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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十四章 サーチ&レスキュー 編
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十四章の4 襲撃、ケンタウ……ロス?

異世界生活141日目、秋の5日



 開拓地を出ると、そこにはもう道はない。背の低い草に、時々藪と言うか繁みが混じる草原地帯が一面に広がっている。いかにも馬などが走り回っていそうな地形ではあるが……



「目印になりそうな物が無いわね……これ、ちゃんと帰ってこれるのかしら」


「こうまで、ただただ平原では……印をつける物すらありません」


「サクラの鼻も……あんまり頼りにならないかなあ。臭いを追えそうな物が無いもんね」


「星を頼りに自分の位置を確かめる方法、ウーベルトさんは使えたのですが……」


「ああ、星を頼りで良いのか? それなら俺もできるぞ」



 荷台での相談を聞いていたのか、アルチョムが意外な特技を披露する。天文観測に使えそうな道具など、積んではいないが……



「いや、目で見れば大体わかるしな。俺たちの住んでる所は、冬には一日中日が昇らないところもあるんだ。そんな時は星を頼りにしないと、すぐ迷っちまうからなあ」


「(極地でも生活してるのか……シロップなんか売ってるからなんとなく森のイメージがあったけど)」


「凄いじゃない! じゃあこれで迷う心配はないわね」


「ああ、まかせといてくんな!」



 ひとまずの心配事は取り除かれ、ゲラシムは北東を目指して進んでいく。前よりも乗り心地が良くなったような気がする荷台の上で、調査隊の最後の報告を思い返した。

 それによれば……調査隊は谷間を見つけて、そこに入っていくという。谷間と言うからには山があるはずだが、今の所行く手にそう言った地形は見えない。



「(流石に見落とすことはないと思いたいな……)」



 完全に導なき道をゲラシムは進む。草原では轍も残らず、開拓地はやがて背後の地平線に消え、緑の海に漂う筏に乗っているかのようだった……



異世界生活142日目、秋の6日



 道のりは想定以上に単調な物だった。何しろ景色に変化らしい変化が無く、太陽の傾きを頼りに時間を測り、休憩と移動を交互に繰り返す。道中変わったことと言えば、サクラはときおり散歩代わりに荷台から降りてゲラシムと並走する程度か。



「……結構仲良しよね、ゲラシムとサクラ」


「本来狩り狩られる関係のはずですが……」


「俺も狼を連れてきたときは驚いたけど、頭がいいんだなあ」



 横を走っていたサクラが荷台の後ろに回り、大きく跳ねて跳び乗る。草の匂いをさせた毛皮は、夏場より少し伸びてきたように見えた。

 それを何回か繰り返し、そろそろ馬車を止めて昼食にしようかとしたとき……



「ん……ありゃあ、なんだ?」


「え、どれどれ?」



 右側を指さしたアルチョムに、御者台に出てそちらを伺う。アルチョムの指の先では、緑一色の大地の中に、アブラ虫の群れのような茶色い粒が集まっているのが見えた。それはばらけると……こちらへ、向かってくる。



「……! アルチョムさん、全速を!」


「お、おお! わかった!」



 ゲラシムを加速させるが、それでもその粒の方が早い。たちまち大きくなり、こちらの後ろに付くその姿は……



「な、何あれ、気持ち悪い! 馬!? 人!?」


「なるほど確かに……馬と人がくっついた姿……!」



 その姿は、想像していたケンタウロスとは随分違った。馬の首がある所ではなく、背中……人が乗るような場所に、人間の上半身が付いている。しかしそれはどうにもアンバランスな印象……その原因である、地面にまで付きそうな長さの手にはダンベルの棒部分を紐にした様な物を持っていて、それを頭上で回転させ……



「隠れて!」



 アルフィリアを荷物の影に押し込み、自分もそれに続く。車体に重い物が当たる音、幌布の破ける音が次々と耳を襲う。



「……少なくとも、実は友好的ということは無さそうですね」


「こいつは……ボーラか! 鳥なんかを捕るのに使う道具だ! 足に絡められたら、ゲラシムもやばい! 何とかしてくれ!」



 言われずとも、このままやられっぱなしになっているつもりはない。弩に矢をつがえ、荷台の後ろから、集団の先頭、複数のボーラをたすき掛けにした上半身部分へ狙いを付ける。振動の収まるタイミングを計って引き金を絞り、矢は一直線に胸を貫く。



「(まず一匹!)」



 矢を受けた敵は胸に手を当て、そのまま倒れ……



「(倒れない!?)」



 確かに矢は刺さっている。そこから血も流れている。苦痛で顔をゆがめている……ように見える。しかし、その足は殆ど鈍らず、声も出さずに馬車を追い続けている。



「(急所を外した? けど心臓か肺のどちらかは確実にやれてるはず!)」


「イチロー、右だ!」


「右!?」



 アルチョムの声に右を向こうとしたが……一瞬迷う。アルチョムは前を向いているはず。なら後ろを向いている自分にとっては左かもしれない。その一瞬の間に、幌布を破って右腋腹へ重りが飛び込む。強力な衝撃。

 倒れ込みそうになり、思わず幌の縁を握ると、その左腕を外から掴まれ、引っ張られる。



「うっ……!」


「イチロー、もうちょっとだけ頑張って!」


「何か考えがありそうな口ぶりですけど!」



 強烈な力でこちらを引きずり出さんとしていた敵の腕へ、鉈を突き立てる。刺さった刃で縦に肉を削ぎ、何とか引きはがして荷台に倒れ込むと、アルフィリアは二つの瓶の中身を混ぜ合わせていた。



「一体何をするつもりですか!?」


「あと少し……よし、サクラ、イチロー、前に行って!」



 アルフィリアが大きめの薬瓶片手に荷台の端に立つ。新たな獲物に手が伸びるよりも早く、手で押さえていたその中身を解放すると、薄い黄緑色に濁った気体が瓶から溢れだし、前から入り込む風に乗り、敵集団に流れていって……ほどなくして、黄緑の煙の中で、四本足たちはもがき苦しみ、倒れていく。



「これは……毒ガス!?」


「吸い込んじゃだめよ、肺が焼けるからね」



 さらりと言ってのけるが、それはつまり……このガスは致死性だということか。アルフィリアの錬金術が地球の化学に類するものならば、当然こういった利用方法もあるということだろう。少数で多数を相手取るにあたり、これほど有効な物はそうあるまい。



「速度落とさないでね! このまま……」



 こちらを振り向き、アルチョムへ声をかけるアルフィリア。勝ったという余裕の表情を浮かべているが……そこへ。煙の中からあの、ボーラが飛んできて……顔に、命中した。手から瓶が離れ、糸が切れたように崩れ落ちる。



「(やられた!?)」



上半身が荷台から出て、そのままずり落ちそうになるのを掴み、何とか車内へ引っ張りこんだ。頬を叩いても、サクラが舐めても反応はない。とりあえず呼吸はしているが……



「(見た所血は出てない、致命傷ではない? けど意識が飛んでる以上……)」


「どうした! まさかやられたのか!?」


「アルチョムさんはとにかくこのまま……!」



 言い終わる前に、顔の横をボーラが掠め、積み荷に命中した。煙の中でも倒れていなかった敵が、まだ追いすがって来る。数は、3匹。



「(これを排除しないと手当もできないか!)」



 弩の弦を引く。少なくとも相手は不死身ではない。ダメージを与え続ければ、死ぬはずだ。そのために矢を手に取ろうとしたとき、横でサクラが唸り声を上げる。牙を剥き、敵を睨みつけるそれは、主人を傷つけられた怒りの表情か。全身に光の帯が灯り、桜色の光を残して、サクラが飛び出す。



「サクラ!?」



 地面で一回転し、体勢を立て直したサクラは猛然と走り出した。その速度は、散歩がてらにゲラシムを追いかけさせた時とは比べ物にならない……こちらが鈍重なトラック、敵の四足が乗用車だとするなら、サクラはさしずめ大型バイクか。まるで次元の違う速さで3匹の内1匹に飛び掛かり、その首へ牙を突き立てる。口周りへ、一瞬光の帯が収束したかと思うと。四足の首は折れ曲がり、頭が垂れさがる。それに続くように体の力も抜け、四足は地面に転がった。



「(これが……『魔獣』か……!)」



 サクラは次の獲物に狙いを定め、駆けだしている。狙われた方は逃げ出し、残る1匹は……加速した。



「(回り込むつもりか!?)」


「まずい、こっちに来た!」


「わかってます!」



 急ぎ、御者台の方へ。ゲラシムをやられれば、荷台も、そこに居るアルフィリアも大きな被害を受ける。毒が効くのを待っている時間も無い、最大火力をもって排除することを決め、ポーチからイルヴァに付与術をかけてもらった矢を取りだす。



「(まずは、このリボンをほどく!)」



 風にあおられるリボンの端を掴み、勢いよく引いて投げ捨てる。矢全体に刻まれた紋様に紫の光が灯り、イルヴァの術が正常に働いていることを確信させる。矢をつがえて、ボーラを回し始めた最後の1匹へ、狙いを定めた。引き金を絞る……瞬間、荷台が揺れ、狙いがブレた。矢が飛んでいくのは馬部分の後ろ半身、致命傷にはなりえない部位。



「(外し……!)」



 思考が完結する前に、矢は敵の尻に刺さり……瞬間、赤い水しぶきが飛ぶ。四足は後ろ脚二本を根元から失い、連なった内臓を落としながら、地面に転がる。



「うおおっ!? なんだ!? 凄いなそれ!」


「ええ、まったく! 残りは……!」



 反対側に居るはずのサクラを確かめる……地面に引き倒した四足の喉を嚙みちぎり、返り血を浴びている姿がそこにあった。

 御者台と荷台から周囲を見回し、足音もすべて消えたのを確認して。ゲラシムの足を止めさせる。危険が無いわけではないが、アルフィリアの様子を見なければならない。



「アルフィリアさん! しっかり!」



 フードを脱がせて、命中したであろう部位を探す。頬の下、顎よりの所に青黒い痣。それ以外に負傷は見当たらない……良いというべきか悪いというべきかは、微妙なところだった。外傷であれば傷薬を使えるが、体の内部だった場合……手の施しようがない。荷台に戻って来たサクラと共に、その顔を覗き込むと……



「あ~、う、に?」



 どうにも気の抜ける声と共に、目の焦点があっていく。昼寝でもしていたかのように上半身を起こして、周りを見渡し……状況を把握したのか、慌てた様子で立ちあがる。



「え、え、止まって!? 敵は!? どうなったの!?」


「落ち着いてください、もう全部撃退しました」


「そっか……って、うわ、サクラ血まみれじゃない! ちょ、ちょっとまって、それで擦りつくのは止めて」


「……大丈夫ですか? めまいや頭痛などしていませんか?」


「え、あ~……ちょっと顎が痛いけど、それだけかな。うん、大丈夫。後で魔法も使っておくから」


「治癒魔法は、今お願いします」


「は~い……」


 いわゆる脳震盪、だったのだろうか。軽傷で済んだようだが……とりあえずできる限りのことはしておくべきだろう。アルフィリアに自身を治療させている間、荷台から降りて周囲を警戒する。今の所、さらに敵が増えるということは無さそうだった。



「(……これもベスティアン、になるのか?)」



 近くに倒れている四足……サクラが喉を嚙みちぎった物を、鉈で探ってみる。上半身部分は人と言えば人……だが、普通の人間の身長ほどもある椀部に、よく見れば顔は鼻が無く、口に歯らしいものも見当たらない。頭部は人間を大分いい加減に真似たような印象だ。



「一体どういう生き物なんだ……」


「うーん……何て言うか、変な感じね」


「……もういいんですか?」


「平気平気、ほら、痣も消えたし。骨も痛くないから」



 本来なら大事を取って休ませるべきなのだろうが、街の外ではそう言う訳にも行かない。今後また遭遇した時に備えて、敵の事は知っておきたい……そして頭脳労働は、自分より彼女の方が向いている。



「……この魔物、解剖できますか?」


「え、解剖? う~ん……ものすごく大雑把になら出来るけど……やるの? いまここで?」


「前にも、ロヴィスをばらしていたではないですか」


「解剖と採取は違うわよ。他の部分を適当にバラすんじゃなくて、内臓の配置とかを調べながらでしょ? まあ、やれって言うなら、やるけど」


「お願いします。矢を胸に当てても、まるで効いていないようでした。次に備えて急所を知っておかないといけません」


「……わかった、じゃあやってみるわ」



 アルフィリアは手袋を分厚いものへ付け替えて、作業用ナイフを手にし、食い破られた喉から肉を切り開く。人間部分の内側は、想像していた物とはだいぶ違う形をしていた。



「えっと……うわ、何これ……上半身殆ど筋肉だけじゃない。内臓は殆ど下半身に集まってるのね……あ、みて、ほら。ここが口よ、歯がある」



 下半身部分の前側、そこに三つの開口部がある。どうやらこれが鼻と口らしい。馬に準じた食性を持つなら、地面に生えている草だけ食べられればいいのだからここが口でも問題ないのかもしれないが……



「脳は……人間の所にあるのか。そこに繋がる血管と神経だけが体の中心を通って……背骨が合流する、と。下半身部分は口以外特に変わったことは……あ」


「どうしました?」


「これ、雌だわ。おっぱいがある」


「はあ……」


「でも上半身部分は男……って言うかどっちでも無い感じ? 人間部分はついでなのかしら」


「生き物の体についでも何もないでしょうが……後は、この腕ですね」


「長いわよね……口元に届かないと不便だからかしら」


「投てき武器が相手で良かったです。この腕で槍やら弓やらを使われていたら、たまった物ではありませんでした」


「そうね……道具を使う知恵はあるのに槍は持ってないってのも変な話だけど」



 同じく人型をしているロヴィスは防具や槍を使い、陣地を構築するような知恵を持っていた。一方でこの魔物はそう言った面で大きく劣っているように見える。長大な腕は細かい工作に向いていなさそうではあるが、それ以上に考えうる理由として……



「恐らく……不要なのでしょう。ゲラシムは明らかにこの地域に居ない動物ですが、ためらわずに襲ってきました。彼らはこの生態系において相当な上位に位置すると思われます」


「それまでのやり方で勝ててるなら進歩も無いか……あ、心臓はこれね。こっちの大きいのが多分肝臓……狙うのならここか、後は頭ね」



 内臓は四足動物とほぼ同じ位置にある。正面から狙おうにも、下半身前方に位置する口の歯列が、まるで装甲のように内臓をカバーしている……側面からなら狙うこともできるだろうが、こちらを襲ってくる相手、それもリーチの長い道具を持つ敵を相手に側面を取るのは容易ではない。事実上有効打を与えられるのは頭のみだろう。



「ありがとうございました……また、内臓を取っていきますか?」


「ん、う~ん……今回は止めておくわ。毒で汚染されてるかもしれないし」


「ああ……それに関しては、驚きました」


「え、何が?」



 解剖を終えて、道具を片付け荷車へ戻る。話題は自然と、アルフィリアが使用した毒ガスに移っていった。



「あなたが、あんな殺傷力のある物を作ったという点……そしてそれを実際に使ったという点です」


「あ~、うん……」



 荷台に乗り、ゲラシムが歩きだす。毛づくろいをするサクラの頭をなでながら、アルフィリアは言葉を続けた。



「私なりに考えたのよ。ほら、前……あんたが参加した戦いで、死人が出たでしょ?」


「ええ……それが?」


「……私もベスティアに行くにあたって、なんて言うか……出し渋りはできないって思ったの。私たち皆、命を危険に曝してるわけだし……その、自分ができることを、嫌だからってしないのは、ね?」



 やはり彼女は、敵を直接殺傷するような物はあまり好まないらしい。ましてや彼女は、ロヴィスを人間と同列に感じていることもあった。人……少なくともそう感じているものに対して化学兵器を使う心情と言うのは、推し量りがたい物がある。



「気が進まないのでしたら、薬を渡していただければ……」


「駄目よ、傷薬ならともかく危険物なのよ? 分量や管理を間違えたら大変じゃない」


「それはそうですが……」


「少なくとも、今は私しか使わないし、使わせない。これは……安易に人に渡しちゃ駄目な物だって思うから」


「……わかりました」



 彼女なりの……技術を持つ者の責任とでも言うべきか、そう言った物があるのだろう。彼女がそう決めたのなら、こちらは従うだけだ。



「なあ、あの化け物なんだけどよ……レイラたちは、もしかしてあれに……」


「その可能性は低いと思います。今の所、最後の連絡にあったような地形は見つけていませんし……ああいった怪物の情報も、ありませんでした」


「そっか……そうだな、レイラがあの程度の相手に負けるはずがねえ!」


「ちょっとちょっと、あれ結構強かったからね。私たちも頑張ったのよ?」


「ああ、悪い悪い、イチローもアルフィリアも強くて助かってるさ!」



 『私もだぞ』と言いたげなサクラが肉球でアルチョムの背中をたたく。四足の攻撃で荷車は多少壊れたが、車輪などの走行用部品は問題なく、ゲラシムは再び、北東を目指して歩いていった……


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