十四章の3 足取りを追って
異世界生活138日目、秋の2日
馬車停留所で、目当ての馬車を探すのには少々の苦労が伴う。定期便はともかくとして、他は乱雑に止まった馬車の中から色、御者の外見、幌に描かれた模様、そんなものを頼りに見つけ出さなければならない。
しかし今回に限っては、その苦労はせずに済む。何しろ今回乗るのは馬ではなく鹿……それも、ちょっとしたトラック並みの大きさがある巨大鹿なのだ。おまけに角も長い。その姿は、遠目にもすぐ見つけることができた。
「おう! こっちだこっち……おお、薬師の嬢ちゃんも!」
「久しぶりねアルチョム、ミーリャは元気?」
「ああ! 今は宿に泊まらせてる。話してる時間も惜しいくらいなんだ、早速出よう!」
自分とアルフィリア、そしてサクラを乗せ、アルチョムはゲラシムを走らせる。樽一杯の砂糖を積んでいた荷車には、食料や燃料その他の物資が詰め込まれ、長距離移動仕様になっていた。
ベスティア大橋を渡り、小動物や牛、そしてたまに空にテルミナス大鳥が飛ぶ、広大な草原をゲラシムは進む。
「まずは安全を優先します。街道に沿って、調査隊が最後に立ち寄った開拓地まで移動。情報収集を行ってから、調査隊の後を追っていきましょう」
「うん……それにしてもアルチョム、なんで木工組合に? お砂糖屋さんでしょ?」
「ああ、木工組合は殆どが俺たちニクシアンなんだ。それで、故郷の味を届けてやろうと思ってなあ」
「そこに探していた奥さんが居た……少々出来過ぎの様な気もしますが」
「いやあ……どうかなあ。あいつなら案外いつかここまで来るってわかってたのかもしれねえ」
「アルチョムの奥さんって……どんな人なの?」
「(あんまり、動揺させるようなこと言わないで欲しいんだけどな……)
何しろ、御者であるアルチョムは今回の探検の要。下手に焦らせたりしてペースを崩しては本来の目的どころかこちらの身まで危うくなる……そんなこちらの内心をよそにして、アルチョムはどこか得意げな物すら感じさせる声で語りだした。
「レイラは、もうとにかく綺麗でな……春の朝日と冬の雪が結婚したらこんな娘が生まれるかってえくらいで……村中の男から嫁に欲しいと言われてたなあ」
「へえ……そんな中で、アルチョムが心を射止めたんだ?」
「いや、まあなんていうか……俺はそもそも相手にもされて無かったんだけどな。俺たちニクシアンの間じゃ、狩りの腕が良いほど良い男なんだ、大昔からな。それで……俺はそんなに得意じゃなかった」
「ええ? それじゃあどうして奥さんになったの?」
「レイラは、村のどの男よりも狩りが上手かったんだ。おまけに気が強くて、男はみんな形無しでなあ。自分より大きな獲物をしとめられる男が居たら結婚しても良いって言ってたが、出来た奴は1人も居なかった」
「ふんふん、それでそれで?」
御者台に身を乗り出し話の続きを促すアルフィリア……恋愛話に興味があるのだろうか。少女らしいと言えばらしいのかもしれない。主人が話に夢中になり、構ってもらえなくなったサクラがこちらに寄って来たので、その毛並みに指を通しながら2人の話を適当に聞き流すことにした。
「そんで、熊に追いかけられてたところにレイラが来てな……」
「うんうん」
希望的観測を述べるのなら、そのレイラとやらは戦闘能力が高い。であれば、生存している可能性も少なくはないのではないかとも思える。
「それからよく、俺の作業小屋にシロップを舐めに来て……」
仮に生存していたとしたら、どうするだろうか。手持ちの物資を消費しながら救助を待つか……あるいは、元来た道を引き返すか。あるいは、単に連絡手段を失っただけで行動自体は十分に可能で、さらに調査を進めているのか。
最後のパターンが最も厄介だ。物資をどれだけ持っていたのかは知らないが、最悪の場合こちらが先に行き倒れになるという可能性すらある。出来るだけ食料は節約し、可能であれば現地調達をして節約する必要があるだろう。あるいは、最初から引き際を決めておくべきかもしれない。
「それがゲラシムだ、あの時のレイラの顔は忘れらんねえなあ……そんで、俺たちは夫婦になったんだ」
「わ~……いいなぁ、素敵よね」
「(……ん?)」
知らない間にかなり重要な部分を聞き飛ばしてしまったような気がする。割と気になるが……わざわざこちらから聞き直すのも、なんとなく気に入らない。
「ミーリャが産まれてからかなあ、ちょっとずつきつくなってなあ……怒られることも増えたんだ、もっと稼げ、弱いのに甘んじるな、ってな」
「うーん……でも、仲は良かったんでしょ?」
「そのつもりだったなけどなあ……ミーリャと3人、のんびりと暮らせて行けたら俺はそれでよかったんだが、レイラはそうじゃなかったのかなあ」
「確かめればいいじゃない、直接会ってさ」
「そうだな……よおし、急ぐぞ、ゲラシム!」
別に急いだところで予定は変わらないのだが。プリモパエゼに到着したところで、初日の行動は終え、宿を取る。
異世界生活140日目、秋の4日
昼前、調査隊が最後に立ち寄った開拓地に到着した。ここまで来るのに数回ロヴィスとの遭遇はあったものの、問題とはならなかった。ゲラシムの脚力は強く、走り抜ければロヴィスなど簡単に振り切り、正面に立ちふさがるなら巨大な角が粗雑な武器など弾き返して、蹴散らしてしまう。多少の傷を負っても、アルフィリアが魔法で治療。この組み合わせにより、消耗らしい消耗も無いまま、進んでこられたのだ。
「少し早いですが、ここで宿を取ります。並行して情報収集に当たりましょう」
「聞き込みってことね、わかったわ」
「さすがに宿屋は無さそうだなあ……大きい家を順番に回ってみるか」
宿泊場所の確保はアルチョムに任せて、こちらは開拓地の中で調査隊の情報を集めることにした。小さな村だけあって噂が巡るのが早いのか、もともと目立っていたのか……目撃者はすぐに見つかった。
調査隊はこの村に来た時点では欠けらしい欠けも無く、一泊して北北東へ向かったという。だが、その後姿を見てはいないらしい……
「この付近で遭難したかもしれません。何か、危険な場所など心当たりは有りませんか?」
「さあねえ……ああ、でも誰かが……調査隊の行った方向で、妙な生き物を見たって言ってたねえ」
「妙な生き物って、何?」
「さあ、知らないよ。ただ……馬と人がくっついたような、って言ってたかな」
「馬と人……」
その言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、地球でも割と一般的な怪物……ケンタウロス。その物でなくとも、それに近い……馬車に追いついて攻撃するような怪物が存在するということは十二分にありうる。
そう言った怪物が存在するとして、どう対処するかもまた問題になるのだが……少なくとも、居ると心構えはしておいた方がよさそうだ。
それ以上めぼしい情報は無く、待ち合わせ場所にしていた村の入り口でアルチョムと落ち合う。彼は首尾よく宿……と言っても宿屋ではなく、総合ホールとでも言うべきか、広めの建物を一晩借りていた。
「馬と人がくっついたような怪物? いやあ、わかんねえなあ……」
「アルチョムさんも知りませんか……」
「それに、襲われたんだと思う?」
「わかりません。存在するかどうかも定かではありませんし……ですが、そう言った証言があったことは頭に入れておくべきかと」
「なあに、ゲラシムならきっと振り切れるさ!」
「まあ、出たら出たでその都度対応するしかないでしょ?」
「いつものこととはいえ、ぶっつけ本番ですか……」
食事を済ませて、明日に備え休む。涼しくなってきた空気は床での雑魚寝にも快適性を提供してくれるが、秋が始まったばかりだというのにこの気温。冬の厳しさを予感させていた。
 




