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file.5 エターナル・ラブ ~永遠に愛し合うお熱い二人~

 男が持ってきたICチップのデータを業務用PCで開いたところ、ある女性の個人情報が極めて高密度に詰まっていた。


「この女の人そっくりなドロイドを作って欲しい……ですか。確かにうちのサービスには『ドロイド作成』もありますが、維持、管理は面倒ですよー? 何より本人に無断でこのデータを持ってきたなら重罪ですが、その辺の証明書はございますか?」


 私は渋い顔で男にこう言い放った。 

 

 ここは機械人材派遣センター。

 名の通りの営業をしているが、時折このような変わった客が訪れる。

 0からアンドロイドの作成を依頼されることは、お互いにコストや手間が膨大に懸かるので稀な案件なのだ。ぶっちゃけ面倒くさい。

 それにもしこの男が断りも無く、個人の情報が刻まれたドロイドを作ろうとしているなら重罪である。

 職員である私がその手助けをすれば、良くて解雇、悪くて実刑だ。


「このデータは先日死んだ私の妻の情報だ。生前に許可を取った証明書もある。妻の死が避けられないものだと知ったとき、この記憶チップを大枚をはたいて購入したんだ。後はその記憶を入れる器さえあれば、妻は帰ってくる。ついでに俺はドロイドに関する知識は一通り揃っている。以前ここと似たような会社で働いていたからな」


 雪崩のように説明するこの男は、どうやら私と同業者だったようで、こちらの心配を全て取り除いてくれた。


 ちなみに「記憶チップ」とは――

 個人の動作、反応、情動等の個人を構成する全ての情報をそのチップに残すことが出来るものだ。もはや魔法の領域だが、ともかく存在するのだ。


 私は本題に入った。


「許可があり、貴方に知識があるのなら、可能は可能ですが……ここからは社員としてではなく個人として話します。このドロイドを作っても貴方は幸せにはなれないと思います。うちでも過去に事例がありますが、その方は――」

「今より不幸になるものか。愛するものが帰ってくるのなら、神にでも祈ろう。今はあんたらがそれの代わりをしているんだろう」


 男の決意は固いようだった。

 

 人間を模した機械はなぜ作られたのか。

 「愛するものを常世の国から戻したい」という願望が叶うのであれば、それが歪な形であっても望むものは居るだろう。

 けれど御伽噺などで語られるこの願いは、必ず悲劇で幕を閉じる。


「忠告はしましたからね。イザナギ……あるいはオルフェウスさん」

「神話に語られるそいつらにさえ、俺は憧れるよ。このまま一人で生きていくよりはね」


 ならば私は商売をしよう。売れるものを売る、それだけのことだ。


……

…………


 俺の妻は帰ってきた。

 外見に全く変わった所は見うけられないが、もし一皮向けば機械の部品が顔を覗かせるだろう。

 けれどそれ以外の部分は、前までの妻と比べても全く違和感が無かった。

 

 そう、全くだ。

 俺はここまで技術を発展させた、科学者達の偉業に感謝した。


 

 それから長い月日が流れたが、俺は浮気なんて考えもしなかった。

 性欲の問題は、とある技術を用いて妻も俺も満足出来る様になった。

 だが、問題は妻である。 


 どうして彼女は若い体のままなのに、他の男に目を向けないのか?

 

 俺は疑問に思っていたが、不意にある可能性に気づいた。

 妻は自らがドロイドであると自覚している……だから人間である俺を裏切る事は出来ないのだ。

 機械にとって原則は絶対だ。

 俺が命令すればいつものように口答えはするが、必ず実行していた。

 

 その事に気づくと俺はこの生活を続ける事に罪悪感を覚えた。

 俺は妻の体と心を無理矢理縛って、それを自分の為だけに愛でていたのかも知れない。


「イブ……俺は……俺は――」

「何も言わないで。長い付き合いだもの、今あなたが言いたいことはなんとなく判るわ……。それより……ねぇ、こんな機械があるんだけど……」


 妻は一つのチップを手に乗せて、ニコッと微笑んでいた。


「すごく高かったのだけど……あなたに内緒でこれを買うために貯金していたのよ。これがどんなに素晴らしい機械か……あなたになら判るわよね?」

 

 妻が俺と別れようとしない本当の理由がやっと判った気がして、俺は泣きながら新たな記憶チップを受け取った。


 イブはこの日が来るのを待っていたのだ。

 

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