っていた椅子を倒しながら立ち上がり、目を見開いて声を荒げるアルフィリア。その剣幕に気圧されるが、それでもやはり、現実と言う物は変わらない。



「もしかしたら、すでに私たちの事を話しているかもしれません。かなり時間が経っています、今にも私たちを取り調べに来るかもしれないんですよ?」


「それは……でも……」


「(……困ったな)」



 アルフィリアは二人を随分と気に入ってしまっているようだ。あるいは同情かもしれないが、とにかく事態を丸く収めたいらしい。



「……ご主人様、冷静に考えてください、メリットとリスクが釣り合わないんです。すべて上手く行っても時間はかかるし、得られるのはテルミナスまでの足でしかない。それなら、ここで別の移動手段を探した方が良い筈です」


「……ミーリャを見捨てるわけにはいかないわ」


「アルチョムさんは現場に居たから捕まっただけ、捜査が進めば無罪放免の目もあります。しかし私は逃亡奴隷で、あなたはそれを匿った。それがバレたら……」


「異人種への裁判なんてまともに進まない……ミーリャ、独りぼっちになっちゃうかもしれないのよ? 可哀想でしょ……」



 アルフィリアは俯き、声が少しか細くなる。やはり裁判でも異人種に対しての差別はあるようだ。だとすればなおさら、アルチョムの無罪放免は厳しいということになる。



「理不尽なことも、可哀想な人も世の中には数え切れないほどたくさんあるんです。そのうちの一つが、たまたま身近で起こったに過ぎません。自分の安全や目的を危険にさらしてまで……」


「……わかった」


 アルフィリアはこちらの言葉を制するように手を前に出し、小さく、しかしはっきりと呟いた。そしてそのまま、言葉を続ける。



「あんたの言ってることは理に適ってる。テルミナスに向かうのなら別の馬車を探した方が良い。世の中不幸な人なんて沢山いるし、それをいちいち気にかけてたらどうにもならない。その通りよ」


「ええ、ですから……」


「ここで別れましょ」


「……はい?」



 顔を上げたアルフィリアが発したのは、予想外の言葉だった。その表情は真剣そのもので、説得したものだとばかり思ったこちらの口から、間の抜けた声を漏らしてしまう。



「あんたに預けた荷物はあげるわ。保存食とか野営道具だし、それと今日の銀貨をやり繰りすれば旅は続けられるでしょ」


「い、いや……待ってください! 今ご自分で……!」


「ええ、賢くない行動よ。そうしたいって思うのも、たまたま目に入って、ちょっと関係があった相手だからに過ぎない。それに付き合わせるのは理不尽だから、あんたとは別れる」


「なぜ、そこまでして……」


「……ここで諦めて、後からアルチョムやミーリャが不幸になったらさ、私多分後悔すると思うのよね。あの時手を貸していれば結果は違ったかもしれない、って」


「一人が手を貸した所で、事態がそう変わるとは思えません」


「まあ、そうかも。けどやってみて駄目だったなら、私はあの時どうにもできなかったんだって、まだ諦めもつくわ。けどやらなかったら、ずっとモヤモヤしたものを抱えていくことになる。短い人生、気持ちよく生きていたいじゃない?」



 そう言って小さく微笑むアルフィリアからは、これ以上の意見は受け付けないという一種の頑固さのようなものが感じられた。フードの中に髪を収めると、困惑するこちらを尻目に、ドアへと向かう。



「今日の分の宿代は支払ってあるから。じゃあね」



 その言葉と共にドアが閉められ……部屋には自分一人、取り残された。



「……参ったな……」



 おそらく、彼女はアルチョムの件に関して、納得するまでこの街を離れないだろう。それが何日後になるかはわからない。それも踏まえて、この後どうするべきか、思案する。



「(一つ目の選択肢。協力してアルチョムの件を解決する……これはできれば避けたい)」


「(二つ目、このまま一人でテルミナスを目指す。ここまでかかった日数は12日。道のりが半分弱として……あと15日かかるとする。銀貨三枚強で二人が食事つきで泊まれたってことは、一人で物置なら一枚強程度? 残る銀貨でテルミナスまでの馬車を探す……)」


「(どう考えてもこっちが無難。となると、ひとまず明日の朝に馬車をさがして……で、着いたらまずは生活するために仕事を探す……まあ、肉体労働しかないか)」


「(工事現場か、荷物運びか……身一つ、前歴不問でできるのはそのあたり? これなら、地球とさほど仕事内容も変わらないだろうし、字が読めないのも大した問題にはならない筈)」


「(日当をもらって、住むところと食事を何とか……いや、まて……!)」


「(道中全く何の問題もなくたどり着けるのか? 襲われたりしなくても、変なものを食べて食中毒にでもなったら……この世界の医療レベルはどのくらい? そもそも、医者が簡単にかかれる物か?)」


「(これはテルミナスに着いても同じこと、破傷風やらなにやらも十分ありうる……それどころか、この世界特有の病気なんて可能性も……)」


「……はあ……」



 医療技能を持ち、それを自分に使ってくれそうな人物。結局の所それは、アルフィリアしか居ない。大都市なら医者の一人や二人見つかるだろうが、こういう文明レベルでは薬が貴重で、庶民には手に入らないということも大いにありうる。

 結局の所、二択なのだ。大きな危険を避けてテルミナスに向かい、いつか爆発する爆弾を避けながら、帰るところまでジリジリと進んでいくか。今危険を冒してでも、ある程度信用できるアルフィリアと同行し、その庇護を受けるか。

 


「(選ぶべきは……)」


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