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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十六章 誰かがやらなきゃいけない事 編
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十六章の5 後の始末

 騎手は喉から赤い泡を溢れさせ、ほどなくそれも止まる。勝利は収めたものの、熱された空気で喉が痛み、目まいを覚え始めていて、立って歩くことすらできるか怪しく思えた……その時、左右にそびえたっていた炎の壁が消える。



「やあ、済まないね遅くなって。でもこれで終わりだよ、お疲れ」



 口の中に溜まっていた土を吐き出して振り向くと、一仕事終えたと言わんばかりの声を出しながら、目が左右あらぬ方向に向いた女魔法使いの耳から刺突剣を抜き取るリンラン。毒矢を受けた弓男も、当たりどころが悪かったか、既に絶命しているようだ。残るは、回復役の男魔法使いのみ。近づいてよく見れば、どちらかと言えば気弱そうな印象を受ける。毛髪は薄く、歳は中年を少し越えたくらい、日本で言うなら冴えない中間管理職をやっていそうな見た目だ。魔法の使い過ぎによるものか、耳や鼻から血を流している。



「ひっ……あ……!」


「いやあ、驚いたよ。あたしの混合毒を解毒するなんて。おまけに脚の処置もあの短時間。真っ当な仕事してたらきっと上手くやれただろうにね」


「ご、ごめんなさいっ……! 私は騙されたんだ! こんな、強盗をするなんて聞いていなかった!」



 腰を抜かして後ずさりをする男。どうにもこういった犯罪行為に加担するようなタイプには見えない……もっとも実際にはしているのだから、人は見かけによらないのかもしれないが。とにかく彼は恐怖からか、出血からか、声と体を震わせて謝りだした。



「うーん、謝るんなら君たちのせいで死んだこの木工組合の人達にじゃないかな?」


「もう二度とこんなことはしません! あなた達のことも誰にも言いません! 自首して牢屋に入ります! だから……」


「あはは、馬鹿だなあ。強盗殺人で4,5人殺しておいて、死刑以外になるわけないじゃないか。どの道、君は死んじゃうんだよ」


「……やるのでしたら、早く済ませてしまうべきでは?」


「うん、そうだね。じゃあ君、その鉈でパカっとやっちゃってよ」


「私がですか?」


「そ、もう3人は殺したんだ、もう1人くらいどうってことないでしょ?」



 試合か何かへ送り出すかのように背を押される。目の前には傷つき血と涙を流す男。いい年をした男が泣きながら命乞いをするその頭を叩き割れと言われても、流石に気が進まない。



「お、お願いします……私はカヴァルマーノの魔獣を狩るからと雇われただけなんだ! 馬車を襲うなんて知って居たら、協力なんてしなかった!」


「まあ、確かに犯罪を犯すようには見えませんが……」


「そ、そうなんだ! 私は探検者だった! 上手く、死なずにここまでこれた……だが大金も稼げず年を取って、もう探検者を続けることも難しい……だから、せめて慎ましく生きていける金が欲しかっただけなんだ! 最後の機会だと思ったんだ!」


「回復魔法が使えるのなら、それで商売ができたでしょうに」


「ああ、私もそう思った。だが、私にそんな才覚は無かった……気づけば、家賃も払えないような有様だ。そこへ持ちかけられたのが、今回の話だった……」


「子供ではあるまいし、途中で引き返すことも出来たでしょう」


「あそこまで来たら、もうやるしかなかった! 逆らえば口封じに殺される……そうでなくても、魔物がうろつく草原を歩いて戻るなんてできやしなかった!」


 嗚咽交じりの声を出す男の顔には、明らかに今できた物ではない、さりとてさほど古くも無い痣や刃物の傷が見受けられる。目的を明かされ、帰ることも出来ずに暴力で言うことを聞かされていたのだろうか。

 あるいは、彼は自分の未来なのかもしれない。運よく脅威を潜り抜け、しかし成功を収められるでもなく、衰える体と減り行く金に怯える。上手い話に乗ってしまったとしても、責められる物ではないのかもしれない。



「……わかりました。あなたは悪人ではなく、騙され脅され、やむにやまれず生き残るために協力した。そう信じておきましょう」


「ほ、本当に!?」


「ええ」



 跳ねるようにこちらを見上げた頭へ、血の滴る刃が食い込む。生木の枝のような柔らかさをを含む手応え。喜びの表情が驚きに変わるかどうか、と言う所で……その体が地面に横たわる。



「まあ、それはそれ、これはこれですが」


「うんうん、それでいいんだ。さて、怪我はないかい?」


「顔がとても痛みます……」


「うわ、こりゃ顔中水膨れになるね。ちゃんと薬塗っときなよ? さて……長居は無用、戦利品を取るなら取っていいけど、現金だけだ。武器やら鎧やら指輪やらは足が着くからね」


「言ってることがまるで強盗団ですね」


「まあ、実際やってることはそんなもんだからね」



 死体たちの懐と馬車を漁り、財布を抜き取った。中身は後で調べるとして、残るは……



「……こちらは、まだ、息があるようです。意識はありませんが」



 乱暴されていたニクシアンの女性は、顔が腫れ上がり荒い息をしているが……とりあえず生きている。少なくとも心臓と脳が動いているという意味では。



「生きてるか。運が良いのか悪いのかだね。さて、どうする?」


「そう言うことは、そちらで判断するべきなのでは……」


「今回は君。さ、どうする?」


「……私たちの事を見られてはいない筈です。口封じをする必要は無いかと」


「なるほど、それで?」


「ここに置いていきます」


「中々残酷な選択肢だね。運が無ければ衰弱死か動物に食い荒らされるかだ」


「殺す理由も助ける理由も無いなら、どちらの手間もかける必要は無いでしょう。その結果彼女が生き残ったなら……それは、彼女の運が良かったということにします」


「ふうん……ま、いいよ。あたしはとりあえず馬車を回収してくるからね」



 リンランはその場を離れ、隠しておいた馬車の方へと向かう。後に残るのは炎に包まれた馬車と、死体、死体、死体、死体、死体、半死体。そのうち半分を自分がやったわけだが……奇襲とは言え倍の数の敵を全滅させたのだから、我ながら、良くやれたものだと思う。



「(4人、殺したか……)」



 天を仰ぐ。高い空を行く鰯雲と、合間に見える青白い月。殺戮劇の後とは思えない清涼感に満ちた空だが、燃える馬車が上げる煙がその青に混じり、空気を染める鉄の臭いが、周囲に何があるのかを言葉なく告げる……嘆息し、男から鉈を抜き取って血やその他のこびりついたものを死体の服で拭う。こぼれ落ちた物は、目に入れないようにした。鞘に納めようとしたが……なぜか上手く行かない。



「(まさか、曲がったか?)」



 震える鉈の刃に手を添え、先端を合わせて収める……難なく入った。抜き差しにも問題は無い。



「(大丈夫か……)」



 鉈を腰に戻した時、リンランの馬車が来た。乗り込んだところで、アルフィリアから頼まれごとをしていたことを思い出す。



「すいません、谷に寄ることはできませんか?」


「谷に? どうしてだい?」


「そこで、取ってきてほしい物があると言われていまして」


「取ってきてほしい物ねえ……まあ、調べる意味がないわけでも無いし、構わないよ。だけど手早くね」



 馬車は谷間へと向かう。相変わらず狭い道ではあったが、急ごしらえ感がにじみ出ているものの木で舗装され、幾ばくか道らしくなっていた。その岩壁に浮き出た赤い色の結晶……アルフィリアが言うには水銀の鉱石を鉈で削り取り、鞄の空きスペースに詰めていく。リンランは地面を見ながら馬車を進ませ……最初の分岐点で、谷向こうに抜けるのとは違う方向へと進む。



「そちらは、行き止まりですが」


「行き止まりだからってなにも無いとは限らないのさ」



 日陰の道を歩き、少し進むと……野営の跡を発見した。テントや木箱に入った食料が残されており、もうしばらく滞在するつもりだったことがうかがえる。



「ここが彼らの拠点ってわけだ。さてさて……」


「もう全滅させたのに、まだ調べることが?」


「ああ、相手がよっぽどの間抜けじゃなけりゃ……あったあった。ほら」



 リンランが手にしたのは一冊の手帳。したり顔を浮かべた彼女が、開いたページをこちらに見せる。



「こうやって、悪事の証拠を残しておく。何かあったとき依頼主との交渉材料にするためにね」



 筆記体で読みにくいが、そこには日時と場所、馬車をどうのこうの、と書いてあるのが読み取れた。日付は数日前、出発前に書かれたものだと思われる。



「しかし、知らぬ存ぜぬを貫かれればそこまででは?」


「証拠を持った官憲がどういう態度に出るか、君には予想できないかい?」



 皮肉げな笑みを浮かべるリンラン……確かにほんの数日前、碌な証拠も無く『犯人』を逮捕しようとしていた。そう言った世界であれば、こんな誰が書いたかもわからない手帳であっても、立派な証拠となりうるのかもしれない。



「ま、これをどう使うかはあたしの管轄じゃないけどね。石拾いはもういいかい?」


「……後、もう少し。そこにある大きな塊をとって終わりにします」



 握りこぶし大の塊がいくつか固まって居る場所を見つけ、それを剥ぎ取って荷物に詰め、だいぶ重さの増した鞄を馬車に乗せた。

 帰り道、本筋の道へ戻ろうとしたとき、前を馬に乗った複数のニクシアンが通り過ぎた。そのうちの一頭に、布を纏わされた先ほどの女性が乗っているのを見つける。



「……どうやら、運が良かったようです」


「煙が見えたかな? 何にしても、これであの強盗達がいつ殺されたのかはほぼ特定されるわけだ」


「……」


「済んだことは気にしない! さっさとこの場を離れるとしようか」



 ニクシアン達が十分離れるのを待ってから、来た道を戻る。燃え尽きつつある馬車の脇を通り、再び開拓村を迂回し始めた辺りで夕日が地平線に触れ、そこで夜営をすることになった。



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