十三章の7 酒は大体トラブルのもと
謎の遺跡を使い、戦ったその日の内にテルミナスへ到着した。街門をくぐって仕事は終わり……ではなく、事後処理を行う。報酬の受け渡し日等諸々の連絡。各自の荷物の引き取り。そして……死体を棺桶に詰める作業。
「よーし、離すぞ……よいしょっ、と」
死体は全部で三つ。これを多いとみるべきなのか少ないとみるべきなのかはわからないが、自分がそのうちの一つでないことは純粋に喜ばしい事だろう。死体の箱詰めを終えれば、事後処理もおおむね終了……そして。
「よーし! これで仕事は終わりだ! 野郎ども、全員俺についてこい! 上手い飯と酒をたらふく食わせてやる!」
「団長殿! そいつは奢りですか!?」
「ああ? ふざけてるのかてめえ! 当たり前だろうそんなもん!」
『うおおーっ!』
まだ夕方になりかけたかと言う時間ではあるが、アルバーノ主催で、勝利の宴を行うようだ。酒はあまり好きではないが、せっかくのタダ飯を見逃す理由も無く。団長を先頭に塊になって通りを行進する一団の最後尾に続く。そのまま一団は、直営酒場に乗り込むと店の一角を占拠し、テーブルを集め……
「酒と飯をジャンジャンもってこい! 上等な奴だぞ!」
そう宣言するなり、まずは酒が次々と運ばれてくる。出来れば水が良かったが、最初の一杯くらいは付き合うべきかと、ジョッキを受け取る。全員に行きわたる頃にはソーセージ等のすぐ出来る料理が並び始め、アルバーノが全員の注目を促す。
「あ~、お前ら! 遠征ご苦労! グダグダと長ったらしい話は抜きにして、とっとと乾杯に移ろう!」
アルバーノに続き、全員が酒の入ったジョッキを手にする。宴会の時こういうことをするのは、異世界でも同じようだ。
「まずは……運悪くも戦場で倒れた者たちに」
『倒れた者たちに』
ひときわ大きな声を出したのはポンペオ。カーラの事を引きずっているらしい。全員でジョッキを掲げ、死者への哀悼を示す。
「そして……俺たちの勝利に! 乾杯だあ!」
『カンパーイ!!』
その空気はほんの10秒ほど。乾杯の声と共にジョッキが打ち付けられ、一斉に酒が喉へ流し込まれる……自分も付き合うが、喉を流れる熱感はやはりあまり好きではない……早々に、料理の方に移ることにする。
「(このソーセージ、ハーブか何か練り込んでるのか)」
料理の質は全般に見て上等だった。魚は丸のままではなくきちんと骨が取られ、大振りで肉汁を溢れさせる牛のステーキ、皮がスナック菓子のように焼き上げられた丸鶏、とろける様に煮込まれた豚、黄金色の衣をまとったエビや貝のフライ、歯触りの良い葉野菜のサラダ。カゴに盛られたまま出て来る果物を齧れば、甘酸っぱい果汁が口に広がる。
「いやあ……何度味わっても良いもんですなあ、勝利の美酒と言う物は! ささ、旦那飲みやしょう!」
ウーベルトもしっかり飲み食いしている……酒の味は良くわからないが、おそらくこれも良い物、なのだろう。注がれた酒を少しずつ喉に流しながら、殻ごと二つに割られた大きな海老を口に運ぶ。焦げたクリーム状のソースと弾力のある身の取り合わせは、地球でも味わったことの無い物だ。
そんな折、こちらのテーブルに向かい合って座ってくる人物がいる。今回班長を務めた、フォルミだ。
「今回はご苦労だった」
「いえ、こちらこそ勉強させていただきました」
「そうか。単刀直入に訊くが、今後もこの傭兵団に参加する気はあるか?」
「勧誘……ですか」
「そうだ。仕事が無くとも給金は出る。10日で金貨1枚だ」
食事の手を止め、思案する。何もなくとも給料が出るのは大きい。収入不安定な探検者などしているとなおさらだ。しかし、その額は決して高いとは言い難い。半分を貯金に回すとしても、目標の金貨200には10年以上かかる。出撃があればボーナスも出るだろうが……
「(それに……)」
ウーベルトの警告もまた、頭の中を横切る。隊員となったなら、時には捨て駒とされることもありうる……勿論、そうなったら律儀に従うつもりもないが。
「少し、考えさせていただいても良いですか?」
「わかった。門戸はいつでも開いている、気が向いたら訪ねて来ると良い」
そこまで積極的でも無かったのか、フォルミはあっさりと引き下がる。サラリーマンとフリーランス、この世界で一体どちらが正解なのかはわからないが、少なくともイザと言う時に逃げ出す自由くらいは、手元に残しておきたかった。
「(さて、次は……)」
何を取ろうかと、テーブルに並ぶ皿を物色しようとしたとき、入り口の方に白い外套が見えた。その人物はこの宴会騒ぎに目を向け……こちらに気付いたのか、小さく手を振って自分とウーベルトの座るテーブルにやって来た。
「早かったじゃない。この感じ、仕事上手く行ったの?」
「ええ……何とか。毒のおかげで、何とか指揮官を仕留めることができました」
「ふふん、感謝してよね? ……ところで、あそこに美味しそうな鳥の丸焼きがあるわね」
「はい?」
「焼きたてのパンみたいな色、齧ったらきっとパリパリで、中のお肉も柔らかいんだろうな~。食べたいわね~……」
「……取ってきますね」
席についておいて注文をしないのは有りなのかと思わなくも無かったが、別に自分が損をするわけでも無い。彼女の薬が役立ったのも事実である訳で、皿の一つくらい分けたとしても問題はないだろう。大き目に鳥の足を切り取り、酒のジョッキと共にテーブルに置く。
「わーい。ん……おいしい!」
「ははは、掴んでかぶりつくたあ薬師殿も豪快に行きますな」
「一度やってみたかったのよね、こういうの」
足の骨を持って肉を齧るその姿はどこか子供っぽさすら感じる。腹も膨れたので何となしにその姿を見ていたのだが……
「……おい、帰って来るなり女とイチャイチャか? 良いご身分だな!?」
そこにやってきたのはポンペオ。顔色から見るにひどく酔っているようだ……
「イチャイチャって、別にそんなわけじゃ……」
「黙ってろよ女はよお! おい……これは何のつもりだ、俺への当てつけか、ああ!?」
「深酒をしているようですね。哀しみを紛らわせるにしても、他人に絡むのはどうかと」
「うるせえ! お前……お前があの時カーラを見捨てたりしなきゃ、あいつは死ななかったんだ! あの時危なかったのはカーラだ! 助けるならカーラの方だったはずだ! なんで俺だったんだ!?」
助けたというのに、そんな責めるような口調を向けられる筋合いはないが……恋人が死んだとあってはそう言う物なのかもしれない。
「済んだことです。今更どうこう言った所で仕方ないでしょう」
「仕方ないで済むかよ! 槍を腹に食らって! 苦しみながら死んでいった! あいつの死に顔見ても同じことが言えんのか!?」
「そう言うことを覚悟で、参加したのではないのですか?」
「てめえ、この野郎!」
殴りかかって来るポンペオの手を防ぐ……が、椅子に座ったままで体勢を崩し、そのまま体当たりで馬乗りになられてしまった。
「よくも! ぬけぬけと! この、糞野郎!」
「おい、いい加減にしろ!」
顔をしたたかに殴られたが、他の参加者がポンペオを引きはがす。痛む顔を押さえながら立ち上がると、ポンペオは顔を真っ赤にして怒気を放ちながら、涙を流している。
「ちくしょう……こんな奴じゃなきゃ、カーラだって……」
2,3度殴り返しておこうかとも思ったが、羽交い絞めにされたポンペオに殴り返すのも、ナンセンスという物だ。倒れた椅子を起こし、もう一度座るが……アルフィリアの手は、止まってしまっている。
「……私、帰るわね」
「まだ、半分も食べていませんが」
「良いの、帰る」
アルフィリアは席を立ち、店から去ってしまった。その後ろ姿を見つめていたが……
「旦那、追いかけなせえ」
「しかし、宴会を途中抜けするわけにも」
「年上の助言って奴でさあ、旦那。それに皆適当に酔いつぶれてきた頃合いだ」
確かに、椅子に座ったままや床に転がって寝ている者も出始めている。そろそろお開きとなるだろうか。物憂げなアルフィリアの表情も気にかかり……
「……後のことはお願いします」
ウーベルトに対応を任せ、こちらも店を出てアパートへの道のりを急いだ。白い外套はすぐに見つかった。足早にその隣まで行き、並んで歩く……
「……先ほどは、すいませんでした。こちらのいざこざに巻き込んでしまい……」
「……違うの。なんていうか……あれは、命を懸けて戦って、帰って来た人達のための物で……それを、街にいた私が横から取るなんて、しちゃ駄目なことだって思って……」
「ただの料理です。あの様子では随分残るでしょうし、食べられた方がまだよいでしょう」
「そう、かな」
沈黙。広場から離れ、騒がしさがなりを潜めたところで、再びアルフィリアが口を開く。
「ねえ、さっきの……いったい何があったの? 酔ってたとは言え、普通の怒り方じゃなかった……」
「……ロヴィスの集落を破壊するための戦闘中、奇襲を受けました。先ほど殴りかかってきた人の恋人……カーラと言う女性ですが、彼女が腹に投げ槍を受け重傷、さらに乱戦へと持ち込まれました」
「……それで?」
「彼女の援護は諦め、健在な残りの者を援護することにしました。その健在な者と言うのが先ほど殴って来た人です。彼は無傷で済みましたが、恋人の方はトドメを刺され助からなかった。それだけのことです」
あの状況では、だれがああなったとしてもおかしくは無かった。自分も、新調した防具が無ければやられていただろう。その点では、彼女は運が無かったと言える。
「だけ、で済ませて良い事じゃないと思うけど……でもそれなら、怪我をした人の方を助けるべきだったんじゃないの?」
「投げ槍を受けた時点で、彼女は戦力外でしたので」
「戦力外……って」
「仮に彼女の方を援護したとしても、治療するなら抱えるのに1人、護衛に1人の最低2人が必要になります」
地球においても、地雷等にその発想があるという。死ねば戦力が1人減るだけだが、負傷に留めればその1人と、運ぶのに2人。計3人の戦力を無力化できるという物だ。
「その上にまだ無傷だったあの人まで負傷すれば、班としての行動は不可能になります。なのでまだ無傷だった彼を援護し、戦力の損失を最小限にとどめることにしました」
「それって……見捨てたってこと? 怪我をした、仲間を……」
「適切な判断だったと考えています。自分や他の多くの味方への損害に繋がるよりは、いっそ1人損失で済んだ方が」
「そんなの……間違ってるわよ! 人の命って、そんな……そんなふうに扱って良い物じゃないでしょ!?」
アルフィリアはひどく、感情的になっているように見えた。会ったことすらない相手の死に方をなぜそこまで気にするのか、まるで理解はできないが……
「あんたが遺跡で胸を撃たれて死にそうになった時、私……苦しかった! それは帰りの戦力が無いとか、薬買うお客が減るとか、そんなんじゃない! ついさっきまで話してた人が、目の前で死んでいくってのは、辛くて悲しい事なの! わからないの!?」
詰め寄るアルフィリアの深緑の目線が、矢のようにこちらを射抜く。こちらにも言い分はある。だが……その燃える宝石の様な眼を見ていると、何も、言い返せなくなってしまった。
「……っ!」
結局、互いに言葉は続かず、無言でアパートへの道を歩く。それぞれ部屋に戻り、藁のベッドに体を横たえる。
体は重かった。疲労と、単に食べ過ぎたということもあるが……隣人の機嫌を損ねたというのも少なからずある。
「(失敗したな……)」
そもそも、主義主張や価値観が含まれる話はしないというのは以前彼女と話したはずだ。今回の事も、適当に流してしまえばそれで済んでいた話だった。
「(謝るか……? けど何を? アルフィリアが怒ってるのは、こちらの考え方なわけで……でもあれは、間違った考えじゃない筈)」
事実、自分の班でカーラ以外は生還した。その結果を持って、あの判断は正しかったのだと言って良い筈だ。どの道、あの怪我では助かるかどうか怪しい物だったのだから。
「(そりゃ、見捨てたって言えば見捨てたんだけど……)」
あれやこれやと考えている間に、休息を欲した体は徐々に意識を手放していく。最後にふと、先ほどの詰問する隣人の顔が浮かんだ。
「(……泣いてた? いや……)」
涙は無かった。しかし確かに悲しい表情をしているように見えた。だがその意味を考える前に、意識は完全に闇に沈んでいった……




