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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十六章 誰かがやらなきゃいけない事 編
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十六章の7 ひとまず、日常へ

異世界生活166日目、秋の30日



 顔の薬を塗り替えながら、テルミナスの門をくぐる。衛兵も、道行く人も、レンタルした馬車を返す厩舎も、いつも通り変わらない対応……人を5人殺してきたなどとは、まるで気付いていない様に見える。もっとも、気づかれても困るのだが。




「じゃあこれ、依頼完了の証明証ね。戦利品周りはあたしがもらうわけにも行かないし、君にあげるよ。それじゃあお疲れさま」


「それでは……次があるか知りませんが」


「次はあるさ。その時も、きっと君は来るはずだよ」



 リンランはこちらの腰を軽くたたくと、路地の一つへと消えて行く。彼女の『裏稼業』に謎は多い。そもそも彼女が属しているのはどこかの組織なのか、あるいは個人なのか。悪人を始末している風なことを言っていたが、意思決定はどこの誰がするのか……だがそれらを追求することは、自分の首を絞めることに繋がるだろう。今はただ彼女を見送り、表向きの依頼の完了のため探検者組合へ顔を出すことにした。


 道行く人々の服装にはコートやマフラーが目立ち始めており、それは組合においても同様のようだ。受付嬢のアデーレが肩に布を一枚かけている……それ一枚でも、温かさが増すのだろう。



「依頼金の受け取りですね? 指名依頼でも通常の依頼と変わりませんので、窓口へどうぞ……指名にしては随分安く買いたたかれたみたいだけど」



 後半の小声部分に、暖かさと言う物は感じられなかったが。



「毛皮は、大分痛んでますねえ……1枚あたり、銀貨1枚になりますけど、良いですかぁ?」


「構いません、お願いします」



 膝に毛布を掛けたマリネッタに手続きをして貰い、まだ服装の変わっていないジーノが良くわからない毛皮を運んでいった。手続きが済むまでは、ベンチで時間を潰す……



「酷いやけどですね……一体どんな魔物と戦ったんですか?」


「……大したことはありません。ロヴィスに奇襲を受けて、煮えた鍋を浴びただけです」



 ジーノから投げかけられた質問に、あらかじめ用意しておいた答えを返す。戦利品とも矛盾せず、特段踏み込まれるでも無い面白みのない答え、こういう物を用意しておくのも必要なことだと、リンランに教わった。



「そうなんですか……でも、そんな怪我をしても勝って帰って来るなんて、流石です!」


「……ほめ方が無理矢理ではありませんか?」


「あ、あはは……でも、僕たちが後ろ向きになってたら、探検者の皆さんも不安になるじゃないですか。だから、応援して、前向きになるんです! あ、でも凄いって思うのは本当ですから!」


「子供なのに、色々考えるんですね」


「子ども扱いしないでください! 僕はもう13なんですよ!」


「イチローさーん。窓口へどうぞー」



 雑談をしている間に、手続きが終わったようだ。ベンチから立ち上がり、カウンターに立つ。



「それじゃあ依頼料金貨2枚と、討伐奨励金が銀貨30枚、毛皮が10枚で……合わせて銀貨40、それから以前お預かりした蝙蝠の魔獣なんですけれどぉ……」


「調査が完了したのですか?」


「はぁい、過去の事例の調査、魔法協会支部の協力などを経ましてぇ……討伐奨励金と死体の買い取りで、金貨3枚となります、よろしいですかぁ?」


「討伐奨励金は出ないという話では?」


「木工組合の方からの証言もありまして、群れの数や実際に死人が出たことも鑑み、交渉の結果特例として出してもらえることになりました。組合は組合員のために頑張るんですよぉ?」



 自然な笑顔を浮かべ、顔の両側で握りこぶしを作って見せるマリネッタ。当然、中抜きはしているのだろうが……予想外の収入は、素直に喜ばしい物だった。



「では、お受け取り下さい?」


「……確かに」


「それと、もしよろしければ資料室の方で、その蝙蝠との戦いの事を記録して頂けますか? 地道な記録の蒐集(しゅうしゅう)が、こういう時のために役立つんです。お金は出ませんけどぉ……後輩たちへのお土産だと思って、お願いしまぁす」


「気が向いたら、そうします」


「あう、つれないですねぇ……」



 コインを財布に流し込む小気味よい音も、どこか重く聞こえた……今は慈善事業をする気分でもなく、資料室には寄らず、財布のひもを締めて、組合を出ることにした。



「どうしてもと仰るのならこちらで捜索の依頼を斡旋することもできますが、正確な行先もわからない以上……」


「それでも、お願いします。歳は54、最後に会ったのは15年くらい前で、その時背はこのくらいで……治癒の魔法が得意で……」


「(……治癒の魔法……)」


「特に毒消しの魔法が……はあ、家を追い出されたからって、やけを起こしていなければいいんだけど……」



 気の毒だが、彼女の依頼は無駄に終わる事になりそうだ。ジーノの考え方もわかるが、生憎既に結果は確定している。そう遠からず死体が発見されて届けられるだろうが、動物に食い荒らされて原形を留めないのと、知った顔が大きく切り込まれ腐り始めているのと、果たしてどちらがマシなのだろうか。死んだとも知らず叔父の特徴を並べ立てるその声を背後に、組合を後にした。


 アパートに戻ると、小屋にサクラの姿が無い。飼い主と共に出かけているのだろう……代わって、洗濯物を干している大家のサンドラが、こちらを目に止めた。



「おや、酷い顔だねえ」


「とても、厄介な戦いを経験しまして。後でちゃんとした治療を受けるつもりです」


「はん……まあ良い、丁度良い所に帰って来たね、干すのを手伝っておくれ」


「はあ……わかりました」



 荷物を部屋に置いてから、籠に積まれた服やシーツを干していく。こういった作業は子供のころからやっていて手馴れたものだ。簡単なハンガーを服に入れ、ワイヤーにかけて次を手に取る。



「次の支払いまでもうそろそろ半分だが、大丈夫なんだろうね?」


「はい、最近は何とか、収入も得られていますので」


「そうかい、すぐに音を上げるか死ぬかと思っていたが、中々長持ちするじゃあないか」


「自分でも驚いています。暴力沙汰には縁のない生活を送って来たはずなのですが」


「人間、自分でも気づいていない才能があるもんさ」


「……あまり、喜ばしい才能とは思えませんが」


「良いじゃあないか。わたしゃそんな才能は無かったからね、結局体を売る他なかった。まあ、どっちが幸せだとは言わないがね」


「……それを、娼婦の才能があったと言われたらどうしますか」


「言うじゃあないか。まあ喜びはしなかったろうねえ。だが否定もしなかったろうさ」


「受け入れる他ない、と?」


「まあ、才能ってのは道具みたいなもんさね。使いたくないっていうならひっこめておけばいい。だが使うしかないっていうなら……使うべきさ。無くてくたばるよりずっと良い」


「たとえ、望んで居なくとも?」


「はっ! 望みなんて言うならわたしゃ白亜の宮殿に生まれて召使いをあごで使いたかったね! だが実際はそうでないんだ、みんな望みなんて物は胸に仕舞って、折り合いをつけて生きてくんだよ」



 そんな話をしているうちに、洗濯物が全て並んだ。腰に手を当てて背を逸らせるサンドラ。洗濯物の入っていた籠を重ねていると、彼女が言葉を続ける。



「ま、婆さんから一言言わせてもらうなら、だ。どんな状況でも、案外救いはあるもんだよ」


「なぜ……そんな話を?」


「年の功さね、百や二百でくだらない数を相手してきたんだ、男の表情くらい読めるようになるさ」


「……そんな生活の中で、あなたは何に救いを見出したのですか」


「おや、婆さんの昔話を聞くのかい? やめときな、つまらない話さ……まだあんたの困りごとでも話した方が身になるよ」


「困りごと……と言われましても」


「おや、何か話したいからこんな婆さんと話してるんじゃないのかい?」



 実際の所を言うわけにはいかない。しかし……『接客業』を長らくしてきた彼女に何もないと言ってもばれる。何か、適当な……出来れば『嘘ではない』範囲の話をするべきだろう。何かないかと頭を回し……一つ思い浮かんだ。



「今回の仕事、リンランさんと出たのですが……」


「ほう……?」



 眉をひそめるサンドラ。リンランと知り合いの彼女になら、相談と言うていでも問題ない筈だ。



「その、帰りに……迫られまして」


「迫った? 何をだい」


「その……体の関係を」


「……く、はっはっは! なるほどねえ! で、したのかい?」


「していません」


「なんだい、意気地なしだねえ……まあ、気にすることは無いよ。リンランに限らずヘルバニアンの貞操観念ってのは軽いんだ」


「そうなのですか?」


「ああ、ヘルバニアンってのは元々多くても20人ちょっとの単位で分散して生活してるからね、その部族同士が出会った時にちょっと気に入った相手がいれば寝るんだよ、じゃないと血が濃くなりすぎるからね」


「はあ……」


「だから夫婦や浮気っていう概念も薄い……まあ、酒を奢られた程度に思っておきな。リンランにとってはちょっとした感謝の気持ち程度だったんだろうさ」


「わ、わかりました……」


「それと、私みたいな婆さんだけにしときなよ、女にそう言う話題を振るのはね」


「それは、心得ています」


「ならいい、横っ面を張られたくはないだろ? そら、お隣さんのお帰りだよ」



 サンドラの言葉が終わると同時に門戸が軋み、見慣れた隣人とそのペット、白い2つの影が姿を現す。今日の仕事も順調だったのだろうか、中身が抜けてしぼんだ鞄を背負っていた。



「あ、イチロー帰ってたんだ……って、うっわ、何よその顔。まーた何かやられてきたわけ?」


「まあ、そんな所です……」


「たく……ほら、手当してあげるからこっち来る」



 サクラを小屋に繋ぎながらアルフィリアが手招きした。魔法が傷を治す、痺れるような感覚を顔に受けながらも、先ほどのサンドラの言葉を反芻する。



「(救い、か……)」



 元の世界に帰るという目標はある。だが目標と救いは別の物だろう。であれば、自分の救いとはなんだろうか。



「はい、他には?」


「他には……」



 道中負った物も含めて、体に受けた傷を治癒する。アルフィリアは面倒くさそうな表情を浮かべてはいるが……一応手土産も用意してあるので、それを提示して機嫌を取ることにした。



「そうだ、頼まれていた石を取ってきました。どこに置いておきましょう?」


「ほんと!? ありがと。あとで見ておくわ」



 もし、子供がおもちゃを買って帰ってきてもらったら、こんな顔をするのだろうか。アルフィリアはたちまち無邪気な笑顔に変わり、魔法を使う手を早めた。



「む……なによ、人の顔じっと見て」


「いえ……喜ぶものだなと思いまして」


「そりゃあね。あれがあると色々できるのよ、そのままでも顔料になるし……ま、絵描きの知り合いは居ないけど。あ~、でも保管場所とか考えないとね……」



 薬のレパートリーが増えれば、こちらにもその恩恵があるだろう。少し悩む仕草を見せるアルフィリアだが、その表情は楽しげだ。持ってきたかいがあった、とでも言うべきなのだろうか。見ていて悪い気がする物ではない。しかし……



「(これが『救い』なんだとしたら……あまりにも、危うすぎるな)」



 被差別人種で、さらに禁術使い。しかも最近はどうも油断をしているように思える。何かあればたちまちその立場は危うくなるだろう……そうでなくとも、人だ。明日どうなるかはわからない。サンドラの言う『救い』とはもっと、酒だとか煙草だとか、そう言ったストレス解消手段やモチベーションの維持につながる物であるはずだが……



「はい、おしまい! それじゃあ今日はもう暇よね? サクラのご飯貰いに行くからついて来てくれない?」


「早速、荷物持ちですか……」


「そうよ、最近サクラよく食べるから、あんたが居ないと大変なのよね。ほらほら立つ立つ」



 こちらの悩みは他所に、背後から脇を抱えるようにしてこちらを立たせるアルフィリア。休ませるつもりはどうやらないらしい……新鮮な肉を食べられる、と尻尾を振るサクラを伴って、海獣の加工場へと坂道を下る。負傷して帰って来た隣人相手にする仕打ちではないと思うが、その彼女の遠慮のなさから、どこか、帰って来たという感覚を得られるのも事実だった。



「(……けど)」



 もし、自分がベスティアで人を殺してきたと知ったらこの笑顔はどうなるのだろうか。命乞いをする相手の頭を叩き割って帰って来たと知ったら、果たしてこの鈴の様な声は、どんな言葉を投げかけるのだろうか。あまり、考えたくはないことだった。





今回の清算


物品


矢: 13本→27本 (補充と使用差し引き)

矢毒:1→0 (襲撃者の弓使いへ使用)

食料:140食分→117食分(馬肉入手のため少しだけ節約)


収入


リンランからの依頼分:  金貨2

襲撃者からの強奪分:       銀貨43

討伐奨励金及び戦利品:金貨5 銀貨40

               


出費


イルヴァへの付与術依頼:             銀貨15

矢の購入:                      銀貨22

道中宿泊費:                     銀貨5

その他生活費:                   銀貨5

魔獣の討伐金、アルフィリアの取り分 金貨1 銀貨25


所持金の変動


金貨:8→12

銀貨:30→41

銅貨:9


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