十四章の1 秋の気配とバブルの香り
異世界生活137日目、秋の1日
夏も終わり、風に涼しい物が混じり始めた。正直な所、夏の日差しの下荷物を背負って歩くのは中々に堪える行為。気温が下がるのは大歓迎と言いたい所だったのだが……朝食の席を共にするサンドラは、あまり機嫌が良くないようだ。
「はあ、まったく」
「どうしたのサンドラ、悩みごと?」
「どうしたもこうしたも無いよ、まったく」
隣に座るアルフィリアはその不機嫌に遠慮なく踏み込んでいく。どうも彼女は『幽鬼』であることを気にしない相手にはどうにも関わりたがりな面がある。しかし大家の機嫌が悪いというのも良くない事であるのは確か。まず話だけでも聞いてみるべきかもしれない。
「薪がね、値上がりしてるんだよ」
「薪が?」
「そう、これからだんだん寒くなっていくってのに、去年の倍近くだ。これじゃあ、おちおち暖も取れやしない」
「暖って、ここ結構南だし冬の心配なんかしなくてもいいんじゃないの?」
「何言ってるんだい、ここは夏は暑いけど冬は寒いんだ。雪が積もるくらいにはね」
「えっ……?」
暢気そうに構えていたアルフィリアが固まる。
「まあ、台所はどうしたって使うからねえ。暖房の方を止めるしか……」
「そ、それは……困る、困るわ!」
「じゃあ、家賃を倍にするかい?」
「それは私が困ります」
結局、家主との交渉は何ら実を結ぶことなく朝食の時間は終わる。中庭に降り注ぐ夏の日差しを浴びると、ここに雪が積もるとは考えにくいが……
「まずい……寒いのはまずいわ……南の方だと思って防寒具置いてきちゃったし……」
「雪が積もるほどとなると……私も何かしら上着が必要になるでしょうかね……」
こう言った物は金があるうちに調達するに限る。暑いうちならば、冬物も安く手に入ろうという物だろう。出かけようとしていたその時、門のきしむ音が聞こえる。
「アルフィリアはーん! 助けてえな~!」
飛び込んできたのはモンシアンの職人、ヘルミーネ。こちらもこちらで何か困りごとを抱えているようだ。助けを求められたアルフィリアは抱き着かれ……と言うよりは逃げないように抑え込まれられているように見える。
「え、なに、どうしたの?」
「あのな、このところ急に石炭が値上がりして、経営苦しいねん。それで……前にガラス作ってもらったやろ? ひょっとしたら自前の炉とか持ってて、石炭備蓄してへんかな~って……」
「(譲ってもらいに来た、と)」
「悪いけど……私も炭の備蓄なんてしてないわよ」
「そんなあ……あかん、どないしょ……」
「なんか、あっちもこっちも値上がりで苦しんでるわね……どうなってるのかしら」
「さあ……」
一体何が起こっているのか……そう言った情報を得るのは酒場だと相場は決まっている。行きがかり上ヘルミーネも伴って、直営酒場へと足を運んでみることにした。
「たしかに、炭も木も高騰しているな」
「そうですか……しかし、一体どうして」
「どうしてって、そりゃお前たちのせいだろうよ」
一杯ずつ飲み物を出す店主は……こちらを指さした。だが、街全体の相場に影響するような大事に関わった覚えは……
「(……ある、な)」
「あの遺跡。一気にベスティア内陸部まで移動する物なんだってな? とんでもない物を見つけたもんだ。街が金貨の山を積んだってのも頷ける」
「確かに、凄いのはわかるけど……それが薪や炭の値上がりとどう関係するの?」
「あの遺跡の向こうが、ベスティア探索の一大拠点になるのはもう決まったようなもんだ。何しろ馬車で10日の距離を一瞬だからな。となれば……建物が山ほど必要になる。宿、店、倉庫、厩舎、探検者の事務所、そこで働く連中の家に、それを守る塀」
「せやな。うちの工房にも家具の依頼が仰山来とるわ」
「そう言う訳ですか……」
あの遺跡の起動により新たな街づくりが急ピッチに進められ、それに伴う需要の急拡大に供給が追い付かず、建材となる木材が高騰……ということだろう。
「木材が高くなるのはわかるけど、炭はどうして?」
「薪が無くなりゃ代用にするのは炭だ。当然値段が上がる」
「合板にしてまえば、建材にならんような木も家具にはできるからなあ……」
「値段が上がるとなりゃあ、相場で稼ごうとする奴がもっと買ってさらに値上がり、このままじゃあうちの食い物も値上げしなきゃあならん」
ファンタジーな異世界でも資本主義は変わらない。資本家に搾取されて割を食うのは、自分達底辺の人間だ。しかし……
「建材というなら、石材はどうなのですか?」
「テルミナスじゃあ建材はもっぱら海路の輸入だ。石材は重いし加工も難しい、木材とは張り合えねえよ」
「じゃあ、煉瓦は? あれは土が材料でしょ?」
「アホやな、煉瓦を焼くのに何を使う思てんねん」
「う、そっかあ……」
「……相場の動きに、下々がどうこうしようというのが間違いですね」
「まあ、そうは思ってない連中もいるようだがな」
少し意味ありげな表情と共に、店主は一枚の依頼票を出す。そこに書かれているのは……
「『調査員の探索と救助。報酬金貨5枚』……ですか」
「ああ、木工組合からだな。若い衆に新しく木を切り出せる森を探しに、ベスティアへ行かせたんだと。伝書鳩で、良い材木が取れそうな森を見つけたという知らせを受けたが……以後音沙汰無し」
「それがどうなってるのか調べて来いって話ね」
「材木がようけ取れる様になったら、値段も下がってうちらも助かるな!」
「ま、そういうこった。最近依頼を請けてねえだろう。そろそろ十分休んだんじゃねえか?」
確かに、大金が入ったということもあり、野営地の襲撃以降仕事はしていなかったが……それにしても、この話は疑問が多い。
「一体、なぜベスティアに? 西側……ホムニスの方の森を切ればいいでしょう」
「そうはいかねえのさ。テルミナス領土はこの島だけ、ホムニス大橋から向こうは別のとこの領土なんだ……まあ、名目上はな。そこで大々的に林業ってわけには行かねえわけだ」
「ん~……でもそれなら、金ばらまいて解決できひんの? そっち側のもんが、こっちに売りに来る分には構わへんのやろ?」
「そう簡単でもないんだ……相場が上がるってのことは大儲けしてる奴も居るってことだからな。で、受けるのか受けないのか、どうなんだ?」
政治やらなにやらの事は横に置いておくとして。薪は重要な燃料、地球で言うならガスや電気に相当する。それが高騰したまま冬を迎えるというのは避けたい。
「とりあえず、話を聞いてみます。あまりに遠いようであれば対応できませんし」
「まあ、そりゃあそうだ。じゃあ紹介状を書いてやるから、木工組合に行ってみな」
薬の営業があるアルフィリアとは別れ、依頼票の裏へ書かれた紹介状を持って、木工組合の建物を目指す。それがあるのは職人街のメインストリート……道案内を買って出たヘルミーネと共に、そこを目指すことにした。




