file.6 ほこ☆たて
「ロボット三原則の矛盾を発見した!」
私の眼前に居るパリッとしたスーツを着こなした男性は、わざわざこんなことを言うために、ここ機械人材派遣センターまで足を運んだのだろうか。
「はぁ、そうですか。ですがここは民間部門の窓口です。クレームなら電話やメールでも受け付けておりますので――」
「そうじゃない! 僕は直にこの矛盾の答えを知りたいんだ! うちにドロイドを派遣してくれ!」
(普通に家事手伝いドロイドが欲しいと言ってくれれば派遣するのに……金持ちのボンボンの考えることは不可解だ)
「えぇと……流石にそんな理由では審査が通りませんので……『家事手伝いドロイド』を所望、ということでよろしいですかね?」
「いや、家事手伝いドロイドならもう家に3体いるんだ。これ以上は必要ない。今回僕が欲しいのは『矛盾発見ドロイド』とでも言うものだ」
矛盾発見ドロイド――
もちろんうちにそんなアホらしい型番は存在しない。
「……どのようにドロイドを調整したら良いのですか?」
「ここで派遣しているドロイドは三原則の順位をいじっているんだろう? それをせずに原則通りに動くドロイドが欲しい」
うちのドロイドは
1.人命優先
2.自己優先
3.命令優先
と順位が決まっている。
原則に微妙に反するわけだが、これを正せというのか……。
すなわち
1.ロボットは人間に危害を加えてはならず、またその危険を看過してはならない。
2.1条に反しない限り、ロボットは人間の命令に従う。
3.1.2条に反しない限り、ロボットは自己を守らなければならない。
という原則に従って行動するドロイドとなる。
「壊してしまっては弁償していただくことになりますが……それだけの価値があるのですか? 思想実験を実際に行って得るものがあるのでしょうか?」
「あるとも! 僕の好奇心が満足する!!」
どうやら本気のようだ。
だが、派遣する前にこの人の言う『矛盾』について聞いていたほうが良いかも知れない。
人命に関わることなら、後々私も責任を負わされる可能性がある。
「仰りたいことはわかりました。けれど最後に貴方の言う『矛盾』についてお聞かせ願えますか? 命に関わることを貴方が行おうとしているのなら、おいそれと派遣できません」
「契約書に『全ての責任を私が負う』って書くよ」
「じゃ、問題ないです」
……
…………
「BtoCは面白いなぁ。変な客ばっかりだから鉄子の話を聞くの楽しいよ」
「じゃ、あんたも来なさいよ」
「それはゴメンだ。その後どうなった?」
「彼の言う『矛盾』なんだけど……期待して損しちゃった。ロボットは危険を看過してはならない……この部分が彼の目に留まったのね。派遣したドロイドが動くとその回路がフリーズして、彼の人口心肺も停止するように事前にリンク設定するの。彼はドロイドの知識があったのね。で、彼がドロイドを壊そうと動く。要は『ドロイドが止まると彼は死ぬけど、ドロイドは自分を壊そうとする彼を止めることが出来ない』ってこと。つまんないわよー。もっと色々あるでしょうに」
「なんだそいつは自殺するつもりだったのか。そのついでに思考実験を試したかったのかね? ドロイドの設定いじれるほどの知識を持っているなら『フリーズしてどっちも死んで終わり』って結果やらなくても判るだろうにな」
「ところがねぇ、彼だけは死ななかった。ドロイドが回路と人口心肺のリンクをしなかったのよ」
「え、なんで?」
「彼が『ドロイドが動作したらフリーズ』する命令を設定しようとした時に、ドロイドは彼の動向を予測したの。『この人は原則を試そうとしているのではないか?』ってね。だから彼を騙して『リンク成功』と嘘の表示を出すようにしたのよ」
「ドロイドは原則通りに動いたわけか」
「いいえ。彼は深く嘆いたそうよ『こいつは死ぬと判っていて、僕に嘘をついて助けてくれた』ってね。 それが彼の心的外傷になったそうよ」
「アホくさ」
「全くだわ」