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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第二章 逃避行 編
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二章の5 交差点の街

 異世界生活17日目、春の61日。


 昼を大分過ぎたころ、新たな宿場が見えてきた。街道上にあるようなせいぜい宿が数軒くらいの物と違って、複数の街道が交差し、それに沿って建物が建ち並んでいるのが見える。



「テルミナス……ではないですよね」


「あそこはウィアクルキス。この国のほぼ真ん中にある交通の要衝よ」


「つまり、もう半分は来たってえことだな」



 村を出て11日目。30日程度を予定していた旅路は、随分早く進んでいるようだった。何台かの馬車や荷車とすれ違い、旅行者用の厩舎にゲラシムと荷台を預けると、そのまま通りを歩いて宿を探す。



「……よし! ここにしましょう!」



 アルフィリアは宿を決めたようだ。自分はもちろんの事、食事代を運賃代わりに提供しているアルチョムらも、そこに泊まることになる。一階部分はカウンターが一つとテーブルが並んだ食堂兼酒場で、二階、三階が客室になっているようだ。おそらく自分は物置送りだろうが。



「普通の部屋と、安い部屋一つね。それから……」



 アルフィリアは部屋を取った後、主人らしい壮年の男性と何やら話し込んでいる。例によって夕食までは特にやることが無いが、往来が多いだけに武器を取り出すのもはばかられる。なので、街道を歩いて看板を読むことにした。ここ数日の勉強がどれだけ身についているか、試してみるにはいい機会になるだろう。

 宿を出て、通りを歩きながら建物を見回せば、農村の建物との違いに気づかされる。建物は二、三階建ての物が基本で、多くは素材の色そのままではなく何かしら塗装が施されており、一部の窓にはガラスも使われている。



「(ミーリャの本はどう見ても印刷されたものだし……文明は少なくともルネサンス並の物があるのか……)」



 次に行き交う人々に目を向ければ、多くは地球人と似た姿の者だが、時折奴隷馬車で見たような種族も見受けられ、そのほとんどが、粗末な……奴隷の服を着ていた。



「(同じ、『外れ』の人か……)」



 彼らもまた、わけもわからずこちらに連れてこられ、一方的に外れ扱いされて奴隷にされているのだろうか。おそらく長かったであろう爪を根元から切り落とされた、ナマケモノのような姿をした異界人と目が合い、すぐにそれを逸らす。こっちは自分の事で手一杯、彼らをどうにかする能力も意志もないのだから。



「(……看板、だったな)」



 気を取り直し、通りに並ぶ看板を一つ一つ眺めていく。大概の看板はそこが何屋なのか一目でわかるシンボルとセットになっているため、なんとなく何が書かれているのかはわかるのだが、その詳細まで読み込むとなると話が別だ。



「(長生き……パン……長持ちするパン、ってことか……?)」


「(古さを……求める……町最高価格……? ……ああ、リサイクルショップか)」



 なるべく良く使う単語から教えてもらうようにしてはいるが、文法や慣用句に関してはまだまだ手が出ない。いずれ専門的な書物にも手を出すことになるだろうが、そこまでの道は遠く険しそうだ。



「(いっそ誰かに読んでもらう方がよっぽど早いか……?)」


「こんな所に居た!」



 異世界の看板相手に、少しくじけそうになっていると背後からアルフィリアの声がする。

振り向けば、「不機嫌です」と言いたそうに腕組みをし、ジト目でこちらを睨む彼女の姿があった。



「勝手に私から離れるな、って言ったわよね」


「何やら話し込んでいたようでしたので……」


「あんた奴隷の自覚ある訳……?」


「(むしろそっちが奴隷をなんだと思っているんだろうか……好都合だけど)」


「まあ、それは置いといて。ちょっと用事を済ませるわよ」


「用事……とは?」


「村で貰った荷物の中に、毛皮があったでしょ。あれ、ここで売っちゃいましょ」


「売るのはいいですが……ああ、話していたのはその件で……?」


「そういうこと」



 抑えた声で会話をしながらアルフィリアに続くと、彼女は一軒の店の前で足を止めた。看板には服がデザインされており、「組合」と言う文字が読み取れる。前後にも文字が続くのだが、それを読む前にアルフィリアは店に入ってしまった。

 店内はやはり服屋のようで、棚には畳まれた衣服が並んでおり、ハンガーにかけられた毛皮のコートも見受けられる。しかしそれらの商品は店の中をほぼ半分に区切るカウンターの向こう側にあって、直接手には取れないようになっていた。そのカウンターにいる、撫でつけたような黒髪の若い男の店員へ、アルフィリアは話しかける。



「ここ、毛皮を買ってくれるって聞いたんだけど」


「ええ……扱っていますよ。どのような毛皮を?」


「イチロー、出して」



 毛皮はこちらの荷物に入っているため、背負っていたそれをほどき、底の方から毛皮を取り出す。いくつか種類があり、元となった動物は良く解らないが、おそらくリスから犬程度の大きさのものだろう。

 茶色や白のふわふわした毛皮をカウンターの上に並べると、店員はそれを一つ一つ手に取って調べ始めた。



「これは、ご自分で?」


「いいえ。仕事の代価として手に入れた物よ」


「ふむ……」



 一通り毛皮を調べ終わると、店員はしばし考えてから、口を開く。



「なかなか良い品のようですね。全部で……金貨2と銀貨30でいかがでしょう」


「そんなもんか……いいわ、それで」


「かしこまりました、では……」



 店員はカウンターの奥に毛皮を引っ込め、それに代えて金と銀のコインをカウンターに並べる。



「どうぞ、お確かめを」


「……うん、確かに。ほらイチロー、銀貨はあんたの取り分にするわ」


「え?」


「あ、文句あるってわけ? あんたは他にも色々手に入れたでしょうが」


「いえ、ありませんが……」


「よろしい。さて、じゃあ私は宿に戻るけど、あんたは?」


「もう少し、このあたりを見ておこうかと」


「あんまり目立つんじゃないわよ。あと、夕飯には間に合うように」



 毛皮を売り払って多少軽くなった荷物を背負い、再び通りを散策する。図らずも現金を手に入れたため、見るだけでなく買い物をすることもできるが、さすがに今使うのは無駄遣いと言う物だろう。ひとまずポーチに収めた三十枚の銀貨はそれなりに重く、三枚強で二人が一泊できることから、決して安い額ではないことがわかる。



「(やっぱり、奴隷と言う物を何か勘違いしてるのか……それか、奴隷は建前で、実は良い人だとか……?)」


「(他の奴隷服の人を見る限り、自分は間違いなく優遇されている。それ自体は構わないけど……っ!?)」


「おっと、ごめんよ!」



 考え事をしながら通りを歩いていると、腰に何かがぶつかった。それに続いて、猫を思わせる活発な声が謝りながら背後に抜けていく。

 振り向けば、声の主が居た。黒い髪を短めにした少女、若草色の服装はこちらと似たような旅用らしい作りだが、その背はせいぜいこちらの腹程度しかない。そして何より特徴的なのが、耳だ。例えるなら兎の耳をそのまま人の耳と入れ替えたような、短い毛に覆われた長い耳をしている。

 そのまま歩き去ろうとする彼女に、しばし目を奪われていたが、ふとある可能性が頭をよぎり、彼女を呼び止めた。



「ま、まった!」


「え?」



 振り返った彼女の顔は身長相応の童顔で、肌の色は軽く日焼けをしたかのように見える。身長と相まって、まるで外で遊び回っている子供のようにも見えた。彼女から目を離さないまま、自分の荷物を調べる。



「(銀貨……30枚ある。矢も多分減ってない。他の荷物は……手が届くようなところじゃないし……)」


「……もういいかい?」


「……思い違いだったようです。失礼しました」


「あはっ、いいよいいよ! 使い古された手口だもんね、『ごめんよ』ってぶつかってスリ取るなんて。ま、用心深いのは悪いことじゃないと思うよ?」



 屈託のない笑みを浮かべた少女は、背を向けて路地へと消える。それからは、特にこれと言ったこともなく、看板を読んで回り……時折冷やかしだと追い払われて、日が暮れていった。




「それは、ヘルバニアンね」


「南方に住む異人種……でしたか」


「そ。まあ何もなかったならそれでいいんじゃない?」



 宿の一階で適当に話をしながら、肉の入ったシチューを口に運ぶ。席は八割がた埋まっており、木の食器がふれあう音や談笑が耳に入ってくる。そのうちの一つ。飲み干したジョッキをテーブルにダン、と置く音が目の前で鳴った。



「プハッ! 小さな女の子か~、ミーリャとどっちが可愛かった? なあ、なあ!」


「お父……恥ずかしいからやめて」



 何杯目かの酒を飲みほしたアルチョムの顔は赤くなっており、普段よりも絡んでくる。端的に言って、随分と酔っているようだ。



「ご主人様、何杯もお代わりしてますが……いいんですか?」


「平気平気、さっき金貨2枚入ったじゃない」


「どのくらいの価値か良く解りませんが……」


「金貨1枚が大体銀貨50枚。ちなみに銀貨1枚が銅貨10枚ね」


「(安宿が二人で一泊銀貨2~3枚。金貨一枚が……数万円程度、ってとこか)」



 そんなことを小声で話していると、空になったジョッキを掲げてアルチョムがさらにお代わりを頼もうとする、が。その手をミーリャが抑えた。



「お父、もうだめ」


「な~んだよミーリャぁ~。せっかく飲ませてくれるって言うんだから……」


「そうやって酔っぱらったお父が嫌だから、お母は出ていったの」


「あ、ああ……そっか……」


「ん~、まあ、二日酔いで運転されてもなんだしね。ミーリャはお父さんの事、ちゃんと監督してるんだ」


「うん……また三人で暮らしたいから」


「そっか……そうよね、うんうん」



 フードをかぶったまま頷くアルフィリア。一方のアルチョムはと言えば、空のジョッキと睨めっこをしている……アルコール依存症と言うわけでもなさそうだが、そんなに酒とは美味しい物なのだろうか。いずれにしても、お代わりは頼まれることなく食事を終え、それぞれの部屋……自分は物置だが。とにかく横になって一日を終えた。


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